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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第四章 強いチームには大抵の場合補欠という切り札がいる
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第60羽

 ダンジョン内でいけ好かない元同級生に遭遇してから数日後。


「先生、先ほどラーラさんから連絡がありまして」

「ふーん、……あえて聞いてみるけど、なんつってた?」

「『お昼からルイを愛でに行きます』と」


 うん、聞くまでもなかったな。

 今日も今日とてレバルト邸は平常運転である。


 しかしあのツインテ魔女は、しょっちゅう我が家へ遊びに来ているな。就職もせずにルイと遊びほうけてばっかりで、俺が言うのもなんだが大丈夫なのだろうか?


「おい、ルイ。またラーラが来るってよ」


 俺は足もとでじゃれつくゴブリンへ向けて言う。


「ンー!」


 それを聞いて嬉しそうな鳴き声をあげるのは、見た目人間の幼児そのままであるルイ。どんぐりにも似た黒い瞳が喜びに輝き、その感情を表現するように小さな身体が揺れるたびに薄茶色のサラサラヘアーから大きめの耳がのぞいていた。


 どうもあの魔女っ子とこの希少種ゴブリンは精神年齢が近いからなのか、お互いをずいぶん気に入っている様子だ。

 ルイも俺やティアの次にラーラへ懐いているし、ラーラに至ってはこっちがドン引きするくらいルイにぞっこんである。三日のうち二日の頻度で我が家へやってくることからも、その溺愛(できあい)っぷりがうかがえる。ラーラは自分が好きなものに対しては自重という概念をどこかへ置き去りにしてくるからな。


 まあ、事前に連絡をしてくるだけまだマシか。


 エンジなんて事前連絡どころかノックすらせずに突然玄関のドア開けてやって来る始末だ。気がついたらリビングのソファーに座ってティアが用意したお茶を飲んでいたりするし。

 あの男はあの男で自重がないというか、自重という概念を理解していないというか、……まあ、いろんな意味でラーラと同じく残念なヤツであることは確かだろう。


 『残念』といえばもう一人心当たりがある。

 そういえば最近来てねえな……。


 とか頭をよぎったのは何かの予感だったのだろうか? もしくは天啓(てんけい)? それとも虫の知らせ?

 我が家の日常を引き裂く声が玄関から響いてきたのはその時だった。


「お兄ちゃーん!」


 その呼び声と同時に玄関のドアがはた迷惑な音を立てたかと思えば、続いて聞こえてくるのは蝶番(ちょうつがい)が折れる金属音。そしてそれを受けて再び玄関から聞こえる女の声。


「あ……!」


 あ……、じゃねえよ!


「ごめーん! お兄ちゃん! 玄関グシャってなっちゃった!」


 声の主はちっとも反省の見えない笑顔を浮かべながらリビングへやってきた。


「なっちゃった、じゃねえだろ、ニナ! どうしてお前は毎度毎度うちに来るたび、どこかしら壊していくんだ!? なんか俺に恨みでもあんのか!?」

「あっ、ティアさんこんにちはー。相変わらずキラッキラだね!」


 聞・い・て・ね・え・し!


「ニナ! 人が話しかけてるときに無視するんじゃない!」

「あーーーっ! なにその子!? かわいいー! おいでおいでー! 怖くないよー! ほら捕まえたー!」

「ンンーッ!」


 俺の足にしがみつき後ろから様子をうかがうルイに目をつけると、ニナはまたたく間に幼児体型のゴブリンを捕獲する。見知らぬ人物へ警戒の眼差しを送っていたルイは、瞬時にその両腕へ絡め取られ、頬ずりされる羽目となった。


