第53羽
翌朝――ではなく、寝付いたのが未明で、起きたのがお昼前。
俺達は全員そろってリビングのテーブルを囲んでいた。
騒動の最中、寝こけていたルイ。ひとりリビングで毛布にくるまって震えていたパルノ。寝ぼけまなこが似合いすぎているラーラ。もともとのモジャ毛が寝癖によってさらなる進化を遂げたエンジ。明らかに不機嫌な雰囲気を隠そうともしないティア。そして俺だ。
テーブルの上にポツンと置かれているのは、幽霊――ではないらしいが――の彼女が依り代に選んだ俺の端末。
「で、どうなさるおつもりですか?」
ことさら抑揚のない声で、エプロンドレスの少女が言葉のボールを投げてくる。
そのボールには明らかに非難の意思が込められていた。俺からの返球をはなからあてにしていない剛速球である。むしろ打てるもんなら打ってみろと言わんばかりに渾身の力がこめられたストレート。ドラフト一位入団した速球派ルーキーも顔負けの一投であった。
言葉のキャッチボールなど、初っ端から期待していないのがありありとわかるというものであろう。
「どうするって……、別にどうもしねえけど?」
見逃し三振だけは嫌なので、せめてもの抵抗に一応バットを振ってみた。
「つまり何も考えなしの行動だったというわけですね?」
「え? えー、いや別にそんな事は……」
おかしいな。一球しか空振りしてないはずだけど、ツーストライクに追い込まれた気分だ。
「私もティアさんの言う通りだと思います。昨晩のレビさんは『面倒だからもういいや』というオーラが全身からにじみ出ていましたよ」
愛らしい物や甘い物で、簡単に買収されてしまいそうな球審による無情なコール。
「兄貴、がんばるっす!」
一塁側スタンドからは無責任なヤジが飛ぶ。
「あ、あの……、結局あれからどうなったんですか……?」
「ンー、ンンー」
外野席には、試合内容も聞かされず球場に連れてこられてわけがわからない、といった感じの女の子。そして試合そっちのけでお菓子をほおばるマイペースな子供がいた。
「まあ、急を要することでもなさそうだしな。気長に代わりの依り代を探すさ。……っていうか、ホントにこの中へ幽霊だかなんだかが入っていったのか?」
幽霊が見えていなかった俺にしてみれば、いまだに理解が追いつかない話である。
「間違いありません。先生の端末に向かって吸い込まれるように消えていきましたので」
ティアがハッキリと言い切る。
俺は再びテーブルの上へ置かれた自分の端末へ目をやる。
魔力で形状を変化させることが出来ないため、俺の端末は購入した時と変わらないカード型だ。大きさは手のひらと同じくらいである。
「なんだか実感沸かねえなあ。この中に幽霊が入ってるなんて」
端末を指でつまみ、窓の光にかざしてみる。
もちろん光にかざしたからといって、何かが見えるわけでもない――。と思っていた俺の予想はあっけなくくつがえされることになった。
「あれ?」
魔力のない俺には、自分で端末へ魔力を供給することが出来ない。だから魔力切れを極力避けるため、常日頃から省魔力モードで携帯している。
省魔力モードでは、魔力消費の激しい機能がカットされ、ディスプレイ上に時刻や日付といった最低限の表示しかされない。
逆に言えば時刻や日付の表示は省魔力モードでも必ず表示される――はずなのだが……、今現在俺の眼に映るディスプレイには時刻も日付も表示されていなかった。
そこに映るのは何も表示されていないまっさらな画面。
「まさか壊れたか?」
修理代を思い浮かべて冷や汗をかきそうになった時、黒一色で統一されていたディスプレイに突然白い文字が浮かび上がった。
《幽霊ではありませんよ》
飾り気も何も無い、文字だけの情報がそこに表示されていた。
「へ? なんだこりゃ?」
《もちろん悪霊などというものでもありませんから》
続けて文字が浮かび上がる。
「どうしたんすか?」
俺の反応を見て、エンジ達もディスプレイをのぞき込んでくる。
《月明かりの一族とあのような者達を一緒にされては不愉快です》
月明かりの一族?
