第66羽
おっさんたちを退け、予選一回戦を突破した我がチーム。
次なる試合のため、今日も試合会場となるスタジアムへやってきた。
「ミーコちゃーーーん!」
「うぉぉぉぉ! L・O・V・E・クラウディアーーー!」
「ジュリアちゃん、がんばってー!」
本来であればまばらな人影が見えるだけの競技場だが、今日に限って観客席の一部が人で埋まっている。
「なんですか、アレは?」
ラーラの冷ややかな視線が観客席へ向けられた。
そこに居るのは多くの若い男性たちだ。頭にはバンダナを巻き、手にはうちわ、そして上半身にハッピらしきものを着ていた。そのいずれにもハートマークと共に名前らしきものがプリントされている。当然全て女性の名前だ。
俺達と向かい合って並ぶ対戦相手は前回とうって変わって華やかさを満載した女の子たちである。見た感じ、ニナやクレスと同年代の女子学生なのだろう。
フィールズの競技場に似つかわしくない、装飾がふんだんに使われた愛らしげな装備。その中身である女子学生たちも、方向性はそれぞれ異なるがルックスは全員かなりのハイレベルだ。フィールズのチームと言うよりアイドルグループと言った方がしっくり来てしまう。
「えーと……、応援団……ですかね?」
自信なさそうにパルノが言う。
応援団か。
確かにその表現も間違いではないだろう。観客席にいる男たちは全て女子学生チームへ声援を送っていた。だがあれはフィールズの試合を応援しに来ているというよりも、女子学生たちそのものを見に来ているような印象だ。
たまたま彼女たちがフィールズの大会に出たから競技場までやってきただけで、フィールズそのものに興味があるとは思えなかった。
「みんなありがとー! ミーコがんばるねー!」
観客席からの応援を受けてセミロングの髪型をした小柄な女の子が返事をすると、男たちのテンションが目に見えて上がった。その他の女子学生たちもそれぞれ観客席の男たちへ向けて笑顔をふりまき、彼女たちが手を振るたびに競技場内を野太い歓声が覆いつくす。
その光景はスポーツ競技場の一角で見るにはあまりに場違いだ。これがコンサート会場とかなら違和感は全く無いのだが……。
「なんか、すげえやりづらいっすね」
エンジの言う通りである。
もともと予選を見に来る観客などというのは少ない。よほどの暇人か、コアなフィールズのファンくらいだろう。
相手チームの応援団は五十人程度だが、そんな人数でも今の閑散とした競技場では大きな存在感を放つ。俺たちを応援する観客が存在しない以上、競技場の空気を作り出すのは相手の応援団なのだ。正直アウェー感が半端じゃなかった。
「さっさと終わらせれば問題ありません」
本当にさっさと終わらせそうな銀髪少女がさらりと言う。また一回戦の時みたいなことをやるつもりなんだろうか?
予選の第二回戦も初戦と同じく標準タイプのフィールドで行われる。当然俺とパルノは戦力外だから、開始早々大きめの障害物へと身を隠すことになっていた。
「試合開始です!」
審判の声がフィールドに響き、第二回戦が始まる。
「よし、パルノ。あの窪地に隠れるぞ!」
「は、はい!」
前回と違ってすぐそばに隠れることが出来そうな障害物がないので、俺とパルノは十メートルほど離れた位置にある窪地へ向かって走りはじめる。
「危ない! 兄ちゃん避けて!」
巣穴へ逃げ込む野ウサギのごとく、全力で駆けだした俺に向けてクレスの警告が飛んでくる。
ふり向くと、試合開始直後に相手側から放たれた炎の塊がふたつ、俺とパルノ目がけて向かってきていた。
どうやら今回は相手チームに先手を取られてしまったらしい。
おまけにしっかりとチームのウィークポイント――俺とパルノ――を狙ってくるあたり、情報収集もバッチリのようだ。
可愛らしい見た目で侮ると、痛い目を見そうだな。……主に俺とパルノが。
などとのんきに考えていると、俺たちへ近付いていた炎の塊がはじけ飛んだ。正確には白みがかった透明な壁に行く手をさえぎられて四散した。
「先生! ご無事ですか!?」
言うまでもなく我が家のチートアシスタント、ティアの手による氷の防壁である。
まったく……、頼りになるアシスタントだよ、ホント。さっきの口ぶりからいって、一回戦と同じように試合開始同時の先制攻撃を放つつもりだっただろうに、相手の攻撃を見てとっさに防壁展開へ切り替えたのだろう。
「助かった、ティア!」
俺の声に反応したティアは軽い笑みを浮かべた後、視線を相手チームの少女たちへと向ける。
「受けたモノは倍にして返さないといけませんね」
口元は笑っていたが、目は笑っていなかった。
あれ? ちょっと怖いぞ。
何というか、折檻モード入ってねえ?
