第77羽
最初は氷魔法禁止のフィールド制限にばかり目がいっていた。
だが、ここに来てフィールドタイプの方にもヤツの悪意が潜んでいたことに俺はようやく気づく。
言うまでもなくフィールド制限は、ティアの力を封じて俺たちの戦力を半減させるのが目的だ。それは間違い無い。
だがそれだけでは事足りず、ヤツはフィールドタイプにまで手を回したのだろう。その目的は単純明快。俺をハメるためだ。
もともと実際の街並みを参考に作られたフィールドがこの市街地フィールドだ。人間こそいないものの、建物には電気や魔力が供給され、実際の街同様に様々な魔法具や機械が動いている。エレベーターやエスカレーター然り、部屋の電灯然りだ。
そのひとつに魔力扉がある。
以前話したことがあるかもしれないが、魔力扉とは魔力反応式の自動ドアみたいなものだ。人間なら誰もが持っている微量な魔力。その魔力に反応して開くドアは、公共施設はもとより、様々な建物に配備されている。
俺以外にとっては非常に便利な代物である。
俺以外にとっては、な。
魔力のない俺は、魔力扉を開きたくても開けない。触れても無反応なのだ。
当然俺が身を潜めるためには、魔力扉を開かなくても良い建物であるというのが条件になる。加えて周囲が見通せるような観測に適した場所……。いくらこのフィールドにたくさんの建物が存在するとしても、そんな場所が数多くあるわけもない。
そう、俺はまんまとバルテオットの策にはめられてしまったのだ。
バルテオットは最初から俺が潜みそうなビルに目星をつけていたのだろう。フィールドタイプや制限へ口出しできるくらいだ。建物の配置や魔力扉の情報を入手するくらい朝飯前に違いない。
そうすれば自然と俺が身を潜める場所は限られてくる。俺が観測者をやっているのはこれまでの試合で分かっていたことだろうしな。
俺の選択肢を狭めてやれば、単独で身を潜めるであろう俺を孤立無援の状態にすることも、俺を多数で囲むことも可能だろう。
現にこうやって単独で隠れている俺をなぶるために、バルテオットたちは三人という圧倒的多数でもってやって来ている。
しかもこうしてわざわざバルテオット自ら、主力同士の戦いを放置してまで出向いて来ているのだ。完全に最初からこれを狙っていたという何よりの証拠だろう。
あいも変わらず性根の腐ったヤロウだな。ホント。
俺が考えを進めているうちにも、バルテオットたちは確実にこちらへ近付いてきていた。遠めがね越しに様子をうかがってみるが、その歩みには迷いが全く感じられない。
次の瞬間、バルテオットの顔がこちらを向いて、俺とヤツとの視線が交わった。
実際には遠く離れた場所にいるわけだし、遠めがねで覗いている俺の姿が向こうに見えるわけがない。
見えるわけがないんだが――。目が合った瞬間、ニヤリとヤツの口角が上がるのを見てしまったのだ。
多分ヤツにはこちらの姿を確認することは出来ないだろう。だがおそらくあの様子だと、俺がここに居ることを確信しているような気がする。
今のうちに居場所を変えた方が良いだろうか?
気は進まないが、逃げるなら今のうちだ。
「移動するか……」
だがその判断がすでに手遅れであることを、俺はすぐに知ることとなった。
確認のため、バルテオットたちの様子を最後に遠めがねで見た俺は、そこにふたりの姿しか見えないことに気がつく。
「あれ? もうひとりはどこへ……」
遠めがねの倍率を下げて視野を広げた俺は、背中にひんやりとした汗が流れるのを感じた。
三人の中では比較的軽装な金髪の男が、単独先行してこちらへ走って来ている。
「げっ」
あのスピードを考えると、向こうがこのビルへたどり着くまでの時間と、俺がビルを一階まで降りるまでの時間、どちらが早いか微妙なところだ。下手をするとビルの一階でご対面なんてことになりかねない。
「ちっ、遅かったか……」
俺はそれまで潜んでいた部屋を出て、階段でふたつほど下のフロアへ移動する。そこで外の様子をうかがうのにちょうど良い部屋を見つけると、再び身を潜ませる。
もっと隠れやすい部屋もあるのだが、相手の様子を監視できなくなっては元も子もない。潜伏先を多少予想されやすくなったとしても、観測者としての役割を放棄するわけにも行かないだろう。
「問題はこれからどうするか、だが……」
まあ、実際のところ選択肢はあってないようなものだ。
選択肢その一。建物を移動する。
だが他の建物に移ろうとすれば、ヤツらに見つかる危険を冒して一階へ下りなければならない。一応移動するための手段はもうひとつあるが、それを使うと確実に相手に見つかってしまう。おそらく見つかってしまった――居場所を把握された――とはいっても、目視されたわけでもないのだ。わざわざ相手に姿をさらすなど、現時点で得策とは言えないだろう。
選択肢その二。戦う。
論外である。俺に戦闘力を求めるな。
選択肢その三。見つからない事を願ってこのまま隠れてやり過ごす。
まあ、これが一番現実的か?
