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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第三章 快適な住まいにはお金に換えられない価値がある

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第54羽

 翌日、俺たちは朝からパルノの宿探しである。

 仕事もせずに出かけようとする俺へ、ティアは何か言いかけてすぐに口を(つぐ)んだ。言いたいことはありそうだが、パルノがいつまでも俺の家に居候(いそうろう)するよりはマシと判断したのだろう。


 さっそくやってきたのは町の中心部から少し離れたところにある(さび)れた宿。


 え? 宿はダメなんじゃ無いかって?

 もちろんそれは重々承知(じゅうじゅうしょうち)の上だ。でもな、さすがに見ず知らずの人間捕まえて『泊めてくれ』は無いだろう? そんな事してたらいつまでたっても泊まるところなんて見つからない。


 だからまあ、あんまり()められた話じゃ無いだろうが、身元を(いつわ)ってなんとか、無理やり、あわよくば泊まってしまおうという寸法(すんぽう)だ。


 具体的に言えば、俺とパルノが兄妹ということにして、俺名義で宿を取ってしまえば良い。

 いったん泊まってしまえばこっちのもの。俺はこっそり抜け出して、パルノがひとりで宿に残れば万事解決という具合だ。宿側としてもわざわざ部屋の中まで覗きに来たりはしないだろうから、出不精(でぶしょう)な兄ということにしておけば大丈夫。……と思う。


 ということで、俺とパルノは目前に建つ宿の中へとそろって足を踏み入れた。

 カウンターには不景気な面をしたぽっちゃり体型のおっさんが座っている。ほぼ間違い無く宿の主人だろう。この寂れ具合では従業員など雇う余裕はあるまい。


 俺が目を合わせると、桃色の頭を揺らしてパルノが小さくうなずく。

 交渉に関しては俺に一任されている。というかパルノが前に出て、奴隷であることがバレてしまっては元も子もないからな。可能な限りパルノには後ろへ控えてもらう。


 閑散(かんさん)とした宿の中に俺達ふたりの足音がやたらと響く。

 半分居眠り状態だった宿の主人も、さすがに足音を聞いて気がついたようだ。顔をあげてこちらを見た。

 俺は意を決して口を開く。


「YO、YO、マスター、ちと良いですKAー?」

「へ?」


「俺達ふたり、言うなればKYO-DAI。俺のIMOUTO、その名もパルノ。ふたりが泊まれる空き部屋あるNO?」

「…………」


 両手の人さし指を左右から内側へ差し向ける。

 決まったな。


「…………」


 そう、この沈黙の後に賞賛の声と羨望(せんぼう)眼差(まなざ)しが――。


「ちょ、ちょっと!」


 おうあ。

 こらパルノ。いきなり引っぱるなよ。びっくりするじゃないか。


 うさんくさげな目で俺を見る宿の主人を放置して、顔を真っ赤にしたパルノが俺の腕を引いている。出入口前に戻ったところで、宿の主人に聞こえないよう声を抑えてパルノが言い放った。


「なななななんですか、今のは!? 宿の人、ドン引きしてるじゃないですかあ! そもそも私がレバルトさんの妹ってどういうことですかあ!?」

「あれ? ……言ってなかったか?」

「初耳ですよお!」

「そうか、それはすまんかった。ま、そういうことなんで適当に話合わせてくれ」

「もう……、そう言うことは事前に言っといてくださいよお……」

「おう。とりあえずここは俺に任せとけ」

「心配だなあ……」


 気を取り直して宿の主人に話しかける。


「ってことでマスター。部屋を頼む。()()ふたりだからツインの部屋をひとつな」


 兄妹のところを強調しておく。ここ大事だからな。


「あ、ああ……。泊まんのかい?」

「そうだ。()()だからツインで頼むぜぃ」


 いまいち反応の薄い主人だったが、本来の役目をようやく思い出したらしく、瞬時に商売モードへ切り替わる。


「ツイン一部屋で良いんだな?」


 どうも接客業にしては言葉(づか)いがなっていないようだが、それについては俺も人のことを言えない。まあ、(さび)れた宿屋なんてこんなもんだろう。逆に言えばそんな接客だから客が寄りつかないんだろうけど、今の俺達にとっては繁盛している宿よりも潰れそうで閑散とした宿の方がむしろ好都合だ。


