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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第四章 強いチームには大抵の場合補欠という切り札がいる

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75/197

第71羽

『さあ、オルボ学院はこのまま逃げ切りに入るのか? トレンク学舎としては残り少ない時間で七十ポイント差を逆転しなくてはなりません! マーベルさん、先ほど見せたティアルトリス選手のゴーレムは見事でしたが、試合としては現在圧倒的にオルボ学院が優位に立っているわけですよね?』

『そうですね。エー、オルボ学院としてはすでに大きくポイントをリードしていますからね。このまま逃げ切るというのも十分あり得ます。エー、一方のトレンク学舎としては逆転のために、何としてもオルボ学院の本陣を探し当てねばなりません。ですが、捜索範囲を広げるために戦力を分散すると、逆に各個撃破される可能性もありますよ』

『そして本陣の位置を知られているトレンク学舎としては、本陣を空にするわけにもいかないでしょうね』

『そうですね。本陣にある程度の戦力を残せば、トレンク学舎のアドバンテージである人数差も意味をなくしてしまいます。エー、人数差を見るとトレンク学舎が圧倒的有利に見えますが、追い詰められているのはオルボ学院ではなくトレンク学舎です。これが標準型フィールドなら話は別ですが、今回は森林フィールドですからね』

『相手の姿を発見しづらい森林フィールドだから、ということであれば、トレンク学舎が勝つために必要なのはやはりオルボ学院の本陣発見でしょうか?』

『そうですね。エー、本陣の場所が互いに判明したならば、トレンク学舎の人数的優位性も大きな意味をもってくるでしょう』


 実況と解説が俺たちの状況を正確に説明してくれる。


 このまま相手チームが逃げに徹すれば、ポイント判定で俺たちの負けだ。ポイント差を逆転するためには、どうしても相手チームの本陣を突き止めなきゃならないだろう。


「問題は、それだけの時間が残されているかってことだが……」


 すでに試合時間は半分を切ってしまった。悠長(ゆうちょう)に探している時間はない。

 かといって効率を優先して小隊を分割すれば各個撃破の対象になる可能性が高いからな。頭の痛いところだ。


「よーっし! みんなー! ガンガン行くよー!」

「ちょっと! 姉ちゃんどこ行くのさ!?」

「もちろん相手の本陣を襲いに行くのよ!」

「本陣って、場所わかってんの!?」

「わかんないけど、多分あっちの方だよ!」

「根拠は何!?」

「勘!」

「はあああ!?」


 ヘッドセットからは、クレスがニナを押しとどめようとする声が流れてくる。

 はあ……。なんであんな短絡(たんらく)的直感思考の妹が、俺よりも頭良いんだろうな……。


「兄ちゃんからも言ってやってよ!」

「むー。だがなあ、クレス。確かにそこで立ち尽くしていたって、相手の本陣は見つからないんだ。直感でも適当でも良いから動き回らなきゃ、いつまでたってもポイントは逆転できねえぞ?」

「さっすがお兄ちゃん!」

「とりあえずクレスたちは本陣に戻って防衛。ニナたちは敵本陣の捜索ってことで良いんじゃないか?」

「……わかったよ。じゃあ僕たちは本陣に居るティアさんと合流するよ」


 不承不承(ふしょうぶしょう)ながらクレスが俺の提案を受け入れた。


 さて。

 さしあたって本陣の防衛はこれで大丈夫だろう。チートのティアと準チートのクレスが居るのだ。無いとは思うが、もし相手が七人全員でかかってきたとしても、十分撃退可能だ。


 そうすると問題は攻撃の方だが……。こっちは相手が見つからない事にはどうしようもないな。




『さあ、オルボ学院によるトレンク学舎の本陣強襲以降、膠着(こうちゃく)状態となりましたこの試合。試合時間はすでに三分の二が経過。はたしてこのままオルボ学院が逃げ切るか! それともトレンク学舎の大逆転があるのか!?』


「兄ちゃん! そろそろ本格的にまずいよ! 僕らも本陣探しに出た方が良いんじゃないか!?」

「あわてんな、クレス。まだ時間は二十分ある。本陣さえ見つけられれば逆転は可能だ」

「だってその本陣が見つからないじゃないか!」


 そうなんだよなー。あれからニナたちA小隊(ピース)があちこちとかけずり回っているが、結局本陣発見には至っていない。


 未捜索区域はまだ全体の七割以上残っている。試合終了までの二十分で全てを捜索するのは無理だ。例え小隊を三つ四つに分けたとしても、やはり全域をカバーすることは出来ないだろう。


 となれば、ある程度対象区域を絞って捜索するしかないんだが、問題はどの区域を重点的に探すかだ。なんとなくあの辺にありそうだ、っていうのは感じるんだけどなー。ま、根拠無いんだけどさ。


