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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第四章 強いチームには大抵の場合補欠という切り札がいる

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第70羽

「ティア! 今すぐ本陣へ戻れ! 単独でも構わん! すぐにだ!」

「先生? …………はい、わかりました」


 突然の指示にティアは最初戸惑ったような声をあげるが、すぐに俺の考えを理解してくれたらしい。返事をするなり移動を開始した。


 ちょ、(はえ)えな、おい。自分の足で走ってそのスピードかよ。

 端末に表示されたティアの現在位置が、ものすごい勢いで本陣へと移動している。


「ちょっと兄ちゃん! 勝手な事しないでくれよ!」

「すまんクレス! だがお前たちが相手にしているヤツらはおそらく陽動だ。おまけに本陣の場所もバレてる可能性がある」

「陽動!? だってあのリュウゼって言う人、相手チームのエースだよ!?」

「だからこそ俺たちを油断させられるんだろ! そこまで劣勢になっても引こうとしないのは、時間稼ぎに徹しているからだ! 伏兵(ふくへい)もいないみたいだし、それだけ人数がいればティアひとり抜けたって大丈夫だろう!?」

「わかったよ! でも、だったらティアさんひとりが本陣に戻ったところで、多勢に無勢じゃないか! どっちかの小隊が戻った方が良いんじゃないの!?」


 それじゃ間に合わないかもしれないだろ?


 本陣の場所が敵にバレたのは、おそらくティアが吹雪の魔法を使った頃だ。パルノが言う「草が揺れた」ってのは、相手の斥候(せっこう)がヘマしたか、ヘッドセット越しに届く報告で動揺したかだろう。


 相手にとって運が良かったのは、パルノが魔法の余波(よは)だと勘違いしたことだ。

 おかげで後手に回っちまった。


 だが相手にとって運が悪かったのは、うちのチームにティアという規格外のチート少女がいたことだ。


「心配すんなって! ティアの戦闘能力は半端じゃねえんだから!」


 俺とクレスが話している間にも、ティアはものすごいスピードで本陣目がけて移動している。ほら、あと二分もすれば到着するだろうよ。


「レ、レバルトさん! き、来ました! 来ましたよ!」


 どうやら危惧(きぐ)していた通り、相手チームの別働隊が本陣へたどり着いたようだ。


「おちつけパルノ。とりあえず声を抑えろ。見つかったらお前じゃかないっこないからな」

「……は、はい」


 声を(ひそ)めてパルノが返事する。


「で? 人数は?」

「えーと……、三、四、五人です」


 五人か。本気で本陣を落としに来ているな。


「それで、前衛と後衛の人数はわかるか?」

「剣や斧を持った人が三人。杖を持った人がひとり。あとのひとりは……、エンジさんみたいな格好です」


 前衛四人に後衛一人、そのうちひとりはおそらく斥候(せっこう)だろう。


「聞こえたか、ティア?」

「はい。もちろんです」

「無理はしなくて良い。さっきみたいな強力なヤツを一発不意打ちで喰らわせれば、相手も本陣に居続けるのは無理だろう。あとは可能な限り姿を隠してちょっかいを出せ。じきにクレスたちが援軍で駆けつけてくる」


「了解しました。一分で片をつけます」


 俺の気配りを台無しにして、ティアが物騒なことを言い放つ。


 おーい! お前、俺の話聞いていたか!?


 唐突にヘッドセットから警告音が聞こえてきた。本陣に敵が侵入したことを知らせる音だ。


「レ、レバルトさん! 本陣内に侵入されました」

「ああ、こっちにも警告音が聞こえてる」


『おおっと! ここでオルボ学院がトレンク学舎の本陣に侵入したあ!』

『トレンク学舎チームは防衛戦力を配置していなかったようですね。エー、オルボ学院の陽動に誘い出されてしまったわけですね』

『マーベルさん。これはオルボ学院の作戦が見事にハマったと見て良いでしょうか?』

『そうですね。オルボ学院は二名脱落してしまいましたが、トレンク学舎のプレイヤーを九名も引きつけることに成功しました。エー、しかも今現在もリュウゼ選手が継戦中です。この状態からトレンク学舎が三分以内に本陣へ戻り、オルボ学院の別働隊を排除するのはほとんど不可能といって良いでしょう』

『なるほど。さあ、トレンク学舎チームは非常に苦しい状況に追い込まれてしまいました。ここから逆転の目はあるのでしょうか?』


 あるに決まってんだろ。


「先生、本陣が見えてきました」

「ああ、デカイの一発かましてやれ」

「わかりました。先ほどは手加減しすぎましたので、今度はちゃんと仕留めて見せます」

「お、おぅ……。ほ、ほどほどにな……」


 あれ? ちょっとけしかけ過ぎたか?

