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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第四章 強いチームには大抵の場合補欠という切り札がいる

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第72羽

 昨日購入したばかりの遠めがねを右手で持ってのぞき込み、俺は周囲をぐるりと見渡した。


 うーむ……。木の葉しか見えないな。


 まあ、専門店で購入した高級品ならいざ知らず、武器屋の棚へおまけのように並べられていた安物だしな。もともとそこまで期待していたわけじゃない。


 それでもダメ元でニナたちが向かっているP-3エリアへとその先端を向けてみた。


「うん。やっぱ見えねえや」


 見えないものは結局見えない。それは世界の真理である、多分。


「せめてもっと拡大出来ればなあ……。どっかに調整つまみとか付いて……、るんだなあ」


 適当にいじくり回していると、筒の一部が回転することに気づいた。

 最初は単にガタが来ているだけかと思ったのだが、どうやらそうではないらしい。意識してその部分を指でなぞってやると、すんなりと回り始める。


「おお、試してみるもんだな」


 思いもよらぬ発見に喜び勇んで俺は遠めがねをのぞき込んだ。


「ん? なんだこりゃ?」


 俺の右目に予想していなかった色が飛び込んできた。


 森林フィールドで目に入る色と言えば、葉の緑と幹の茶色がほとんどだ。今俺が目にしているような薄いだいだい色は見当たらないはず。ましてやこんなに表面がつるつるとした質感の物体が森林にあっただろうか?


 俺はわずかに遠めがねを右へ動かしてみた。途端に視界が緑色に染まる。

 今度は左側へ動かしてみる。先ほどの薄だいだい色を挟んで、今度は焦げ茶色のでこぼこした物体が視界を埋める。


「あ、そうか。ちょっと拡大率を下げれば良いのか」


 まぬけなことに俺がそれに気づいたのは、少なくない時間を浪費したあとのことだった。

 覗いたまま手探りで遠めがねの調整つまみを少しだけ逆方向へ回す。すると右目で捕らえていた視界が広がって、ようやく自分の見ていた物体が何なのか理解できた。


「うわあ……、ビンゴじゃねえか」


 我ながら自分の勘に恐れ入るぜ。


 遠めがねを通して俺の目に入ったのは、太い木の枝に片足を立てて座る人間だった。

 当然そんなところに味方がいるわけもなく、フィールド上に部外者が侵入しているはずも無い。となると、消去法であれが敵チームのメンバーであろう事は容易に想像がつく。


 その人物は栗色の長い髪を編み込んだ女の子だった。オルボ学院の生徒ということはニナたちよりも少し年上なのだろうが、年の差以上に落ち着いた雰囲気を漂わせている。


 手に持つのは小型の弓。背には矢筒を背負っていることからも、身を潜ませて狙撃をするタイプなのだろう。身につけている防具は革製と思われる胸当てだった。内側からはじけんばかりに膨張しているやわらかそうなふたつの物体を必死に押しとどめているそれは、防具と言うよりむしろ拘束具(こうそくぐ)のように見えた。うむ、大変けしからん光景だ。


 身軽さを優先しているのか、防具と言えば胸当てくらいのもので、全体的に軽装である。動きやすいようにという理由で選んだのであろう、丈の短いスカートからは綺麗な生足がすらりと伸びていた。ちっ、まぶしいぜ。

