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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第四章 強いチームには大抵の場合補欠という切り札がいる

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第67羽

「レビさん、レビさん。なんで今さら武器屋なんですか?」

「ん? ああ……、半分はパルノの付き添いみたいなもんだ」


 そう言いながら、俺は立っている場所から店内をぐるりと見回した。


 壁にはディスプレイとしてつり下げられた長剣が並び、ぶ厚い鋼鉄製のワゴンには短刀や手投げ斧など大量生産品の小型武器が積み上げられている。それ以外の場所も同じように、決して広いとは言えないスペースへ所狭しと多様な形状の武器が飾られていた。


「ですよね、ですよね。レビさんが武器を持ったところで役立つとも思えませんし」


 確かにその通りではある。だが何のためらいもなく断言されると俺だってちょびっとは傷つくぞ。


「わ、私だってそうですよお。戦闘とか無理ですー」


 俺のとなりで弱々しくパルノが口にする。普段立ち入ることのない武器屋というお店の雰囲気にのまれているようだった。その様子は歓楽街で怪しげなポン引きに引っかかってしまったお(のぼ)りさんそのものである。


 しかしながら、武器屋へ行ってこいと指示を出した銀髪少女に逆らう根性など、元奴隷少女にあるわけもない。それが出来るくらいなら、友人に自分の家から追い出されたりはしないはずだ。


「それはそうと、なんでラーラまでついて来るんだよ。俺たちみたいに用事があるわけじゃないだろう?」

「それは愚問(ぐもん)というものですよ、レビさん。『なぜ武器屋へ来るのか?』ですって? 決まってるじゃありませんか、そこにルイが居るからですよ!」

「ンー!」


 なけなしの胸を誇らしげにそらし、世界の真理を宣言するかのようにドヤ顔で言い放つ空色ツインテールがそこに居た。


 ああ、そうだったな。訊いた俺が間違っていたよ。


 ラーラと仲良く手をつなぎ、ご機嫌に鳴くルイを見て、俺はそれ以上追求する気力を失った。


 おっさんだらけの草チームを予選一回戦で(くだ)し、続く予選二回戦で女子学生チームに――別の意味でダメージを喰らいつつ――勝利した俺たちは、めでたく本戦トーナメントへの出場を決めることが出来た。


 予選と本戦の間にはもともと一日だけとはいえ予備日が設けられていたため、何事もなく予選日程を消化した今大会では実質的な休養日となる。


 二戦ともまったく役に立っていない俺とパルノであるが、パルノにいたっては自前(じまえ)の武具すら持っていなかったため、さしあたってティアが昔練習用に使っていたという武具を借りて出場していた。

 ところが実際試合に(のぞ)んでみると、やはり借り物ということでサイズが合わないとか、武器が重すぎて扱えないとか、結局実戦に耐えられるものではないということが判明しただけである。


 そんなわけで、ちょうど試合が無いこの休養日を使って「体に合った武具を買ってきてください」と有無を言わせぬ口調のティアに送り出されてきたというわけだ。――俺を随行(ずいこう)員に巻き込んで。


 俺としてはせっかくの休養日なのだからぐうたらと過ごしたかったのだが、元同級生であるバルテオットの件もあり、本気モードに入ったティアへ反論など出来るわけもなく……。不本意ながらパルノの付き添いでやってきた、というのがこれまでのいきさつである。


 まあ、俺自身はフィールズの試合で近接戦闘をすることなどないだろうから、正直武器なんてあってもなくても同じかもしれない。

 その一方で遠距離攻撃ができる武器を持てば、牽制(けんせい)くらいは出来るんじゃないだろうか。そんな思惑もあり、パルノの買い物ついでに適当な武器が見つからないかと思っている。


 で、『ついで』のさらに『ついで』でルイのお守りを押しつけられた俺たちの後を、いつの間にかラーラがくっついて来たというわけである。


「何だ珍しい、レビィじゃねえか」


 店の奥、カウンターに座った武器屋の主人が声をかけてくる。

 赤毛を角刈りにしたそのおっさんは、小売業の店員というよりも職人と言った方が似つかわしい容貌(ようぼう)をしていた。


 どこのヤクザだと言いたくなるほどいかつい顔。原色が目に痛い派手なシャツ。油断すると取って食われてしまいそうな鋭い眼光。


「おめえが店に来るなんて、どういう風の吹き回しだ?」


 その瞳は右が銀色、左は鮮やかな()色、いわゆるオッドアイというやつだ。普通なら神秘的な印象を与えるその特徴も、土台となるのがおっさんでは清々しいほど台無しである。


