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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第四章 強いチームには大抵の場合補欠という切り札がいる

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第83羽

 審判が俺たちの勝利を告げた。


 だが通常であれば大歓声に包まれるであろう会場は、奇妙な雰囲気に包まれている。

 どよめき半分、歓声半分といったところだろうか?


『こ、ここで試合終了ー! ……で良いんでしょうか?』


 実況担当者が疑問を浮かべた。


『えーと……、マーベルさん。ギブアップというのはフィールズのルール上、ありなんですか?』

『そ、そうですね……。私の記憶にもこういったケースはありませんね。エー、確かにギブアップが出来ないという話は聞いたことがありませんので、ハッキリダメだと断言はできないのですが……』


 解説のおっさんも戸惑っているようだ。


『あ、今データが提供されてきました。えーと……、ルール上は特に禁止されていないようですね。ただ、明確にギブアップを明文化したルールも無いようです』

『そうなんですか……。私も初めて知りました。エー、ということは……、審判の現場判断ということになるのでしょうか』


 その後、なおもざわめきさめやらぬ観客席に向けて、審判団が説明を開始した。


 ギブアップ自体は明確にルール化されたものではないこと。しかしながら禁止されたものでもないことがまず告げられる。

 次に、チームリーダーが完全に戦意を喪失(そうしつ)していたこと。いつでもとどめを刺されかねない状況に追い込まれていたことなどを説明していく。


 バルテオットのチームには、まだ赤毛剣士という強力なプレイヤーが残っていたが、彼はあくまでもメンバーのひとりに過ぎない。

 もともとが軍隊の模擬戦をベースにした競技であるため、チームリーダーというのは言わば軍隊での指揮官にあたる。つまり現在の状況を軍隊に例えるなら、保有戦力がほぼ壊滅状態でしかも指揮官が虜囚(りょしゅう)の身となっているということだ。


 実質的には敗北が決定的とみなされたため、バルテオットのギブアップ申告をもって勝敗を決したというのが審判団の説明であった。


『過去の記録を確認してみたところ、少なくとも公式戦では降伏による決着というのはこれまでに起こっていないようです。ということはですよ、マーベルさん? もしかしてこれは……、フィールズ競技史上初めてのギブアップ決着ということになるのでしょうか?』

『そうですね。公式戦の記録が残されていなかった百年ほど前まではわかりませんが、エー、少なくとも記録上は初のケースということになるでしょうね』


 いまだ観客席のどよめきは(おさ)まる気配を見せない。


 予想外の結果に騒ぎ始める声、バルテオットのふがいなさを笑う声、史上初の珍事に困惑しきりの声。とても試合終了直後とは思えない雰囲気だった。


「えーと、……結局、俺たちの勝ちって事なんだよな?」

「みたいっすね!」


 俺の疑問にエンジが返事をする。


 なんだかスッキリとしない結末だけど、とにかく勝ったのなら良しとするべきだろうか。

 少なくともバルテオットとの賭けには勝ったのだ。正直言いがかりも良いところの話だったが、俺のせいでティアに迷惑が及ぶことだけは避けられた。


「あれ? そういえばティアの方はどうなったんだ?」

「お呼びですか、先生?」


 誰にとも無くつぶやいた俺の声に、ヘッドセットから聞き慣れた声が届く。


「良かった。無事だったか、ティア」


 まあ、いくら氷魔法を禁止されているとしても、真性チート少女である彼女のことだ。身体強化だって普通の人間とは比べものにならない。生半可な相手では追い詰めることもできないだろう。


