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 両家の間で結婚の話が整ってからおよそ一か月後、鈴木家に縁のある由緒ある神社にて、大地と朱里の結婚式は執り行われることとなった。

 朱里は角隠しに白無垢、大地は紋付き袴を着て、式に臨んだ。親族ばかりの小ぢんまりとした式であったが、それは朱里が望んだことであった。

 朱里は目立つことは好まない。ただ結婚式には人知れず憧れがあった。それが形になったのがこの結婚式であった。

 結婚式に参列したのは両家の両親と祖父母、それから兄弟、ルアンももちろん加わった。

 小春日和の穏やかな陽気の日に、紛れもなく人生で一番幸福な夫婦の姿がそこにあった。

 境内の石畳の上で初めて朱里の花嫁姿を見た大地は、思わず言葉を喪う。出るのはどうしてもため息ばかり。

 ーーなんか言ってよ。

 朱里は苦笑交じりに目で訴える。

 大地はうんうん、と頷くがそれでも言葉が出ない。ようやく、

 「とんでもねぐ綺麗だべ」ありきたりな言葉が出た。

 それでも朱里は嬉しそうに頬を染める。

 「こっだに綺麗な嫁様もらえるなんて、はあ、なんつう幸せ者なんだべ。俺は……」

 朱里は嬉し気に俯く。

 そっと大地は朱里の手を取る。

 「これからよろしぐな。いい夫になるで」

 朱里はもう一度頷く。そして大地を見つめ、

 ーー私もいいお嫁さんになります。

 そう伝えた。

 「今度は夫婦どしてヴァッケン行くべな」

 朱里は心得顔で頷く。

 ーーいつになるかはわからないけど。同じ気持ち。

 

 朱里が結婚する、ということが決まったその晩、朱里の母は早速東京にいる兄たちに連絡を入れる。

 「朱里が結婚することになった」

 全員が、言葉を喪った。

 当たり前である。いまだ二十歳になったばかりの末っ子。大学生。しかもクラインフェルター症候群に加え性別違和を抱え、言葉を発することができない。正直、彼女が結婚をすることになるなど、脳裏を掠めたことさえなかったのである。

 ついほんの数カ月前に朱里の戸籍の性別変更を担った長男、次男は、

 ーーまさかこんな形で自分たちの仕事が日の目を見ることになるとは、と驚愕した。

 しかもその相手は幼稚園から一緒の幼馴染の大地。年の離れた自分たちよりも朱里と一緒にいた年数は当然長いし、その分朱里を理解してくれているのであろうことにはとりあえず安堵した。

 しかし、どんなに取り繕ったところで、元男性である。子どもは産めない。そこに対する危惧は案の定父母同様であった。

 子どもを産めない朱里が農家の嫁に行って受け入れてもらえるのか。早急に放り出される目に遭うのではないか。

 しかしその件については、母から両親同士で即日話し合いの場が持たれたことを聞く。

 どうにも向こうのご両親は家を継がせることには重きを置いていないようであること、それよりも本人たちの幸せを重んじたい旨を直接聞き、それで結婚を承諾したとの報告である。二人はそれでとりあえずは納得した。

 そして三男。未だ学生である。将来についてはまだよく考えていない。

 でも、帰省するたびに、朱里のお蔭で家族が大きく変わったことを感じていた。

 鈴木家は代々保守派の家柄である。性別違和だとか同性婚だとか、はたまた外国人の不法滞在だとか、そんなことは見て見ぬふりの末に断固拒絶してきた家柄である。

 それが朱里をきっかけに、変わった。

 衆議院議員の祖父は朱里がセーラー服を着用して中学に通えるよう校長に直談判をしたし、朱里の友人の外国籍の子が強制送還されるという寸でのところで、どうにかそれを押しとどめ、自宅の離れで面倒を見る手筈も整えた。信じがたいばかりである。

 県会議員の父もつい先だって、同性愛者のパートナー制度を議会に提出したという。昨今は県内の学校にジェンダー制服の視察としてあちこち足を向けているとも聞いている。そればかりではない。発達障碍児のケアにも力を入れている。特に言葉が出にくい、言葉に遅れのある子どもに訓練を受けやすくするよう、学校内に指導員を派遣する手立ても整えた。

 政治家を志す長男次男も、誰に言われることなく率先して朱里の戸籍の性別変更の手続きを行った。近い将来、どのような政治家になるかは、明らかである。

 あの朱里が、家庭を変えたのである。ひいては社会を変えたのである。あの喋れない朱里が、病気がちでかつ人前に出ることの苦手な朱里が、やってのけたのだ。そう思うと信じられないような思いがした。

 そして自分も、ーー将来は教育か政治にかかわっていきたい、そんなことを思うようにもなっている。祖父や父の大変さを知るからこそ政治だけはかかわりたくない、そんな風に思っていたはずだのに。

