第64羽
バルテオットのおかげで、一部メンバーに妙な気合いの入った我がチーム。
ちなみに登録しているチーム名は『トレンク学舎フィールズ部』である。ようするにニナたちが通っている学舎の部活チームというわけだ。
部活動のチームに部外者が参加して良いのか、という疑問がラーラから投げかけられたが、学生限定の大会でもなければ別に問題はないとのこと。実際うち以外にもそういった混成チームはいくつかあるようだった。そのあたり条件は結構ゆるいらしく、参加のしやすさも手伝って出場チームの数は六十を超えている。
いくら人気のスポーツだからといって、たかが地方の大会にそれだけのチームが集まるとは……。そろいもそろって暇人ばっかりだな。俺も含めて。
「え? 予選ってたったの三日しかないんですか?」
「ああ。予選はフィールドの広さも半分になるみたいだし、試合時間も半分の三十分らしいぞ。だから予選一回戦が二日間、二回戦は一日で終わらせる予定だとさ」
出番までの間、俺は暇つぶしがてらパルノの質問に答えていた。
フィールズは通常一試合が一時間で行われるが、この予選では半分の時間ですませるらしい。さすがに六十チーム以上の試合を通常の時間と広さでやると、予選だけでも十日以上かかってしまうからだろう。
話してみると、パルノはフィールズについての知識がかなり欠けているようだ。試合の中継もほとんど見たことがないという。
俺はまあ……、プレイヤーとしてはほとんど経験ないが、試合中継はよく見ているからな。ルールや定石についてはそれなりに知っている。
「試合までにせめて基本的な事だけは教えてやる。時間がないから簡単にだがな」
「すみません。お願いします」
「まず正式ルールという前提で説明するが、試合時間はさっきも言ったように一時間だ。本戦に進めばこの大会も一時間で試合をするらしい。その時間内に相手を全滅するか、あるいは本陣を占拠すれば勝ちになる」
「本陣ってなんですか?」
「本陣っていうのはチームの拠点みたいなもんかな。拠点と言っても建物があるわけじゃなくて、特殊な旗がその役割を果たすんだ。で、この旗は自分達が試合開始時に好きなところへ配置できるんだが、一度場所を決めると移動はできない」
「えーと、旗を取られたら負けって事ですか?」
「いや、旗は敵も味方も抜けないんだ。さっきも言ったように『占拠』だからな。旗のある本陣のそばに相手チームのプレイヤーが三分間待機すると『占拠』されたとみなされて勝敗が決する」
ボクシングやプロレスのカウントみたいな感じ……、いやちょっと違うか。
「三分間もその場にいないといけないんですか?」
「ああ。その間には当然、占拠されたくない相手チームからの攻撃を受けることになる。だから本陣占拠で勝負がつく試合というのは結構珍しい。相手が本陣の防御を置かずに、しかもメンバー全員が本陣から遠く離れていれば、戻ってくるまでの時間が必要になるから可能性はある。でも普通は本陣周辺に守りの人員を置いたり、あるいは観測者がいち早くその危険を仲間に知らせるもんだ」
「えーと、知らせるって……、どうやって?」
「さっき端末を受付に提出したろ? 不正対策のために、あの時に登録された端末以外はフィールド内で使えなくなるんだ。おまけにフィールド内では音声通話とメッセージ送信のみ有効になるから、調べ物とかはできなくなるぞ。あ、そうそう。着信音出ないように設定しておけよ。万が一相手チームに知り合いが居たら、まぬけなことになるからな」
「まぬけな事って?」
「隠れているときに相手から着信して音が鳴ったら、すぐ見つかっちまうだろ?」
「あ、そうか……」
なるほど、と言わんばかりにパルノが納得の表情を見せる。
プロチームなんかだと専用の通信具があるらしいが、聞いた話じゃひとり分で十五万円くらいするんだとさ。学生の部活チームや町の草チームにそんなものがそろえられるわけもない。大会の運営側もそれは承知しているらしく、個人端末を通信具の代用として使うことが認められていた。