「ああ、今日は俺じゃないんだよ。こっちの――って、おいパルノ。何で隠れてんだよ?」


 いつの間にかパルノが俺の後ろに隠れていた。危機を感じたときに見せる小動物じみた身のこなしは相変わらずである。


「大丈夫だって。あんななりだけど良い人だから」

「え、あ、あの……」


 俺の腕にしがみつきながら恐る恐るといった感じでパルノが顔をのぞかせる。


「おう! 嬢ちゃん! よろしくな!」


 そこへ突き刺さるのは銀色と緋色の視線。本人は笑顔のつもりなんだろうが、どう見てもヤクザが(すご)んでいるようにしか見えない。


「ひいぃ!」


 あわててパルノが俺の後ろに隠れた。


「親父ぃ。せっかくのお客さんを怖がらせてどうすんだよ」


 苦々しく顔をしかめたおっさんに、店の奥から現れた青年があきれたような声をかける。


 その人物は俺も知っている相手だ。個人商店でもあるここの跡取り、つまりおっさんの息子である。

 素でヤクザと真っ向勝負が出来そうなおっさんの子とは思えないほど、爽やかな笑顔の似合う好青年である。「実は養子なんだ」とか言われてもすんなり納得してしまうだろう。それくらいおっさんとは似ていない。


 唯一の共通点はその目。

 おっさんは銀色と緋色のオッドアイだが、息子の方は右目が(あかね)色で左目が銀色である。そう、この親子はそろってオッドアイなのだ。


 息子は決して美形とは言えないが、おっさんと違ってやわらかそうな顔立ちをしているため、落ち着いた雰囲気を与える。少なくとも父親のように初対面で恐れおののかれることはない。

 この店がかろうじて閉店に追い込まれていないのも、息子の接客でなんとか客をつなぎ止めているからだろう。おっさんだけだと客が寄りつかなくなりそうだ。


「ああ、悪いけどこいつの武器を見繕(みつくろ)ってくれるか? 近接戦闘用じゃなくて、遠距離からの牽制用に使えるヤツが良いんだが」

「お、レビィさんじゃん。珍しい人が来たもんだね。……えーと、その子が使う武器? いいよ、じゃあこっち来てくれる?」


 早々にパルノを押しつけた俺は、自分が使う武器を物色しはじめる。


「ちょっと意外です。レビさんのことだからお金をケチって駅前の武具量販店とかに行くと思っていました。――ルイ、ルイ。危ないから刃物のついた武器に触ってはダメですよ」

「ンー」


 そりゃ金が無いのは事実だが、お前さん物言いがストレート過ぎやしませんかね?


「確かに武具量販店の方が安いけど、長く使う物だしな。細かい調整とか補修とか考えると、画一的な保証サービスの武具量販店より、こういう店の方が小回りきくんだよ。――おいルイ。あんまりはしゃぐと棚の角に頭ぶつけるぞ」

「ンー」


「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか、レビィ。最近の学生はそこんとこわかっちゃいねえんだよな。みんな売値の安さに飛びついちまうんだから。――おう、クリクリ坊主。そのへん危ねえから走り回るんじゃねえぞ」

「ンー」


「しょうがないだろ。いつの世も学生は金がないもんさ」

「レビさんの場合は今もお金がないですけどね」


 余計なお世話だっての!


「んで? どんなの探してるんだ?」

「パルノ――さっきの娘と一緒だよ。遠距離からの牽制用。近接戦闘なんてするつもりはこれっぽっちもないからな。えーと……、魔力が無くても扱えるヤツってこのあたり?」

「そうだな、そこと裏の棚がそうだ」


 俺はおっさんの許しを得ると、武器を手に取り吟味(ぎんみ)していく。パルノの方は息子に任せておけば大丈夫だろう。若くても専門家だしな。


「弓……はろくに練習もせず当たるもんじゃないしな。そういう意味じゃあ、こっちのスリングショットも同じか」

「レビさん、レビさん。これなんかどうです?」

「なんだそれ?」

「説明書きによると、『対象に目がけて広げるように投げつけると、網状の当商品が相手に絡みつきその動きを阻害(そがい)します。特に水中の敵相手に水上から使用すると効果的です』だそうですよ」