「あ、えーと……、ティア? まあ一回戦のおっさんたちとは違って相手は女の子なんだから、あまりやり過ぎないように、ほどほどにな」
ティアは一瞬俺へ目をやった後、やはり笑っているけど笑っていない顔のまま相手チームを見て言い放つ。
「……受けたモノは三倍にして返さないといけませんね」
「倍率上がってんじゃねーか!」
意味わかんねえよ!
「レビさんレビさん。いつまでもそこに突っ立ってると、また狙われますよ? さっさと隠れてください。邪魔ですから」
いまいち腑に落ちないが、ラーラの言うことももっともである。見ればパルノはとっくに窪地へ身を隠していた。このままじゃ、俺が敵の集中攻撃を受けかねん。
急いでパルノの居る場所へ駆け寄る俺に、相手チームからの追撃は来なかった。すでにニナたちの小隊が相手と接触して混戦状態になっていたからだ。
安全地帯へ滑り込んだ俺に、パルノがあきれたように声をかけてくる。
「ダメじゃないですか、レバルトさん。皆さんの邪魔になっちゃいますよ」
「あー、すまん……。後はここで大人しくしておくわ」
どうして俺はパルノにまで叱られているんだろう? 理不尽だ。
「で、どうなんです? 勝てるんですかね?」
「俺に聞かれてもわからねえよ」
「ですよねー」
こいつ、奴隷じゃなくなってからずいぶん俺に対する態度が砕けてきたな。というか、ちょっと砕けすぎのような気がする。
不満を抱えつつも、気を取り直して戦いの場へと目をやれば、そこでは敵味方二十二人が入り乱れての大混戦が繰り広げられていた。
「戦術もクソもねえな。完全にパワーゲームじゃねえか」
「でも別に押されている感じはしないですよ?」
普通に考えれば相手よりふたり少ない俺たちの方が不利となるはずだが、パルノの言う通り劣勢という印象はない。
銀髪チートアシスタントと残念系チート妹、苦労性若干チート気味弟の三人によって、俺とパルノの穴が十分すぎるほど埋められているからだ。
「いきますよ!」
その手から繰り出される氷の刃で、ティアが革鎧に身を包んだ青い髪の女子学生を攻撃する。
向こうも支援魔法によって防壁が展開されるが、正直相手が悪すぎる。普通の魔法――例えばラーラが放った攻撃――なら防げたかもしれない。しかし常識外れの魔力を持つティアの攻撃は、そんな防壁で何とかなるようなモノではないのだ。
パリンと軽快な音を立てて防壁が消失し、氷の刃は勢いそのまま青い髪の女子学生へと突き刺さった。
「ひいいいぃぃぃ! ジュリアちゃんがあぁぁぁ!」
観客席の男どもから悲鳴があがる。
ジュリアちゃんとおぼしき青い髪の女子学生は、悲しげな表情を浮かべたまま転送されていった。それを見た観客席の男たちから今度は嘆きの声がこぼれる。
そんな観客席などお構いなしに、ティアの魔法が続けて女子学生たちへ襲いかかった。
今度はティアの頭上に巨大な雪玉が現れ、金属鎧と大盾で身をかためた女子学生へと放たれていく。
「ミリアちゃん逃げてえぇぇぇ!」
観客席から悲痛な声が聞こえてきた。
ミリアちゃんと呼ばれた金属鎧の女子学生は頭上から振ってきた巨大な雪玉をかわしきれず、周辺数メートルの範囲ごと雪に埋もれて動けなくなる。
たかが雪と侮るなかれ。埋もれた瞬間に雪の表面が固まっていくのだ。ただの雪なら脱出もできるだろうが、もはやあれは雪に埋もれたと言うより『氷の棺に閉じこめられた』と言う方が的を射ているだろう。
