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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第四章 強いチームには大抵の場合補欠という切り札がいる

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第58羽

「ひどすぎる」


 俺の口から思わず率直な言葉がこぼれた。


「何がですか?」


 それに反応するのは長い銀髪を背に負う少女。

 薄い水色の瞳が俺に向けられる。微笑みを投げかければ男どもを(とりこ)にしそうな面立(おもだ)ち。すらりと均整(きんせい)の取れた立ち姿は、近所の美術学校から絵のモデルになって欲しいと頻繁に依頼が来るほどだ。もっとも本人は全く興味が無いらしく、いつも即答で断っているようである。


「テーマパークで見る光景じゃねえ……」


 周囲を見回して俺はつぶやく。


 あたりは一面の氷、氷、氷。

 床も壁面も天井も、全てが透き通る氷でコーティングされている。だからといってこの場所が最初から氷漬けだったわけではない。つい三分ほど前、俺達がやってきた時点ではごく普通の床や壁だった。それが今現在、どこぞの雪祭りじみた光景を見せているのは、目の前に立っている自称『俺のアシスタント』が原因だ。


 黙っていれば(はかな)げな少女に見えるが、その内実はマッチョな警邏隊(けいらたい)のベテラン達も真っ青となるハイスペックチートに他ならない。

 この娘。本当に人間なんだろうか? なんか人間という種のカテゴリーを超越した理不尽さを感じるんだが。実は宇宙からやってきたスーパーチート人なんです、とか言われてもすんなり納得してしまいそうになる。


「先生、なんだか失礼なことを考えていませんか?」

「ん? いや、そんな事はないぞ、ティア」


 相変わらず鋭いな。っていうか、ホントに俺のは見えないんだろうな? 実は他のやつと同じように考えてることが筒抜けになってんじゃねえだろうな?


「見えませんよ」

「って、やっぱ筒抜けじゃねーか!?」

「先生は考えていることがすぐ顔に出るので、見えなくてもわかりやすいんですよ」


 ……そんなにわかりやすいんだろうか?


 俺は視線をそらしながら、手のひらで自分の顔をペタペタと触る。誰かに否定してもらいたくても、この場には俺とティアのふたりしか居ないので無理だろう。


 今俺達はダンジョンの中にいる。もちろんルイと遭遇したいつぞやの危険なダンジョンでは無く、娯楽施設として管理運営されている方の安全なダンジョンだ。


 しかも三階や五階といった浅い階層ではなく、十七階層である。俺やラーラ達だけなら敵に出くわした途端、即全滅すること間違い無し。フォルスは二十階層あたりまで進んでるらしいので、パーティを組んでさえいれば大丈夫なんだろうが。いくらフォルスでも単独では――、……いや、あのチート男のことだ。なんだかんだと手こずりながらも、普通に踏破しそうだな。


 まあ、フォルスのことは横に置いておこう。

 俺達がダンジョンに潜っているのは別に遊びというわけではない。きちんとした理由があってのことだ。


 先日、受賞式で学都へ行った時に会った『ベヌール』という名のおじいちゃんを憶えているだろうか?


 え? 野郎の名前とか興味ないって? ああ、うん……、まあそれについては俺もおおむね同意するからあんまり突っ込まないけどさ。

 ティアの遠縁であるトレスト翁の屋敷でお世話になっていたとき、翁から紹介された魔眼持ちのおじいちゃんだよ。本人は『教授と呼べば良い』と言っていたが。


 思い出した?

 そうそう、ティアに魔眼制御の方法を教えてくれた、くたびれた格好のおじいちゃんだ。


 その教授が教えてくれた魔眼制御の方法。それが『魔力の枯渇(こかつ)状態を身体に憶えさせて、意識的に魔眼への魔力を断つ方法を学ぶ』ということだ。

 それには魔力枯渇の状態を身体に覚えさせる必要がある。だが魔眼持ちの魔力は膨大(ぼうだい)なため、日常生活で魔力枯渇に(おちい)ることはまずない。


 かといって意識的に魔力を使うにも限度があるだろう。トレスト翁の屋敷でやったみたいに氷でドラゴンゴーレムを作り、怪獣大決戦みたいなことは無理だ。あれはトレスト翁の広い屋敷だからこそ出来た話であって、俺の家みたいな一般家屋ではとても広さが足りない。