「はい、何とか」

「何とか?」


 ティアの口から聞き慣れない言葉が飛び出てきた。あのチート娘が『何とか』なんて言い出すとは……。


「なかなか手強い方でした。できる限り早く援護に向かおうと思ったのですが……」


 珍しくティアが口ごもる。

 聞けば、あの赤毛剣士、結局試合終了までティアと互角に渡り合っていたらしい。


 それを聞いて俺は冷や汗をかく。


 もしあの剣士が最初から俺を狩る気でいたら、きっと俺は早々に退場させられて、控え室から歯がみしつつ観戦し続けるしか無かっただろう。

 そういう意味では、バルテオットのくだらないプライドに救われていたと言って良い。


 やがて勝利チームである俺たちも順次控え室へと転送されていく。

 すでに死亡判定を受けて離脱させられていたチームメンバーたちが、歓喜の声で俺たちを迎えてくれた。


「いやあ、ものすごく爽快でしたよ!」

「あのイヤミな男、いいざまだったよな! めちゃくちゃすっきりした!」

「うまくいきましたね、クレスさん!」


 プレイヤー同士の会話は、通常観客や実況の人間たちには聞こえない。だが、チームメンバー同士は端末とヘッドセットを通して全て聞こえるのだ。


 当然、最後の下剤うんぬんといったやりとりも、チームメンバーは耳にしている。

 以前ザコ扱いされて頭に来ていたのは皆同じだったのだろう。勝ち進んだこととは別に、バルテオットへ痛い目を見せたことを喜ぶ声も大きかった。


「しっかし……。最後の下剤、なんだあれ? あんな物用意していたのかよ」


 あきれ半分で俺が訊ねると、ニナがそれはもう満面の笑みで答えてくれた。


「なかなか良い案だったでしょ? ただ勝つだけじゃあムカムカもおさまらないもん。まあ、考えたのはクレスだけどね」


 クレス発案だったのかよ。

 なんだろう。優等生じみた外見の裏に隠された、弟の黒い面を垣間(かいま)見た気がする。


「他にも三つほど準備してあったんだけどね……」


 思わず視線を向けた俺に、クレスがニヤリと笑ってつぶやいた。

 うわー。弟を見る目がちょっと変わってしまいそうだ。


『さあ、ここで次の試合準備が整うまで、先ほどのトレンク学舎チーム対赤く輝く天上の刃チームの試合をリプレイで振り返ってみましょう』


 控え室にも観戦用の立体映信(えいしん)がいくつか配置されている。

 今は俺たちの試合をリプレイで流しているようだった。


 そういえば俺は後半逃げ回ってばかりで、ニナたちが戦った主戦場はどういう展開になっていたのか気にしている余裕が無かったな。


 結果的にはティアをはじめとして五人が残ったわけだから、主戦場での戦いは優位に進んだということだろう。


 バルテオットの取り巻き連中はそこまで大した実力じゃないかもしれないが、相手も元プロがいたらしいし、それ以外にも強いプレイヤーは数人いたという話だ。

 こちらのチームも五人脱落しているわけだから、決して楽勝というわけではなかっただろうけど、どうやって勝ったのか興味がある。


『さあ、ここで両チームの主戦力同士が激突したわけですが、やはり改めて見ても派手ですよね、マーベルさん』

『そうですね。エー、もちろん魔法具の使用は認められていますし、使う使わないはプレイヤーの自由です。ですが、ここまで思い切りの良い使いっぷりは、見ていて爽快な反面、他人事ながら彼らの懐具合(ふところぐあい)を心配せざるを得ませんね』


 解説のおっさんが苦笑しながらコメントしている。


 そして俺は立体映信(えいしん)に映し出された非常識な光景に絶句していた。


 主力同士の決戦と言うこともあり、当然派手な魔法が飛び交い、正面から激突する前衛職同士がつばぜり合いを見せている。


 いるんだが……。


「あれ? なんか目がチカチカするぞ」


 俺は目をこすり、改めて立体映信を見なおす。


 だがそこに繰り広げられているのは、俺が普段目にしているフィールズの試合とは()()なる戦場であった。


 敵チームの前衛職剣士にニナが斬りかかる。

 次の瞬間、ニナたち二人の周囲が色とりどりの閃光に包まれた。


 赤い光と共に手のひらサイズの炎が発現し、敵の剣士を巻き込んで燃え上がる。

 茶色い光と共に長さ十センチほどの針が現れ、剣士の腕へと突き刺さる。

 紫の光と共に周囲へ電撃が走り、それをまともに食らった剣士の体が一瞬痙攣(けいれん)する。


 見覚えのあるそれらは、使い捨てタイプの攻撃魔法具が使用されたときの現象だ。


 しかも閃光は二つや三つでは無い。

 まるでアイドルコンサートできらびやかに演出される照明のように、めまぐるしく色が変わり、その都度相手剣士へと攻撃魔法が加えられていった。


 閃光のひとつひとつが魔法具によるものだとして、一体どれだけの数が使われているのだろうか。

 大量生産されている攻撃魔法具の火炎球であっても、ひとつ買うのに大体五千円はする。大型ディスカウントショップで特売の時に購入したとしても、三千円を切ることはないだろう。

 それが、一、二、三、四……。もはや数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほど炸裂していた。


 もちろんそんな至近距離で攻撃魔法が放たれれば、敵の剣士だけではなく、そばにいるニナ自身もダメージ判定をくらうはずなのだが……。


 よく見ればニナの周囲にだけ攻撃魔法の効果が発揮されていない。


 なんだ? 多重障壁でも張っているのか?


