第85羽
『まずは初動ですが、両チームとも少数の守りを本陣に残して、正攻法で相手チームの本陣へと向かうようです』
『さすがにこのフィールドではあまり選択肢がないですからね。エー、全員で守りをかためるか、逆に全員で攻めるか。普通はこのように少数の守備を残して攻め入る形になりがちです』
実況の言う通り、相手チームもこちらと同じく二人だけを本陣守備に残して、十人で丘を駆け下りてきていた。
おそらく両チームの中間に位置する小さな丘が戦場になるだろう。こちらの本陣からも全体が一望できる位置だから、目の届かないところでいつの間にか――ってことにはならないはずだ。もちろんそれは向こうのチームにとっても同じ条件だろうけどな。
俺は遠めがねを使って相手の本陣を観察した。
本陣に残っている相手チームのプレイヤーはふたり。
ひとりは赤みがかった茶髪の長身男。すらりとした長身に無駄のない筋肉がついた、戦士として理想的な体格だった。先ほどからとなりにいるもうひとりへ向けて、しきりに何かを話しかけている。
もうひとりは全身金属鎧に身を包んだ重戦士。兜の頬あてによって顔の大部分が隠れ、加えて目元を隠す仮面までつけているため、男か女かもわからない。腰に下げているのは、無骨な印象を与える大振りの両手剣。
はて? なんか、アレどこかで見たことがあるような……? どこだっけ?
「先生、ニナさんたちが接敵しますよ」
「え? あ、ああ……」
ひとまず俺は遠めがねの向ける先を敵陣から戦場へと変えた。
敵の人数は十人。こちらは九人。数の上ではやや不利かもしれないが、圧倒的な戦力差というわけでもない。厳しそうならティアを向かわせれば良いのだ。
ただ、気になるのは向こうの本陣にいるふたり。
さっき遠めがねで覗いた限りでは、ふたりとも観測者にはとても見えなかった。あちらさんも予備戦力を残しているということだろうか……?
そんな事を考えている間に、前線のニナたちが相手チームと接触した。
まずは挨拶代わりの遠距離攻撃が交わされる。魔法使いが放つ炎の玉が、弓術士の射る矢が互いのプレイヤーへ向けていくつも飛んでいった。
だが今回のフィールド制限は『魔法の連続使用不可』だ。正確には一分間のクールタイムが強制的に発生する。普段ならラーラのように詠唱の早い魔法使いから連発される攻撃魔法が、今は単発攻撃で終わってしまうため、物理的な矢がいくつか飛び交うのみとなっていた。
『さすが準決勝まで勝ち残った両チーム! 互いの遠距離攻撃を危なげなくいなして、前衛プレイヤー同士が今……ぶつかりました!』
観客席から聞こえる大音響がさらにボリュームを上げる。
『前衛プレイヤーの数は五人ずつと互角! 人数は異邦人チームがひとり多いですが、戦力は拮抗しているか!?』
フィールドの特性上、丘陵では序盤に正面からのぶつかり合いとなりやすい。
正面からぶつかるということは、人数差と戦力差がモロに出るということでもある。
『さあ、ダイナミックな展開で始まりましたね、マーベルさん』
『そうですね。お互い小細工無しの正面激突ですね。エー、この迫力も丘陵フィールドならではと言ったところでしょう』
『おおっとー! ここで最初の脱落者が出たあああ! まずは異邦人チームがトレンク学舎チームの斧戦士を控え室行きにしたあああ!』
くっ! 先にやられちまったか……。
もともと不利な人数差がさらに開いてしまうな。
『しかーし! すかさずトレンク学舎も反撃いいい! 異邦人チームもひとり脱落だあああ!』
ニナの剣が相手チームのプレイヤーを貫き、すぐさま振り出しに戻す。
さすが、性格は残念だけど能力はチートな我が妹! よくやった、ニナ!
