第62羽
「な、なななんでこうなるんですかあ? 聞いてないですよお!」
「落ち着け、パルノ。観念しろ、パルノ。運が悪かったな、パルノ」
「人ごとみたいに言わないでくださいよお! ちゃんと説明してください、レバルトさんー!」
「仕方ねえだろう。ニナが料理しちまったんだから」
「だからニナって誰ですかあ!? 何で料理したら補欠の私が試合にでなきゃいけないんですかあ!? わけがわかりませんよお!」
叫びながら俺の胸をポカポカと叩く元奴隷少女。髪の毛と同じ桃色の瞳は今にも泣き出しそうに潤んでいる。
はあ……、泣きたいのは俺の方だっての。
俺達が居るのは町の中心近くにある競技場。週末になるとなにがしかのスポーツ競技が行われている多目的施設だ。当然『フィールズ』の試合にも対応した作りとなっており、今回行われる大会でも会場として使われる。
俺とパルノを囲むのは、ティア、ラーラ、エンジといういつもの面々。そして妹のニナと弟のクレス、その後ろにはニナたちのチームメンバーが困り顔で立っていた。
結論を言おう。
うん、ごめん。あんたの言う通りだったわ。完全にアレはフラグだった。
俺達が競技場にまでわざわざ足を運んでいるのは、別に応援するためではない。試合に出場するためだ。出場せざるを得ないので仕方なく来た、というのが正確だろう。
俺やパルノを含めた五人全員がここに来ているということは、もともと居た三人の補欠メンバーを入れた上で、さらに五人の人員補充が必要になったということである。
レギュラー十二人でやるスポーツなのに、八人の補欠総動員って……、ひでえな。
不幸中の幸いは俺達を含めればギリギリ十二人に届くという点だろう。もし俺達を合わせても十一人しか居なかったら、大会には出場できない。不戦敗という扱いになってしまう。
で、そもそもなんでこんな事になったのか? 原因はこの状況でもニコニコと笑顔を浮かべている妹のニナである。
「お兄ちゃんと一緒にフィールズできるなんて! やったねクレス!」
「お前はちゃんと反省しろ!」
「そうだよ、姉ちゃん。元はといえば姉ちゃんのせいなんだからね」
俺達が補欠メンバーとして登録してからわずか二週間。その短期間に八人ものチームメンバーがリタイヤしたその理由が、ニナの作った料理である。
『残念な』という表現がこの上なくぴったりの我が妹ニナ。その頭空っぽに見える言動とは裏腹に、成績は学年トップクラス、スポーツは何をやっても上手くこなすという、ちょっとした反則娘だ。
だがそんなニナにもひとつだけ苦手なものがある。それが料理だ。勉強も運動もそつなくこなす妹が、唯一料理だけはどうしても上手くならない。
ニナの作る料理、それはある意味凶器である。その破壊力は成人男性の意識をいとも簡単に刈り取ってしまう。かくいう俺も過去何度となく被害を被ったものだ。
最初の頃は子供なんだから下手でも仕方ない、と考えていた。それが何度も続き、洒落っけのないその威力に身体が拒否反応を起こすようになったが、それでも「妹が俺のために作ってくれた料理を拒否するわけにはいかない」と半ば兄としての義務感で挑戦し、その都度ノックアウトされていた。気がつけば十八連続ノックアウトを食らい、いまだ連敗の止まる気配はみじんもない。
ちなみに家族の戦績は、父親が『五戦 〇勝 五敗 三ノックアウト』、母親が『三戦 〇勝 三敗 一ノックアウト』、弟が『十三戦 〇勝 十三敗 十ノックアウト』となっていた。家族総出で連敗街道まっしぐらである。
ちっ、我が家族ながらどいつもこいつも根性ねえな! 男ならノックアウトするまで前のめりで戦えよ!