 ティアの実家なら広さも十分なんだろうが、もともと実家におけるティアの立場はあまり良くないようで、本人も実家の庭で大規模な魔法を使って目立つのは望まないらしい。


 で、頭をひねった結果、安全にかつ周囲へ迷惑をかけず、思いっきり魔法が使える場所に行き着いた。それがこのダンジョンだ。


 もともと魔法が使われることを前提にした施設であり、ダンジョン全域の広さを考えれば大規模な攻撃魔法を使っても他人に迷惑はかからない。ティアが思い切り魔法を使っても問題ないというわけだ。

 もちろん入場料などのお金はかかるが、ダンジョン内で入手した賞品を換金することで十分おつりが来る。

 俺やエンジ達だと良くて収支トントン、平均するとわずかに赤字というところだろうが、今はティアというチート少女がいる。だからこそやって来たダンジョンの十七階層だ。本来なら俺が立ち入るような階層じゃないのは言うまでもないな。


 ここまで来ると浅い階層のように愛くるしい姿のモンスターではなく、正に獣(しか)りといった風貌のものや、おどろおどろしい見た目のモンスターが多くなる。無論安全がしっかりと確保されていることは疑う余地もない。とはいえ手に持つ獲物も刃がついた武器に変わり、鋭い牙や爪で攻撃してくるモンスターだって見かけるようになる。

 俺が矢面(やおもて)に立ったなら、間違い無く瞬殺だ。うん。


 だが俺達がここに居る目的はティアの魔力を使い切るということである。よって矢面に立つのは俺では無くティアだ。

 ティアのチートスペックはあんたも知っての通りだし、目的が『魔力を使い切る』ということもあり、使われる魔法の内容が尋常(じんじょう)では無い。自重という言葉を家に置き忘れたかのようにティアが無双っぷりを発揮し、俺は完全に荷物持ち状態である。


 まあそれは仕方ないだろう。オークですら俺にとっては強敵なのだから、十七階層のモンスター相手にまともな勝負ができるわけがない。大人しく荷物持ちに徹するのが分相応(ぶんそうおう)というやつだ。


 俺にとっては戦う気すら起きない十七階層の強モンスター達。だがティアにとってはそれすら魔力消費の対象でしかない。しかも最低限の魔力で無力化できる相手を、あえて過剰なくらいの魔力でもって叩き伏せている。出来るだけ魔力を消費するために。


 その結果が今俺の目に映し出されている光景といえる。


 見渡す限りの氷。あたり一面が魔法の氷に覆われて凍結している。もともとの状態を知らない人間に向けて、「ここは氷のダンジョンです」とか言ったら多分すんなりと信じてしまうだろう。


 まるでスケートリンクのごとき床には、ところどころオブジェが立っている。よく見てみれば、それが氷に閉じこめられたモンスターだとわかる。

 氷のつぶてがひとつあれば倒せるそれらを、わざわざ過剰な魔力を使って氷漬けにしているのだ。しかもただの氷では無い。絶界(ぜっかい)の永久氷壁をわざわざ召還したあげく、いったんそれを水に戻し、改めて凍らせている。普段氷魔法を使っている魔法使いが聞いたら絶句するほど、果てしなく無駄な魔力の使い方をしている。そうまでしないとティアの膨大(ぼうだい)な魔力はなかなか減らないというのだから、もはや笑うしかない。


「先生、ここは下へ降りるルートに近すぎますし、もっとひとけの無い場所まで移動しましょう」


 女の子から『ひとけの無い場所へ行きましょう』なんて言われるとドキッとするよな?


 え? 相手によるって?

