第47羽
「なるほど。窓へ仕事を探しに行ったはずが、仕事どころか仕事探しもろくにしないまま役所へ殴り込んだあげく、この娘を巻き込んで役人に絞られただけで一日を終えて帰って来た、と?」
両腕を腰に当ててティアが俺に問う。
俺の居場所はソファーの上。当然ながら正座である。もはや定位置と言っても良いだろう。
ティアにあやされて多少落ち着いたパルノは、ティアの後ろに隠れている。ときおり顔をのぞかせては、涙目でちらちらと俺の様子をうかがっていた。
「まったく……。一体今日一日何をやってたんですか……」
長いため息をはいて、ティアが額に片手をあてる。
「ごめん。ほんとごめん。ごめんなさい、反省してます」
今この瞬間、俺の頭は下げるために存在していた。とりあえず頭下げとけ、と俺の本能が弱気の主張をする。
「仕方ありません。もう時間も時間ですし、パルノさんはとりあえず私の家でしばらく面倒を見ましょう」
「ええ!? 良いんですか?」
ティアの申し出にパルノの顔が明るくなる。
「あー、パルノ。一応念のために言っておくが、ティアの親父さんは奴隷福祉協議会の非常任理事もやってるからな。気を付けろよ」
何に気を付けろ、とまでは言わない。
だがパルノの表情を見るに、それで十分伝わったようだ。
奴隷福祉協議会というのは奴隷制度全体を統括し、奴隷に対する支援を請け負っている非営利団体だ。
奴隷の申請受付や認定だけは役所の管轄となっているが、実際に奴隷に対する支援を実施したり、奴隷からの問い合わせ、苦情、請願の窓口となるのは協議会である。
当然ながら、パルノがやっている『自分の部屋に他人を同居させている』というのは規約違反である。ましてや家賃まで取って収入にしているなど言語道断だ。協議会や役所にバレれば奴隷認定取り消しは確実だろう。
無論黙っていればバレないかもしれない。だが数日宿泊するということになれば、何かの拍子にポロッと口を滑らせることも十分あり得る。
一晩だったらともかく、何泊もするとなればその理由を訊ねられてもおかしくはないしな。
「あ、あの……。お父さんと顔を合わせないようにするというのは……?」
「それはさすがに失礼だろ。厄介になる以上、家族への挨拶は最低限の礼儀だろうし、普通に考えれば食事の席だって同席するのがあたりまえじゃないか?」
そういう事態も想定した上で注意しておけよ、と付け加えておく。
「じ、じじじ自信ないです!」
「がんばれ」
「む、無理無理無理無理。無理が着飾って逆立ちするくらい無理です!」
「何ですか? その言い回し?」
話について行けないティアが、パルノの妙な表現に首を傾げる。
というか人のマネすんなよ。
「や、やっぱりここに泊めてください! ここが良いです!」
「そういうわけにはいかないでしょう? ここには先生しか残らないんですから」
「構いません! 構いません! 今から泊まるところ探すのは無理だし! ここなら大丈夫です!」
実際俺が連れ回したせいで泊まるところを探せなかったというのは事実だからなあ。俺だって少しくらいは責任を感じている。
「まあ、俺にも責任の一端はあるんだし……。客間だったら空いてるから一晩泊めてやるくらいなら良いぞ」
今さらこんな時間になって追い出すのも可哀想だしな。
「ほ、ほほほ本当ですか!? ありがとうございます!」
「でも宿代代わりにいくらか出してもらうからな?」
「はいはいはいはい! それくらいはおやすいご用です! 神様仏様レバルト様ああ!」
うんうん。感謝の言葉ならいくらでも浴びせるが良い。神様は言い過ぎだと思うけどな。
「ちょっと待ってください!」
話がまとまりかけたところへ、慌てて銀髪少女が口を挟む。
「ん? なんだティア?」
「若い女の子が若い男性とひとつ屋根の下なんて……、ダメです! 絶対ダメです!」
「ルイもいるぞ?」
「ルイを人数に入れないでください!」
「だってしょうがねえだろうが。今さら他のところ探す時間はないって言うし。ティアの家は嫌だって言うし……」
「あの……ティアさん。私は別に……」
「パルノさんは黙って!」
「ひゃい!」
今度は俺の代わりにパルノが気を付けの姿勢で固まった。
「先生と女の子をふたりきりにするなんて……、でも確かに今からでは泊まるところを見つけるのは……。うちで家族に内緒で……は無理よね。使用人の宿舎に……ああ、先週全部埋まってしまったばかりだったわ」
ティアはなにやらブツブツとつぶやきながら、ひとりで思案にふけっていた。
「んじゃ、客間に案内するからついてこいよ。一応ベッドはティアが整えてくれてるけど、来客なんてあんまりないから快適とはいえないぞ?」
「じ、十分です。布団があるだけでも」
なおもひとりでブツクサ言っているティアを放置して、パルノを二階の客間に案内する。
ほとんど使用する事のない客間だが、ティアが普段から掃除をしてくれているおかげで部屋にホコリや汚れは見当たらない。ベッドには使い古しの布団がたたんでおいてあるから、最低限寝床としては使えるだろう。
「トイレは一階の玄関そばにあるからな。のどが渇いたらキッチンにウォーターサーバーがあるからそれ使ってくれ。一応同居人というか、ペットというか……、ルイっていう子供がいるから後で紹介するわ。えーと、あとは……」
幽霊の話はしておくべきだろうか?