建物を特定しても、さすがに数多くある部屋をひとつひとつ探すほどの余裕はないはず。上手くすれば気づかれずにやり過ごすことも出来るだろうし、時間がかかれば援護が期待――は無理かも……。
今現在、主力同士がぶつかっているわけだし、それに勝てるかどうかもわからないのだ。ティアやニナたちがいるから、あっという間に負けることは無いと思う。だが相手には元プロ選手もいるらしいし、いくらティアたちでも簡単に勝てるとは思えない。
場合によっては俺とパルノが生き残って、主力が壊滅ということもあり得るのだ。
もっとも、そうなった時はいくら俺たちが生き残っていても、勝負はとっくに決してしまっているのだが。
結局、俺は選択肢三を選ぶ。
おいこらそこ、小並感とか言うな。身の程をわきまえていると言ってくれ。
え? 主人公の選択としては消極的すぎる、って?
知るかよそんなこと。っていうか、誰が主人公だよ。そういうのはちゃんとチート標準装備で生まれたヤツが背負う肩書きだっつーの。
中途半端な前世の記憶持ちに、何求めているんだよ。ティアとかフォルスみたいなのと同じ土俵には上がれねえって――――は? そんなことよりそろそろバルテオットたちがビルに入ってくるんじゃないか、って?
あ……、ホントだ。
身を隠しながらビルの下を確認すれば、今まさにバルテオットたち三人がビルの正面から内部へ足を踏み入れようとしているところだった。
まずいな。完全に建物特定されているじゃないか。
「おーい、パルノ」
「な、なななんですか? レバルトさん」
俺はヘッドセットについたマイク越しにパルノへと話しかける。
「さっきの三人。完全に俺をロックオンしてるわ。今から俺のいるビルへ入って来るみたいだ」
「え? ええ!? 大変じゃないですか! どどどどうしたら、私良いんで――!」
「落ち着け、パルノ。俺よりお前の方が慌ててどうするんだよ」
動揺のあまり文法が無茶苦茶になったパルノを落ち着かせようとする。立場逆だろ、これ。
「すすすぐにティアさんたちへ援護をお願いしなきゃ!」
「うーん……、まだそれはやめとこう」
「どどどうしてですかあ!?」
「ティアたちはティアたちで、相手の主力と交戦中なんだ。こっちを援護する余裕なんてないだろ。それに考えようによっては、俺ひとりで敵三人を釘付けに出来るってことだしな。試合全体を考えればこの状態は決して悪くない」
まあ、俺個人的には嬉しくない状況なんだが。
「それにまだ敵に見つかったわけじゃないんだ。もしかしたらこのままやり過ごせるかもしれないだろ?」
「え、えーと……、まあ。そういうことなら……」
「ただ、見つかりにくい部屋へ移動するつもりだから、しばらくは周囲の観測が出来なくなる。俺の分までカバーよろしく頼むぞ」
「は、はい。それはもちろん……」
とはいえ、現時点で相手の所在は全て把握できているのだから、観測もなにもねえけどな。主力同士の戦いに決着がつけば、試合の大勢も決するだろうし。
「じゃあ、ちょっくら隠れるから。後は頼むぞ」
「ほ、本当に大丈夫なんですかあ?」
「…………多分な」
「……」
「……」
微妙に気まずい沈黙を後にして、俺は通信を切った。
正直なところ、相手がどれほどの力量だろうと勝てる気がしない。一対一でもそうなのだから、敵が三人では目も当てられないだろう。
だがまだ見つかったわけではないのだ。このまま隠れ続ければ、パルノにも言ったように敵三人を遊兵にすることができる。それは間接的に味方への援護となるだろう。
昔から俺はかくれんぼで身を隠すのが得意だったのだ。まさかこの歳になってやるはめになるとは思わなかったが……。せいぜいバルテオットたちには無駄な時間を過ごしてもらうとしようか。
そんな俺の思惑は、あっという間に崩れることとなった。
フロアの中で隠れるのに最も適した部屋を探し、上手く身を潜ませた俺をあざ笑うかのように、いつぞや学都でも耳にしたのと同じような警報がビル中に鳴り響く。
けたたましく鳴り続ける警報に、明らかな悪意を感じた俺は思わず顔をしかめた。
続いて各部屋に設置されたスピーカーから、あらかじめ録音されていたと思われる女性の声でアナウンスが流れ始める。
『火災が発生しました。火災が発生しました。火元は、一、階、ロビー、周辺です。火元は、一、階、西側出口、周辺です。火元は、一、階、北側出口、周辺です。火元を避けてすぐに避難を開始してください。繰り返します。火災が発生しました――』




