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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第四章 強いチームには大抵の場合補欠という切り札がいる

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第86羽

 最初に気がついたのはパルノだった。


 遠めがね越しに見る俺はもちろんのこと、観客たち、そして実況席のおっさんたちもティアたちの打ち合いに目を奪われていたからだ。


「レ、レレレレレレレレバルトさん!」


 ほうきを持ったお掃除おじさんよりも回数の多い『レ』を連呼しながら、パルノが俺の(そで)を引っぱる。


「ちょ、なんだよ今それどころじゃねえってのに」

「それ、こっちのセリフですよ! ほら! アレ! アレ見てください! アレアレ!」


 いつもにも増してあたふたとしているパルノが指差している方向。それは相手チームの本陣がある丘だ。


 俺はパルノに向けていた視線をそちらに移し――かけて目を疑った。


「アレって何――――どわあああっ!?」


 遠く離れた敵本陣へとピントを合わせようとした俺の目が、その手前にある物体へ釘付けとなる。


 いや、物体というのは正確ではないだろう。

 なぜならそれは、人の形をしていたからだ。


 赤みがかった茶色の髪の毛。太すぎず細すぎず、均整(きんせい)の取れた体格。うらやましいほど長い足がせわしそうに動いていた。


 それはさきほど遠めがねで覗いた時、敵本陣で待機していた相手チームプレイヤーの片割れである。


 ここが勝負所だと判断したのか、本陣をカラにして飛び出してきたのだろう。

 うん、それはまあ良いんだ。それは。


 確かにこの状況ではこちらから相手本陣へ奇襲をかけるのは難しい。あちらさんが防衛の必要はないと考えたなら、一気に攻勢をかけるのも間違ってはいない。


 そう、それはわかるんだ。それは。


 ただな――。


「空を走ってくるだとおおお!?」


 問題はそのルートである。


 相手本陣と俺達のいる本陣の間には両チームがぶつかる主戦場がある。そして周囲は見通しの良い丘陵フィールド。


 例え相手がこちらに強襲をかけようとしても、その動きはこちらからも丸見えだ。

 距離も十分にあるため、相手の動きを見てからでも十分対応は可能――と思っていたんですよ、マジで。


 だが相手もさるもの。こちらの予測を見事に裏切ってくれたのだ。


 そのプレイヤーは宙に浮いていた。いや、むしろ宙を走っていた。


 まるでそこに見えない床があるかのように、力強く両足で空を蹴り、眼下に広がる主戦場を完全に無視した形で、俺たちがいる本陣へ向けて一直線に走ってきているのだ。


 俺とパルノがその非常識さを前にして目をむいている間にも、そのプレイヤーは確実にこちらへと近付いていた。


『おっとおおおおお! ここで異邦人チーム、本陣に残っていた最後のプレイヤーが文字通り飛び出したあああああ!』


 ようやくその動きに気付いた実況が叫び出す。


 ティアたちの戦いに見入っていた観客たちも、その声で状況を把握する。途端に大きなどよめきが場を支配した。


『これは何だあああ!? 魔法か!? 奇術か!? 神の奇跡かあああ!?』

『エー、あれは魔法具ですね』


『え? そうなんですか、マーベルさん?』

『ええ、準々決勝でトレンク学舎の選手が使った空浮(そらう)きの魔法具と同様に、娯楽用として開発された物ですよ。遊飛靴(ゆうひぐつ)というんです。エー、着用者の魔力を使用して空中散歩をする事が出来るものなんですが……』


『が?』

『魔力消費が非常に激しい魔法具ですから、普通は一分ともたないはずなんですけどね。エー、あれだけの距離を渡るには、たとえ走ったとしても一分では……』


『魔力が切れるとどうなるんでしょう?』

『そりゃあまあ、落ちますね。普通に』


『……』

『もちろんそれは承知の上でしょうから、何らかの対策を取ってあるとは思いますが』


『そ、そうですよね!』


 どうやらあれは魔法具の効果だったらしい。遊飛靴というからには、きっとあの履いている靴が魔法具なんだろう。


 しっかし、俺が使った空浮きの魔法具にしてもそうだが、世の中いろんな魔法具があるもんなんだな。コレクターとかが熱心に集めたがるのもわかる気がするわ。


 いや、それはとりあえず置いておくとして、どうしよう?


