女が召喚された
ダンジョンに赴くのをロロに伝えてから、季節は本格的な夏を迎えた。
「だんなさま、朝ですよ」
俺の体中をハムハムしながら起こしてくる茶色い毛玉を暑苦しいので引きはがし、準備してくれていた桶の水で顔を洗い、濡らした布で寝汗をふく、髪がだいぶ伸びたのでそのうちロロに切ってもらうか等思いながらいつものように櫛を手にとりロロの背中をすいてやる。
朝といってもまだまだ夜明けまえ、夜目のあるタヌキ族達は活動を開始しているが、俺は暗いと身動きもままならないのでロロと人語のお勉強だ、日常会話からタヌキ族の言伝えや近くの集落の話、今日の予定やらたわいない話で終始する事もある。
朝の食糧事情はあいかわらず干し肉と水である、ヤギの乳もあるが口にあわないので遠慮してある、タヌキ族は夕餉にしか火を使わないのが常で、冬を見越して薪の使用は最低限にするのがここの生活の知恵なんだとか、暖炉や炭をここで見たことがないので自分は冬を越せるのか少々不安である。毛玉がいれば大丈夫か。
召喚された身である事、いつ消えるのかもわからない事、ダンジョンをアタックする役目がある事、闇の柱の眷属が溢れる危険がある事をタヌキ集落の長老に伝えてはいる、話をするたびロロの青い目が悲しげに濡れるのを見るのはとても辛いが大事な事だ。
タヌキ族からもこの世界の事情は聞いてある、この世界を支える白の柱、それも稀に顕現する伝承があるのを聞いた時は少なからず驚いてしまった、会えるなら会ってみたいがどうすれば会えるのかは見当もつかないらしい、逆に黒の柱が顕現するのは眷属が溢れた後、世界が終わるとタヌキ族はそう声を揃えた。
そしてこの世界には神という概念がなかった、どうやっても伝わらない、伝えられないのが正しい表現かもしれないが白と黒の柱は神ではないらしい、信仰や祈る対象ではなく、太陽や星々と同列に例えている気がする、上位の存在ではあるのだろうが、俺が思っているより人の世界と近いからなのかもしれない。
沢の上流にある山側の集落の先にはオーリが調査しに行ったであろうダンジョンがある、どうなったのか、そのままだとしたらいつ妖魔が溢れてくるのか分からないので警戒と準備は怠ってはならない、少なくとも防衛を主体とした陣地構築、それが目下の課題である。
「今日はここを出て、上流を目指すわけだけど、ロロも付いてくるの?」
目の届く範囲に居てくれるのは嬉しい、だが不安もあるので何度も確認した事をついつい訪ねてしまう。
「もちろん、ロロはだんな様の世話役ですから付いていきますよ」
ロロが賢い子なのはもう知っている、最初に森で出会った時は迷子かと思ったが、実は迷子は俺の方で、ロロが探しに来てくれたのではないかと、今ではそう感じる。ロロは俺に道を示そうとしているのではないか、示す先になにか答えがあるような気がしてしまう。
機会があれば親の番いにそれとなく聞いて見るかと思いつつ、革製のサンダルにも似た靴の紐を結び、干し肉を包んだ袋と水筒、鞘付きのナイフ二本を腰のベルトに繋ぎ、先を尖らせてある木製の手投げ槍を何本か入れた筒を背負う。俺は投げる物がなければ始まらない、荷物が多くなるのが辛いところだ。
ロロの準備は、寝床にしていた毛皮の毛布をたたみ持っていくようだ、枕は置いておけと注意する。
まずは沢へ向かい上流を目指す、いつもの狩りのメンバーも三タヌキほど同行しているので人手の不安はない、水辺の周りには獣が集まる、気配を感じながら危険な獣がいれば時には迂回する、日の出とともに出発する事もあって、途中休憩をいれても正午過ぎには上流の集落にたどりつけるはずだ。
なだらかな水辺の傾斜を登りながら、獣の死体が浮いていないか確認する、放置すれば下流の沢が汚染され大変なことになる、普段は飲み水にはしていないが夏場なので沢の水を飲むタヌキもいるかもしれない。