「さっきの話に戻るが、勝利条件としてメンバー全滅というのがある。これはまあ、そのまんまだな。チームメンバー全員が死亡判定受けて退場させられたら勝負も何もないし」
「あ、あの……、死亡判定受けるときって、痛いんでしょうか……?」
「そんな大した痛みじゃないぞ。パルノはダンジョンってもぐったことあるか?」
「二回だけ連れて行かれたことがあります」
行ったことがある、じゃなくて『連れて行かれた』ってのがパルノらしい。
「あれと同じだ。システムも同じものを使っているらしいからな。死亡判定受けてもせいぜいデコピンの痛みとか、その程度だぞ」
それを聞いたパルノがホッと胸をなで下ろす。
「といってもそこまで一方的な展開になるのは、正面からぶつかってさらに実力差が相当ある場合だけだ。プロの試合なんかだと、実際にはポイント判定で勝敗を決めることの方が多い」
「えと……、死亡判定受けた人数とかで決めるんですか?」
「それもポイント基準のひとつだな。あとはチームリーダーが死亡判定受けてればポイントも当然高い。死亡判定を受けるまでいかなくても与ダメージはきちんと集計されているから、それもポイントに反映される。他には、そうだな……。本陣を占拠すればポイント関係なく勝敗が決まるけど、例え占拠に至らなくても本陣を発見してたどり着いただけでポイントとして加算されるんだ。だから自分達の本陣はできるだけ相手に見つからない方が良いし、相手がたどり着く前に撃退する方が良い」
「見つからない方が良いって……、本陣って隠したりできるんですか?」
「さっきも言ったように、試合開始後に移動させるのは無理だ。魔法で隠蔽するのもできないように対策が取られている。でも最初に置く場所は自由に決められるんだから、見つかりにくい場所へ配置することはできるだろ?」
そうやって隠された本陣を探しだすというのも、楽しみ方のひとつだ。
斥候や観測者といった非戦闘職が存在感を発揮できる見せ場でもあるだろう。プロチームにはこの役割を専門にこなすプレイヤーもいる。戦闘職のように派手な活躍ではないが、いぶし銀の魅力をもった玄人好みの役どころだ。
「そもそも見つかりにくい場所なんてあるんですか?」
「まあ、フィールドの種類によるとしか言えないけどな。平原や砂漠のフィールドでは隠そうにも隠す場所がないからなあ」
「え? フィールドって変わるんですか?」
「なんだ、そんな事も知らないのか? 舞台は色々あるぞ。森や廃墟みたいな遮蔽物の多いフィールドや、移動も困難になる山岳や湿地のようなフィールドとかな。それに加えて例えば雨だったり雪だったりと天候の変化がつくこともあるし、飛び道具禁止とか回復魔法禁止のようにシステム的な制限が入ることもある。組み合わせるとバリエーションはすごいことになるだろうな」
元々軍隊の模擬戦が起源となっているのだから、様々なシチュエーションを想定しているのは当然だろう。むしろ実際の戦争では、好天の平原で戦う事の方が珍しいのだろうし。
「うう……、雨とか雪はいやだなあ……」
「ま、たぶん予選はそこまでしないだろ。ふるいにかけて数を減らすのが目的だろうから、極端なフィールドは無いんじゃないかな。変化があるとしたら本戦からだと思うぞ」
あらかたフィールズのルールや試合展開について質問を終えたパルノが、浮かない顔で問いを投げかけてくる。
「ルールとかは大体わかりましたけど……、結局のところ私は試合中なにをすれば良いんですか?」
「んー……。とりあえず逃げて逃げて逃げまくれ。俺も同じだけど、戦ったらまず負けるだろうから自分がやられないように相手との戦いを避けるしかない。遮蔽物の多いフィールドなら隠れるのも良いんだが、予選は舞台も狭いし逃げるスペースも少ないから、他のメンバーを盾にして敵と対峙しないようにしろ。で、余裕があったら相手の動きとかを味方に知らせるくらいで良いんじゃないか?」