 さきほどの薄いだいだい色はあれだったんだな。どうりでつるつるしていると思ったよ。


 しかし、これでハッキリした。


 観測者(オブザーバー)ならいざ知らず、戦力と思われるメンバーを考えなしに配置しているとは思えない。ということはあのあたりに敵の本陣があると考えて良いだろう。

 彼女の視線を追っていけば、自然と本陣を見つけるヒントにたどり着きそうだ。


 と、そこまで考えたところで彼女に動きがあった。


 もちろん動きがあったと言っても、迎撃態勢を取るような緊迫感のある動きではない。

 長時間息を潜めて木の枝に座っているのだ。当然体が(こわ)ばってくるのも仕方ないだろう。となれば、体勢を少し変えようとするのも自然なことだ。


 彼女が枝の上に立てた足を右から左に変えようと身じろぎする。その動きに呼応して、両足とスカートで(はさ)まれた暗黒領域が徐々に範囲を(せば)めていった。


「おおっ……!」


 立ち位置的に、俺は彼女の正面といっても良いくらいの角度で遠めがねを覗いている。

 まさか彼女も正面から見られているなどと気づいてもいないのだろう。何の躊躇(ちゅうちょ)もなく、立てた足を入れ替えようとしているのだ。


 ゆっくりと足の位置が動き、それにあわせてミニスカートの中にある暗黒領域が太陽の光に浸食されていった。すでに暗黒領域は限界にまでその面積を減らしている。


「も、もう少し……」

「何がもう少しなのですか?」


 今まさに暗黒領域が白日(はくじつ)のもとにさらされようかというその瞬間、ヘッドセットから氷点下を感じさせるような冷たい声が聞こえてきた。


「おわ! おっと、っと!」


 全身をビクつかせ、その拍子に手から遠めがねがこぼれ落ちそうになるのをなんとか捕まえると、俺は慌てて周囲へ視線を巡らせる。

 だが当然のことながら人影は見当たらない。


「先生。何がもう少しなのですか?」


 ヘッドセットからは、やはり冷え冷えとした我がアシスタントの声が再度の問いかけをしてくる。


「あ、ああ。い、いや、なんでもないぞ?」

「そうですか……。ふーん、そうですか」

「え? お前今どこにいるの?」

「私ですか? ずっと本陣を守っていますが?」


 ホントかよ!? 実は近くで俺を見張っているんじゃないだろうな!?

 さっきの見ていたんじゃないだろうな!?


「本当ですよ? 近くになんていませんから」


 いや、だからどうして俺の考えていることがわかるんだよ!

 見ていなかったってんなら、なんでそんな冷たい声出しているんですかね、お前さんは!?

 というか見ていたとしても、端からは遠めがねで索敵しているようにしか見えないはずだよね!?


「いえ、なんだか不快な感覚がしたもので」


 だから俺の脳内と勝手に会話すんなー!


「不快な感覚は良いとしても、そこで俺が出てくるのは何でだよ!」

「……なんとなく、先生が原因に思えたので」


 なんじゃそりゃあ!


「先生は先ほど何を――」

「敵を見つけたぞ!」


 ティアのセリフをさえぎって、俺はチーム全員へと報告した。このままティアと会話するのは危険だ。うん、危険すぎる。


「本当かい! 兄ちゃん!?」

「凄いです凄いです。お手柄ですよ、レビさん!」

「マジっすか!? ちょーヤベえっす! さすが兄貴、神っすね!」

露骨(ろこつ)に話をそらしましたね。お話はあとでゆっくりと聞かせていただきますので」


 俺を賞賛するチームメンバーの声にまぎれて、自称アシスタントの冷め切った声が耳をつく。

 おかしいな。なんか涙が出てきたぞ?


「お兄ちゃん! どこ!? どこに居た!? どこにギュンってすれば良いの!?」


 妹から届く催促の声に、俺は気を取り直して遠めがねを再び覗く。


「とりあえず敵がいるのはP-3のエリアだけど……。今の進路で突っ込むのはやめた方がいい」


 あの弓を持った女の子が待ち構えているだろうからな。


 遠めがね越しに敵の動きを観察し、その視線を追って行くとすぐに本陣は見つかった。

 本陣には鎧を着た男がひとりいるだけだ。もしかしたら他にも伏兵(ふくへい)がいるのかもしれないが、発見には至っていない。


「わかったよー! 背後からいきなりドカンと吹き飛ばしちゃおう!」


 敵本陣の様子を伝えると、ニナからそう返答があった。


 だよなー。お前の場合、伏兵が居ようと罠があろうと、結局戦い方には変わりがないんだろうよ。

 ま、伏兵の存在があらかじめわかっているだけでもずいぶん違うだろうから、情報は無駄にならないと思いたいがね。


 そうこうしているうちに、ニナたちA小隊が敵本陣を射程に捕らえる。


「よーし! いっくよー! どっかああああん!」


 ニナの魔法が遠距離から炸裂する。

 狙いは本陣に居る鎧男ではなく、樹上の弓女だ。俺の観測で正確な位置をつかめているからこそ出来ることだった。


『おおっと! ここでトレンク学舎チームの魔法攻撃が炸裂したあああ! 不意を突かれたオルボ学院チーム、たまらず二名脱落だあああ!』


 ありゃ? 本陣も一緒に吹き飛ばしたのか?