「それ要するに投網(とあみ)漁じゃねえか!」


「じゃあ、こっちはどうでしょう? 『当商品は敵を傷つけずに無力化することを目的として開発された画期的な武器です。使い方は簡単。棒などの先につけて、使用直前に周囲の保護フィルムをはがしてください。あとは敵の体に接触させるだけです。強力な粘着力で触れた敵の動きを妨害する効果はてきめんです』」

「トリモチかいっ!」


「文句が多いですね。ではではこちらはどうですか? えーと……、『当商品に同梱された赤い袋の中身を成木の樹皮に塗り、その上から仕掛けをかぶせてください。誘い込まれた敵が仕掛けから出られなくなるため、一晩そのまま置けば翌朝には大量の敵が捕獲できるでしょう』ということですが――」

「夏休みの昆虫採集かよ! っていうかここホントに武器屋か!? どう考えても狩猟とか採取用のラインナップだよな! 何考えて仕入れしてんだ! 仕入責任者どこのどいつだよ! ちょっくら武器という概念について真剣に議論を交わす必要が――」

「呼んだか、レビィ?」


 振り返るとそこには仕入責任者のヤクザが立っていた。


「あ……、いや……なんだ。その……」

「うちの仕入れラインナップに何やら言いたいことがあるって?」


 真顔でもヤクザなおっさんが目を細めて(にら)む。ただでさえ恐ろしい顔がさらに凄みを増していた。この顔に意見できる者などそうそういないだろう。


「えーと、そのお……、あんまり武器っぽくない……かなあ? なんて思っちゃったりしたりしなかったり……」

「はあ……、お前もか」


 オッドアイヤクザは深いため息をつくと、子供に言い聞かせるような口調で説明しはじめた。


「確かに単体ではとても武器とは思えないだろうが、それも使い方次第だ。例えばこの網。確かにこのままじゃあ相手の動きを止めるくらいしか出来ないし、大型の獣相手には頼りない。でもな、投げた瞬間に網自体へ魔力で振動硬化処理(エンチャント)をすれば、途端に面展開する刃物へ変化させられる。こっちの粘着材だって、風属性の魔法で細かくちぎり、風に乗せて相手の周囲へ竜巻のように流し込めば瞬時に敵の動きを封じられるだろうが」

「……じゃあこの昆虫採集キットは?」

「この誘引(ゆういん)剤は触媒(しょくばい)として使うと、普段魅了の魔法が効かない昆虫系のモンスターに効果が出るようになるんだよ。仕掛けの方は使わねえけどな」


 どうやらこんな冗談じみたグッズにも、それぞれ有効な使い方があるらしい。


「使えることはわかったけどさ……、なんか、武器っていうより『便利グッズ』って感じじゃね?」

「あのなあ、レビィ。武器ってのは単に刃物や鈍器に限ったものじゃねえ。戦うための道具を武器と呼ぶんだ。そういう意味では、こいつらだって立派な武器なんだからな」

「むう……、そう言われると返す言葉がないけど……」


 どっちにしても、魔法ありきの運用では俺にとって役立たずの品であることは変わらない。


 結局、当たる当たらないは別としても牽制には使えるだろう、ということで無難(ぶなん)にスリングショットを購入。ついでにルイが便利グッズコーナーから見つけてきた、片目でのぞくタイプの遠めがねを買うことにした。


 パルノは小型のクロスボウを購入したようだ。(げん)を引く際にごく少量の魔力を必要とするが、矢が飛ぶ仕組みそのものは魔力を必要としない。物理的に弦を引く力がないパルノでも、魔力を使った仕掛けで補えるというのが決め手だったらしい。