 進路上にはあのプレイヤーをさえぎる物が何もない。このまま放っておくといずれ相手はここまでたどり着きそうだ。

 もちろん迎撃など出来るとは思えない。ティアが待機していたさっきまでならいざ知らず、今は戦闘力ほぼゼロに近い俺とパルノが居るだけなのだ。


 そのティアにしても、今は自分の戦いで手一杯だろうし……。


 俺は遠めがねを使って、再びティアたちの戦いへ目をやる。


「先生!」


 ちょうどティアが空中疾走をしているプレイヤーに気付いたところだった。

 とっさに打ち落とそうとしたのか、手のひらを空中へ向けてかざしたその時、ティアの足もとへ短剣が突き刺さる。


 うわあ、あの短剣も見たことあるわー。


「縛!」


 さらに聞き覚えのある声で、聞き覚えのある一言がヘッドセットから流れてきた。


 遠めがねの向こうでは、突き刺さった短剣を中心にして、三角形を複雑に組み合わせたような文様(もんよう)が地面に広がっていく。

 一瞬でティアの周辺を覆い尽くしたその文様が、短剣を軸に回転し始めると、スッと消えていった。


「くっ……!」


 ティアの顔に焦りが浮かぶ。


「戦いの最中によそ見したあげく、目の前に居る敵を放置して遠距離への攻撃をするなんて、ずいぶん私もなめられたものね」


 口ではそう言いながらも、楽しそうに声を弾ませる全身鎧の女。


「ティアさん! ――ロックシェルズ!」


 動きを封じられたティアの援護に、ラーラが全身鎧の女に向けて岩の砲弾を撃ち込む。だが――。


「散!」

「え?」


 女がひとこと口にした途端、無数の砲弾は空中へ溶け込むように消え去る。

 そして何が起こったのか理解できないラーラが疑問の声をもらしている間に、女の姿が突然()き消えた。


「ラーラさん! 後ろです!」

「え?」


 ティアの警告が発せられたとき、すでに全身鎧の女はその姿をラーラの背後へと移した後だった。


「詠唱の速さは見事だけど、威力が弱すぎよ」


 言いながら、女は剣でラーラの背をバッサリと斬りつける。


「それに前へ出すぎ。魔法使いが(ふところ)に入られるような距離まで近付くなんてあまりにうかつよ」


 俺よりもマシとはいえ、もともと装甲が薄い後衛職のラーラである。至近距離、しかも背後からまともに斬られてしまえば、即座に死亡判定を受けるのも当然だろう。

 何が起こったか理解できないまま、ラーラは目をパチクリとさせながら控え室へ転送されていった。


「それと!」


 突然後ろをふり向きざまに、女が剣を横なぎにふるう。


 何をやっているのかと疑問に思ったのも束の間、振るわれた女の剣にひとりの男が突っ込んできた。

 小剣を両手に持ち、最低限の革製防具を身につけた黒髪黒目のクセっ毛男。エンジだ。


 わざわざ自分から剣の軌道に突っ込むとか、何やってんだアイツ? と一瞬思うも、それが思い違いであることにすぐ気がついた。

 ラーラの背後を取り、切り捨てた後の寸隙(すんげき)を狙って、さらにその背後から奇襲を試みたのだろう。


 だがそれすらも全身鎧の女にはお見通しだったらしい。

 襲いかかってくるエンジの動きを予測して、ドンピシャのタイミングで剣を振るったのだ。


「ちょ……! 神っすか!?」


 奇襲を見事に看破され、腕ごと胴体を横一文字に切り裂かれたエンジが驚きの声をあげる。


「狙ったタイミングは良いけれど、気配が全く隠せてないわ。斥候(せっこう)ならもっと自分の存在感を消しなさい」


 女のアドバイスじみた言葉が終わると同時に、エンジの姿が消えて見えなくなる。ラーラと同じように控え室へ転送されていったのだろう。


「さて、あとはあなたひとり――って!」


 エンジを(ほふ)った女が、振り返りざま剣を横にして頭上へかざす。

 高い金属音と共に、その剣に上方からもう一本の剣が打ちつけられた。


「こんな風にでしょうか?」


 投げかけられた問いは、全身鎧の女からエンジへ送られた言葉へのあてつけなのかもしれない。

 長い銀髪を揺らしながら、エプロンドレスの少女がいつの間にか動き出していた。


 ティアが渾身の力を込めた一撃を受け止めつつ、全身鎧の女は嬉しそうな声で答える。


「ふふっ。そうよ、あなたの方がよっぽど斥候に適正がありそうね。それにしても、あの拘束を解くなんてビックリしたわ。そうそう簡単に解除できるものでもないんだけど」

「そのくらい出来なくては先生のアシスタントは名乗れませんので」


「先生って?」

「あなたには関係のないことです。きっとこの先もずっと出会うことのない方です」


「あら。あらあらあら。あなたにそうまで言わせるなんて、どんな人なのかしら? すごく興味が湧いてきたわ」

「ちっ」


 いや、まて、おい。


 その会話だけ聞くと俺がすごい大物っぽく聞こえるけど、ただの一般人だからな、俺。