放っておいてもすでに無害だろうが……、あれって死亡判定受けるまでジワジワと寒さがしみてくるんじゃねえか? ダメージは軽減されるから凍傷になったりはしないだろうけど、精神的にジワジワ来そうだ。
と思っていたら、その上から今度はデカイ氷塊が落ちてきた。氷棺と化していた雪の固まりをものすごい勢いで押しつぶし、周辺に地震のような揺れをもたらす。
あー、……ひと思いにとどめを刺したわけだな。
……うん、まあ閉じこめられて精神的ダメージを食らうよりは良いと思うけど、端から見ればものすごくえげつないことしているよな、実際。
「あああぁぁぁ! ミリアちゃんがあぁぁぁ!」
「あの女ぁ! よくもミリアちゃんを!」
「でもあの子、結構可愛くね?」
「きっ、貴様あぁぁぁ! 敵の肩を持つのかぁぁぁ!」
「あ、ホントだ。結構どころかかなり美人だな」
「お前もかぁぁぁ! 貴様ら、ファンクラブ鉄の掟はどうしたぁぁぁ!」
なんだあのアホくさいやりとりは……?
観客席の騒がしさを横目に、俺はクレスたちの戦いぶりに目を移す。
クレスは小隊のメンバーへ指示を出しつつ、自らも錫杖のような武器を手に激戦のただ中へ身を置いていた。片手で武器を振るい、空いた手から単発の魔法を放つという変わったスタイルで戦っている。
今も赤髪美少女が振り下ろした長剣を錫杖で受け流し、相手が体勢を崩したところへ至近距離から魔法を打ち込んでいた。
「テメエ! ちょっと生徒会長っぽい顔しているからっていい気になってんじゃねえぞ!」
「イケメンはお呼びじゃねえんだよ!」
「ざけんなコラ! イリーナさんの顔に傷でもつけたら、この町で夜出歩けると思うなよ!」
男相手には観客席から容赦ない罵声が飛んでくる。というか、最後のなんてほとんど脅迫じゃねえかよ。
相手の女子学生たちは別に良いんだけど、応援する男どものヤジがひどすぎる。まあ、『生徒会長』ってのは言い得て妙だがな。
「やりづらいなあ。姉ちゃん、あとは任せても良い?」
観客席からの声にうんざりした顔のクレスがニナに伺いを立てる。確かに攻撃をくり出すたびにいちいちヤジられるんじゃ、戦いに集中できないだろう。
もちろん他のメンバーも被害無しというわけにはいかないが、なまじクレスの顔が整っている分、観客席の男どもから飛んでくるヤジには嫉妬も込められていた。ヤジられるにしても、まだ同じ女子学生であるニナの方がマシだろうと考えるのは理解できる。
だがそれはあくまでクレスの立場から見た主張であって、それをニナが受け入れるとは限らない。
「横着しないの! そんな子に育てた覚えはないよ!」
わけのわからん返事がニナから発せられる。
「うん、育ててもらった覚えもないけどね。兄ちゃんに言われるならともかく、姉ちゃんには言われたくないな」
元々本気で言っていたわけでもないのだろう。意味不明なニナの答えに対してクレスはひょうひょうとして言葉を返す。
そんなやりとりの間にも我がチームのメンバーたちは次々と女子学生を斬り、突き、焼き、凍らせ、ひとりまたひとりと仕留めていく。
「ちっくしょーーー! あのツインテ魔女! アリアちゃんを殺りやがったー!」
「ちょっとばかしツインテが似合ってて、ちっこくて、つるぺたで、出来ることならデートしたいけど最初はお友達からでも良いやってくらい可愛いからって調子に乗りやがってー!」