「なあ、ティア。氷で作った斥候(せっこう)の使い魔あったじゃねえか。あれで索敵とかできねえ?」

「近場だけならできますが、フィールド全域となると距離が足りません」

「それでもいいから、やってみてくれ。どのくらいが有効範囲に入る?」

「フィールド全体の三割といったところです」


 それでも単純に疑わしきエリアが減るのはありがたい。

 俺の頼みを受けて、ティアが氷の斥候を放つ。俺たちの本陣がある場所から、水のしぶきにも似た白いもやが周辺へと広がっていった。遠目に見ると綺麗だな。近場では正直目にしたくないが……。


 これで敵の本陣が見つかれば良い。だが見つからない場合はどうか。

 俺たちの本陣を中心にして、フィールドの三割が敵陣の候補から外れる。そうすれば簡単な計算だ。残り七割のどこかに本陣があるということになる。


 最初にニナたちが攻撃を受けたのはあの場所。そしてティアが吹雪魔法を使った時に、俺たちの本陣周辺へ敵斥候がたどり着いていたとすると……。

 斥候が仲間へ報告し、本陣強襲部隊がたどり着いたのはあの時間帯。なら逆算するとスタート時点ではこの範囲にいたはず……。


 俺は目を閉じて、ひとり思案にふける。



 耳に入る雑音が少しずつ遠ざかり、思考を(さまた)げるものがひとつ、またひとつと消えていった。


 まず音が消える。実況も歓声も、ヘッドセットから流れてくる味方の声すらも聞こえなくなり、何ものにも束縛されない静寂の世界が訪れた。


 次に匂いが消える。疑似環境のひとつとして撒かれた木々の香りが鼻腔(びこう)を素通りしていく。


 最後に触覚が消える。自分が座っている枝の感触が消え、身にまとった装備の重さが消え、自分自身の呼吸で収縮する肺の感触が無くなる。自分の居る位置すらあいまいになり、宙に浮いたような頼りない、それでいて心地よい無感覚。


 ああ、落ち着くな。この感じ。


 集中した時に訪れるこの状態を、俺は子供の頃から何度も経験してきた。

 誰にも何にも邪魔されない、俺だけの世界。


 全ての感覚を失い。そして引き替えにたったひとつの知性という武器を得る。

 今なら世界の理ですら理解できてしまいそうだ。


 早く結論を出せと俺の中に居る何かがささやいてくる。


 まあそう()かすなよ。折角(せっかく)なんだからもっと堪能(たんのう)しようぜ。


 ん? なんだよ。せっかちなヤツだな。


 わかったよ。


 俺は仕方なく考えを進める。



 リュウゼは慎重な性格だ。いくら相手が無名の格下でも油断はしない。全力で俺たちを倒しに来る。

 フィールドが森であるならなおさら油断はしないだろう。必ず本陣へ防衛戦力を置くはずだ。残す戦力はリオン、イア、ポール、ハイネの四人だ。だがそこへナッジが異を唱える。


 ナッジって誰だ? ああ、オルボ学院の副リーダーか。


 ナッジのヤツはガキの頃から考えるよりも突進していくタイプだったからな。とにかく防御を軽視しがちだ。

 ……はて? 俺はどうしてそんな事を知っているんだ? ナッジなんてヤツ、会ったこともないぞ……?


 まあそんな事はどうでもいいか。


 ナッジは絶対に言うはずだ。攻撃戦力が不足している、と。

 強い調子で主張するナッジに、リュウゼはいつも譲歩を強いられる。だから学生の大会でも決勝で遅れを取った。


 ……ああ、そうだったのか。だから最後の最後で連携が崩れたんだな。立体映信(えいしん)で見た試合の違和感がようやくスッキリした。


 リュウゼはため息をつきながらも攻撃の別働隊をひとり増やす。陽動はリュウゼ自身が率い、別働隊はナッジを先頭にしてフィールドの外縁をひっそりと移動する。その中には本陣を防衛するはずだったハイネも含まれる。


 結局本陣の防衛はリオン、イア、ポールの三人に減った。観測者(オブザーバー)のポールを除けば実質戦力としてはふたり。ガチガチのプレートメイルに身を包んだリオンが本陣に居座(いすわ)って敵の攻撃に耐え、少し離れたところからイアが弓で敵を射るという戦法だ。