「やだ、サラサラでプニプニぃー! なにこの愛らしさ!?」

「ンンー!」


 ルイが必死に逃れようとして身をよじるが、その身体をがっちりとホールドしたニナが許してくれない。


「ンー!」


 涙目のルイが俺へ助けを求める。

 そんな悲しそうな目をすんなよ。見捨てたりしねえって。

 保護者として放っておくわけにもいかず、おれは救いの手を差し伸べた。

 手のひらをニナの頭へと載せ、力任せに握る。


「ちょ、痛い痛い痛い痛い! お兄ちゃん痛い! 痛いって! ミシッとかいってるー! ミシッて!」


 痛みのあまり緩んだ腕から、ルイがすかさず逃げ出してソファーの影へ隠れる。


「反省したかー?」

「したしたしたした! 反省しました! 痛いの! 痛いのですよ、お兄ちゃん!」

「よろしい」


 反省の弁を聞いて俺は手を放す。


「ああ……、パキッていくかと思った……。あれ? サラサラちゃんは? ……あ、そんなところにいた!」


 再びルイへ飛びかかろうとするニナへ俺のアイアンクローが炸裂する。


「いだだだだだだ! メリッっていってる! メリッて!」

「お前は人の話を何にも聞いてねえな!」

「降参! 降参ですお兄ちゃん! これ以上はニナの頭が馬鹿になるのー!」

「放した途端、襲いかかったりしないか?」

「た、多分大丈ぶいだだだだだ! 痛いです! 痛い!」

「たーぶーんー?」

「多分じゃなくて絶対です! 絶対絶対!」


 その言葉を確認して俺はようやくニナの頭を解放する。


「あいたたた……。可愛い妹の大事な頭蓋骨がグニュってなったら、きっと全世界のレバルトお兄ちゃんが泣くと思うよ?」

「勝手に人を全世界規模で繁殖させるな」


 妹が俺の前でうずくまり、金髪の頭を抱えている。普段ウルフカット気味のショートヘアは、俺の手によってボサボサ寝起きグセ状態となっている。


「ルイ、こいつは俺の妹でニナっていうんだ。色々問題はあるが、悪いやつじゃ無いから安心しろ」


 ここのところ、どう見ても俺達の会話を理解しているとしか考えられない希少種ゴブリンに、俺は目の前の少女を紹介する。


「ンー?」


 怯えながらソファーの後ろへ隠れていたルイが、おそるおそる顔を出してニナを見る。


「か、かわいい……!」


 それを見たニナが襲いかかる前に、俺は襟首(えりくび)をつかむ。


「はい、ステーイ、ステイ」

「あうああ……」


 またルイが怯えては元も子もないからな。

 なんだかんだ言ってもニナは俺の言うことをちゃんと聞く。もちろん魔力が使えないガキの頃と違い、今ニナに本気を出されたら俺が力でかなうわけも無い。だが物心ついた頃からずっと面倒を見てきた俺には、頭が上がらない――というか、序列がしっかりと身体に植え付けられてしまったようだ。()り込みと言って良いかもしれない。


「ニナ、あの子はルイって言ってな、訳あってうちで預かってる。あんま怖がらせるなよ」

「お、お兄ちゃん。あの子ギューってして良い? ねえ良いかな?」

「はぁ……。まあ、ルイが嫌がらなかったらな。嫌がるのを無理やりってのはダメだぞ」

「うん! わかった!」


 満面の笑みでニナが首を縦に振る。……ほんとに分かってんだろうな、こいつ?


「ルイちゃーん。ほらおいでー。怖くないよー」


 どうやら無理やり抱きつくつもりは無いらしいので、俺はつかんでいた襟首(えりくび)を放してやった。


「ンー……?」


 危険は無いと感じたのか、ルイがおそるおそるニナに近付いていく。

 ニナも今度は俺の言いつけ通り、そっとやわらかい手つきでルイを抱擁する。


「あー、ホワホワだぁー……」

「ンー」


 ようやくルイの警戒心もほぐれたようで、ニナの腕に抱かれながら笑顔を見せた。


「落ち着いたようでしたら、お茶にしませんか? さきほど焼いたケーキがありますよ?」


 我が家の優秀なアシスタントは妹の暴走にも慣れたもの。騒ぎが落ち着いたとみるや、絶妙のタイミングで声をかけてくる。


「ティアさんのケーキ!」

「ンー!」


 ケーキの一言にすぐさま反応する様子は、初対面とは思えないほど息が合っていた。こいつら……、実は相性ぴったりなんじゃねえか?




 普段のふたりと一ゴブリンに加え、約一名の来客を加えて俺達はテーブルを囲む。

 隣に座ってケーキを頬張り、濃褐色の瞳を喜びで輝かせているのは四歳年下の妹ニナ。こうしてときおり実家から遊びに来ては、ティアお手製のスイーツを堪能して帰って行く。今後はラーラ同様ルイを目当てにしてその頻度が高くなりそうだ。

 なんだかんだと困ったところもあるやつだが、俺にとってはかわいい妹である。


 え? それにしては扱いが雑じゃ無いかって?