 ティアのヤツ、ニナとは違った意味で自重下手だからなあ。本人は自重しているつもりなんだろうけど、周りから見ると「自重してそれかよ!?」ってレベルの事をしでかすことがしばしばあるんだよ。


 ま、まあ死亡判定受けても死ぬわけじゃないし……。大丈夫だろ。


 …………だよな?


 そんな俺の心配をよそに、ヘッドセットからは透き通る春風のような声が聞こえはじめる。


始原(しげん)の大地を(おお)()くす永遠(とわ)純雪(じゅんせつ)よ。(はる)かなる(いただき)を輝きと共に(いろど)る神秘の霊氷(れいひょう)よ。()は証。其は幻。其は源。静寂の界に無音の調べを(かな)でしは、我が親愛なるハーシェルンダル」


 おい、長えな。

 こんなに長いティアの詠唱とか、滅多に聞くことはないはずなんだが……。


 はて? でも、なんだろ? 

 詠唱の中身は理解できないんだが、この感じ。どこかで聞いたことがあるような……?


「ティアルトリス・ラトア・フォルテイムの名において命ず。顕現(けんげん)せよ、その猛々しき無限の息吹(いぶき)と共に。撃砕(げきさい)せよ、我が昇道(しょうどう)に立ちはだかる全てのものを――――。白銀竜創造(シェルンズストロール)!」


 ティアの詠唱終了と同時に魔法の効果が現れはじめる。

 スタジアム中へ響きわたる耳鳴りのような何とも言えぬ音に、固い棒状の物が次々と折れていくような渇いた音が混じった。


 そんな中、方角から言って俺たちの本陣があるであろう場所へ、にわかに体長二十メートルを超える氷の竜が出現した。


 あー、アレ見たことあるわ。学都で。


 突如フィールドへ現れた巨大な竜の存在に、一瞬客席が静まりかえる。

 だがそれも束の間。次の瞬間には、どよめきと歓声が混じり合った大音量がスタジアムを包んだ。


『あ…………。と…………。……な、なんと! トレンク学舎の選手がとんでもないモノを呼び出したあ! 身の(たけ)二十メートルはあろうかという巨大な竜です! まさかの竜召喚です! これは驚きだあああー!』

『い、いやあ……。こ、これは確かに驚きましたね! あのサイズでドラゴン型のゴーレムを作り出すなんてプロでも数えるほどしかいませんよ!』

『……ゴーレムなんですか? マーベルさん』

『そうですね。さすがに本物のドラゴンを召喚して使役(しえき)するのは人間の能力を超えているでしょう。エー、あれはおそらく氷を素材としたゴーレムの一種だと思いますよ』


 あ、さすがだな。解説のおっちゃんはあれがゴーレムだと見抜いたようだった。


『なるほど、ゴーレムだったんですね。いくらなんでも本物の竜を召還するほどの規格外ではなかったと』

『いえいえ、あのゴーレムを作り出す時点で十分規格外ですよ。維持するだけでも大変なのに、あのように自然に動いていますからね。エー、あれだけ巨大な物体を生き物のように制御しようとすれば、膨大(ぼうだい)な魔力と高い技術力が必要になるはずですよ』

『たった一体でも、ものすごいことだ、ということですか?』


 えーと……。うん。


 驚いているところ申し訳ないが、あの娘は同じ大きさのドラゴン型ゴーレムを八体同時に操っちゃうよ?


 一体だけでそんなに驚くんなら、八体同時に繰り出すとどんな反応になるんだろうね? ちょっと見てみたい気がする。


『ものすごいなんてものじゃありませんよ! 今すぐプロで即戦力になります!』

『どうやら今、私たちはとんでもない試合を目にしているようです! ゴーレムを作り出したトレンク学舎の選手。名前は…………、ティアルトリス・ラトア・フォルテイム選手。選手登録表によると本来は補欠とのことですが……、あれだけの力を持っていて補欠というのはどういうことなのでしょうね? えーと、職業は………………、アシスタント?』


