第90羽
焼けた砂、打ち寄せる波の音、潮風の香り。
俺の前に広がっているのは青と青がせめぎ合う水平線だ。
目的地に着いた俺たちは宿へチェックインをすませると、何はさておきということでビーチへくりだした。
「すっげえ! マジすっげえ! 神っすね! これはマジ神っすね、兄貴!」
右隣りは初めて見る海に興奮を隠そうともしないエンジ。
「いやあ……、やっぱり映像で見るのと自分の目で見るのとでは大違いだね、兄ちゃん」
左隣りは普段あまり見せることのない、目を少年のようにキラキラとさせたクレス。
「ンンー!」
そして足もとには今にも海へ向かって駆け出しそうなルイがいた。
その他女性陣はまだやって来ていない。
女性の着替えに時間がかかるのは日本でも異世界でも変わらないので、海パンに履き替えるだけの我々男性陣が先にビーチへたどり着くのも当然だろう。
「確かにこれはすごいな……」
この世界に来てから初めて見る海は、想像していたよりもキレイだった。
日本で何度も泳ぎに行ったことのある海。「昔に比べればキレイになったなあ」としみじみ言っていたのは地元に住んでいる親戚のおじさんだった。
だがいくら昔に比べればキレイになったと言っても、やはり地球の海は環境汚染の影響が少なからずあったのだろう。今、目の前に広がる光景を見てそう思った。
太陽の光を受けてキラキラと輝く水面。遠浅の海は、波が通りすぎた後に真っ白な砂浜を見せ、その透き通った水は淡いエメラルドグリーン。日本の海とは明らかに透明度が違う。
地球で言うところの工業化時代をすっ飛ばして、中世時代から一気に近代まで文明が進んだおかげで、この世界では公害の発生する隙すらなかったらしい。
映像では事前に確認していたとはいえ、自分の目で見ると本当に圧倒されてしまった。
そんな感じで俺たち男性陣が海辺の光景に見とれていると、ようやく女性陣が着替えを終えてやって来た。
「お兄ちゃん、お待たせっ!」
やたらテンションの高い声に振り返ると、そこに立っていたのは満面の笑みを浮かべたニナ。さらにその後ろには、ニナの陰へ隠れるように身を縮めて恥ずかしそうにモジモジとしているパルノが見える。
ふたりとも水着に着替えて、熱く照りつける太陽の日差しを露出した肌に直接受けていた。
ニナはホルターネックタイプのビキニ。生地は赤と白のチェック柄で、活動的な本人の性格に合った明るいイメージの水着だ。兄としてはその露出度が少々気になるところではある。
一方のパルノはピンク色の髪と合わせたのか、同じピンク色のワンピースタイプ水着だった。ただ、腰の部分にやや白みがかったフリルがついていて、ピンク一色の装いにアクセントをくわえている。
「どう、お兄ちゃん? 似合ってるでしょ?」
「どう? って言われてもよ……」
普通はこういうとき、お世辞でも「似合っている」って言うべきなんだろうけど……、相手は妹だからなあ。
微妙な表情を見せる俺に業を煮やしてニナが顔をふくらませる。
「ぶー! そんなんじゃあティアさんに愛想つかされても知らないからね!」
おい、だからなんでそこでティアが出てくる。
「でも、このパルノさんの愛らしさを見て、耐えられるかなあ!?」
「ひ、ひぃ! ニナさん、ちょ、ちょっと……!」
にっしっしと笑いながらニナが後ろに隠れていた(まあ、ほとんど見えているから意味無かった)パルノを後ろから羽交い締めにして俺の前面に押し出す。
パルノは顔を真っ赤にさせて何とかニナから逃れようとするが、なんだかんだと言ってチートな我が妹である。魔力が人より少ないパルノの力では抵抗もむなしいだけだろう。
「は、わわわ……」
わたわたと手をバタつかせて、水着姿のパルノが俺の前に立つ。
本来ならおとなしめの水着ということもあって、体の線もあまり目立たないはずなのだが……。ニナが羽交い締めにしているせいで強制的に体を反らせる体勢となり、胸がやけに強調されていた。
意外にでかい……。
