情報を制する者は戦いを制す・2
虫! 私ですか!?
振り返ると、完璧な装いの淑女が「そうよ」と肯定した。
「取って! 取ってください!」
黄花藤のトンネルは蜜蜂が飛び回っていた。他にも多種多様な花が競って咲いている。できるだけ気にしないようにしていたけれど、正直どこもかしこも虫だらけだ。
「嫌よ」
にべもなく断られた。
「教えて差し上げるのはいいけれど、親切にした私がどうして嫌いな虫を触らなければならないの?」
なるほど筋が通っている。私は、ご令嬢というには少しだけ歳の多い、おそらくは二十代半ばの彼女と見つめ合った。どこかで見覚えが。
「お願いします。これで払ってください」
髪に虫をつけたままでいたくない。手に持った扇を差し出して、必死にお願いすると、渋々引き受けてくれた。
「これ……私があなたを打擲しているように見えませんこと?」
パーティーで気に入らない令嬢を打ちすえる年嵩の令嬢の絵が浮かぶ。芝居ならともかく現実にあるとは、とても思えない。
髪が見やすいよう彼女に背を向ける。首筋に風を感じると同時に、真横をすごい勢いで虫が飛び去った。
「ありがとうございます。蜂でしたか」
「甲虫よ。いいのかしら、逃したのは幸運かもしれませんことよ」
扇を返してくれながら、きゅっと口角を上げる。この国には甲虫は幸運を連れてくるという考えがあったと思い出す。
甲虫はたぶんカナブン。日本人的な感覚では、まったくありがたくない。
「私ミナミと申します。差し支えなければお名前を」
「ラドクリフ」
思った通り、アリスだった頃同じクラスにいらした伯爵家のラドクリフ嬢だった。
あの頃はここまではっきりと物を言う方ではなかったが、十年の歳月が彼女を変えたのだろう。
本日は未婚の令嬢の集い。だとすると彼女は独身、少し意外に思える。
「ラドクリフ様、お手数をおかけしました」
あらためてお礼を述べると、とりあえず日陰に入ろうと誘われた。
「よろしくてよ。虫がついたままでは、私も落ち着いて話せませんもの。あなた聖女のおひとりでしょう? 進み具合はいかが」
進み具合。何をどこまでご存知なのだろうと考えるまでもなく、彼女の言葉が続いた。
「父から聞いたわ。今後流行するであろう病に対して有効な手立てを伝導すべく異世界よりお越しになった聖女だと」
ラドクリフ家は毒霧毒沼を知る範囲外の家だと分かった。
「はい、おかげさまで順調です」
「それは良かったわ。教会は秘密主義で肝心な話は何も伝えないでしょう? 待たされることに飽き飽きしていたの」
待たされているのは……ピンときた。
「御結婚を、ですか。ブレンダン殿下との」