「ああ、()()だからな」

「じゃあこれに必要事項を記入してくれ」

「オーケイ、マスター。……これでいいか?」


 俺が記入した用紙を宿の主人が斜め読みする。


「ああ、問題ない。じゃああとは端末をここにかざしてくれ」


 そら来た。この端末確認が実はくせ者だ。

 端末には膨大な個人情報が保存されている。その中には身元を保証する情報と共に、その人間の犯罪歴や賞罰情報も含まれているのだ。


 宿に必ず設置されているこの魔法具は、個人端末からそういった情報を読み取る事が出来る。もちろん個人情報を全て読み取るわけでは無く、氏名や性別、年齢といった『偽名の使用』や『他人のなりすまし』を防ぐための情報、そして犯罪者を判別するための情報くらいしか読み取れない。


 良からぬことを考える一部の人間をのぞけば、特に問題になるものでもない。だが、これこそがパルノにとっては大問題となる。

 パルノの場合、端末に奴隷身分である情報が記されている。当然この端末チェックを行うと奴隷であることがバレてしまうため、パルノは宿に泊まれない。


 そこで俺の出番というわけだ。

 俺の端末でチェックインをしてしまえば、パルノが奴隷であることはバレない。端末のチェックはチェックイン時とチェックアウト時の二回。その二回さえ俺の端末で乗り切ってしまえば、あとはパルノが奴隷であることを知る(すべ)は無いということだ。


「ああ、いいぞ。……それはそうとお前さん、この町の人間なんだよな? なんでまたわざわざ金払ってまで宿に?」

「あー。あれだ、その……。しばらく家がリフォーム工事で住めないんでな。その間だけだ」

「リフォームかい。そいつぁうらやましいこって。まあいいや。……じゃあそっちのお嬢ちゃんも端末かざしてくれ」

「え、え? わわわわ私もですか?」

「お嬢ちゃんも泊まるんだろ? だったらチェックが必要だからな」


 げ、予想外の展開。


「いやあマスター。あいつまだ未成年だから端末持ってねえんだわ。兄妹なんだから俺の端末情報だけでかまわんだろ?」

「未成年って……、その歳だったら普通個人端末くらい持ってんだろ」

「学生のうちは端末なんていらねえってのが、親の教育方針でさ。俺も働きに出るまで端末持たせてもらえなかったんだよ」

「じゃあ、学生証で良いから出しな」

「え、あ、いや、その……」


 うろたえるなパルノ。怪しまれるっての。


「パルノ。学生証って確か家財道具とあわせて預けた荷物に入ってるんだよな?」


 俺がそうアドリブをきかせると、パルノがブンブンと勢いよく首を縦に振る。ちゃんと話を合わせてくれているようだ。


「ってことなんだ。こいつの学生証は家財道具と一緒に貸倉庫のどこかに行っちまったんで、今から貸倉庫行って学生証探すためだけに荷物ひっくり返すわけにもいかねえだろ?」

「ちっ、身元証明ができねえんなら、部屋は貸せねえよ。出直してこい」


 なんつー言いぐさ。おまけに舌打ちまで。接客業向いてねえぞ、おっさん。


「おいおい、ちったあ融通きかせてくれたって良いじゃねえか。事情は今話した通りなんだから」

「そういうわけにもいかねえんだよ。法律で決められてんだから。小さなガキならともかく、そうでないなら防犯上、身元確認は絶対なんだよ」

「防犯上って……、こいつが犯罪者に見えるって?」


 俺は後方でビクビクと怯えているパルノを指さす。


「犯罪者じゃなくてもな、最近は奴隷が身元を偽って泊まろうとするケースとかいろいろ問題があるんだよ」


 うん、正にそれ俺達のことだ。


「別に奴隷が泊まったからって、おっさんに迷惑がかかるわけじゃないだろうに」

「大ありだ。奴隷の方は認定取り消しされるだけで良いかもしれんが、宿の方は罰金と営業停止食らうんだよ。むしろこっちの方が被害でけえっての」

「ぐぅ……」


 正直なところ、それは知らなかった。

 確かにそんな罰則があるんじゃ、宿の方が神経質になるのも仕方ない。


「で、でも、マスターだって客は欲しいだろ? 規則にこだわって客を逃すよりはさ」


 そう。閑散とした宿屋なら、客欲しさに多少のことは目をつぶってくれるんじゃないかという目論見(もくろみ)があったのだ。だからこそ繁盛している宿を避けて、客の少なそうな宿を選んだわけだしな。会社組織ではなく個人経営なら、経営者の胸三寸(むねさんずん)でなんとでもなるだろうから(なお)都合が良い。


「うちは真っ当な宿屋なんだ。客は欲しいがそのためにルールを破るつもりは毛頭ねえ。わかったらとっとと帰んな」


 そうして俺達はすげなく追い返された。

 くそっ、接客態度は最悪のくせに、妙なところだけ意地張りやがって。ルール云々言う前に客商売なんだから言葉遣い直せよ。従業員の教育がなってねえぞ。責任者誰だよ、……ってあいつが責任者か。