いや、確かに幽霊騒ぎの時に寝ぼけたパルノが俺の腕へ抱きついたこともあるから、見た目以上にしっかりとした発育状況であることはもともと知っている。知ってはいるのだが、パルノは普段ゆったりとした感じの服装を好むためあまり意識したことはなかったのだ。
だがこうして眼前でこれ見よがしに見せられると、さすがにこっちもちょっと照れてしまった。中身はいい歳したおっさんなのにな。
「やだあー、お兄ちゃんのエッチ。いったいどこ見てたの? ティアさんに言いつけちゃおうかなあ?」
俺の視線を敏感に察知したニナがからかうような口調で言う。
「おまっ、そもそもお前が――!」
「きゃー! お兄ちゃんがガオったー! 逃げよ、パルノさん!」
「え、あ、わわ……、引っぱらないで……!」
俺が声を荒げるなり、ニナはうろたえたままのパルノを引っぱって海の中へと走って行った。そして冷たい波が足もとをさらうのに合わせて、ふたりで楽しそうな声を上げている。
「ったく……」
あきれて言葉もない俺に、横から冷ややかな声がかけられる。
「楽しそうっすね、兄貴……。なんかうらやましいっす」
「今のやりとりを見て、何がうらやましいんだ?」
「それ、本気で言ってるっすか? ……はぁ」
うわ、エンジにため息つかれた。なんかちょっと屈辱だ。
「まあいいっす、折角なんでオレも海を楽しんでくるっす」
エンジは口調を切り替えると、ニナたちのところへと駆け寄っていった。
「僕も姉ちゃんが無茶しないか心配だから行くよ。さっそくパルノさんが迷惑こうむってるみたいだし」
ほとんどニナの保護者みたいなクレスがそう言い残してエンジの後を追う。
「ンンー! ンー!」
おっと、そうだったな。お前も早く海で遊びたいよな。
っていうか、ゴブリンって泳げるのか? そもそも俺のファンタジー観では海とゴブリンって関連性が全く思い浮かばないんだが……。まあいいや。
「ニナたちのそばを離れるなよ? 海に入っても足がつかないところには行くなよ? あと、知らない人にお菓子もらってもついて行っちゃダメだぞ?」
「ンー」
ルイがコクコクとうなずく。本当に俺の言うことわかっているんだろうか?
まあ、ニナやパルノがルイを放って遊びに夢中ってこともないだろうし、おかん体質のクレスもいるから大丈夫か。
「よし、行っていいぞ!」
「ンンー!」
俺のゴーサインを合図に、子供用の海パンを履いたゴブリンが海へ向かって駆けていった。見た目は人間の幼児だが、正体を知っている俺からするとずいぶんシュールな光景に思える。
ゴブリンが 海パン履いて たわむれる (季語:海パン)
血迷って一句詠んでみたが……、我ながら微妙な出来だった。
「先生、お待たせしました」
俳句センスの無さに内心落ち込んでいると、背後から聞き慣れた声が聞こえてくる。
振り返ったそこには、ニナとパルノに続いてビーチへやって来たティアとラーラが立っていた。
ティアは銀髪が映える青を基調としたチューブトップタイプのビキニ。明るい色から暗い色へ、濃淡のグラデーションになっている。
意外にシックなデザインではあるが、腰に撒かれた水色のパレオがアクセントとなっているし、そもそも着ている人間自体が規格外である以上、水着で魅力をカサましする必要などないのだろう。
普段はまっすぐおろされている銀髪もポニーテールでまとめられ、染みひとつないキレイなうなじがあらわになっていた。
うん、これは危険だ。いろんな意味で破壊力抜群である。
その一方でラーラは……。
「ラーラ、お前……、よりにもよってそれ着てくるか?」
「はてはて? 何か問題でもありますか?」
空色ツインテールが傾げた首にあわせて揺れる。
そんな明るい髪色とは対照的に、彼女が着ているのは濃い紺色の飾りっ気がまったくない水着である。
「それ、学舎指定のやつだろう?」
もともとロリ体型のラーラが着ると、その幼さをさらに引き立ててしまうという相性抜群の組み合わせ。そう、それはいわゆる水泳の授業で使う、女子生徒用の指定水着。スクール水着というヤツだった。
自分の容姿が周囲からどう見えているのか、こいつにはまったく自覚がないのだろうか?