というか母親の三戦ってのもけっこうひどい。料理に関していえば、早々に見切りをつけたようだ。ノックアウトも一回だけだしな。女ってこういうところでドライだよなあ。
ちなみにノックアウトした後は三日寝込み、一週間は体調不良となる。完治するまで約二週間といったところだ。さすがに家族全員そろってノックアウトしたときはやばかったぞ。
話を元に戻そう。
ニナたちのチームはレギュラー十二人と補欠三人の合計十五人。
このメンバー全員が、大会を前にしてチームの結束と連係を深めるために五日間の合宿を行った。合宿自体はメンバーの強化に効果的だったようで、満足のいく結果となったようだ。これなら良いところまで行けそうだ、と手応えを皆感じたらしい。
問題はそこからだ。
それは最終日、合宿の成功を祝って打ち上げを行った時に起こった。
大会前ということでアルコールは避け、ジュースとお菓子なんかでわいわいと楽しんだらしい。あまりに盛り上がったため、用意しておいたお菓子とジュースが無くなりそうになり、何人かのメンバーが追加の買い出しに行ったのだが……、これがまずかった。
買い出し部隊が帰ってくるのを待ちきれず、ニナが合宿所にあった冷蔵庫の残り物で軽いおつまみを作ってしまう。そしてメンバーにふるまったが最後、十八戦無敗の実力を見事に発揮し、あわれな犠牲者たちは一発ノックアウトされたらしい。
「ニナを止めるのはお前の役目だろうが、クレス……」
「だって僕、その時買い出し要員で出かけてたんだもん……」
そう、ニナの料理が持つ威力を唯一知るクレスは、たまたまくじ引きで負けた買い出しメンバーに入っていたのだ。そのためニナの料理を止める人間がその場に居なかったということらしい。
結果として――見た目はおいしそうな――料理を何の疑いも無く口にした全員が犠牲となった。大部分はそのまま病院へ直行して、今は自宅療養中とのことだ。そのうち三人だけはなんとか体調を回復させ、かろうじて大会へ間に合わせることができた。
料理音痴と言っても、大きくはふたつに分けられる。
まず『完全に味覚が人と異なっている』タイプ。これはもう仕方がない。本人にしてみれば『おいしい』のだから、悪意も無い。
もう一方は『余計な事をする』タイプ。レシピ通りに作れば良いものを、「普通じゃつまんないから私オリジナルの味付け!」とか言って余分な調味料を追加するアホウである。オリジナリティ出す前にまず普通の味で作れよ! と言ってもこのタイプには通用しない。ちなみにこういう人間は必ずと言って良いほど『自分で味見をしない』のである。だからこそいつまでたっても料理下手のままなんだが……。
「そんな言い方ひどいよ、お兄ちゃん! ニナ、せっかくがんばって料理したのに!」
「だーかーら、お前はー! ちゃんと自分で味見しろって、いつも言ってんだろうがああああ!」
「痛だだだだ! お兄ぢゃんいだいー! のおー! のおー!」
現在進行形で俺のアイアンクローを食らっている妹は、料理の時に『余計な事をする』タイプだ。味噌汁にブラックペッパーやらケチャップやら、果てはモッツァレラチーズまで入れる人間である。
以前「どうしてそんなモン入れたんだ!?」って訊ねたときに返ってきた答えが「置いてあったから使わなきゃ損だと思って」だった。アホか。
学舎では優等生として有名なニナが、顔面をつかまれて両手をバタバタさせている様子は少し刺激が強かったのだろう。クレスの後ろにいるチームメンバーたちが顔を青くしていた。
ん? そんな怯えなくても大丈夫だぞ? 俺なんてしょせん魔力からっけつのYOEEEEE君だしな。こうやってなされるがままのニナを初めて見たんで衝撃を受けているんだろうけど、単に家庭内カーストでニナが最底辺にいるだけの話だから。
まあ、これくらいで勘弁してやろうか。「ニナのお兄さんSUGEEEEE!」とか他のチームメンバーが勘違いしてハードル上げられても俺が困るし。
「あいたたた……。試合前にダメージ受けてるのニナだけだよ……」
顔面圧縮技から逃れたニナが眉尻を下げながらつぶやいている。自業自得だろうが。
「えと……、つまりレバルトさんの妹さんが作った料理で、チームメンバーがお腹を壊したから試合に出られなくなったと?」
ようやく落ち着いたらしいパルノが、状況を確認するように訊いてくる。
「すばらしい推理だね、あけちくん」
「推理も何も……、誰だって横で話を聞いてればわかりますよ……。あと私の名前はパルノです。変な名前で呼ばないでください。確か初めて会ったときもそんな事言ってましたよね? ……そもそもアケチって誰ですか?」
俺もよく知らない。探偵か何かだったと思うけど。
「言っておきますけど、私ほとんど魔力ないですからね? 試合に出ても何の役にも立ちませんよ?」
「お、気が合うな、パルノ。実は俺も魔力が少なくてだな――」
「少ないんじゃなくて確かゼロですよね?」
「そうとも言う」
「まともに戦えない人間がふたりも居て、試合になるのかなあ?」
ため息を吐くパルノに、横から銀髪少女が声をかけてくる。
