16 都立小金井公園2
わんぱく広場から先を進んでしばらくすると、ソリゲレンデなる施設が現れた。雄太も子供の頃よく家族でここを訪れて遊んでいたが、クロエにも体験してもらおうという腹積もりだ。
雄太にはまともな恋愛経験もなければ子育て経験もない。正直魔王の娘であり恵まれた魔力と身体能力を持つクロエにとっては物足りないだろう。しかし雄太はできるだけクロエを日本で普通の子のように育てるつもりだ。
クロエの将来がどうなるかはわからないが、大人になって一人立ちする前にできるだけ幸せな思い出を作ってあげたいと思っている。最近読んでいる子育て本にも書いてあったが、子供は幼い時に十分愛された記憶がないと大人になってから社会の中で愛を試すようになり、その結果自分を含めて周囲の人間を破綻させるようになるそうだ。
愛を知らないが故に愛を試す行為は古今の歴史の中においても凄惨な悲劇をもたらしてきた。クロエは魔王の血族という面を除いても魔力に優れており、将来は優秀な戦士に育つだろう。だからこそ普通を知らなければいけないのだと雄太は考えている。雄太自身、邪神を倒してから後も道を誤っていないのは日本で普通に育ってきたからだと確信しているからだ。
クロエには父親も母親ももういないが、自分や家族がその分を補えると信じている。雄太は自分なりのやり方でクロエにしてやれることはなんでもしてあげるつもりだ。
「ああそっか、今貸し出しはしてないからソリは自分で用意しなければいけないんだな。一度売店まで戻ろう」
雄太の子供時代はソリゲレンデでソリの貸し出しを行っていたが今はしていないようなので、中央の売店に戻って千五百円ほど支払って購入してきた。
そのソリは大きめであり、クロエと二人で乗っても大丈夫なようだ。子供時代を思い出してワックスが張ってある桶にソリを付けてゆるゆると外階段を登ってゲレンデの頂上まで歩く。幼い子が親と楽しむことを想定しているので、傾斜も比較的緩やかで、高さもほどほどだ。午前十時から午後四時まで開放している。
「パパも乗って!」
「ああ」
怪我防止のためかフサフサの毛が長い人工芝のような加工が施されているが、結構なスピードでソリは滑り落ちてくる。クロエは怖がるよりも歓声を上げて喜んだ。
「思ったより早いねパパ! もう一回乗ろ!」
「おう」
滑り降りる度に雄太はひょいと肩にクロエを軽々と担いでのしのし階段を登って来るので、周囲の父兄からも何者なんだと注目を集めてしまうが、そこは整ったマスクと筋肉、そしてサングラスの相乗効果が触れてはいけない空気を醸し出していたので特に話しかけられずに親子の楽しい時間は過ぎていった。
その後はしれっとソリを異次元収納に入れて先に進むと、ふわふわドームでクロエを遊ばせてみる。
ふわふわドームは大きな白い餅のような小山の遊具で、その上に靴を脱いで登った子供達がぴょんぴょんして弾みトランポリンのように楽しんでいる。混雑時には整理券を配布するくらい人気らしいが、今日は平日の昼間ということもあって普通に利用できた。
登って遊べるのは子供だけなので雄太は弾むクロエをスマホで撮ったりして過ごしていたが、五分くらいするとすぐ彼女は戻って来た。
「あんまり面白くなかったか?」
「ううん、でもクロエはパパと一緒に遊べるのがいいの」
「そっか、じゃあ草地の広場へ戻るか」
「うん!」
頭を撫でると猫の子のように目を細めて嬉しそうにはにかんだクロエが小躍りしながら自転車に乗せてもらい、武蔵野の雑木林に囲まれたいこいの広場へとやってきた。
周囲の邪魔にならない所に自転車を停めて芝生の中へと入っていくと、風に吹かれた大木の葉がザアアと潮騒のような音を響かせて歓迎してくれた。緑滴る晴天に愛娘の笑顔が映える。
ここで一息つこうと思い、木陰の中でビニールシートを広げてその上に胡坐をかいて座ると、クロエはちゃっかり膝の上に収まった。この辺り幼いながらになかなか抜け目がない。
雄太が目でたしなめるが、クロエは気にせず笑顔を返してくる。こうなるともう父はなにも言えなくなる
。
気を取り直して雄太はリュックから水筒を出して麦茶を飲ませる。この麦茶は家の冷蔵庫で母がいつも作ってくれているやつである。行きがけに購入しても良かったのだが、公園へ行くなら持っていきなさいと持たせてくれたのだ。
小さいコップにお茶を注いでクロエに渡すと、クピクピ飲んで、あー! と声をあげた。
「なんだそれ、おっさんみたいだぞ」
「おじいちゃんのまね~」
「やめなさい。ほら、買ってきたお菓子食べな」
「やったー!」
クロエは駄菓子を広げて順番に口に入れていった。普段口にする家庭料理とは違う刺激的な味に、いちいち解説しては驚いて顔をほころばせる。
そして休んだ後は雄太が吹いたシャボン玉を追いかけて捕まえようとしたり、気持ちがいいので昼寝をしたりして楽しんだ。
今日はこの後に梓がまたメックを食べたいというので帰り道に寄って購入しなければいけない。雄太がそろそろ帰ろうかと言うと、ビタッとクロエが動かなくなった。小さい手をちょいちょいと引いてみるが微動だにせず、目で訴えかけてくる。
「どうした、まだ帰りたくないのか?」
「クロエね、楽しかったの」
雄太は膝を折ってクロエと同じ視線になった。
「そうか。でも来ようと思えばまたいつでも来られるんだ、梓が待ってるし、今日はもう帰ろう」
「……じゃあチュウして?」
「しょうがないな」
「ちゃ~!」
クロエの耳元に優しく口づけをすると少女は身もだえして喜んだ。その隙にさっと体を抱え上げて自転車に乗せると、ゆっくりペダルを漕ぎだした。
「絶対また来ようね、パパ」
「おう」
沈み行く太陽に見送られて、不思議な親子は小金井公園を後にした。