「せっかく着られる水着があるのに、新しいものを買うなんてもったいないではないですか」
自覚ないんだろうなあ……。
「それよりも、レビさんレビさん。ルイはどこに行ったのでしょう?」
自分のことなどどうでも良いとばかりに、ちびっ子魔女はご執着のゴブリンを探して視線をキョロキョロと周囲へ巡らせる。
「ああ、ルイだったら」
俺はニナたちが波とたわむれている場所を指差して言った。
「ほれ、あそこで遊んで――」
と、俺が言い終わる前にスク水ツインテールが砂を蹴って走り出していく。
「ルイルイ! 私といっしょにボール遊びをしましょう!」
相変わらず自分の欲望にはわき目もふらずまっしぐらの女だった。
ダメだありゃ。
思わず顔をゆがめた俺に、今日だけはポニーテールの銀髪少女が遠慮がちに声をかけてくる。
「先生は行かないのですか?」
「うん? いやあ、俺は後でいいや」
別に海が嫌いなわけじゃないが、正直なところ中身おっさんの俺はあいつらのハイテンションについて行けない。
「そういうティアは? 俺はこの辺でのんびりしているから、行ってきたらどうだ?」
「いえ、先生がいらっしゃるのでしたら私もここに居ます」
「俺に気を使わなくても良いんだぞ?」
「どのみち休憩場所を作っておくつもりでしたから」
ああ、そうだな。確かに日陰がないと、泳ぎ疲れたときに困るな。
「んじゃ、パラソルとシートをレンタルしに行くか」
「あ、パラソルはいりませんよ?」
どういう意味だ? と問うより早く、ティアが氷魔法を唱え始める。その効果はすぐにあらわれ、現れた氷はまたたく間に一本の柱をもった屋根となり、俺たちの頭上を覆った。
ご丁寧に適度な空気の泡を間にはさむことで、氷の中に白い雪が詰まったような形となり日差しを遮断してくれているようだ。おまけに材質が氷であるため、とたんに周囲の空気が涼しげなものに変わる。
おいおいすぐ溶けるだろ。という心配をよそに、溶けた端から再凍結を始めている始末。
なんだこれ?
さすがに焼けた砂浜と接触している部分は……、うわあ、柱の周囲にある砂まで凍ってんじゃねえか。
「なんて非常識な……」
「お褒めにあずかり光栄です」
褒めてねえよ!
「でもこれ、ティアが魔力供給し続けないと維持できないんじゃないのか?」
さすがにティアをこのためだけに縛り付けるのはかわいそうだしな。
「大丈夫です。これでもゴーレムの一種ですし、十分な魔力を付与しておきましたので、放って置いても夕方までは維持できますよ」
こともなげにそう言うと、ティアは「シートをレンタルしてきますね」と、ビーチにいる男たちの視線を釘付けにしながらレンタルショップへと歩いて行った。
その後ティアが借りてきたシートを敷き、海水浴場とは思えない快適な涼しさにダラダラとしている俺の元へ、遊び疲れて戻ってきたニナたちが驚きの声を上げたのは当然のことであろう。
2017/01/08 誤字修正 見えているからは意味無かった → 見えているから意味無かった
2017/01/08 修正 眼前のこれ見よがしに → 眼前でこれ見よがしに
2021/07/12 誤字修正 厚く照りつける → 熱く照りつける
※誤字報告ありがとうございます。