あんた憶えてるかなあ? 幽霊の話。
憶えてない? まあ、そうだろうな。最初にちょこっと話しただけだから、記憶になくても仕方がないか。
まあ簡単に説明すると、この家、夜になると女の幽霊が出るんだ。夜な夜なすすり泣く声が聞こえるらしい。
とはいっても俺自身は幽霊を見たことも、その声を聞いたこともない。
おかげでこの家は『わけあり物件』として格安の家賃で住むことが出来ていたし、買い取る時も相当安くしてもらった。
なんせ俺には幽霊が見えないからな。単に格安の掘り出し物と変わりがない。
どうして俺には幽霊が見えないし声も聞こえないのか? 考えてみたことはある。
これはあくまでも俺の勝手な推測になるんだが……。
俺には見えない聞こえないということを考えてみた時、まず俺が他の人間と異なるところはなんだろうかという点に行き着く。
真っ先に思い当たるのが『魔力が無い』ということだ。
そこでさらに考えてみる。魔力が無いということが見えないという原因であるならば……、もしかするとこの世界の幽霊は魔力でしか知覚できない存在なのかもしれない、と。
動物の中には超音波によるエコーで物体との距離を推し測るものもいるし、人間にはわからないかすかな匂いを頼りに個体判別をする種もいる。超音波や匂いの代わりに魔力がその手段となってもおかしくはないだろう。
また、こうも考えてみた。この世界の幽霊は、『存在自体が魔力そのもので成り立っている』のではないだろうか、と。
実体を持たないため、その姿は魔力の残像、その声は魔力の反響によって人間の知覚するところにいたるのでは無いだろうかという考えだ。
そう考えてみると、俺にだけ見えず聞こえずというのも十分納得ができる。
俺には魔力が全く無いから、この目も耳も一切の魔力をまとっていない。言い換えれば魔力を感知する能力がみじんも無い。
もちろん魔力を元に生み出された事象――例えば火の玉や氷の刃、光の照明――は見ることが出来る。だが魔力そのものを見ることは出来ないのだ。
俺以外の人間にとっては常識だが、魔力そのものを知覚することはできるらしい。というかごく当たり前の話だとか。
膨大な魔力をもった人や物体を見ると、その周囲にゆらゆらとモヤのような形で魔力を目にすることができるそうだ。
もしこの推測が正しいとすれば、幽霊という存在は純粋な魔力が発現した現象であるということになる。また俺の目には幽霊が見えないというのも理解できる話だ。
まあ、俺は学者じゃ無いからそれが正しいかどうかなんてどうでも良いけどな。
俺にとって大事なのは、この家の家賃がわけありで格安だったこと。だが幽霊が見えない俺にとっては普通の家だということ。この二点だ。
パルノは保有魔力が平均よりもずっと低い。奴隷認定の基準でレッドクラスになるほどの最底辺レベルだ。魔力的な話に限れば、魔力ゼロである俺とかなり近いと言えるだろう。
俺の目や耳が幽霊を知覚しない原因が魔力にあるのなら、魔力が極めて少ないパルノももしかしたら幽霊を知覚できないかもしれない。
だとしたら、今ここで幽霊の話をして無駄に怖がらせる必要はないだろう。
いや、でももしパルノの魔力レベルでも幽霊が見えるのなら、あらかじめ話しておくことで心の準備をさせた方が良いかもしれない……、うーむ……。
「私も泊まります!」
「ひえっ!」
「のわっ!」
俺がひとりそんな感じで思い悩んでいると、突然客間の扉がある後方からティアの声が聞こえてきた。
「び、びっくりするじゃねえか!? いきなり驚かせんなよ!」
「やはり若い女の子をひとりで泊まらせるわけにはいきません!」
「だからルイがいるじゃねえか――」
「ということで、私もパルノさんと一緒に客間へ泊まることにします!」
こいつ、聞いちゃいねえ。
「パルノさん。少しベッドが狭いかもしれませんが、私と一緒にお泊まりしましょう」
「え、あ、はい。よろしくお願いします」
パルノはすっかりティアの勢いにのまれている。
「そうは言うけど、ティア。外泊なんて、お前こそ家の人が許可してくれないだろう?」
「問題ありません。多少は揉めましたが、護衛の数を倍にすることで許可を得ました」
え? 護衛? なにそれ?
