第49羽
「きゃああああぁぁぁぁぁーーーー!!」
突然の悲鳴を至近から浴びせられて、俺は飛び起きる。
あれ? 寝てたのか俺?
あの状態でよくもまあ眠れたもんだな。
おっと、そんなのんきに振り返っている場合じゃない。
すぐさま思考を切り替えた俺は悲鳴の発生源を探す。それはすでに俺の側から離脱して、今では部屋の端でうずくまっていた。桃色のショートカットが怯えた様子で俺の視線から逃れようと無駄な努力をしているのが眼に映る。
「何事ですか!?」
そこへドアを開いてエプロンドレスに身を包んだティアが飛び込んできた。
さすがティア。昨日の夜はひどい醜態をさらしていたが、朝を迎えればいつも通りの万能アシスタントに早変わりだ。俺達が眠りこけている間に一足早く起きていたのだろう。
「れ、れ、レバルトさんが、わ、私のベッドに……!」
部屋の端でうずくまっていたパルノが涙目でティアへ訴える。
ああ、そうか。ティアと違ってパルノは寝ぼけて俺のベッドに潜り込んだわけだし、ティアが突撃してきた時も熟睡してたもんな。
パルノの認識では自分が客間のベッドで寝ているところへ、俺が潜り込んだように感じるわけだ。とんだ濡れ衣だけど。
「おい、パルノ。よく部屋の中を見てみろ」
「へ? …………あ、れ? ここ、どこですか?」
周囲を見渡してここが客間ではないことに気がついたのだろう。
「ここは俺の寝室だ」
「え!? じ、じゃあ寝てる間に私、連れ込まれちゃったんですかあ!?」
「あほ! お前が寝ぼけて俺のベッドに潜り込んできたんだろうが! 憶えてねえのかよ!?」
「え? …………………………ええぇぇぇーー!?」
ようやく事態が飲み込めたらしいパルノが再び声を張り上げる。
「じゃ、じゃあ、も、もしかして一晩中同じベッドでレバルトさんと私……」
「起こそうとしても全然起きないし、俺の腕をガッチリつかんで離れないし……、大変だったんだぞ」
いろんな意味でな。
「ふ、ふふふたりっきりで……」
顔を真っ赤にして両手で被うパルノ。
「安心しろ、ふたりっきりじゃないから。ルイも同じベッドで寝てたし、ティアも――」
「はいはい、おふたりともいい加減起きてくださいね。もう十時過ぎてるんですからね」
パルノへの説明をさえぎるようにして、ティアが手を打ちながら割り込んでくる。
俺が視線を向けると、すかさず銀髪少女は目をそらした。
……こいつ、昨晩のことは無かったことにするつもりだな。
「とにかくだ、パルノ。別に俺は何もしちゃいない。何も見てないし何も聞いてない」
本当は色々見たし聞いたけど、やましいことは何一つしていないのでそこは強調しておく。
「うう……、わかりました。次は気を付けるようにします……」
「は? 次? お前、今日の夜も泊まるつもりか?」
「え? 泊めてくれないんですか?」
「昨日の夜は時間が時間だったから仕方なかったけど、今日はこれから泊まる場所を探す時間があるだろう。どさくさ紛れに住み着こうとするんじゃない」
「そんなあ……」
「お前のために言ってんだぞ? ティアだって今日の晩はもう泊まらないだろう?」
前半はパルノに、後半をティアに向けて言う。
昨日の様子を思い起こすに、幽霊が出るとわかっていて再び泊まり込むとは言わないだろう。
「ご心配なく、昨晩は突然のことで対応しきれませんでしたが、出ると最初からわかっていればこっちのものです」
「は? どういうこった?」
「え? ちょ……、出るってなんですか?」
昨日の怯えっぷりはどこへ行ったものやら。不敵な笑みを浮かべてティアが宣言する。
「今宵は反撃ののろしを上げるのです。やられっぱなしで引いたとあってはフォルテイム家の名折れ! 助っ人も呼びました! 必ず昨夜の雪辱は果たして見せます!」
「雪辱とか反撃とかいらねえって。今まで俺には実害なかったんだから、放っておけばいいじゃねえか」
「な、何か出るんですか?」
「そういうわけにはまいりません。いつまた今回のように客間を使うことがあるかわからないのですから、問題は先に片付けておくべきです」
「だから泊まらなきゃ良い話だろ?」
「ちょっと、無視しないでくださいよお。レバルトさん!」
「あんなのがうろついている家など、安心してお掃除も出来ないですからね」
「ああ……、要するに日中ひとりで留守番するのが怖いわけな……」
「もしもーし! レバルトさーん! 耳聞こえてますかあー!?」
部屋の隅からなにやらパルノが声を張り上げているが気にしないでおこう。
「こ、怖いとか怖くないとかではありません。セキュリティ上、不確定要素はできる限り排除するべきだと考えただけです!」
ムキになって否定するティア。
可愛らしいじゃないか。やっぱり普段見せない反応というのは新鮮だな。
「無視しないでー! レーバールートーさーん! ちょっとおー! 聞いてますー!?」
ムキになって俺の気を引こうとするパルノ。
面白いじゃないか。やっぱり放置して正解だったわ。
「いずれにしても勝負は日が暮れてからです。今日は昼食を早めにして、午後は仮眠をとっておきましょう。夜に備えて体調を整えておく必要があります。パルノさんも、いいですね?」
「え? でも私……」
「いいですね!?」
「ひ、ひゃい!」