 興奮してティアを紹介する実況の声が、職業の欄を読んで疑問形で締めくくる。


 まあ、アシスタントだけじゃ何やっているのかわからないしな。そもそもあれだけの力を持っていて、職業がアシスタントってんじゃあ……、不思議に思うのも当然だろう。


「グオアアアアア!」


 氷竜――実態はティアの操る氷系ドラゴン型ゴーレム――が咆吼(ほうこう)をあげた。

 ティアのヤツ、無駄に演出とかする余裕までありやがる。


 次の瞬間、氷竜の口から白い霧のようなブレスが吐き出された。向かう先は、俺たちの本陣を占拠している敵別働隊だ。


『ゴーレムがブレスを吐いたああ! オルボ学院の選手たちもすぐさま障壁を展開するー!』

『あれは内部の氷を細かく砕いて吹き付けているんでしょうね。エー、ずいぶん芸の細かいことをしますねえ』


 相手チームの姿はわからないが、氷竜の方はスケールがデカイから、離れた位置にいる俺でもその様子はよく見えている。

 目に入ってくる光景は、もはやこれがフィールズの試合とは思えない圧倒的迫力であった。


 実況は叫び、観客は大興奮。そしてヘッドセットからは、現場近くにいるであろうパルノのアワアワと狼狽(ろうばい)もあらわに悲鳴じみた声が聞こえてくる。


『おおっと! ゴーレムのブレス攻撃を受けたオルボ学院チーム! あっという間に三人脱落だー! 残るふたりも死亡判定寸前といったところ!』


 むしろふたりも耐えたのかよ、敵ながら大したもんだ。


『さすがに本陣の占拠継続は無理と判断したか!? オルボ学院チームがトレンク学舎の本陣から撤退していきます! つい先ほどまでこれで試合終了かと思われたこの一戦、まだまだ行方がわからなくなってきました!』


 なんとか本陣から敵を追い出すことが出来たか。……ただ、問題はこれからだな。


『いやあ、良い試合ですねえ、マーベルさん』

『そうですね。トレンク学舎の戦力をおびき寄せての本陣強襲。エー、オルボ学院の作戦も見事でしたが、あわや試合終了というところを圧倒的な力ではねのけたトレンク学舎も見事でした。エー、目の離せない戦いになりましたね』

『しかし、これでオルボ学院は人数が五人減って残り七人。対するトレンク学舎は離脱者がまだ一名だけです。単純な人数差で言うと七対十一ですから、オルボ学院としてはかなり厳しい状態に追い込まれたのではないでしょうか?』

『そうですね。エー、確かに人数的なハンデは大きいです。エー、ですが今回のフィールドは森林タイプですからね。いったん姿を消されればなかなか見つけることはできませんので、チームが全滅するという勝負の決まり方はしないでしょう。エー、そして大事なのがポイントです』

『たしかにマーベルさんのおっしゃる通りですね。相手選手の死亡判定による入手ポイントはトレンク学舎チームの方が多いですが、何と言ってもオルボ学院チームは本陣占拠を途中まで行っていました』

『その通りです。エー、ご存知のように本陣占拠に至らなくても、その侵入時間に応じてポイントが入ります。本陣への侵入で入るポイントは、相手選手を倒したポイントよりも高いのがフィールズという競技です』

『はい。現在のポイントはこのようになっておりますね』


 ポイントは俺たち選手にもリアルタイムで確認できる情報だ。それによると現在のポイントは俺たちが五十ポイントに対して、オルボ学院は百二十ポイント。その差は七十ポイントとなっていた。

 選手七人分。もしくは相手チームのリーダーと選手ひとり分で同点になる。


 逃げ回られてポイント判定へ持ち込まれる前に、同点には追いついておかないとまずい。


「ニナ! クレス! そっちの状況は!?」


 ニナたちが相手にしているうちのひとりは、相手チームのリーダーだ。そしてそのそばにはもうひとりの選手がいる。両方ともきっちり仕留めれば同点に――。


「ごめーん、お兄ちゃん! 逃げられちゃったー!」


 ヘッドセットから聞こえてくる能天気系妹の声が、俺の目論見(もくろみ)をいとも容易く打ち砕く。


「ちょっ! おまっ……! 八人で囲んでおいて逃がすか、普通!?」

「いやあ……、ティアさんの竜を見てみんなピキーンってなっちゃったところを、スタスタスターって抜けられちゃった」


 ふう……。これだよ、おい。

 ティアのチートは敵だけじゃなく、味方にも同レベルのショックを与えるからなあ。


 場数を踏んでいる分、相手の方が立ち直りも早かったんだろう。相手人数の四倍で囲んでおいて逃げられるとか、痛すぎる。


「先生、私が先ほど本陣から逃げていったふたりを追いましょうか?」

「……いや、あのふたりを倒したところでポイントが足りないことに変わりはないだろ。それよりもお前がそこを離れた隙にまた本陣へ侵入されたら、ますますポイント差が開いちまう」


 相手も状況はよくわかっているだろうから、このまま逃げ切ろうとするはずだ。


 ちっ。

 こうなると、相手の本陣を見つけて強襲するしか逆転の目はないか。


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