「大丈夫ですよ、パルノさん。私が先生とパルノさんの分までがんばりますから」
平然と言い放つのは我がチートアシスタントのティアである。こいつの場合、比喩表現じゃ無く文字通り三人分戦えそうで怖い。
ティアをはじめとして、ラーラやエンジも乗り気なのが救いと言えば救いだろう。名前だけ登録してくれと、半ば強引に補欠メンバー入りしてもらったのだが、実際こういう状況になってもゴネずに力を貸してくれるというのはありがたい。持つべきものは話のわかる友人である。
「とりあえず、姉ちゃん。戦力、装備の確認とフォーメーションを決めなきゃ。出番まであまり時間も無いんだから」
出来た弟が残念な妹に向けて言う。能力はともかくとして性格的に難のあるニナよりも、こういった集団をまとめる力はクレスの方が高いのだろう。それまで痛む顔をさすりながらブーたれていたニナも、気持ちを切り替えて真面目な顔になる。
「だよね。えーと、ティアさんはその格好で出場されるんですか……?」
「はい、武器はこちらを使います」
エプロンドレス姿のティアがそう答える。武器は俺も見慣れた両刃剣だ。柄の部分に高そうな赤い宝石がしつらえてある。
「あの、鎧か何か身につけた方が良いのでは……?」
「ああ、ご安心を。この服は精霊種の生糸を使った特注品ですので、下手な鎧よりは丈夫です」
「なっ……!」
そうなんだよなー。俺だってティアと一緒にダンジョンへ潜るまでは知らなかったけど、実はけっこうなチート品だったみたい。
さすが良いところのお嬢様。まさかあんな高級素材の服を着てシチュー作ったり、窓ふきしたり、あげくの果てに近所の八百屋へ買い物行ってるとか思わねえよ、普通。
ちなみに『精霊種の生糸』を使った服の強度はぶ厚い鋼鉄製のフルプレートメイルを軽くしのぐ。もちろんお値段の方も一筋縄ではいかない。多分服一着で家が五軒くらいは立つだろう。ニナたちが目をむいて驚くのも当然である。
「武器は主に両手剣。得意な魔法は氷系です」
「あ、はい。【白氷銀華】の噂は耳にしています」
やっぱけっこう広がってるんだな、その異名。
ともかく戦力的には申し分ない。というか多分チーム最強はニナじゃなくてティアだと思う。文武に渡って有能な妹であるが、さすがにこのチートさにはかなわないだろう。
「えーと、そちらは。ラーラさん、でしたっけ?」
「ええ」
「見たところ遠距離支援を得意とされているようですが?」
「はい。魔法による支援と攻撃ができます。治癒魔法は使えませんが、初級なら属性魔法は全て使えるのです」
ラーラは見るからに魔法職といった装備だ。ローブをはおり、その上から革製の胸当てを身につけている。ラーラの持ち味は幅広い属性が使える器用さだ。しかも詠唱が早いので手数も多い。強力な魔法は使えない反面、隙のない戦い方をする。
「ただ、近接戦闘はレビさんと良い勝負です。レビさん基準で言うと、一.三レビさんと言ったところです」
勝手に人を単位数量みたいに使うんじゃない。
「なるほど、一.三お兄ちゃんですか……」
お前もすんなりなじむなよ、ニナ。
「そちらの方は……、斥候職ですか?」
続いてニナはエンジへ話をふる。
「そっすねー。一応前衛っすけど、身の軽さが信条っす」
エンジは胸や足のすねといった要所のみに革の防具をまとったスタイル。両手に小剣を持ってスピードで勝負するタイプの前衛だ。確かに身軽なので斥候役にはぴったりかもしれない。
「兄貴基準で言ったら、五.八兄貴ってとこっす」
だから人を基準に使うなっての!
「それだけあれば十分です。前衛へ出てもらうことになると思うので、よろしくお願いします」
ニナもすんなり納得してんじゃねえよ! 五.八兄貴って、そんな表現で理解できるのか!?
「そちらの方は……、装備が無いようですが」
「うう……、パルノです。装備とかは持ってません」
「え……、さすがに装備無しというのは……」
「大丈夫です。パルノさんの装備は私の方で準備しておきましたので」
ティアが横から助け船を出す。
「ああ、それなら安心です」
ニナがホッとした表情を見せる。だが逆に俺の方は心配になってきた。なんぞまたチートな装備とか渡すんじゃねえだろうな?
「あの……、私ほとんど魔力が無いので……。多分全然役に立たないと思う……」
申し訳なさそうにパルノが言う。
「いえ、気にしないでください、パルノさん。出場してくれるだけでもニナたちは大助かりですから。名前だけ登録してもらうはずが、ご迷惑をお掛けしてすみません」
しおらしくニナが頭を下げる。まあ、文字通りニナが掛けた迷惑だしな。
「あ、わわ。いえ、そんな気にしないで! 出るだけで良いなら全然問題ないし。ただ私、魔法も使えないし、格闘術とか護身術も習ったことないから……。きっと、……えーと、〇.九レバルトさん? くらいだと思う」
お前まで無理して俺基準に換算しなくても良いっての!
2015/07/05 訂正 とりあえず、姉さん → とりあえず、姉ちゃん
2015/11/28 訂正 未成年ばかりなので酒の出番は無いが → 大会前ということでアルコールは避け