え? もしかして今までも隠れてこっそり護衛する人たちが居たって事?
え? まじかよ! 怖っ! 全然気がつかんかったわ!
変なことしなくて良かったあー。
「パルノさん、着替えや身の回りの品は持っていないみたいですが?」
「あ、窓のコインロッカーに預けてあるんです」
「では日が暮れないうちに先生と取りに行ってください。家の者が荷物を持ってくるので、私はそれを受け取らないといけませんから」
さすが……。手際の良いことで……。
「すっごくおいしかったです!」
「ンー!」
「おそまつさまです。気に入ってもらえたようで良かったです」
身の回りの荷物を窓から運んできた俺とパルノは、ティア達と遅めの夕食を終える。小さな食いしん坊、希少種ゴブリンことクリクリ坊主のルイはいつものことだが、初めてティアのご飯を食べたパルノもその味に大満足といった顔だ。
ルイを初めて見たパルノは「か、かわいいー!」と言うやいなや、まっすぐにルイへ飛びついて抱きしめていた。ラーラといい、パルノといい、女の子はやはり可愛いものに目がないのであろう。
ただ、ひとしきりハグしたあとで「この子、レバルトさんの子供ですか?」と本気の顔で訊いてくるのはマジ勘弁である。そんなに俺って老け顔なんだろうか? ちょっと悲しくなってきた。
ルイもパルノのことを気に入ったようで、短い時間でずいぶん仲良くなっていたようだ。和気あいあいとしていて結構なことさね。
その後交代で風呂に入り、身支度をしてそれぞれの部屋へと移る。俺とルイは寝室へ、ティアとパルノは客間である。
「それでは先生、おやすみなさい」
「レバルトさん、おやすみです」
ティアとパルノがそろって就寝の挨拶をする。
パルノもティアも上下に分かれたツーピースのパジャマを着ていた。
パルノのパジャマは一般的なデザインである。腰回りについたフリルの飾りが見ようによってはミニスカートに見えるが、それ以外は変わった点も無い。
ティアの方も同じく上下ツーピースだが、上は非常にゆったりとしたデザインで、一見するとポンチョのような形状である。一応袖口はあるらしく、よく見てみれば巨大なぶかぶかのTシャツを思わせる構造であった。
そりゃそんなかさばるパジャマが入ってたら荷物も大きくなるよ。
俺はティアの家から持ち込まれた荷物を思い出して苦笑を浮かべる。
窓からパルノの荷物を回収してきた俺達を待っていたのは、玄関にでででーんと置かれた大きなカバンだった。
俺達がいない間にティアの家から使用人が持ち込んだ荷物らしいのだが、予想以上の大きさに俺もパルノもおそらく頬をひきつらせていたことだろう。「お前はいったい何泊するつもりだ!」と突っ込む俺に「女の子ですから」の一言だけで回答権を返上する銀髪少女がどうにも理解できない今日この頃である。
きっとパジャマ以外にもかさばるあれやこれやが入っているのだろう。
まあ別に中身を詮索するつもりは毛頭ないけどな。
「あいよ、おやすみ」
「ンー」
俺とルイはふたりに返事をすると、そろって寝室に入りベッドへ潜り込んだ。
部屋の中にいるのは俺とルイ。いつもと何ら変わりはない。
俺は大きくあくびをすると、枕に頭をうずめて眠りについた。
2017/08/05 誤字修正 話しについて行けない → 話について行けない