 そりゃそうか。ヤンキー風の女の子に同じセリフ言われたら、別の意味でドキドキしちゃうもんな。……身の危険的な意味で。


 まあこの場合はトキメキ的な意味でも危なげな意味でもない。単純に他人が居る場所でティア無双すると迷惑がかかるから、というだけの話だ。


「賞品拾ってかねえのか?」


 浅い階層では滅多に見られないが、さすがに十七階層まで来るとところどころに賞品用の宝箱が点在している。戦闘――という名のティア独壇場――が終わってから周囲を見渡してみると、この場所にも壁際に宝箱が置いてあった。


「どうせ大した物は入ってませんよ」


 わぁ、セレブ発言だ。


「それに溶けるまで待つつもりですか?」


 ティアの魔法であたり一帯は氷に包まれている。

 当然ここにある宝箱も凍っている。もちろんダンジョン内に配置された宝箱はちょっとやそっとでは壊れない。二千度の熱にも耐えるし、凍ったくらいで中身に影響が及ぶことは無いだろう。


 宝箱自体は無傷である。だがまるでコーティングされたかのように、ティアのまき散らした氷が宝箱全体を包んでいた。その厚みは数センチありそうで、当然溶けるまで待っていたらずいぶんと時間を無駄にすることとなる。ティアが捨て置こうとするのも無理は無い。


 ティアにとっては魔力を使い切ることが大事なのであって、収入を得ることが目的では無いとなれば、自然と宝箱も放置する形となる。もちろんティアがいなければそもそもこの階層にたどり着くことも出来ない俺には決定権など無い。


「へいへい。単なる荷物持ちの戯言(ざれごと)でござるよ」

「どこの言葉ですか、それ?」


 あきれた表情を浮かべて銀髪少女が言った。


「別に荷物持ちなんてしなくて良いんですよ? 先生に同行していただいているのは荷物を持ってもらうためではないんですから」


 そう。荷物持ち、というか賞品の回収はティアに頼まれたからやっているわけではなく、単にもったいないからと俺が勝手にやっていることだ。

 俺がティアに同行しているのは荷物持ちとは異なる大事な役目を負っているからである。


 その役目とは『魔力欠乏状態になったティアを送り届ける』こと。


 ダンジョンに来ている目的が『魔力を使い切る』ことである以上、目的を達成した時には当然ながらティアは魔力がほとんど無い状態だ。もちろん魔力が枯渇して気を失うまでダンジョン内で無理をすることはできない。魔力枯渇の一歩手前までダンジョンで魔法を使い続け、あとは就寝前に残った魔力を使い切れば枯渇状態でそのまま眠りにつけるというわけだ。


 つまりダンジョン内から魔力切れ寸前のティアに付き添って俺の家まで送り届け、そこでティアの実家からやってくる迎えに託すまでが俺の役目となる。普段のティアなら相手がゴロツキだろうが本職の軍人だろうが後れを取ることはないだろう。だがさすがに魔力が尽きかけた状態ではそうもいくまい。


 まあ、実際に俺がそばに居たところで、いざトラブルが起こった時にはなんの力にもならないと思う。だからまあ、多分悪い虫が近寄らないようにするという程度の意味合いなんだろう。


 ティアの実家には護衛として雇っている人も居るようだし、例の黒装束みたいなのも居るようだ。別に俺が付き添いをしなくても代わりはいるのだろう。だがそれでも俺を指名してくれるというのは、まあ……喜んで良いことだと思う。

 魔力が尽きかけたティアには普段見せる無双チート娘の面影もなく、支えてやらなければふらついて倒れそうになるほど弱々しい。そんな無防備な状態を見せられ、頼られているというのは、それだけ俺に心を許している……と考えてるんだが、あんたどう思う?


「――生、先生!」

「ん? ああ、すまんティア。なんだ?」

「どうしたんですか? ボーッとして」

「いや、ちょっと話をだな」

「話? 誰とです?」

「え? …………誰だろ?」

「しっかりしてくださいよ。先生」

「ああ、すまんすまん。じゃあさっさと移動するか」


 そう言って俺は背中全体で背負い袋を()ね上げる。それを二、三度繰り返して背負うのにちょうど良い位置を探り当て、ティアへ声をかけたその時――。


「よし、行こ――」

「なんという神のお導き! こんなところで【白氷銀華フロノレス】に会えるとは!」


 耳にするのも忌々(いまいま)しい、聞き覚えのある声がダンジョン内に響いた。


2017/08/05 誤用修正 俺は憮然とした表情で視線をそらした。 → 俺は視線をそらしながら、手のひらで自分の顔をペタペタと触る。

2024/01/29 誤用修正 獣然り → 獣然

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