「あ、あの……。レバルトさん? ど、どうしましょう……?」

「別に宿はあそこだけじゃないさ。他のところへ行ってみよう」


 そう、この町は観光地じゃないが、それでも宿はそれなりにある。もちろん繁盛しているホテルや宿もあれば、客のほとんど入らない宿もそれなりに、だ。


「よーし! 次行くぞ、パルノ!」

「は、はいっ!」

 





「それで結局、宿は見つかったのですか?」

「……」


 銀髪少女の冷静な問いかけに、俺が返せるのは三点リーダーだけだ。

 六戦六敗。勝率〇割の俺に返せる言葉など何も無い。敗者は常に沈黙を()いられるのである。

 そっと目をそらした俺には目もくれず、ティアがパルノの方を向いて言う。


「ということは、今日もパルノさんはこちらにお泊まりということですね?」

「はう……、すみません。お世話になります……」


 消え入りそうな声でパルノが言う。


「明日は見つかると良いですね」


 ティアに言われなくともそのつもりだ。まだまだこの町には小さな宿は残っている。明日も片っ端から回ってやる。

 どこかにひとつくらいはパルノが泊まれる――つまり管理がいい加減な――宿だってあるだろう。




 ――なぁんて思っていた時期が俺にもありましたよ。

 そんな俺の気合いはむなしく空回り。結局その後の奮戦もむなしく、二日経ってもパルノの宿を見つけることは出来なかった。


「くそお、もう行く宿が無え。こうなったら表通りのホテル街もターゲットにするべきか?」

「あの……、レバルトさん?」

「いや、しかしそれはさすがに無謀というものか。むぅ、どこぞに短期間だけ面倒見てくれる下宿とか無いだろうか……」

「えと……、聞いてます? レバルトさん。ねえ」

「こんな時フォルスが居てくれたらなあ……。居ないヤツのことを言っても仕方ねえんだけど」

「レバルトさーん! おーい!」

「なんだ、さっきからうるさいな。今ちょっと考え事してるんだから、大人しく……、あれ? なんだその格好?」


 割り込んでくる声の方向へ目をやると、そこには最近見慣れた室内用の軽装ではなく、外を出歩く服装に身を包んだパルノが居た。

 それ自体は別に不思議では無い。ここ数日、町中の宿という宿を『はしご』している俺達である。外出時の服装は俺も見慣れていた。


 問題はそれ以外だ。両手には大きな手提げカバン。頭越しに見えるのは背負っている大型のリュックサックだろう。いずれも中身は詰まっているようで、内側からの圧力によってふくれあがっていた。


「えと……、その……。大変言いにくいんですが……」


 いつも通り、歯に物が挟まったような口調でパルノが言う。


「家に……帰ろうかと……」

「は?」


 何を言っているのかわからない。


「何言ってんだ、お前? お前が家に帰れないっつーから、こうして毎日宿を探し回ってんだろ?」

「それが、その……。友達と約束してたのは今日の朝までだったんで……」


 そもそもパルノが自分の家に帰れない原因はその友人である。パルノの家に居候しているにもかかわらず、実家の両親には一人暮らしと嘘の報告をしていた友人。ところが友人の母親がこの町にやってくるということになり、一人暮らしの嘘を突き通すため家主であるパルノの方がしばらく家を離れることになった。というのが、今回の発端である。


 よくよく考えてみれば、パルノがうちに泊まるようになってから結構な日数が経過している。最初の幽霊騒ぎも含めると、五日……いや今日で六日目か? それだけ宿探しが難航している証でもあるのだが……。


「ってことは、もしかすると……。もう宿探しはする必要がないってことか?」

「……そうなります……ね」


 わずかに視線を泳がせながらパルノが返答する。


 おーまいがっ。

 なんてこった……。結局あれだけの騒動を起こし、宿探しで骨を折って、そのあげくがただのくたびれもうけということか。


 どっと疲れが襲いかかってきた。なんせ仕事で宿探しをしていたわけじゃない。これが例えば窓で請け負った仕事なら依頼主からの報酬が得られるかもしれないが、残念ながら今回は純粋にボランティアである。


「そ、それじゃあ私はこれで……。お世話になりました」


 脱力してうなだれる俺に向けて頭を下げると、パルノはそそくさと自分の家へと帰っていった。


 ま、まあ、これで元通りの平穏な毎日が戻ってくるというのなら……、それはそれで良しとするか。うん。


2022/08/07 誤字修正 止まれる → 泊まれる

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