三タヌキがもう少しで集落が見えると息をついた頃、この世界に降り立つ光が見えた、初めて見るその光景に震える、あれが召喚の光だろうか、胸がざわつく、細長い筒のような光だ、やがて光は霧散し、そこに長身の人が立ち尽くしているのを確認できた。
身長は俺よりすこし高い、百七十五センチくらいか、華奢さを感じないスラリとした体形、豊そうな胸の膨らみ、長い艶のある黒髪、俺が召喚された時と同じチェニックと、革のサンダルを履いている、召喚者の初期装備かな、とっさにロロと三タヌキにその場にいるよう指示を飛ばす。
「俺と同じ召喚者のようなのでロロ達はここに」
少し掠れた声がでたが気にせずそのまま召喚者の方に向かう、なぜ俺の近くに召喚したのか、俺がいなければどうなったのか、近くに他の召喚者がいるのか、ダンジョンから黒の柱の眷属が溢れる予兆だったりするのか、様々な憶測が頭の中を逡巡する、だが仲間候補だ、接触しなければならない。
「君も、召喚された者か」俺は近寄りつつ日本語で声を掛ける。
「ん、おぬしもなのか」日本語で答える女、女……だよな? 口調がおかしい気がする。
俺の声に反応してこちらの目を覗き込むように女は答えた、目は大きく、意志を宿したような深い緑色した目だ、ふむっと女は喉を鳴らした。
「まさかここは異世界ってやつか!」
俺と違って順応が早いみたいだ、すんなりと状況を受け入れているのか?
「でも記憶がないぞ、どうなっている、名前すら思い出せぬぞ」
俺もそうだったから落ち着いて欲しいとぐっと我慢して、女が落ち着くまでじっと待つ。
「君は・・・なんだ?」
女は自己解決するのを諦めたみたいなので用意していた疑問に答えてやる。
「ここは知らない世界で、俺も呼ばれた、最初に告げられたのはダンジョンにアタックせよって言葉で、この世界にはダンジョンがある、」
用意していた割りには酷いセリフだなと自分の中で毒づく。
「私もその言葉には覚えがあるな!どんな意味だ?」
ん、そのまんまの意味だと思うが通じないのか……
「ここでは……えーと、この世界には白い柱と黒い柱がいて、黒い柱の眷属……妖魔やら魔物やらがダンジョンから溢れるのを食い止めるみたいな意味だと……思う」
「そうなのか、では私を召喚した主はその白い柱の方か?」
白い柱が召喚主……なのか……
「実は召喚主には会ったことがないのでわからない、ちなみになんらかの才があれば頭に浮かんでくるはずです」
「む、ギフトか、天恵ってやつか!」
こういうのは話が早いのな、凄く……嬉しそうです……なにこの人、ちょっとドン引きですよ。
「身体強化と……裁縫みたいだ」
俺と同じで地味系だな、少し優越感に浸れるな。
「あれを持ち上げてみてもいいか……?」
巨大な岩を指さしている、やめとけ、あれはさすがにでかすぎるぞ、お前の三倍はある。
「む、むむう」
両手で抱えて持ち上げやがった……地味に強いって話じゃない……
「なんと!これでは無双できてしまうではないか!」
持ち上げた大岩を下ろし、女はチートか、チートきたか!なんて呟きだした……
「この力……何か代償が発生するのでは……」
一人で悩みはじめたようだ、もうこの場を離れたい気持ちでいっぱいです、いつのまにかロロも俺のそばに寄ってきていて、俺の足にしがみついてその様子に驚愕している……
「そうか!このパターンだと腹ペコ魔人だ!くそう、腹ペコ魔人になってしまうのか!悔しい!」
悔しそうに見えないが悔しいのか……?
「あの……お腹が減っているなら干し肉食べますか……」
そっと干し肉の包んだのを手渡す。
「む、腹は減っていないようだがそれは餌付けとやらか? 私をハーレム要員にするつもりか! その手には食わんぞ!」
ロロを見ながら言うのはやめてください、そんなんじゃないです。ドン引きしながら干し肉をナイフで切り取り欠片を手渡そうとすると女はひょいっと掴み口の中にいれ咀嚼する。
「むう、不味いなこれは、調理スキルの一つもないとか気の利かぬ奴だなおぬしは……」