 ……いいんだよ、昔からああやって(しつ)けてきたんだから。

 昔からうちは両親共働きでな、妹や弟が幼い頃は俺が親代わりで面倒を見ていたんだ。


「やっぱりお兄ちゃんになると、しっかりしてくるものねぇ」


 などと母親は感心していたが……、違うからな。単に俺が前世の記憶を思い出したから何とかなったようなものの、普通は六歳児に幼児の面倒見るとか無理だから。


 前世での人生がいつ幕を閉じたのかはよく覚えていないが、大学の合格発表を見に行った記憶は残っている。ということはおそらく最低でも十八歳までは生きていたのだろう。


 妹が生まれたのはこちらの世界で俺が四歳の時であり、俺が妹の面倒を見るようになったのが前世の記憶を思い出した六歳の時、つまり前世と合わせればその時点で合計二十四年以上は生きているわけだ。


 二十四歳と言えば、子供が生まれていても別に不思議ではない。だから俺の感覚で言うと妹というよりむしろ娘に近かった。おまけに妹が二歳になる頃から面倒を見ているため、妹から見ても俺は親同然と言える。


 ご飯を食べさせ、服を着替えさせ、風呂に入れ、童話を読み聞かせ、良いことをしたら褒め、悪いことをしたら叱る。両親による俺への幼児育成完全委託である。せめて十歳くらいなら分からないでもないが、普通に考えれば六歳児にはハードルが高すぎるだろ。


 おかげで俺に対する妹の(なつ)きようは両親が嫉妬(しっと)するほどであった。

 嫉妬するくらいならもうちっと子供に手をかけておけよ。と内心あきれるものの、なんだかんだと言って金銭的な苦労はさせられなかったので文句も言いづらい。正直あの頃の状況を考えれば、父親ひとりの稼ぎで家族が暮らしていくのは難しかっただろうしな。


 というわけでニナは俺にとって娘同然の存在だ。孫や他人の子は可愛がっているだけで良いが、自分が育てているからには叱ることも必要になってくる。ゆえに生まれたマイアイアンクローは愛の鞭である。

 幼い頃の(しつ)けが(こう)(そう)しているのか、俺が指をニギニギと動かすだけで、妹の表情がこわばるようになった。魔力で能力が底上げされた今となっては、俺のアイアンクローなど簡単にふりほどけるはずなのだが、幼心にすり込まれた上下関係はなかなか払拭(ふっしょく)できないものらしい。


 ちなみにニナの二つ下、俺から見ると六つ下には弟がいる。こちらは幼い頃から大人しい性格で、非常に手がかからなかった。俺のアイアンクローを受けた回数も、妹が受けた十分の一に満たないと思う。

 もし弟がニナと似たようなタイプだったら、俺は育児ノイローゼにでもなっていたかもしれない。しかし幸いなことに弟はニナマークツーではなく聞き分けの良い子だった。そのため俺のアイアンクローは常にニナをロックオンしていたということになる。


 …………そもそもニナが手のかかりすぎる問題児だった、ということでもあるんだが。


「はむっ、むぐむぐ。ほいひいへー、ふいひゃん」

「ンー」


 幸せそうにケーキを頬張りながら、ニナがルイに話しかけている。


「食べながら話すんじゃない。お行儀が悪いぞ」

「ふぁーい」


 返事だけは素直なんだがな……。

 俺がため息をついていると、玄関の呼び出し音がリビングに響いた。


「私が出ます」


 ティアが言うなり玄関へと向かう。


 あ……。そういえば、さっきニナが入ってきたときに玄関から嫌な音が聞こえて来たっけ。具体的には蝶番(ちょうつがい)の破壊される音。

 あの後、様子見に行ってなかったわ。もしかして玄関開きっぱなしだったのかもしれない。


 そんな考えにふける俺へ、ティアに連れられてきた若い男が声をかけてくる。


「兄ちゃん。姉ちゃん来てない? ――って、やっぱりいた」


 その人物は俺の横で無心にケーキを頬張るニナを見て、あきれたようにつぶやくと、ため息混じりにうなだれる。


「やっほー、クレス。これおいしいよ! ティアさんお手製のケーキ!」

「良いところに来た、クレス。さっさとこいつを持って帰ってくれ」

「え? お兄ちゃん、かわいい妹に向けてその冷たい言い方はなに? ニナはちょっとガーンとしちゃうのです」 


 となりに座る妹が、顔を両手で覆って嘆く。

 わかってる。どうせふざけてやっているだけだ。


「そりゃあ持って帰るのは良いんだけど。――姉ちゃん、もう話はしたの?」


 クレスは平然として俺に答えた後、ついでニナに問いかける。

 それを聞いて、俺は頭上に疑問符を浮かべた。


「話?」

「あ……」


 はたと気がついたように声をもらすのはニナ。


「やっぱり……。何しに来たのさ、姉ちゃん……」


 再び深いため息を吐いて、クレスが額を手で覆う。


「ん? 何か話があったのか?」

「うん、お兄ちゃん」

「何だ?」

「補欠で良いよね!?」


 すまん、妹よ。お前の言うことが俺にはさっぱり分からんぞ。


2015/09/03 誤字修正 様子見に入って → 様子見に行って

2021/03/27 脱字修正 良いんけど → 良いんだけど

※脱字報告ありがとうございます。

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