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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第四章 強いチームには大抵の場合補欠という切り札がいる

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第78羽

『火災が発生しました。火災が発生しました。火元は、一、階、ロビー、周辺です。火元は、一、階、西側出口、周辺です。火元は――』


 生身の人間が発するアナウンスではなく、あらかじめ登録された単語を組み合わせて流される自動アナウンス。けたたましく鳴り響く警報とあわせて聞こえてくるその内容は、一階のロビー、西側出口、北側出口の三箇所が火に包まれていることを示していた。


「って、出口全部燃えてんじゃねえか!」


 そう。この建物は正面玄関とロビーのある東口、そして西口と北口の三箇所が出入口の全てである。その全てが火元となった、ということは――。


「くそ、あぶり出すつもりか」


 つまりバルテオットたちの意図的な放火というわけである。

 そもそもプレイヤー以外に生き物が居ないのだから、火が発生するのは誰かの意思によるものであることが明らかだ。


「煙が……」


 俺が隠れている部屋でも煙の匂いがかすかに感じられるようになってきた。


 なるほど。火は下層から上層へと建物を焼いていく。一階を確保されてしまうと逃げる場所がない。火に囲まれて焼け死ぬ前に、煙で一酸化炭素中毒になってしまうだろう。


 まさかこんな方法で俺を仕留めに来るとは思いもしなかった。てっきり三人でやってくるからには力技で攻めてくると思ったんだが……。


 まいったな。ラーラだったら魔法で水を出して消火することもできるんだろうが……、いや、さすがに初期消火ならともかくワンフロア全てが燃えるような火災には太刀打ちできないか。そんな事が出来るのはおそらくティアの氷魔法だけだろう。


 どちらにしても魔法が使えない俺に出来るのは、消火活動ではなく避難だけだ。それも踏まえての火攻めなんだろうがな。


 ちっ、やってくれるよ、まったく!


 下へ向けて逃げられない以上、逃げる方向は当然上だけだ。それにしたって結局ただの悪あがきでしかないんだが……。


 こうなったら、身を潜めるとかヤツらに見つからないようにとか、もう関係ないよな。このまま隠れていたら死亡判定を喰らうのは明らかなんだから、例え見つかったとしてもこのビルを脱出する方が優先だ。


 そうと決まれば、すぐさま避難。うかうかしているとすぐに煙が充満してくるだろう。


 幸い最上階へ近いフロアにいたおかげで、非常階段にはそれほど煙も来ていなかった。鼻腔(びこう)には確実に煙の匂いを感じるが、まだまだ普通に息も出来る状態だった。


 念のためポーチから取り出した布を口元にあてがい、煙の吸入を極力避けながら階段を上る。

 三フロア分の階段を一気に駆け上がり、煙から逃れた俺が息を切らせながら屋上へとつながる扉を開くと、そこには先客が居た。


「遅かったじゃないか、『残念レビィ』」


 屋上にはふたりの人影。一方は赤毛で長身のムキムキ筋肉、見るからに戦い慣れしていそうな剣士。もう一方は短髪のツンツンヘアーで、やや面長な顔立ちとツリ目がちな見た目が狐を思わせる男――バルテオットだった。




『おーっと! ここで主戦場以外にも動きがあったようです! 赤く輝く天上の刃チームの別働隊が、トレンク学舎チームの観測者を補足しました!』

『珍しい展開ですね、これは』


 ここに来て実況解説の声が競技場へと響きわたる。

 今までは俺が身を潜ませていたから、公平を()すために実況もされていなかったのだ。だがこうやって両チームのプレイヤーが顔をあわせた以上、どうせ通信で仲間には伝わるのだから、もう実況を控える理由はない。


『トレンク学舎の観測者レバルト選手が潜んでいたビルに火を放ち、屋上へとあぶり出したところを待ち受けるという頭脳プレイ! マーベルさん、これは赤く輝く天上の刃チームを褒めるべきでしょうか?』

『そうですね。確かに火であぶり出すというのは、手がかかるわりには見合った成果の出にくい方法です。エー、何せどの建物に敵が潜んでいるか目星をつけられなければ、ただの放火ですからね』

『おっしゃる通りです。火を放てばそれは相手チームの目にも止まりますから、自分達の所在を知らせることにもなってしまいます。そのため通常はあまり使われることのない方法ですが、今回は見事にハマリました!』