《と、失礼。そんなことよりもまずはお礼を。このような素晴らしい依り代をご提供いただき、ありがとうございます。あのままではいつ『依り無し』になっていたことか……。本当に心からの感謝を申し上げます》
「え、えーと……。あんたは鬼瓦を依り代にしていた……人? でいいのかな?」
《はい。人間ではありませんけれど、鬼瓦を依り代にしていた者です。良かったです。あなたには直接お礼を言いたかったのですが、私の声が届かないようでしたので……。こうして直接言葉を届けることが出来て嬉しいです》
ふと周囲を見渡せば、ティア達も興味深そうに端末をのぞき込んでいた。
表示された文章を読んで眉を寄せるティア。
なにやら考え込んでいるラーラ。
あとは何がどうなっているのか理解できていない三人である。
「よくは分からんが、文字とはいえコミュニケーションの手段があるのは助かる。なんせ俺にはお前の声も姿も認識できないからな。ま、これからしばらくの間よろしく」
《こちらこそ。お世話になります。大家さん》
「大家さん?」
《はい。私の依り代がこの板になったのですから、その持ち主であるあなたは大家さんで良いんですよね?》
ああ、そう言う意味か。
「なんとなく言わんとするイメージは伝わったが……、大家ってのはちょっと大げさという感じがするなあ」
《では宿主様ではどうでしょう?》
「……なんか寄生されてるみたいで嫌だ」
《でしたら苗床様で――》
「却下!」
一瞬、全身が青カビに包まれるのを想像してしまった。
「はぁ……、もう良いよ、大家で」
宿主や苗床よりはまだ人間っぽいからな。
《はい。改めてよろしくお願いします。大家さん》
「そういやお前、名前ってあるのか?」
微妙な間をあけて、ティスプレイに文字が表示される。
《名前……ですか?》
「ああ、何て呼べば良い?」
《そうですねえ……。私たちは個別の名を持たないので、今まで気にしたことがなかったです。名前……、名前……》
「良い機会だ。ちょっと自分で考えてみたらどうだ?」
相手が「名付けしてくれ」とか言い出さないうちに、俺は先手を打っておく。
よくあるだろ? アニメとかラノベとかで。
名前がないヤツに軽い気持ちで命名したら、それが原因で相手との契約が結ばれるとか。ありがちじゃないか。
今までのところ、確かにこいつは俺達へ害を及ぼすようなことはしてない。だが得体が知れないというのも否定できない事実だ。安易に名付けたりするのはやめた方が良いだろう。
そう考えると、ダンジョンでルイに名付けしたのは軽率だったな。あの時は少々、いやかなり特殊な状況だったから仕方がない。落ち着いているつもりでも、実は結構精神的に余裕がなかったんだろう。
《そうですね。名前、少し考えてみます》
よし、フラグ回避成功。俺よくやった。
話が落ち着いたところで臨時幽霊退治パーティを解散する。
ラーラもエンジもあくびをかみ殺しながら帰って行った。
これで元通り……、じゃなかったか。
「えと……、荷物置かせてもらっても……、いいですか?」
遠慮がちに桃色ショートカットの奴隷少女が訊ねてくる。
そう。幽霊騒ぎは片付いたが、パルノの泊まる宿については何も解決していない。
「あー、まあ荷物抱えてあちこち回るのも大変だろうしな。それくらいは大目に見よう」
「あ、ありがとうございます!」
一晩泊めたんだから今さらだろ、とか言ってくれるなよ。パルノがまた俺の家へ泊まるということになれば、間違い無くティアも泊まると言い出すだろ? 幽霊はもういないとわかったんだから。
そうなりゃ当然、ティアに加えてあの黒装束もこの家を監視するってわけだ。俺はもっと平和に過ごしたいんだよ。銀髪少女の冷たい視線や黒覆面の誰かさんに監視されながら心落ち着けて休めるわけが無い。
「じ、じゃあ宿が見つかったら取りに戻りますから」
「それは良いんだが……、お前まさか『どうせ見つからなくてもまたここに泊まればイイや』なんて考えてねえだろうな?」
顔を近づけてじっとりと目を合わせる。
「え、い、いやそんなこと……、ちらっとしか――」
「あぁあん?」
「いえ! 考えてません! ちらっとも考えてません!」
だったらどうしてそこで目が泳ぐ? こら、視線をそらすな。
「い、いってきます!」
パルノは逃げるように出かけていった。
大丈夫かあいつ? ちゃんと泊まるところ確保できるんだろうな?
俺は先日パルノと初めて会った『窓』での一幕を思い出す。なんの創意工夫もないド直球ストレートの頼み方。そして奴隷という身分…………無理っぽいな。
「レバルトさぁん……。お願いします! もう一晩! もう一晩だけ泊めてください!」
夕暮れ時。赤く染まる我が家の玄関先に、涙目で俺とティアを拝み倒す奴隷少女の声が響く。
「で、結局こうなるのか……、はぁ」
「では私は実家に外泊の連絡をしておきますので」
ため息をつく俺の横で、銀髪少女が宣言した。やはりティアも泊まるつもりらしい。
パルノ曰く、一日中かけずり回って声をかけたが、誰も泊めてくれる人がいなかったらしい。俺の予想通りだった。
そりゃそうだろう。田舎ならともかく、ここは街中だ。いきなり素性の知れぬ人間が「泊めてくれ」と言ってきたら誰だって警戒する。
むしろふたつ返事で招き入れるヤツは、なんか下心でもあると考えた方が良い。
目の前の奴隷少女は口を開くと残念な感じだが、黙っていれば決して悪い容姿では無い。
美人というより愛らしいという表現の方が的確だろうか。クリッとした眼と豊かな表情、どこか庇護欲をそそられるキャラクターだ。
よくよく考えてみれば、これまで変質者の類いに引っかからなかったのは幸運と言えよう。
「危なっかしい……」
「ひぇ、なな何がですか?」
思わずもれた俺のつぶやきに過剰反応するパルノ。
悪いやつじゃなさそうだし、乗りかかった船だ。みすみす悪意の手にかかりそうな少女を放逐するのも罪悪感がある。
「仕方ねえ。今日は泊めてやろう」
「ほ、ホントですかあ!? ありがとうご――」
「ただし! 明日からは俺も一緒について行く」
「え? ど、どこへですか?」
「お前の宿探しだ。お前ひとりじゃいつまで経っても宿が見つかりそうに無いからな」
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