だがそんな俺のハイテンションに冷や水をかけるかのごとく、となりでティアがボソリとつぶやく。
「押されてきましたね」
「え? そうか?」
見た感じ、人数が少ないながらも良い勝負をしているようだが。
「え、そ、そうなんですか?」
パルノも同じように感じていたらしい。
「後方からの援護が少々薄いようです。今は前衛の奮闘で耐えていますが、そろそろ限界が近いかと」
ふむ。
言われてみるとそうかも知れない。両チームの後方から繰り出される火力は、一見互角に見えるものの、よくよく観察してみると味方の方が少ない。
もともと相手の方がひとり多いのに加え、フィールド制限のおかげでラーラの手数が目に見えて少なくなっているのも原因だろう。
「まずい、……かな?」
「おそらくは。このままですと、状況は悪化する一方でしょう」
ティアを向かわせるべきだろうか?
試合開始からまだ八分しか経っていない。予備戦力を投入するには早すぎる。
しかし、序盤だからこそ今手を打っておかないと、取り返しがつかなくなるかもしれない。
「……ティア、行ってくれるか?」
「はい、ご指示とあらば」
俺は早々に予備戦力の投入を決断する。
確かにティアが本陣を離れれば、この場に残るのが俺とパルノのふたりだけになってしまう。心許ないことこの上ない。
気になるのは予備戦力っぽく待機している相手本陣のふたりだ。
もしあのふたりがこちらの本陣を強襲してきたら……、きっとひとたまりもないだろう。
だが相手チーム本陣との間は隠れる場所もない見通しの良い丘陵が広がり、両陣をつなぐ直線上では戦いが繰り広げられている真っ最中だ。
迂回したとしてもその動きは丸見えなのだから、ティアを呼び戻せば間に合うと思う。
不測の事態に対応出来るよう、ティアには引き気味で戦ってもらえば問題ないだろう。
「向こうの本陣にいるふたりがどういう動きを見せるかわからないから、あまり前に出ず援護に徹してくれ。場合によっては戻ってきてもらうから」
「はい、では行って参ります」
小気味よい返事をしたあと、アシスタント少女が長い銀髪をなびかせながら駆け出す。
「相変わらず速えな……」
「わ、わわわ。も、もうあんなところまで」
あっという間に遠ざかるエプロンドレスを見て、俺とパルノの口からそれぞれの言葉がこぼれる。
『おおっとー! ここでトレンク学舎チームの本陣からひとりのプレイヤーが前線へと向かう! これは……、ティアルトリス選手です! ついに白氷銀華が動いたあああ!』
実況の声に、客席から今日一番の歓声があがる。
……ずいぶん野太い歓声なのが気になるが。
『それを見て異邦人チームの本陣からもひとり飛び出したあああ!』
む……、相手チームも戦力を投入してきたか。
見ればひとりを本陣に残したまま、全身金属鎧の剣士が駆け出して来ていた。
だが先手はこちらが取っている。
なんせティアの移動速度は尋常じゃない。一方向こうの剣士は全身を重い金属鎧でかためているのだ。駆けつけるにも時間がかかるだろう。
向こうのが前線へつくまでには、ティアの魔法が一回……、いや二回は放たれているはず。そうすれば一気に形勢は逆転――。
「はあ!?」
その瞬間、俺は自分の目を疑った。
俺だったら歩くのも苦労しそうな全身鎧に身を包んだ剣士は、その重さも全く感じさせない身のこなしでみるみるうちに前線へと近付いていた。
その速さはティアと同等、いや、もしかするとティアの上をいくかもしれないほどだ。
先にスタートを切ったはずのティアだったが、前線へ到着したのは相手の全身鎧とほぼ同じタイミングであった。
ニナたちのやや後方で立ち止まり、すぐさまティアが詠唱を始める。
それは先日の一回戦で、そしてずいぶん前に学都で耳にした詠唱。そう、氷のドラゴンゴーレムを創造する魔法だ。
『で、出たあああああ! ティアルトリス選手のドラゴンゴーレムだあああああ!』
もはや実況というよりも絶叫といった感じの声がスタジアム中に流れる。だがそれをかき消すほどの大歓声が、もはや収拾のつかない濁流のように俺たちを包む。
全長二十メートルに及ぼうかという巨大なドラゴンを目にして、観客席の熱狂は最高潮に達した。
