26 人造勇者キーラ
か細い腕に針が刺され、緑の液体が注入される。
「ウアアアアアアッッ!!」
紫髪の女の子は痛みにのたうち回る。
しかし手足をベッドに固定されているため逃げ出すことができない。
血管が浮き出て、口からは泡を噴く。
けれども研究者たちは苦しんでいる女の子に構わずに、さらに注射をしようとする。
「やめて!! なんでこんなことするの!!? 帰してよ!! 院長に会わせてよ!!」
紫髪の女の子、キーラは泣き叫び、懇願する。
しかし研究者はキーラの言葉に反応せず、無感情に薬物をキーラに注入する。
キーラはさらに激しい痛みに苦しむ。
また部屋にはキーラ以外にも、薬物を注射されて泣き叫ぶ子供が多くいた。
キーラも含めて、子供たちは1日中人体実験をされていた。
そして気絶した者から牢屋に運ばれていった。
動かなくなった者は牢屋に戻らないので、彼らがどこに運ばれたかをキーラは知らない。
気付くとキーラも牢屋に運ばれていた。
全身が痛む。
所々血が出ている箇所もある。
目眩や吐き気もする。
「痛いよお。お母さん、お父さん。うああぁ」
隣にいた女の子が泣きじゃくっている。
牢屋はトイレが一つあるだけの狭い部屋で、子供5人が放り込まれていて、一人が泣くと周りも一緒に泣き出す。
他の子の泣き声を聞いていると、キーラも孤児院に帰りたくなって泣き出す。
訳も分からず連れてこられて、痛みと気絶を繰り返す日々。
一刻も早く逃げ出したかった。
早く孤児院に帰りたかった。
そうして泣いていると、
「ごめんね」
一人の男がキーラのいる牢屋に入ってきた。
この実験施設の博士の一人で、茶髪にメガネを掛けた優男だ。
目元には隈ができている。
「ごめんね」
博士は心底申し訳なさそうにしながら、キーラたちの傷の手当てをしていく。
この博士はいつも子供たちの手当てをしていた。
この実験施設のなかで、この博士だけが子供たちを気遣っていた。
けれど、それは子供たちには関係ない。
キーラにとっても、酷いことをする大人の一人だった。
「謝るなら、なんで酷いことするの!? 帰してよ! どうして私たちがこんな目に合わなきゃいけないの!!?」
キーラは博士に怒りと疑問をぶつける。
「ごめんね。……魔王を倒すためなんだ」
博士はためらいがちに言った。
「どういうこと!?」
「このままじゃ人類は滅びる。防ぐために国は人工的に強い奴を作り出すと決めた。それがこの人造勇者計画なんだ」
「私たちが魔王を倒すってこと……?」
「そうだね」
「じゃあ魔王を倒したら、また孤児院に帰れる?」
「うん」
「……分かった。じゃあ頑張る」
「えっ!? いいのか?」
博士は戸惑った。
「もちろん辛いけど、でも、魔王を倒さないと院長も皆も死んじゃうんでしょ?」
「……そうだね」
「じゃあ頑張る。頑張って皆を守る」
キーラは決意した。
「ごめんな……ごめんな」
博士はキーラを抱き締めて泣いた。
子供に無理を押し付けてしまう自分たち大人の情けなさを謝った。
しかしキーラにはなぜこんなに謝っているのか分からなかった。
その後キーラは辛い実験に耐えた。
全身から血が吹き出しても耐えた。
魔物の角を移植されても耐えた。
二年間耐え続けた。
しかし急に実験が終わった。
毎日行われていた実験がパタリと止まり、ただ博士がご飯を持ってくるだけになった。
子供たちは不思議に思ったが、痛いことがないので喜んだ。
そんな日が続いた一週間後、博士が走ってやってきた。
「逃げろ!」
博士は息を切らしながら、キーラのいる牢屋の鍵を開けた。
その時だった。
突如博士の胸を何かが貫いた。
血が吹き出す。
ゴンッと音がした方を見てみれば、床に拳大のひし形の岩が転がっている。
そばの壁には大きくヒビが入っていた。
「いけないですよ博士、子供たちを逃がそうとするなんて。殺処分決まったんですから」
身なりのいい騎士の男が通路を歩いてくる。
後ろには杖を持った魔法使いが六人従っている。
この魔法使いは魔法で岩を作り出して発射し、次々と他の牢にいる子供たちを殺していった。
悲鳴と衝撃音が響き渡る。
「なんで!? なんでこんなことするの!? やめて!! 助けて!!」
訳が分からず、キーラもただ泣き叫ぶ。
その間にも騎士たちは歩いて、ついにはキーラたちの牢の前にやってきた。
魔法使いは同じ牢にいた子供たちを次々と殺す。
そしてキーラにも杖が向けられる。
「イヤアアアアアアアアッッ!!!」
キーラは泣き叫ぶ。
体からは紫電が溢れる。
怒りと恐怖に飲み込まれて、彼女は自我を失った。
「ハア、ハア、ハア」
気付くとキーラは血の海に立っていた。
「キーラ……」
博士の声が聞こえて、キーラは夢中で駆け寄る。
博士は胸と口から血を垂れ流し虫の息だった。
それでも駆け寄ったキーラの顔に手を伸ばす。
「生きろ……生きて幸せになるんだ……」
博士は涙を流しながら言った。
それが博士の最後の言葉だった。
キーラに触れていた手は力なく地に落ちた。
「……博士……」
言葉はそれしか出てこなかった。
代わりに涙が次から次に流れた。
悲しみが溢れた。
そうしてキーラが泣き暮れていると、
「覚醒したみたいですね」
入口の方から声がした。
「誰!?」
キーラは身構える。
「おっと、警戒しないでください。私はそこのアルモ博士の友人です。私が逃げたあなたたちを匿う予定でした。しかし待っても来ないので何かあったと思い駆けつけたのです。間に合いませんでしたが……」
わざとらしく残念そうに言う男は、貴族らしい豪華な衣装を身につけた緑髪の長髪の男だった。
「さあキーラさん、私と共に我が家に帰りましょう」
「……信用できない」
「では、どうするつもりですか?」
「孤児院に帰る。帰って院長や皆と暮らす」
「それは叶いません。国は自らの汚点を消すために必ず刺客を送ってきます。倒しても倒しても新たな刺客がやってくるでしょう。いずれは勇者がやってきて、あなたは殺される。もしかしたら、あなただけなら逃げられるかもしれません。でも代わりにママが殺されます」
「そんな……」
キーラはショックを受ける。
「でも私に着いてきたら、しばらく匿える。その間に強くすることもできる。そして強くなって勇者を殺してしまえば、誰もあなたやあなたの周りに手を出せなくなります。そうしたら晴れてあなたは平穏な暮らしを送れる」
「でも勇者は悪い人じゃ……」
「でもそうしないと、あなたは一生幸せにはなれませんよ? 幸せな生活を送るために辛い実験にも耐えてきたのでしょう?」
貴族の男はキーラの耳元で囁く。
その言葉を聞いていると、頭の中に靄がかかったみたいになって、ボーッとしてくる。
そして男の言葉が頭の中をぐるぐる回り続ける。
「そうだ、私は幸せになるために……」
「そうでしょう? なら勇者たちを殺すのです」
「……はい」
そう言うキーラの目は焦点が定まっていなかった。