「ほお、良い見立てじゃねえか。さすが俺の息子だ! 後はもうちょっと顔に貫禄(かんろく)が出てくれば安心だな」

「さすがにおっさんほどの貫禄(という名の凄み)は無理だろ。親子でもずいぶん方向性の違う顔してるし」

「そんな事はねえぞ。こいつの顔、俺の若いころにそっくりだしな!」

「え?」

「え?」

「え?」

「え!?」


 息子を入れて四人の声がハモる。一番驚いていたのは当の息子だった。

 まさか自分の将来がこのヤクザ顔だとは思ってもいなかったのだろう。俺たちが店を後にする時には、いつもみせていた穏やかな表情がひきつっていた。




 武器屋を出た俺たちが買い物袋を手に提げて防具屋へと歩いていると、道すがら出会った中年女性に声をかけられる。


「おや、珍しい。レビィちゃんじゃないのさ」


 窓の仕事をした時に何度か依頼主として顔をあわせたことのある女性だった。


「ああ、おばさん。久しぶりだな」

「おやおや、まあまあ。両手に華じゃないのさ。ティアちゃんに見つかったら大変よ?」


 口元に手をあて、好奇心満載の目を細めながら女性が笑う。ワイドショーのゴシップ情報に嬉々(きき)として食いつくオバハンがそこにいた。


「家を出るときからこの状態なんだから、見つかったらも何もティアはもう知ってるよ」

「あら、そうなの」


 青と紫のオッドアイに失望の色を浮かべ、つまらないとでも言いたげにつぶやく女性を後にして、俺たちはそのまま通りを歩いて行く。

 やがて十分ほど進んで目的の店へと到着した。


「いらっしゃい。って、レビィさんじゃないか。どうしたの?」


 店に入った俺たちを出迎えたのは防具屋の男性店員だ。俺の防具をいつもメンテナンスしてもらっているので、もうすっかり顔なじみになっている。


「よっ、久しぶり。今日は俺じゃなくて、こいつの防具を見繕(みつくろ)って欲しいんだ」


 そう言って俺はパルノを前に押し出す。武器屋のおっさんと違って、この店員は大人しそうな外見だからパルノも安心できるだろう。


「おお、これは可愛いお嬢さんだ。ちなみに予算はどれくらいで?」

「十万までで何とかならないか?」

「ふむ……、それだと革製の部分鎧が精一杯だけど。かまわないかい?」


 店員はエメラルドグリーンの右目とダークグレイの左目を俺に向けて言う。


「それで良い。どうせ戦闘する事なんてほとんどないだろうしな」

「オッケー! じゃあお嬢さん。まずはサイズを測るからこっちに来て。――おーい! 誰か女性のサイズ計測できる人来てくれー!」


 パルノを案内しながら店員が奥へ向かって声をかけると、二階へ続く階段から三十代半ばくらいの女性が降りてきた。その瞳は黄金色と桃色のオッドアイである。


「このあたりはオッドアイの方が多いんですね」


 その様子を見たラーラが世間話でもするかのようにボソリと口にした。


「まあ、ここいらは南からの移民が多いらしいからなあ。最終学年の時同じクラスだったバレットって憶えてるか?」

「…………茶黒のバレットですか?」


 バレットというのは俺とラーラが学舎の最終学年で同じクラスになった同級生だ。右目が茶色、左目が黒というかなり地味目のオッドアイだった。

 光の当たり方次第では両方茶色に見えるのだが、オッドアイであることには変わりない。


「そう、あいつ。あいつの家もここらへんだったらしいぞ? 俺もあまり親しくなかったからよく知らないけど」

「そうですか。私もあまり親しい間柄ではなかったですから、それは知りませんでした」


 まあ、そうだろうな。でも向こうはラーラファンクラグの会員ナンバーひと桁台だったから、ラーラの事はよく知っていたはずだぞ。……今さら明かす必要もないから言わないけど。


 ん? 何?

 オッドアイ多すぎ、だって?


 そんなこと俺に言われても困るっての。実際そこまで珍しいモンでもないしな。

 南方諸国じゃわりとありふれているらしく、移民が増えた今ではこの町でも毎日のように見かける。多数派というわけじゃないけど、見て驚くほど珍しいというわけでもない。

 あれだ、あれ。鈴木君とか佐藤さんとか、クラスに大抵ひとりはいる名字みたいなもんだよ。珍しさで言うなら刈谷(かりや)君の方がよっぽど希少だろうさ。


 その後三十分ほど経過して、パルノはオッドアイの女性店員とオッドアイの男性店員に挟まれ帰ってきた。


 既存の在庫品でサイズと予算に合う物があったらしく、その日のうちに持ち帰ることが出来たのは幸いだっただろう。明日の本戦トーナメントに間に合わなければ意味がないからな。


 ふたりのオッドアイに見送られて店を出た俺たちはそのまま家路につく。帰り道の途中、顔見知りのオッドアイ数人と出くわしたことは、……ま、どうでもいいか。


2015/06/03 誤用修正 危機感を感じたときに→危機を感じたときに

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