第93羽
ルイを無事保護した俺は、ティアたちが待つビーチへと足を向けた。
となりを歩いているのは片手にお菓子と拾った貝殻を持って満面の笑顔を浮かべたルイ、そしてルイと手をつなぎご機嫌のラーラだ。
「結構遠くまで来ちまったんだなあ」
ルイを探しているときはそれほど感じなかったが、こうして元の場所まで戻ろうとすると思ったよりも長い距離を歩いてきたことに気づく。
同時にその距離をわずか数分で飛んできた――正確には水上を滑ってきた――空色ツインテール魔女には呆れるばかりであったが……。
それから三十分ほどゆっくり歩き、周囲に観光客が見かけられるようになったその時、聞き慣れた声が耳に入ったような気がした。
「いい加減にしてください! お断りしますと先ほどから言っているでしょう!」
やけに通りの良い声が浜辺の方から聞こえてくる。
「おやおや? この声は……?」
どうやらラーラもその声に聞き覚えがあったらしい。立ち止まって声が聞こえてくる方へ目を向けていた。
「いいじゃん、ひとりなんだろう? 俺たちといっしょに遊ぼうぜ」
「だから嫌です!」
ふたりの男がひとりの女性にしつこく声をかけていた。
男たちの方は必要以上に黒く日焼けした肉体をさらし、水着姿なのにネックレスやらブレスレットやらをジャラジャラと身につけている。どこからどう見ても浜辺でよく出現する軟派なチャラ男にしか見えなかった。
女性の方は後ろ姿しか見えないが、それだけでもよくわかる抜群のプロポーション。ピッチリと体のラインが出る深い青色の競泳用水着を身につけている。背中が大きく開いたデザインで、手足よりも一層白い素肌があらわになっていた。その背中を隠すように翡翠色の髪が揺れている。
ん? あの髪色どこかで見たような……。
「レビさんレビさん。あれ、窓のアルメさんじゃありませんか?」
「あっ! アルメさんか!」
ラーラに指摘されてようやく気付く。
俺のこぼした声に反応し、競泳水着の女性が振り向いた。
「え? レバルトさん? どうしてここに?」
こちらを見た女性の顔は間違い無く俺が常日頃困らせてい――もとい、お世話になっている『出会いの窓』職員のアルメさんだった。
「アルメさんこそ、どうしてここに?」
全くの奇遇である。
まさかこんな遠く離れた海水浴場で、普段同じ町にいる知り合いと会うなんて。
「ち、男はお呼びじゃねえんだよ」
ナンパの邪魔をされて不機嫌を隠そうともしない男たちが、なぜか俺に向けて敵意をむき出しにする。
いや、『なぜか』というのも変な話か。どこからどう見てもナンパの邪魔したわけだしな。
でもさすがに知り合いが嫌がっているのに、ここから見て見ぬふりなどできるわけもない。
嫌だなあ。ケンカなんてしたくないんだが……。魔力がない俺が逆立ちしても勝てる相手には見えないし。
ほらほら、イラついた表情で男の片割れが俺の方へ歩いてくるなり威嚇してきた。
「邪魔なんだよ! うっとうしいからさっさと失せろ!」
乱暴な手つきで俺の肩を強く押した男の姿が、次の瞬間にはストンと消える。
「え?」
何が何だかわからない俺のとなりで、ツインテ魔女がボソリとつぶやく。
「正当防衛です」
「おい! こら! ふっざけんな! 出せよ!」
戸惑う俺の足もとから、男の怒鳴り声が聞こえてきた。
ふと視線を下に向けると、さっきまで男が立っていた場所にぽっかりと穴が空いている。ついでに見えるのはその中で必死にもがく男。何とか穴のふちに手をかけようとしているが、手をかけたところでそこは浜辺の砂である。つかんだ端から崩れていき、自分の体を砂で埋めるはめになっていた。
「やりやがったな! このチビ!」
もうひとりのチャラ男が、俺ではなくラーラに向かってつかみかかろうとした。
「サンドストーム!」
だが攻撃魔法の発動速度では学舎でも随一だったラーラにとって、それは十分余裕のある間合いだったのだろう。すぐさまとなえた第二の魔法が効果を現すと、周囲の砂が舞い上がり、砂嵐のごとくチャラ男に襲いかかる。
もちろんラーラだって馬鹿じゃない。怪我をしないよう手加減はしているはずだ。だが舞った砂をまともに顔へかぶったチャラ男は鼻や口にたっぷりと砂を吸い込んだらしく、その場でうずくまると苦しそうに咳き込みはじめた。
えーと……、良いのかこれ?
「正当防衛です」
いや、そうなのかも知れないけど。
「そうですね。正当防衛ですね」
アルメさんまでそう言いはじめる始末である。
ま、いいか。怪我させたわけじゃないし、穴に落ちたヤツも時間かければ自力ではいあがれそうだしな。
「何かあれば私が証言と弁護をしますので」
そう口にするアルメさんに促されて、俺たちはチャラ男たちを放置してその場を後にした。
「助かりました。あの人たち、断っても断ってもしつこかったもので」
歩みにあわせて翡翠色の髪を左右に揺らしながら、アルメさんが俺とラーラに礼を言う。
窓の受付をしているときはいつもポニーテールだが、髪を結わえずストレートに下ろしているアルメさんはいつもにも増して魅力的であった。ニナやパルノの『かわいらしさ』とは違う『美しさ』である。
制服姿以外のアルメさんを見るのは初めてだが、まさかそれが水着姿になるとは思ってもいなかった。
しかも体のラインがピッチリと浮き出る、ある意味セクシーな競泳用水着。アルメさんのイメージとはちょっとあわない。
ラーラも同じように感じたらしくその疑問を口にすると、「学舎時代は水泳部に所属していましたので」と答えるアルメさん。子供の頃は体を動かすのが好きなお転婆――じゃなくて、実は体育会系な部活女子だったらしい。
うーむ、しかしこれは……目に毒だな。もともとプロポーションは良いと思っていたが、競泳水着で体のラインがハッキリ見えるとなおさらスタイルの良さが際立つ。
特にそのはち切れんばかりにふくれあがった胸のふくらみは反則ですよ、アルメさん! 実は着やせするタイプだったんですね!