 リオンは回復魔法が使えるから、敵の攻撃を耐えるには適役だろう。


 って、回復魔法使えるのかよ。全身鎧ガチガチのくせに魔法使いとは予想外も良いところだ。そんなの雑誌の特集でも書いてなかったぞ。

 まあ当然か。いくら雑誌のインタビューとはいえ、手の内を全てさらすわけもないだろうしな。


 そうなると、本陣の場所は必然的に限られてくる。


 リオンが居座る以上、周囲から非常に見えにくい場所であることが大前提だ。候補としては八百六十一箇所。


 そのうちイアが視野と射線をさえぎられない立ち位置を確保できるのは二百十七箇所。


 さらにポールが観測を続けながらリオンとイアの様子をうかがう必要がある。そんな場所を確保できるポイントはもっと少なくなって八十六箇所。


 ニナたちが奇襲を受けた場所と時間を考えると、試合開始直後から移動したとしても二十三箇所は除外となる。残り六十三箇所。


 敵の斥候らしき物音をパルノが聞いたのは、ティアが吹雪の魔法を発動させた頃だ。その時間帯に斥候が俺たちの本陣までたどり着くとなると、候補はグッと減って十一箇所。


 その後本陣を強襲した敵チームの到着時間を考慮すると、さらに候補地点は減って三箇所となる。


 三箇所のうち、一箇所は俺たちの本陣にほど近い場所だ。さすがにここは違うだろう。この場所に敵本陣があったら、もっと早い時期に接敵しているはずだ。どちらにせよティアの放った斥候でハッキリする話だ。


 となると残るは二箇所。


 一方の場所には、幹の中が空洞になった古木が見える。となると、こちらは『無い』な。

 リュウゼのヤツは子供の頃、森で迷子になったことがある。一晩暗い森の中、幹の空洞で恐怖に震えながら眠ったことがトラウマになっているだろう。さすがに表情に出すことはないだろうが、無意識のうちにああいうのが見える場所は避けるはずだ。


 そうすると、おそらく本陣はあそこだな。




「――! ――生! ――えて――返事――、先生!」


 瞬間、俺の意識が膨大(ぼうだい)な情報にもまれて(おぼ)れそうになる。


 目を開くと、一瞬自分がどこに居るのかわからなくなった。だが手を添えた幹の表皮と、尻の下に感じる太い枝の感触が俺を現実に引き戻す。


 ヘッドセットからはティアの声が何度も呼びかけて来ていた。


「先生! どうしたんですか!? 返事をしてください、先生!」

「あ、……ああ。なんだティア?」

「なんだじゃありません! 呼びかけても返事が無いから、敵襲を受けたかと思って心配したじゃありませんか!」

「すまんすまん。ちょっとボーッとしてた」

「それなら良いのですが、本当にご無事なんですね?」

「ああ、こっちは別に異常ないぞ。そっちは?」

「先ほど斥候を飛ばしてみましたが、この周辺には敵の本陣も敵影も見当たりませんでした」

「そうか。わかった、ありがとよ」


 ってことは、やっぱりあの辺が怪しいんだよなあ。根拠無いけどさ。


 ティアとの会話を終えるなり、ニナが不満爆発といった感じで叫ぶ。


「あー! もう! どこに居るのよ! 出てこーい!」


 出てこい、と言って素直にノコノコ出てくるわきゃねえけどな。


「ニナ、どうせならP-3エリアのあたりを探してみないか?」

「ん? なんで?」

「なんとなく。あのあたりに敵の本陣がありそうな気がする」

「根拠はあるの? 兄ちゃん」


 横からクレスが口を挟む。


「根拠は無い。勘だ」

「勘って……、兄ちゃんまでそんなこと言い出さないでよ」

「うん、わかった! よーっし! みんなー、P-3に突撃するよー!」

「ちょっと、姉ちゃん! そんな簡単に!」


 あわてるクレスに、エンジが落ち着かせようと声をかける。


「まあまあ、弟さん。兄貴の勘は全然当たるっすよ?」

「そうだぞクレス。俺の勘が今まで外れたことがあるか?」

「いやいや、なんで根拠の無い勘をそこまで自信満々に言い切れるのさ! 兄ちゃんの勘が外れた事なんて今までにも何度だっ…………、あれ? ………………ない?」


 そう、俺の勘は良く当たる。


 もちろん外れることもあるが、今回のように確信を得たときの勘はまず外れない。勘なのに確信っていうのも妙な話だけどな。


「だろう? どうせあてもなく探し続けるなら、どこ探したって一緒じゃねえか」

「むぅ……。納得は出来ないけど……」


 不満をにじませた声でクレスが応える。

 まあ、確かに納得は出来ないだろうさ。いくら良く当たるって言ってもしょせんは『勘』だしな。


 それじゃあ、まあ。少しでもクレスが納得できるように、観測者(オブザーバー)らしく情報収集でもしますかね。折角昨日手に入れた遠めがねを持ってきているんだしさ。


 俺は腰のポーチから買ったばかりの遠めがねを取りだし、それを右目に当ててP-3エリアに向けた。


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