「グオオオオオオン!」
ドラゴンゴーレムが咆吼をあげながら、その顎門を大きく開く。
そして大きく息を吸うような仕種を見せたかと思うと、その口から真っ白なブレスを相手チームの後衛プレイヤーたちに向けて放った。
標的となってしまったプレイヤーたちが慌てて防御障壁を張り、ブレスを押し返そうと試みる。
一直線に進んでいたブレスは防御障壁にさえぎられ、遠目にはブレスが空中で切断されたように見えた。だがブレスの威力を支えきれないのか、ジリジリとその境目がプレイヤーたちに向かってせりよっていく。
そんなときだった。
「絶!」
大音量鳴り響くスタジアムの中を、凛とした女の声が貫く。
次の瞬間、ゆっくりと動いていた防御障壁とブレスの境目がピタリと停止する。
相手チームの後衛プレイヤーたちが張った障壁を覆うように、一枚の分厚い障壁が現れていた。
暴風のごときドラゴンゴーレムのブレスを受けてなおビクともしないそれは、本当に人間業かと疑いたくなるような強度。
「え? ちょっ、今の声って……」
だが俺の驚きはもっと別のところにあった。
先ほど耳にしたばかりの声に意識を奪われたまま、俺は記憶の中をひっくり返して情報を探し出す。
そう、俺はさっきの声を知っている。
慌てて遠めがねを全身鎧の剣士へと向けると、俺は食いかかるようにその姿を目に映した。
遠めがねのレンズ越しに見た剣士は、鎧の重さを全く感じさせない体さばきで、丘陵に鎮座するドラゴンゴーレムへと走りよって跳躍する。
「速っ!?」
それはあっという間の出来事だった。誰もがその速度に目を剥く中、剣士は腰から大剣を抜き放つと右下から左上に向けて一閃する。
やがて着地した剣士の後ろで、ドラゴンゴーレムの首にヒビが入ったかと思うと、次の瞬間にはその頭部もろとも砕け散った。
誰もがその光景に唖然とする中、いち早く動いたのは剣士へ襲いかかる銀髪の影。剣士の死角となったドラゴンゴーレムの後ろから飛び出すと、エプロンドレスの裾をはためかせながら、剣士の背へと斬りつける。
だが剣士はそれすらも予定調和のごとく、悠々と大剣を振るうと、自らにふりかかってきた剣撃をはじき飛ばした。
「ふふ、良い判断ね。ゴーレムに固執せず、その時その状況で最適な方法を用いてこちらの隙をつく。あなた、良いセンス持っているわ」
ティアのヘッドセットを通して剣士の声が聞こえてくる。
「お褒めにあずかり光栄ですが、私はあなたの弟子でもなければ仲間でもありませんので」
冷たく言い放ち、ティアが再び剣を振るう。
「もちろんそうよ。ただね、あなたみたいな才能の塊を見ちゃうと、ついお節介を焼きたくなっちゃうのよね」
まるで世間話でもするように穏やかな声で返す剣士。
「でもまだまだ粗削り。無駄な動きが多すぎるわ」
「戦いの最中に何を……、くっ!」
そうやって言葉を交わしながらも、目にも止まらぬ速さで攻撃を繰り出すふたり。
俺はこうやって離れたところから見ているので何とか動きを追えるが、すぐそばで見ていたらとても無理だっただろう。
というかあのティアがまるで子供扱いだ。
良いようにあしらわれているからか、普段のティアからは想像つかないほどの焦りが見て取れる。珍しく語調が強くなっているのが何よりの証だ。
真性チート少女をすら簡単にあしらってしまうあの剣士。俺の予想が正しければ、もはや人間種を超越したとしか思えないあの人物だろう。
……どうして彼女がここに居るんだ?
そんな俺の困惑とは無関係に、全身鎧の剣士とティアの打ち合いは尚も続いている。
ティアが繰り出した横なぎの払いを、剣士がすくい上げてやり過ごす。剣士がそのまま振り上げた剣を上段から打ち下ろすが、ティアは横なぎの勢いそのままに体を一回転させると自分に向かってくる剣撃を打ち払った。
あまりにも自然な一連の動きに、まるで俺はあらかじめ稽古していた剣舞を見せられているような錯覚に陥る。
それは俺だけではなかったのだろう。実況席のおっさんたちも、観客も、フィールド上のプレイヤーですらもその光景に目を奪われて気がつかなかった。
敵の本陣にひとり残っていた相手チームプレイヤーが、人知れず動き始めたことに。