「それ単にお前の好み『どストライク』って言っているだけだよな!?」
「ああそうだよ! 悪いか!?」
「悪いわ! お前いったいどっちの味方だ!?」
「俺はちっこいお友達の味方だよ!」
「うわっ! 開き直りやがった!」
「出来ることならお持ち帰りしたいくらいだあぁぁぁ!」
「おまわりさーん! こいつですー!」
観客席では相変わらずのコントが繰り広げられていた。
「うわー、ちっこいとかつるぺたとか、ラーラに言うんじゃねえよ……。あーあ、ラーラのやつ荒れてる荒れてる」
「そっすねー、でもこの場合は結果オーライっすよ」
俺の言葉に反応するとぼけた口調のモジャ男が、いつのまにかとなりに座っていた。
「……おいエンジ。何でお前がここに居る?」
「え? つれないっすよ兄貴ー。オレもちょっと休みたいっす」
「ここは俺たち『持たざる者』だけに滞在が許された最後の楽園、エデンの園だ。魔力があるヤツはさっさとあっち行って戦ってこい」
「えー。だって攻撃あてるだけで客席から罵声が飛んでくるんっすよ? オレだって女子学生は戦うよりもデートする方が良いっす」
「デートしたけりゃ試合後にでも勝手に申し込めば良いだろう? だが今は試合中だ。キリキリ戦ってこいや」
「兄貴はあのヤジ食らってないからそんな事が言えるっす。普通は尻込みするっすよ。つーか兄貴の弟さん、あんだけ罵声食らっても平気な顔して戦えるなんて神っすね」
まあ確かに。我が弟ながら、あれは俺もすごいと思う。綺麗な顔して可愛い少女たちに錫杖を打ち下ろすという、鬼畜のような所行をクレスは淡々と続けていた。
気がつけばティア、ラーラ、ニナ、クレスの働きにより、相手チームは壊滅。最後にひとり、リーダーらしき長身の女子学生を残すだけとなっている。
そのひとりも、ニナとティアからの連撃を防ぐことは出来ず、あえなく死亡判定を受け転送されていった。
「リーア様ああああぁぁぁ!」
観客席からひときわ耳障りな悲鳴が届く。
「試合終了! 勝者、『トレンク学舎フィールズ部』!」
相手チーム最後のひとりが転送されたのを確認し、審判が俺たちの勝利を告げる。
「うおぉぉぉぉ! そんなあぁぁぁ!」
「あんなやつらに負けるなんてー!」
「くそぉ! 俺たちの夏は終わってしまうのかー!?」
「……決めたぞ! 俺は明日からあの銀髪メイドさんを応援する!」
「おい、なに言ってんだお前!?」
「じゃあ俺はあのちっこいツインテちゃんを支援するぜ!」
「お前もか!? お前らファンクラブメンバーの誇りはないのか!?」
「可愛いものに国境は無い!」
「なんかちょっと『良い事言った』みたいな顔しているけど、いま国境とか関係ないよね!?」
「可愛いは正義! 汝の隣人を愛でよ!」
「うわ! こいつ開き直りやがった!」
フィールド上では試合が終わっているが、代わりに観客席では相手チームの応援をしていた男たち同士で仲間割れが始まった。
先ほどまでフィールド上で繰り広げられていた戦いに勝るとも劣らない勢いで男たちの拳が交わされている。そこには華やかさのかけらも見当たらない。
正直、「勝手にやってくれ」という感じだが、……まさかあいつら次の試合からティアやラーラの応援に来るんじゃねえだろうな?
俺は一抹の不安を感じながらも、チームメンバーたちと一緒にフィールドを後にした。