 そして四男海里。

 年齢的にも、趣味嗜好の面においても、家族で一番朱里とは近しかった。

 だから結婚の知らせは単純に嬉しかった。苦しくなるくらいに、嬉しかった。そこに懸念は不思議となかった。幼少時代から二人と接して来て、大地なら必ず朱里を幸せにしてくれると、そして朱里もまた必ず大地を幸せにしてやれるという確信があったから。

 大地は朱里に対していつでも良い意味で普通だった。特別扱いをしたことは一度もなかった。喋れなくても、女の恰好をしていても、それは「朱里だから」である。何も特別なことではないと、当たり前に接していた。それが朱里にとってどれほどの安堵を齎したことであろう。自然体でいられる要因となったろう。

 家族はどこか朱里を特別な存在としてみなしていた。それはもちろん愛情に裏付けされるものであったけれど、朱里にとってはそれがどこか窮屈さを齎していたのではないかと海里は訝る。朱里は家族から配慮されれば配慮された分いい子であろうと日々努力をしたし(彼女の性格上そうせざるを得なかった)、自分のせいで家族が偏見の目で見られてはいやしないか、自分のことで苦しんでいやしないかと、始終気を遣って生きていた。

 でも大地には一切、それがない。

 時に冷や冷やする場面はあった。大地があまりに無遠慮に、あまりにストレートに接するものだから朱里が傷つくのではないかと。

 でも朱里はその都度普通に怒ったり機嫌を損ねたりしながら、それでも大地と一緒にいることを望んだ。そう、望んだのだ。

 大地がバンド練習のさなか、差し入れとして自分の家で採れた大量の梨を持ってきて朱里たちに食わせようと包丁で剝いてやっていた時、朱里も真似をし、そして親指を少々切ってしまった。

 「おめ、不器用だな! なんでギターさ弾けんのに包丁使えねえんだべ」

 朱里は肩をすくめつつもしょうがないでしょうよ、やったことがないんだから、そんな目で大地を睨む。

 大地は当たり前のように朱里の切った親指を引っ張り、血を吸ってやる。

 「おめは何でも、できんのもできねえのもメリハリ付けすぎだべ」

 「ほだ」ルアンも梨を食いながら頷く。「おめは音楽だの勉強だのはできんのに、それ以外はからきしだい(注:だめ)だな!」

 「それが朱里のいいところだっぺよ」そう言ってほほ笑む大河はいつもフォローする側である。「なんでもできぢまったら、一緒にいでせやけっちまうべよ(注:腹立つだろうよ)」

 朱里は音作りにはうるさいが、ギターやエフェクターの配線などをいじることはできない。そこは工業高校出身のルアンや手先の器用な大地の出番である。だのに、朱里は作業中からもっとこうしろ、ああしろと次から次へとメモを書いて注文を付けるものだから、ついにルアンは、

 「おめ、なーんもできねえくせに! ちっと黙ってろ!」突き飛ばす。

 「ほだ! 文句付けんなら出来上がってから言え!」大地も応戦。

 でも朱里も黙ってはいない。

 ーー終わってから注文つけたらやりなおしになる

 ーー二度手間

 「うるっせえべ!」二人の声が重なる。

 「まあまあ」大河がいなす。

 朱里が対等な人間関係を築けるのは、世界広しといえどもこの三人だけだった。

 だからその一人と結婚するのは一番自然なことだったし、むしろ必然だったようにさえ思える。そこに性別だの年齢だの、はたまた家柄だの、そんなものを考慮すべきとは一切思えなかった。


 結婚式を終えた後、境内を歩く大河のスマホに一通の連絡が入った。

 鳥居の近くで写真撮影に応じる幸福そうな兄夫婦の姿を眺めつつ、ぼんやりとメッセージを開くとそこには英語で発信者:ヴァッケン・オープン・エア主催者とあった。

 恐る恐る開くと、ーー来年のヴァッケン・オープン・エア出場の依頼、とあった。

 思わず息を呑む。

 ーー今年のヴァッケン・オープン・エアにおける類稀なるステージングに鑑みて、ぜひとも来年も出場をお願いしたくご連絡をいたしましたーー

 慌てて近くを歩いていたルアンの手を引っ掴み、大地と朱里の元へと走り出す。

 「おいおい! どうしたんだべ!」

 「いいがら!」

 大地と朱里が微笑んでこちらを見る。

 「大地! 朱里! 来年もヴァッケンさ! 出れるど! 出てくろって今、メールさ来だ!」大河はそう腹の底から叫んだ。ルアンが「マジかー!」と叫ぶ。

 大地と朱里は一瞬見つめ合い、互いに手を叩いて飛び上がった。

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