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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第三章 快適な住まいにはお金に換えられない価値がある

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第44羽

 俺は今ほとほと困り果てている。

 原因は俺の目の前で深々と頭を下げている窓――職業斡旋所『出会いの窓』――の職員アルメさんだ。

 ひとつにまとめられた翡翠(ひすい)色の髪によって普段は隠されているうなじが、今はあらわになっている。


「本当に申し訳ありませんでした。レバルトさんには大変ご迷惑をお掛けして――」

「いや、アルメさん。もう良いから頭を上げてくれよ。っていうか別にアルメさんは悪くないだろ?」

「いえ、あの時私がきちんとお止めしていればこんな事には……」

「だからそれは俺が無理やり押し切ったからだし、アルメさんは最初から反対してたじゃないか。謝ってもらうことなんて何もないってば」

「そういうわけにはまいりません。例えこちらから申し出たことではないとしてもルール違反を黙認(もくにん)した私の責任です」


 一向に頭を上げようとしない彼女に、俺は頭を抱えたくなった。


 アルメさんは人気者である。

 職業柄、窓の窓口は若い女性職員が多い。……別にダジャレじゃ無いからな、そこ、突っ込みとかいらんぞ。

 窓口の職員はそれぞれ魅力的な女性ばかりだが、中でも知的な雰囲気と懇切丁寧(こんせつていねい)な応対で多くのファンを持っているのがこのアルメさんだ。


「あの一見冷たく見える外見と、世話焼き体質な内面のギャップが良い!」

「ときおり見せる笑顔の破壊力は悶絶(もんぜつ)もの!」


 などという声は俺も聞いたことがある。

 で、その彼女が人目もはばからず、明るい(みどり)色の頭を俺に下げている。

 周囲から興味深げな視線を集めるのは当然だ。三分の一くらいが敵意のこもった視線を俺に向けているのもアルメさんの人気を思えば納得である。


 どうしてアルメさんが俺に頭を下げているのかといえば、……先日の学都行きがそもそもの原因だ。


 護衛に雇ったハーレイが、実は俺の所持金目当ての強盗だった、という話は当然窓にも伝わっている。

 もちろん窓を経由しての護衛というわけではないから、本来窓側には何の責任もない。

 それでも自分の目の前で、しかも自分が黙認してしまったがために引き起こされたトラブルだということで、根が真面目なアルメさんは責任を感じてしまったようだ。


 ハーレイに根こそぎ預金を持って行かれ、追加の印税が入る見込みもなくなった俺は当面の生活費を稼ぐために窓へ仕事を探しに来た。当然あきれ果てるティアのため息を後ろに浴びながらである。

 ところが窓に到着するなり、慌てて駆け寄ってきたアルメさんに謝罪を受けることになり、現在に至るという次第だ。


「とりあえず、分かりました。謝罪は受け取ります。だから頭を上げてください。これ以上は俺のヒットポイントがもちません」

「ひっとぽいんと?」


 ようやく頭を上げてくれたアルメさんの顔にはクエスチョンマークがくっついていた。日本人でもなけりゃ、分からない表現だったか。


「よくわかりませんが、謝って済む問題だとは思っておりません。職務上便宜(べんぎ)を図ることは出来ませんが、個人的に何らかの形でお()びはさせていただきますので」


 だからそういうのは要らないんだけどなあ。ホント真面目だな。

 まあ、逆にこういう人は何も要求しなければ心底納得してくれないだろう。何か適当なお礼を受けてしまった方が良さそうだ。

 あんまり高い物を要求するのも気が引けるし……。ああ、食事でもおごってもらえればそれで良いか。


「じゃあ、今度メシでもおごってください。それでこの件はもう掘り返さないということで」


 それを聞いたクールビューティの能面(のうめん)がとたんに崩れ、動揺が目に浮かぶ。


「え? ご飯ですか? そ、それってもしかして……、デ、デートのお誘いという……?」


 え? 何言ってんの、アルメさん?


「意外にレビさんは女ったらしの才能があるのです」


 戸惑う俺に、左側面下方から冷たい視線が送られる。


「ちょ! 人聞き悪いこと言うなよ、ラーラ!」


 そう。俺の横に立って青い色のジト目を向けてくるのは、空色ツインテール標準装備のドジッ子魔法使いラーラである。


 例によって我が家で希少種ゴブリンと(たわむ)れていたラーラだが、ルイがお昼寝の時間とあっては暇をもてあますことになったのだろう。「私もそろそろお小遣いが欲しいので」と言って窓までついてきた。

 こんな事になるんだったら、ラーラを連れてこないでひとりで来るべきだった。


「わかりました。そんなことでよろしければ、誠心誠意お相手を務めさせていただきます」


 あれ? え? 結局どういうこと?


「弱みを握って無理やりデートさせるとは、なかなかの外道ぶりです」


 ねえ、ラーラ。相変わらず人聞きが悪いよ?