戸惑うパルノに強い口調で言い聞かせるティア。そして押し切られるパルノであった。
慣れない人間には、あの視線と威圧感はたいそうこたえることだろう。
とはいえ軍門に降るまで、あっという間だったな……。気が弱いというか、押しに弱いというか、なんにしてもパルノは周囲に振り回されるタイプであることがよくわかる一幕だ。
まあ、昨日さんざん振り回した俺が言うのもなんだけど。
そんなこんなで時間は夕暮れ時――。
早めの昼食を終え、午後の時間を仮眠に費やした俺達は軽めの夕食をとってリビングに集まっていた。
「お夜食も用意してありますので」
サンドイッチやらおつまみやらが入ったバスケットを軽く掲げてティアが言う。
「なんかピクニックみたいっすね!」
「ティアさんティアさん。デザートはないのですか? デザートは?」
「用意してありますよ。お夜食の後でお出ししますね」
どうやらティアは本気で幽霊退治をするつもりらしい。普段のエプロンドレス姿に加えて左腕には小型の円盾、そして腰にはいつぞや見た覚えのある両刃剣が鞘に入った状態で収まっている。
その横ではルイが物珍しそうにティアの盾や剣を眺めていた。
「夜に兄貴の家来るのって初めてっすね!」
「サンドイッチは何味ですか? 梅ジャムはありますか?」
パルノはソファーの隅で縮こまり、キョロキョロとあたりをせわしなく見回している。夕食時に昨晩の出来事と幽霊の話をしたら、途端に焦りはじめた。
それ以降、小さな物音がする度にビクリと反応して、右へ左へと首を向けては眉尻を下げている。まるで捕食者を警戒するリスやハムスターのようであった。
「言われた通りフル装備っすけど、これ、脱いじゃだめっすか?」
「ルイルイ。今日は朝まで一緒です! 嬉しいですか? そうですか! ルイも嬉しいのですね!」
俺はいつも通り。というか俺、いる必要なくね?
どうせ幽霊出ても見えないし聞こえないし。退治する気は端から無いし。
昨晩だって俺にとっては見えない幽霊より、護衛らしき黒装束の方がよほど怖かったわ。
今日もあの人、どこかに隠れて見守ってんのかねえ?
「あ、姐さん。オレのどかわいたっす」
「モジャ男と同意見なのは不本意ですが、私も飲み物いただけますか?」
「はい、すぐに用意しますから座って待っててくださいね」
……。
で、そろそろ突っ込んでも良いかな……?
「なんでお前らがここに居るんだよ!?」
当たり前のようにリビングの一角を占有するクセっ毛男と空色ツインテールへ向かって、俺は声高らかに突っ込んだ。それはもう心の底から突っ込んだ。
俺の方へ振り向いたでこぼこコンビは、それぞれの表現で同じ返事をする。
「姐さんに呼ばれたっす」
「ティアさんに呼ばれたので」
「だよね! 俺、呼んだ憶えないもんな!」
ただこいつらのことだから『呼んでなくても勝手に来たんじゃねえ?』って疑惑が拭えなくて一応確認しただけだよ!
俺が非難めいた視線をティアに向けると、銀髪少女はにべもなく言い放つ。
「助っ人を呼んだと先刻申し上げましたが?」
助っ人って、お前ん家の使用人とか護衛の黒装束とかじゃねえのかよ! こいつら連れてきても、助っ人どころか余計に場を引っかき回すだけじゃねえのか!?
「なあ、ラーラ。お前は幽霊とか平気なわけ? 多分ティアもパルノ……あそこでビクビクしてる女の子も戦力にはならんぞ? おまけに俺にはそもそも見えないから、手出しも出来ないし」
「お任せください、レビさん。賢人堂のチョコレートプティングを求める私の前には、たかが幽霊の一体や二体、どれほどのものでしょうか!? 見事退治の暁には、人気商品盛りだくさんのデラックスお持ち帰りボックスが私を待っているのです!」
なるほど、スイーツで釣ったわけか。さすがティア。よくラーラのことをわかってらっしゃる。
参加賞がチョコレートプティングで、成功報酬がデラックスお持ち帰りボックスという約束なんだろう。
確かに賢人堂のスイーツはおいしい。加えてお値段の方もなかなか気安く手が出せるものではないから、報酬としては魅力的なのかもしれないが……。
スイーツひとつで幽霊退治を引き受けるあたり、チョロい。チョロすぎるぞこの魔女っ子。
目を輝かせてふたつ返事で首を縦に振る様子が目に浮かぶようだ。それでいいのか、ラーラよ?
で、エンジの方は何に釣られて来たんだろうな?
「肝試しなんて五年ぶりくらいっす。なんかワクワクするっす!」
「……は?」
「オレ、てっきり兄貴がお化け役やるんだとばかり思ってたっす。兄貴がここに居るって事はお化け役は誰がやるんすか?」
思わぬ展開に耐えきれず俺の目が泳ぐ。
「あ、ああ……。肝試し……ね」
うわあ……、こっちはもっとチョロかった。
話しぶりから察するに、ティアから『家で肝試しするからおいで』みたいな感じで誘い出されたんだろう。たぶん。
哀れなりエンジ。お前が真実を知るにはもう少し時間が必要みたいだぞ。
「でもなんで肝試しなのに武装がいるんっすか? 姐さんに言われた通りダンジョンに潜る時の装備持ってきてるんすけど」
やべえ、涙が出そうだ。
なんて不憫な子……。
無事幽霊退治が終わったら、俺から何かご褒美やるからな。強く生きろよ、エンジ。
2017/10/14 誤用修正 なし崩し的に住み着こう → どさくさ紛れに住み着こう