 ニナが腰のベルトからぶら下げているモコモコキーホルダーが、ときおり砕けていく。しばらくするとまたひとつ、ひとつと壊れていった。ということは、あれが障壁を張っている魔法具なんだろうか。


 立体映信の中でクレスが何やら声をあげている。何を言っているのかはわからないが、それを聞いた俺たちのチームメンバーが一斉に引きはじめた。


 次の瞬間、無数の青白い光と共に魔法が発動し、細い光線が上空から降り注ぐ雨のように敵を貫く。


 カメラがすぐさまその現象を起こしたプレイヤーを映し出す。


 アップで映し出されたのは、魔法具発動の残滓(ざんし)でもある輝きを無数にまといながら、長い銀髪を風になびかせてたたずむエプロンドレスの少女だった。


 俺が今回使ったような、起動に魔力を必要としない魔法具は本来珍しい品物で、通常は起動するために少々の魔力を必要とする。

 自分で魔法を唱えるよりも遥かに少ない魔力で事足りる魔法具だが、もちろん数を増やせばそれだけ魔力が必要となる。おまけに同時発動させるためには非常に高度な技術が必要らしい。


 だから普通の人間には、雨あられのように魔法具を発動させることなど無理なのだ。

 そもそも魔法具にはお金がかかる。いくら大量生産でコストが下がっているとは言っても、一度限りの消耗品を湯水のように使えば、その費用は目を覆いたくなる額になるだろう。


 しかしそんな非常識を平然と実行している銀髪少女が立体映信には映し出されていた。

 おそらくあの攻撃魔法は『ライトブリッツ』、使った魔法具の数は周囲に残った残滓(ざんし)の数を見る限り、二百や三百はくだらないと見える。


 えーと……、たしかライトブリッツの魔法具は市場価格が千五百円くらいだったっけ? 特売で安く買ったとしても九百八十円が限界か?


 ということは、いくらだ? ……いや、考えるのはやめよう。いくらライトブリッツの魔法具が他のものに比べて安価とは言え、気が滅入(めい)りそうだ。


 立体映信のリプレイでは、ライトブリッツの雨が敵チーム員のほとんどを巻き込んで上空から叩きつけられている。ライトブリッツ自体は最下級の攻撃魔法だが、さすがにこれだけの数を一気にくらうとダメージの累積もバカにならないだろう。


 光の雨が止んだのを合図として、再びニナたちが敵へ攻勢を強める。


 敵チームでは死亡判定をくらって転送し始めるプレイヤーが出始めた。

 もちろんこちらのチームにも被害は出ている。ニナの後輩である斧戦士の腹部が、相手チームの剣に貫かれた。


 後輩君は死亡判定を受ける直前、転送される前にポーチから小瓶を取り出すと、勢いよく敵の足もとに叩きつける。

 小瓶が割れた直後、後輩君と敵プレイヤーを丸ごと巻き込んで大爆発が起こる。


「え!? 何今の!?」

「あー、あれ? ちょっと威力が強すぎて混戦では使いづらいやつなんだ。至近距離で発動させないと効果が薄いし、かといってすぐそばで使うと自分を巻き込んじゃうんだよね。性能は良いのに運用が出来ない欠陥品みたいな感じ?」


 ひょうひょうとクレスが答えた。


 つまりあれか? 自爆兵器みたいな扱いってことか?


「なんでそんな物騒な物、学舎のフィールズチームが持っているんだよ」

「うちの学舎に科学部っていうのがあってさ」


 そりゃ、知っているさ。俺が在学中に創部されたお騒がせ部だからな。


「そこが作った新魔法具なんだ。試合での使用データと引き替えにという条件で、ずいぶん前に提供してもらったんだよ。まあ、すぐに欠陥品ってわかったから、部室でホコリをかぶっていたんだけど」


 相変わらず物騒な部だな、あそこは。

 創設者がアレだから仕方ないのかもしれないけど。


「で、どうせ死亡判定受けるなら、死なばもろともってことか?」

「うん、そういうこと」


 生徒会長風の良い子ちゃん(ぜん)といった外見の弟が、さらりと恐ろしいことを言ってのけた。


「僕、あれで敵のプレイヤーも道連れにしてやりましたよ!」

「俺なんてふたり巻き込んでやったぜ!」


 フィールズ部所属のメンバーたちが功を誇るように言う。

 いや、うん……。そりゃあ確かにフィールズの試合だから死ぬことはないんだけど。……なんか()に落ちねえな。


『いやあ、もう一度見なおしてみてもすごい戦いでしたね、マーベルさん』

『そうですね。エー、もちろん絵的にも派手だったんですが、それよりも一体どれだけの金額が今の一戦で消えていったのか……、恐ろしいのはむしろそちらでしたね』

『いや、まったくです。おそらく私の給料数ヶ月分が今の試合で消えていった事でしょう』

『は、はは……』


 解説者の渇いた笑い声が立体映信を通じて控え室に聞こえてくる。


 あー、おっさん。俺も同感だよ。


 ハイタッチで勝利の余韻(よいん)(ひた)っているニナたちをよそに、俺はひとり、頬をピクピクとひきつらせて立体映信から流れる映像を眺めていた。


2018/11/05 誤用修正 良い子ちゃん然り → 良い子ちゃん然

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