18 異世界ダイエット計画
ある日の昼下がり、魔法の腕輪を外して頭部にぴょこんと二本の角を生やしたクロエがリビングのカーペットに寝そべってなにやら真剣に本を読んでいる。これは児童書であり、童話だった。
「そのと、き、み……にくい、あひうの、こは」
「アヒルだな」
「あひる、の、こは」
育ての親である雄太は、実家のソファーに座りながら、熱心にクロエが日本語の勉強をしているのを見て、たまに訂正をしていた。クロエはひらがなをもうほぼマスターしており、時折腕輪を外しては文字を読み上げて大人連中に披露しては、えらい! すごい! と褒められてご満悦である。
たまに言い間違いをするが、それもわざとの場合があり、とにかく雄太の気を引きたがっているのは今も変わらなかった。
この頃は甘えてくれるのは嬉しいものの、自分一人の活動がまったくできていないのでどうしたものかなと考えている雄太であった。
今日も穏やかに日が過ぎて行くなと思われたその時、風呂場から悲鳴が聞こえてきた。
「きゃああああ! 大変だよお兄ちゃん!」
「なにがー」
「あ、あたし……いつの間にか太ってる!」
「そうか」
雄太はちらりとリビングに走って来た梓を見て、視線をクロエに戻した。クロエはというと本を読むのに飽きたのか、猫のように雄太の足元に絡みついている。足首をぱしぱし叩いて来るので右手を差し伸べると、嬉しそうに全力で握り返してくる。雄太はクロエをそのまま持ち上げて優しく抱きかかえた。
「そうかじゃないよ! 大ピンチだよ!」
「普段家から出ないんだから別にいいじゃないか、ちょっと太っていても」
「そうだけどそうじゃないの! 今は一㎏でもそれを許してるとどんどん増えていくに決まってる! あああなんてこった!」
「パパ、あず、どした?」
「あず、でぶ、こまる」
「ぽんぽん、おじいちゃん、みたい?」
「そうだな。クロエは賢いな」
「えへへ♡」
「わ~クロエちゃん日本語上手~ってそれどころじゃないんよ! 助けてドラ〇もん!」
「誰が未来の世界の猫型ロボットだ、俺は原子力で動いてないぞ」
「ちっちっち! やだな~お兄ちゃん、それは過去の設定ですよ。今は単になにを食べてもエネルギーになるに変わったんだから」
「ふ~んそうなのか、さすがに問題あったんだな」
「そらそうよ……じゃなくてダイエットだよダイエット! なんかこう、痩せる薬とかないかな?」
「ん~ないこともないけど、長い目で見ると健康を害するぞ。カロリー高いもの食わなきゃいいだけじゃないのか?」
「それは無理! お母さんのご飯美味しいし、食べるのが生きがいだから!」
「じゃあランニングでもするか?」
「そ、それも無理! お外出たくない!」
「でも異世界行った時には抵抗なかったじゃないか」
「それは、あそこには知り合いがいないから……ああっ!」
「いうえお」
「かきくけこ! じゃない! 異世界行こうよお兄ちゃん! それでレベル上げれば健康的に痩せられるよね! 日本じゃ美容のためにダンジョン攻略してる人もいるし、芸能界でも流行ってるんだから!」
「う~んそれはまあそうだが、動機が不純だな」
「不純でもいいじゃん! それに元はと言えばお兄ちゃんに原因があるんだからね! 急にいなくなったかと思えばこんなかわい子ちゃん連れて帰って来るもんだからお母さんも毎日はりきっちゃって、ご飯のグレードが明らかに上がったんだから!」
「だからって無理して食わんでも」
「出された美味しいものは可能な限りお腹いっぱい食べるのが私の主義なの! ねえお願い! 異世界ダイエットツアーに連れて行って!」
「お前そうほいほい異世界になんか……」
「パパ、お家もいいけどクロエもまたダンジョン行ってみたいな」
「おおそうか。じゃあ行こうな、よしよし」
「きええええ扱いの差が酷い! でもありがとう二人とも! 準備してくる」
「騒がしい奴だな」
バタバタと二階に戻っていく梓を見送って、雄太とクロエも余所行きの服に着替えた。余所行きと言っても異世界で人に会っても良い風の向こうの衣装だ。
一応遅くなった時用にリビングに両親大好評のクロエの落書き付き書置きを残して玄関で靴を履いて待っていると、バタバタと梓がやって来て目をむいた。
「なにそのかっこいいの! 私のは?」
「あいにく成人女性用の異世界服は持ってないな」
「ええー!」
「コート貸してやるからこれでも着ておけ。靴を履いたら転移するぞ」
「ちょっと待って! 食べ物とか飲物は任せていいんだよね?」
「おう、だから荷物はいらんぞ」
「じゃあ置いて行こうかな」
「いや、収納に預かっておく。はいこれ」
「あっ魔法の腕輪だ!」
「梓用になってるぞ。異世界言語を翻訳してくれるし、各種能力値を底上げしてくれる」
「え! じゃああの伝説の異世界行って俺つえー! ができるの⁉ やったー!」
「ダンジョン攻略だから基本人には会わんがな。威張る相手はおらん」
「そういやそうでした」
「もういいか? じゃあ行くぞ」
「パパ抱っこ!」
「はいはい」
「でた! クロエちゃんの隙あらば抱っこ! あざとくてかわいい!」
「わけわからんこと言ってないで行くぞ」
右手を上げていよいよ転移しようとしたところで、雄太は気付いた。
「……どこのダンジョンに行くか決めてなかった」