「では、お休みの予定を後でお伝えしますので――」

「いい加減にしなさい! しつこいわよ!」


 淡々(たんたん)と話を進めようとするアルメさんの言葉と重なるように、突然ロビー内に怒号(どごう)が飛ぶ。


「なんですか?」


 ラーラが振り向くのにつられて俺も視線を向けてみると、そこには中年の女性に突き飛ばされて尻もちをついた少女がいた。


「なんだありゃ?」


 突き飛ばした方の女性はそそくさとその場を去り、後には顔をしかめて腰をさすっている少女が残されていた。

 周囲の人間も(あき)れ半分といった感じでその様子を見ている。


「ああ、あの子ですか……。今日の朝からあの調子なんです」


 困ったようにアルメさんが言う。


「はじめは仕事を探しに来ているのかと思ったんですが、どうやら違うようで。ああやって来所者に話しかけてはあしらわれているみたいですね」


 手のひらを頬に添えて眉を寄せるクールビューティ。


「おーい、アルメちゃん。あれ、何とかなんないの?」


 その様子を見ていたひとりのおっさんに声をかけられ、アルメさんは「そうですねえ。このままだと他の方に迷惑がかかりますし……」と、仕方なくといった感じで少女の方へと歩き始めた。


 騒ぎによって広がっていたざわめきの中を、アルメさんが少女へと近付く。話の途中だった俺達も、何の気なしにその後をついていったのだが……、これが間違いだった。


 硬いヒールでカツカツと高い音を立てながら自分へ向かってくる人物に少女も気がついたのだろう。すぐに立ち上がってお尻を払うとこちらに向き直る。


「他の方のご迷惑になりますので、あまり騒ぐのは――」

「しばらく泊めてください!」


 アルメさんの言葉をさえぎって少女の口から放たれたのは、俺とラーラのふたりを唖然(あぜん)とさせる内容だった。






 ロビーの隅にある一角。込み入った相談をする際に使われる打ち合わせスペースに俺達はいる。

 となりとはパーティションで仕切られた小さなスペースに、中央に丸いテーブル。そしてその周囲を囲むように四つの椅子と、その上へ座る四人の人間がいた。

 初対面の人間に対してわけのわからない事を言い放つ少女に対して、落ち着いて話が出来るようにとアルメさんが手配してくれた結果だ。


 個人的には注意だけしてさっさとつまみ出せばいいものを、と思ってしまうが、そこでなんだかんだと言いながらも手を差し伸べようとするあたりがアルメさんのアルメさんたるゆえんである。

 ただどうにも()に落ちないのは、どうして俺とラーラまでこの場に引っ張り込まれなきゃならんのかと言うことだが……。


「それで、泊めてくださいとはどういうことですか?」

「しばらく家に泊めてほしいんです」


 改めて聞いても図々しい話である。初対面の人間に向けて言うセリフではない。


 俺はパルノと名乗った少女に目を向けて観察する。

 年の頃はおそらく俺よりも下、ティアよりは上だろうか。クリクリとした瞳とやや丸みをおびた顔が、ショートカットの髪によく似合っていた。髪の色はいかにもファンタジーといった桃色である。

 服装は膝上のスカートと白を基調としたツートンカラーのトップス。深い紺色と白のコントラストがセーラー服のような印象を与えていたが、フードのついたパーカーっぽい上着は厚手の生地が使ってあるらしく、冬服のセーラー服をごつくしたような雰囲気があった。

 左の目尻には小さなほくろ。いわゆる『泣きぼくろ』というやつがひとつある。図々しい事を初対面の人間に頼み込む図太さをもっているにもかかわらず、その表情や態度は弱々しく、怯えて縮こまる小動物を思わせた。


「いきなりそんなことを言われても……。もしかしてあなた家出してきたの?」


 アルメさんの問いかけは俺も感じていたところだ。年端も行かない少女が見ず知らずの人間に「泊めてくれ」となれば、家出少女と相場は決まっている。


「い、いえ。家出じゃありません。ただしばらく家に帰りたくないんです」

「それを世間では家出というのですが」


 冷静にラーラが突っ込む。


「あ、わわ、そうじゃなくて。えーとですね、数日だけ家を空けなくちゃいけないんです」

「つまりプチ家出ですね?」

「あわわ……、プチでもなくて」


 パルノとラーラの漫才じみたやりとりが続く。


「さっぱりわからん。分かるように説明してくれ」


 家出じゃないと言い張るパルノに、しびれを切らした俺が口を挟む。


「その、私普段は友達と一緒に住んでるんですが……」

「ルームシェアってことかしら? 親御さんと一緒に暮らしてるわけじゃないのね?」

「は、はい! それで……、明日から友達の両親が様子を見に来るんですけど……」

「それが何か問題なのか? 別に家を出なきゃならないような理由には聞こえないが?」

「それが……、友達は両親に『ひとり暮らし』と普段から言ってて……。お母さんがかなり厳格な人らしくって、今さら嘘でしたとはとても言えないと泣きじゃくるもんで……」

「なるほどな。それで友達の両親が来ている間、お前は家から出ておく必要がある、と?」

「はい……、そうです」


 ようやく事情が理解できた。


「しかし、それなら宿にでも泊まれば良いでしょう。何も見ず知らずの他人に頼み込まなくても」


 アルメさんがもっともな疑問を口にする。


「ですです。そういう事情なら宿代はその友達が負担すればいいのです」

「それが、そのぉ……」


 ばつが悪そうに机の上で人さし指同士を付き合わせる少女。


「何か問題があるのか?」

「私……」


 言いよどんでいたパルノが意を決したように口を開く。


「私……奴隷(どれい)なんです!」


 思いもよらぬ発言に、場の空気が固まる。

 しばしの沈黙が訪れた後、一呼吸置いて俺、ラーラ、アルメさんがそれぞれの表現でパルノに言い放った。


「働けよ!」

「働けば良いのです!」

「働きなさい!」


12/11 最後の部分を加筆修正しました。

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