自分で言っててなんだけど、俺達って試合に出る必要あるんだろうか? 足を引っぱる未来しか見えないんだが……。
「ほとんど役立たずですね……」
「言うなよ、実際その通りなんだけどさ……」
ふたりして微妙な空気を漂わせたその時、俺達のところへ大会の係員がやってきて出番を告げた。
試合会場へ入る俺達を待っていたのは、対戦相手の十二名と審判三名。そしてまばらな観客だけだった。
予選一回戦、しかも無名のチーム同士ならこんなものだろう。本戦トーナメントならいざ知らず、予選にお金を払ってまで観戦するヤツは相当のフィールズファンか、あるいは出場者の身内くらいだ。
「フィールドタイプは『標準』、か……。まあ予想はしていたけどな。これだとチームの地力がそのまま結果につながるんだよなあ」
「え、えと……。つまりどういうことですか?」
「俺とお前、ふたりが戦力にならない以上、実質的に十二人対十人の戦いになるだろ? 最初から劣勢な上に、それを覆す奇襲なんかが使えない。つまり最初から不利この上ないってことさ」
標準タイプのフィールドは、平原をベースとしていくつかの木や岩が配置されている。一応飛び道具から身を守るだけの遮蔽物はあるものの、『相手から身を隠して背後に回り奇襲』なんて芸当ができるほどではない。基本的に敵味方の配置は筒抜けだと思っていいだろう。
天候は晴れだし、制約も一切かけられていない。まさに地力がそのまま対戦結果に反映されるフィールドだ。舞台の狭さも考えると、判定や本陣占拠ではなく一方の全滅で勝負が決まりそうだ。
よほど消極的な試合運びや、戦力が均衡したチーム同士で膠着状況が発生しない限り、時間切れまで試合が続くとは思えなかった。すみやかに試合を進めて、予選の日程を守りたい運営の意図が透けて見えるな。
「心配ないよ、お兄ちゃん!」
浮かない顔の俺に向けて、毎度心配しかさせてくれない妹が自信満々に言い放つ。
「向こうの戦力は十二人合計で七十五お兄ちゃんってとこだよ! 平均するとひとりあたり六.二五お兄ちゃんだね! 余裕余裕!」
だから俺単位で説明すんなよ! わかりやすいんだかわかりにくいんだか、判断つかんわ!
「試合前見たエントリー情報によると、あちらのチームは同好の士が集まった草チームみたいです。平均六.二五レビさんなら、レビさんとパルノさんが居なくても多分勝てるでしょう」
ツインテ魔女っ子が解説する。そういえば、最初にこの単位を口にし始めたのはこいつだったな。
「あー、さよか。ちなみに自信満々のラーラさんはおいくらレビさんなんで?」
「年頃の女子に何レビさんか聞くなんて……、レビさんは失礼な人ですね」
なんでだよ!? なんで女性に年齢聞くのは失礼みたいな扱いになってんだよ! 意味不明だよ!
「まあ、レビさんには特別に教えてさし上げますが……、たぶん十八レビさんくらいです」
俺十八人分の強さか……。
うーん、やっぱり強いんだか強くないんだかわかりにくいわ。
釈然としない気分のまま、試合開始の時間となる。
このフィールド条件だと本陣の設置場所で悩む必要もない。どこに配置しても相手から丸見えなのだから、せいぜい飛び道具の攻撃にさらされにくい岩陰へ設置するくらいだ。
相手側も同じようなもので、お互いに本陣の場所がバレバレという状況から試合が開始された。
「では、試合開始!」
審判が高らかに声をあげる。
とりあえず邪魔にならないよう、本陣のある岩陰へ身を隠そうとしたその時、いきなりの爆音が鳴り響く。
反射的に音がした場所へ向けた俺の目に映ったのは、吹き飛ばされて華麗に宙を舞う三人の相手チーム前衛プレイヤーだった。
2015/05/24 誤記訂正 華麗に宙を舞うふたりの→華麗に宙を舞う三人の
2015/09/13 誤字訂正 トレンク学舎フィールド部→トレンク学舎フィールズ部
2015/09/22 誤字訂正 振るいにかけて→ふるいにかけて