『そうですね。隠れているプレイヤーにとってみれば、たまったものではないはずです。エー、逃げ出さなければいずれ死亡判定を受けてしまいますから、動かざるを得ないでしょう』


「あのまま焼け死ぬのも魔力ナシのお前らしいが、それじゃあつまらないからな。せっかく私自身が出向いてきたのだ。せいぜい無様にあがくさまを公共電波に乗せてさらすが良い」


 そう言って俺を指差しながらあざ笑うバルテオットに、となりの赤毛剣士が水を差す。


「おい、ボンボン。それは良いけど、さっさとジオに火を消させろよ。俺らも火にやられちゃ意味ねえだろ」

「ボンボンと呼ぶな!」


 赤毛剣士の物言(ものい)いはずいぶんと横柄(おうへい)な感じがする。無駄にプライドの高いバルテオットがこんな人物をチームに抱えているのはちょっと意外だ。


「ちっ! おい、ジオ! もう良いぞ。ネズミはあぶり出した。さっさと消火に移れ!」


 苦々しい表情を浮かべながらも、赤毛剣士の言う通りにヘッドセットから指示を出すバルテオット。

 ジオという人物がビルの一階に火を放った本人なのだろうか? おそらく遠めがねで見た三人のうち、先行して走ってきた金髪男のことだろうな。


「んで? 二対一でさっさとやっちまうのか? 見た感じ、すぐに決着がつきそうだが」


 俺に対しては興味がなさそうな顔で、赤毛剣士がバルテオットに向かって言う。


「ふん。そう簡単に脱落してもらってはつまらない。ここは見通しが良いからね。逃げ回るみっともない姿がきっと中継カメラに良く映るだろう。お前はヤツがビル内へ逃げ出さないよう、出口を(ふさ)いでいろ」


 あ、そうか。バルテオットの指示で火が消されたのなら、ビルの中へ再び隠れるという手も――。


「へ?」


 回れ右してビル内へ駆け込もうという考えが頭をよぎった俺に向けて、赤毛剣士がものすごいスピードで襲いかかって来た。


「おうわっ!」


 その速度はもはや瞬間移動と言っても良いだろう。(またた)きする間に目前へと迫った赤毛剣士の剣撃は、俺を素通りして背後にあった屋上出入口の扉へと激突した。


 普段なら耳にすることのない金属がひん曲がる音と共に、鉄製の扉はものの見事に折れ曲がる。周囲の壁と一緒にゆがんだ扉は、もはや俺の力で開くことはできそうになかった。


「これで良いんだろ? ボンボン」

「だからボンボンと呼ぶな! ちっ、まあ良い。お前はそこでコイツが近付かないよう見張っていろ。手は出すなよ」

「そんな弱そうなやつ相手にしてもつまらん。勝手にしろ」


 赤毛剣士の力量に目を丸くしていた俺をよそに、バルテオットたちはそれぞれ役割を決めたようだった。


 逃げ道を塞いだ上での公開リンチってわけか? 趣味が悪いことこの上ないな。


 俺はふたりから距離を取って、その様子をうかがう。赤毛剣士は興味なさそうに扉へもたれてあくびをしている。一方のバルテオットは元々細めのツリ目をさらに細めて、ニヤリと笑みを浮かべていた。日本で昔話に出てくる『ずる賢い狐』を絵に描いたような表情だ。


「さあ、ゆっくり楽しもうか? 残念レビィ」


 こっちは全然楽しめねえよ!


『おっとお!? どうやら赤く輝く天上の刃チーム、数の優位性を捨てて一騎打ちに持ち込むようですよ? これはまた古風というか紳士的というか、意外ですね』

『そうですね。当然二対一という形で戦うのだと思いましたが……』


 そんな紳士的な考えとかじゃねえぞ、あいつの場合は。単に時間をかけて、いたぶろうって腹づもりだろう。


 ジリジリとバルテオットが俺との距離を詰める。それにあわせて俺も距離を保とうとするが、しょせんは狭いビルの屋上だ。あっという間に端へと追い詰められてしまった。


「おいおい、飛び降り自殺なんてしないでくれよ? わざわざここまでお(ぜん)立てしたのに、一太刀(ひとたち)()びせられないんじゃあ苦労が(むく)われないからな」


 俺の後ろにはわずかなスペースが残されるのみだ。その先にあるのは足場のないただの空間。正確に計ったわけじゃないが、高さは多分百メートル以上あるだろう。落ちれば当然ひとたまりもない。