『勢いそのままにトレンク学舎がオルボ学院の本陣を強襲する! 守るのは守備の要、リオン選手だあああ!』


 本陣の鎧男は健在か。ふたり脱落したって事は、たぶん弓女以外にも伏兵がいたってことなんだろう。


 となると……、敵の残り人数は五人。うちふたりはニナたちが取り逃した囮部隊、ふたりは俺たちの本陣を強襲してきた部隊の生き残り、最後のひとりが本陣を守る鎧男だな。


「とっつげきいー!」


 ニナの号令下、A小隊が敵の本陣へと突っ込む。

 相手がどれだけの実力を持っているか知らないが、さすがに四対一では勝てないだろう。


 俺が遠めがねで見守る中、ニナの剣撃が鎧男をまたたく間に追い込んでいく。

 相手が一撃繰り出す間に、ニナの剣は二度三度と鎧の隙間へ吸い込まれていった。あんなに激しく動きながら、よくもまあ隙間を狙って攻撃が加えられるもんだな。我が妹ながら恐ろしい(わざ)である。


 ニナを援護する三人も、隙を見ては鎧男へ攻撃を加えていた。あの調子なら決着が付くのも時間の問題だろう。


 気になることがあるとすれば、姿を隠したままの敵四人だが――と、そこまで考えたとき、実況の声がスタジアムに響いた。


『ここでオルボ学院がトレンク学舎の本陣を再び強襲! だが今度はトレンク学舎も五人で迎え撃つ体勢だあああ!』

『ここは勝負に出ざるを得ないでしょうね』

『オルボ学院チームは残り四人全員を攻撃に投入してきましたね、マーベルさん!』

『そうですね。エー、このまま手をこまねいていればオルボ学院の本陣が占拠されるのは時間の問題でしょうからね。オルボ学院としてはその前にトレンク学舎の本陣を攻め落とすしかありません』


 よし、勝った。


 唯一の不安要素は相手チーム残りの四人がどこに居るか、だった。

 もし四人全員が本陣防衛に加わってしまうと、ニナたちが負ける可能性も出てくる。例え負けないまでも戦闘が膠着(こうちゃく)状態に(おちい)ってしまっては、ポイントで負けている俺たちにとって厳しい戦況となってしまうだろう。なんせ今からティアたちを敵本陣へ向かわせても、試合終了時間までの短時間で間に合うかどうかわからないのだから。


 だが四人が俺たちの本陣を攻めてくれるというのなら逆に都合が良い。鎧男ひとり相手ならニナたちは間違い無く勝つだろうし、自陣の方もティアやクレスが居るのだから、簡単に攻め落とされることはないだろう。


 そして戦況は予想外の展開を見せることも無く、俺の考えた通りに推移していった。


「よしゃー! 敵陣占拠ー!」


 ニナの声がヘッドセットから響いてくる。問題なく敵の排除に成功したようだ。このまま三分経てば俺たちの勝ちだが……。


「これで、終わりです!」


 今度はティアの声が聞こえてきた。どうやらあっちも片がついたらしい。


 もともと四人のうちふたりはドラゴン型ゴーレムのブレスで死亡判定寸前だったのだろうし、ティアとクレスを含めた五人を相手取るには無理があったのだ。

 万全の状態だったら苦戦していたかもしれないが、すでにかなりのダメージを受けていただろうからな。


『ここで試合終了だあああ! なんと大番狂わせ! 学生全国大会で準優勝したオルボ学院チーム、全滅! トーナメント一回戦で消え去ってしまったあああ!』


 実況の声がフィールド中に響きわたり、それに負けず劣らずの大歓声が観客席から加わって周囲の空気を震わせる。


『いやあ、凄い試合でしたね、マーベルさん!』

『そうですね。森林フィールドにしては珍しい全滅という結末に終わりましたが、実際には本当に僅差の勝利でしたよ』

『フィールド上にはトレンク学舎チームの選手が十一人残っています! それだけを見ると圧勝に思えますが、少し展開が違っていれば逆の結果もあり得たわけですよね!?』

『そうですね。エー、残り時間はすでに五分を切っていましたし、その状態でオルボ学院がポイントをリードしていました。エー、トレンク学舎がオルボ学院の本陣を見つけるのがあと五分遅れていたら、結果は逆になっていたでしょうね』

『マーベルさんのおっしゃる通り、終了間際まではオルボ学院がリードしていたわけですよね。勝負の分かれ目になったポイントはどこだったでしょうか?』

『そうですね。ポイントとしては三つでしょうか。まずはティアルトリス選手のドラゴン型ゴーレムによる本陣防衛。次は終了間際にトレンク学舎がオルボ学院の本陣を発見したこと。最後はオルボ学院の本陣が発見されたとき、リュウゼ選手たち四人が本陣から離れた位置に(ひそ)んでいたことでしょう。エー、もし四選手が本陣の防衛に専念していれば、勝敗は逆になっていた可能性もあります』

『確かにそうですね。オルボ学院チームとしては、残された時間で本陣を発見されるとは思ってもいなかったのでしょう。いやあ、観客席ではまだざわめきが収まりません。マーベルさん、この試合で印象に残ったのはどんなところでしたか?』

『そうですね。やはりティアルトリス選手の――』


 実況と解説のふたりによる総括がスタジアムに響くのを後にして、俺たちは選手控え室へと戻っていった。


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