 っていうか、ティア。アシスタントってそういう職業じゃねえから。規格外の戦闘能力とか、普通は求められないから。

 そして最後の舌打ちはなんだ? 良家の子女が人前で舌打ちなんてしちゃダメだろうが。

 そもそもあの拘束を自力で打ち破ったのか? 相変わらずのチートだな。


 いろんな意味で驚きつつ、内心ツッコミを入れながら遠めがねでふたりの戦いに見入っていると、すぐそばから元奴隷少女の悲鳴にも似た警告が飛んでくる。


「レ、レバルトさん! そっちに気を取られている場合じゃないですよお! ほらあ! もうあんなに近付いて来ちゃいましたよ!」


 そうだった。


 確かにティアたちの戦いを悠長に観戦している場合ではない。

 なんせ相手本陣から物理的に『飛び』出してきた敵プレイヤーが、こちらへと近付いているのだ。


 空を全力疾走しながら。


 …………ちょっとシュールな光景だけど。


「くっ! ダメ元だけど、打ち落とせればもうけもん!」


 そう言いながら、俺は足もとにある小石を拾い上げてスリングショットを構える。


「パルノもクロスボウで攻撃しろ!」

「は、はい!」


 パルノもすぐさまクロスボウへ専用の矢を設置して狙いをつけはじめた。


「よし! 撃て!」


 俺の合図で第一射が放たれる。


 あさっての方向へ。


「ちょ! どこ撃ってんだよ、パルノ!」

「え、ええ!? レバルトさんのスリングだって全然見当違いの方に飛んでいったじゃないですかあ!?」


「くう……、魔力が無いと狙いまで狂うのか!?」

「いや、単純に狙いが悪いだけだと……」


「とにかくどんどん撃て! 下手な鉄砲も数撃ちゃ当たるってもんだ!」

「は、はい……」


 こんな事ならもっと射撃練習をやっておけば良かった。……いや、そもそもそんな時間も余裕も無かったけどな。

 俺とパルノは空中を疾走する敵プレイヤーへ向けて、次々と小石や矢を撃ち込み続ける。


 最初こそかすりもしなかった攻撃だが、やがて少しずつ当たるようになってきた。相手が近付くにつれ、的が大きくなっているのもその要因だろう。


 しかし例え命中してもそれがダメージにつながらなければ意味がない。

 たまたま的中コースに乗った攻撃は、敵プレイヤーがその剣をひとふりするだけで無効化されてしまった。最初は剣に付与された魔法の効果か何かだと思っていたが、どうやら物理的に剣を当ててはじき返しているらしい。


 いやいやいや。


 いくら銃弾ほどの速さはないと言っても、スリングショットから飛んでくる小石やクロスボウで発射された矢を、走りながら剣ではじくとか……。どう考えても化け物の一味ですね、ありがとうございますだよコンチクショー!


 だが他に打つ手があるわけもなく、頬をひきつらせながら俺とパルノは延々と射撃を続けるが、それも長くは続かなかった。


「ぎゃん!」


 なんという運の無さ。敵プレイヤーの弾いた小石がパルノの頭を直撃した。


「お、おい、パルノ! 大丈夫か!?」

「はえ~」


 ダメだこりゃ。


 はじき返した時点で威力が弱まっていたらしく死亡判定は受けていないが、完全に意識が飛んでしまっている。


 俺がパルノの様子をうかがっていると、タンッと軽い音が聞こえてくる。

 音がした方向を見れば、空を走って来た敵プレイヤーが悠々(ゆうゆう)と俺たちの前に降り立っていた。


 その距離約十メートル。


 味方の戦力は魔力ゼロの俺と目下絶賛気絶中のパルノ。戦闘能力を端的(たんてき)に言い表すとすれば、つまるところ『雑魚(ザコ)』の一言に尽きる。


 他の味方は眼下の主戦場真っ只中。頼みのティアも全身鎧女にかかりきりで、こちらへ戻る余裕は無さそうだ。

 出来ることなら逃げ出したいが、本陣をカラにして逃げるわけにもいかない。


 幸い目の前に立っている敵プレイヤーは、すぐに襲いかかってくる様子もない。一応こちらの戦力を警戒しているのかもしれないが……。いや、だったら最初から単身乗り込んでこないだろう。


 ひとりでも勝てるとふんだからやってきたはずだ。だとしたらなぜ攻撃してこない?

 そんなふうに戸惑っている俺に向けて、強襲者が初めて口を開いた。


「どう? ビックリしたかい?」


 若い男の声だった。


 その言葉はずいぶんと親しげで、とても初対面の相手に話しかける口調では無い。まるで親しい友達にいたずらを仕掛けて、その感想を訊ねるような気軽さを感じた。


 うん、まあ、それも当然のことだろう。


 なぜならその声を聞いた瞬間、俺には目の前に居るマスク男の正体がハッキリとわかってしまったからだ。


 そりゃ聞き間違えようもないさ。何年も同じ学舎に通っていたんだからな。



「お前……、フォルスだよな?」


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