「あの……レバルトさん。あまり見られると、その……。恥ずかしいです」
「もふぁ! す、すみまふぇん!」
しまった。ガン見しすぎただろうか。
横を向けばとなりを歩くラーラが俺に冷たい目を向けていた。
む……、仕方ないだろう。これが男の性ってやつなんだから。
なあ、アンタもわかるよな?
いつもクールなアルメさんが赤面するという状況にギャップ萌えしつつ、多少気まずくなった空気を引きずって俺たちは浜辺を歩きつづける。
「ンー!」
そんな気まずい空気を変えたのは、ラーラと手をつないでいる年令不詳のモンスターだ。
「あら? この子は?」
「ああ、親戚の子なんだけど、しばらくうちで預かっているんだ」
アルメさんの問いに、あらかじめ用意している作り話で答える。まさか伝説の希少種モンスターです、とは言えるはずもない。
「ンンー!」
「その貝殻……」
ルイが自慢げに桜色の貝殻をアルメさんへ見せつける。さっき地元の子供たちへ譲ったカヌラの貝殻だ。
意外にもアルメさんが興味深そうに貝殻を見ている。
「このあたりに採れる場所があったんですね」
「アルメさん、この貝殻のこと知っているの?」
「ええ、それカヌラ貝ですよね?」
俺の問いかけへに確認の質問で返すアルメさん。
「ああ、さっき地元の子供たちがそう言っていたなあ」
「そうですか……。いえ、別に大したことじゃないんです。ただ最近カヌラ貝の収集依頼が多いもので……」
「え? この貝って窓でも買い取っているんですか?」
ラーラが口を挟んでくる。
「いえ、普段は買い取りしませんよ。収集の依頼があればの話です。でも不思議なことにここ最近収集の依頼が増えていまして」
「ちなみにいくらで買い取りしてくれるの?」
しょせんは貝殻だから大した額にはならないだろうが、興味が湧いたので聞いてみた。
「そうですね……、今はひとつ五百円くらいでしょうか?」
思いもよらぬ金額がアルメさんの口から出てくる。
「え!? 貝殻ひとつで五百円!?」
「そんなにですか!?」
俺とラーラが同時に驚きの声をあげる。
まさかそこまで高い物だとは知らなかった。知っていたらお菓子となんて交換せずに全部持ち帰ったのに……。
「半年前は収集の依頼なんてほとんど無かったんですけれど……」
「そんなに価値がある物なのか、これ? 確かに見た目キレイだとは思うけど、五百円も出すほどの物か?」
ルイが持っているカヌラ貝を改めて観察してみるが、やはりそこまでの価値がある物とは思えなかった。
「そうなんですよね……。私の知る限り用途と言ったら外壁塗料の染色くらいですし、それだってもっと安い染料がありますから、わざわざカヌラ貝を使う必要なんてないんです」
不思議そうにアルメさんが言う。
「たまにコレクターらしき人からの収集依頼がありましたが、せいぜい買い取り価格はひとつ十円や二十円程度で、収集の手数料がなければ誰も引き受けないような仕事でしたから」
え? 半年前までは十円、二十円だった貝殻が今では五百円ってことか? 異常じゃね?
「それでそれで、アルメさん。その収集依頼というのは今もあるんですか?」
どうやら儲け話の気配をかぎとったラーラが確認する。
「はい。最初は収集依頼もすぐ無くなると思っていたのですが、今では複数の組織から定期的に収集依頼が来ていますよ。そのせいなんでしょうか? 買い取り額もどんどん上がっていって……」
「今じゃあひとつ五百円なんて値段がついている、ってか?」
「そうです」
ほほう。これは小銭稼ぎの予感。
さっきルイが持っていた袋にはどれくらいの貝殻が詰まっていただろうか?
少なくとも五十個くらいは入っていたと思う。となるとひとつ五百円として……、全部で二万五千円? これはもしかしておいしいのでは?
「なあ、ラーラさんや」
「なんですか、レビさんや?」
ラーラもお小遣いの気配をかぎ取ったのだろう。俺の呼びかけに笑みを浮かべて言葉を返す。
「明日、俺とルイは別行動を取ろうと思うんだが?」
「奇遇ですねレビさん。実は私もルイといっしょに行きたいところがあったんです」
「なるほど確かに奇遇だな。もしかしてあれか? 丈夫で大きめの袋と熊手を用意して、とか?」
「そうですね、あれですね。こう……、たくさん貝殻が入るような網袋とか良いかもしれませんね」
「仕方ない。じゃあ三人でちょっくら別行動するとしようか?」
「そうですね、仕方ないですね。本当はルイとふたりが良いのですが、特別にレビさんも仲間に入れてあげましょう」
ちょっと納得いかない感じがするが、まあいい。
「ふっふっふ……。ひとつ五百円……」
「うふふふ……。袋いっぱいで……」
不気味に笑う俺たちを見て、アルメさんが若干引いていた。
2016/05/07 修正 その背中を隠すように頭の後ろで束ねられた → その背中を隠すように