 だが、これでチェックメイトというわけじゃない。


 さっきも言っただろう? 移動の手段はもうひとつある、と。


 その方法を使うと相手に見つかってしまうのだが、まあ今さらだよな。目の前数メートルで完全に補足されている状態で見つかるもクソもねえ。


 俺は意を決するとポーチの中からひとつの魔法具を取り出す。

 通常魔法具はその起動に利用者の魔力が必要だが、今回ティアから借り受けた魔法具はいずれも物理式スイッチで起動するという変わり種ばかりだ。おかげで俺でも扱うことができる。


 ポーチから取り出した魔法具はピンポン球サイズの包みと、そこから伸びる二本の紐で構成されていた。紐はいくつもの細いラインがより合わさって構成されており、それは俺のベルトにあらかじめ固定された金具へと伸びていた。


 バルテオットはポーチから魔法具を取り出した俺に警戒の表情を浮かべる。しかし俺に先手を打たせまいと考えたのだろう。


「お前もプレイヤーの端くれなら、ちゃんと戦って、ボロボロになった後で死ね!」


 そう叫びながら抜いていた剣を振りかぶると、俺を突き落とさんばかりの勢いで襲いかかって来た。


「そんなのはごめんだね!」


 正直ちょっと、いやメチャクチャ怖い。だけど他に方法が思いつかないから仕方ない。

 俺は魔法具のスイッチを入れて起動すると、そのまま勢いよく後方へと思い切り飛びすさる。当然そこに足場はなく、結果的に俺の体はビルの屋上から空中へと飛び出した。


「な!?」


 驚愕の表情を浮かべるバルテオットの顔が、俺の視界を上方へと消えていく。


 そのまま俺の視界は下から上へとスライドしていくビルの壁面に覆われた。

 だがそれも束の間、魔法具が無事に起動すると落下の速度が急激に減少する。


「ふう……。心臓に悪いな、この魔法具」


 起動した魔法具は、小さな包みが開いたかと思うと、すぐさまパラシュートのような薄い皮膜(ひまく)を頭上へと展開していった。皮膜とつながっている紐は多数のラインに分離し、ベルトを通じて俺の体を支える。ビルの下から吹き上げる上昇気流をはらんだ皮膜が大きくふくらんで、落下しようとする重力を打ち消した。


 そう、これがティアから借り受けた魔法具の機能だ。パラシュート、というよりもどちらかと言えば滑空(かっくう)性能を持ったパラグライダーに近いかもしれない。風向きによって多少の制約はあるものの、ラインを操作することで進行方向を選択できるのだ。


 先ほどまでの火災はすでに治まっていたものの、熱せられた建材はまだ冷えていないのだろう。熱対流による上昇気流とビル風による上昇気流が合わさって、予想以上に強い浮力が皮膜にかかる。


 幸いこの魔法具は乱流による体勢の乱れや失速を自動でフォローする機能を持っている。だからこそ今回のような状況でも使えたが、普通のパラシュートだったら自殺行為だ。乱流でビルに叩きつけられるか、失速して墜落するのが関の山だな。


 通常はゆっくりと高度を下げながら飛んでいくための魔法具なんだが、何せ上昇気流の強さが尋常ではない。みるみるうちに高度が上がり、あっという間に俺が飛び降りたビルの屋上を通りすぎてしまった。


 その瞬間見えたバルテオットのマヌケ面といったら……、ぷぷぷ。まさに「ざまあ!」って感じだった。


 赤毛剣士の方はなんだか楽しそうに笑っていたけど、すぐに我を取りもどしたバルテオットに怒鳴られて顔をしかめていた。


 俺は慌てふためくバルテオットを横目に、ラインを操作して移動を開始する。

 とりあえずの危険は脱したけど、まだまだ逃げ切れたわけじゃないんだよな。


2016/08/07 誤字修正 チームに抱えているのはちょっと以外だ → チームに抱えているのはちょっと意外だ

2016/08/07 修正 それは俺のベルトへと → それは俺のベルトに

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