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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第二章 思いもよらぬ幸運にはもれなく厄介事がついてくる

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第42羽

 列車の車輪が金切り声を上げている。

 同時に車両が激しく揺さぶられた。


 この世界にも地球同様の物理法則がある。そのひとつが慣性の法則。

 日常生活でもおなじみの法則だ。

 動いている物体が、その運動を続けようとする力だったっけか?


 今まさにその法則が俺の体をふっ飛ばしつつあった。

 理由は分からないが、列車が急ブレーキをかけたらしい。

 慣性に従い、ハーレイさんが立っている列車前側に向け、あらがいようのない力で引っぱられる。


「おうわ!」

「ンー!」

「先生!」


 俺はふらつく足もとを椅子やテーブルにぶつけながら、何とか床へのダイビングを回避しようとあがく。


「痛って!」


 向こうずねをテーブルの脚と衝突させながらも、かろうじて転倒をせずにすんだ俺が周囲を見回した時、既に状況は一転していた。


「ンー! ンー!」


 もがくルイ。

 その足は宙に浮いている。

 ルイを片手で抱き込み、首元へ両刃剣をつきつけているのは他ならぬハーレイさん――いや、もはや『さん』付けの必要もなかろう、ハーレイだ。


 俺と違って体の軽いルイは、転倒どころか床を転がっていったのだろう。

 俺とティアが体勢を崩している間に、ルイを捕獲したハーレイがアドバンテージを握っていた。

 人質が向こうから転がってきてくれたのだ。ハーレイにとっては棚からぼた餅……、いや、どうせこの急停車もヤツが仕組んだんだろうな。


「動かないでくださいよ、レバルトさん。ティアさんもですからね」


 三十秒前とはうって変わって、圧倒的不利な状況ができあがっていた。

 完投目前にしてサヨナラ逆転ホームランを打たれた投手の気持ちってこんなのだろうか?


「何をした?」


 俺は率直に疑問を投げかける。

 つい数日前に列車内で爆発が起こったばかりなのだ。

 そのせいで列車に乗る際は手荷物を念入りに検査されていたのだから、爆弾の(たぐ)いを持ち込めたとはとうてい思えない。


 だがハーレイがボタンを押した直後に急ブレーキ、というのが偶然であるわけもない。

 既に列車は完全に停止している。いつの間にか開け放しにされている窓の向こうには完全に動きを止めた景色が映り、車輪が線路のつなぎ目を通る時に発する列車特有の音も消えていた。


「何をした、とは?」

「とぼけるな。こう警戒が厳しいんじゃ、爆発物を持ち込む事なんてできないだろう。魔法を使うにしても詠唱らしきものも無かったし、さっき持ってたやつが仕掛けなんだろう?」

「ええ、確かにそうですが――」


『ご乗車の皆様へお知らせいたします』


 ハーレイが言いかけた時、車内にアナウンスの声が流れた。

 往路と同じ定型句で始まるそれを、復路でも再び聞くことになるとは……。


『先ほど当列車の進行方向にある橋梁(きょうりょう)付近で爆発らしきものが確認されました。危険回避のため、やむを得ず急停止をすることになりましたことをお詫び申し上げます。状況を確認するため、現在乗務員が先行して調査に出向いております。お客様には大変ご迷惑をお掛けいたしますが、今しばらくお席にてそのまま留まっていただけますようお願いいたします。なお、おけがをされた方がいらっしゃる――』


「――とまあ、そういうわけです」


 アナウンスを途中でさえぎってハーレイが言葉を続ける。

 なるほどな。

 列車内に仕込むのは無理と判断して外部へ仕込んだというわけか……。


 しかしいつの間に?

 いや、もとより学都へ出発する前から計画済みだったのだろう。ということは。


「学都へ向かう途中のあれも、学都で襲ってきた連中も、全部あんたが黒幕というわけだな?」

「正直なところ、学都へ到着する前に終わらせたかったんですけどね。ここまで手こずるとは思っていませんでした。それもこれも、そこにいる可愛らしいアシスタントさんのせいですよ」


 否定も肯定もせず、そう言ってティアへと視線を向ける。


「……」


 ティアは口を閉じたままだ。

 魔法の使い手であることが知られている以上、言葉を発すること自体が詠唱の開始、すなわち抵抗と見られかねない。

 自然とハーレイの相手は俺がすることになる。


「目的は何だ?」

「お金です」


 清々しいほど明快な言葉が返ってきた。


「レバルトさん。本が売れてかなりの印税があるんでしょう? 少し私に分けてもらえませんか?」


 人質を取って剣をつきつけながらの交渉。人はそれを脅迫と呼ぶ。


 だがハーレイの物言いはどこまでも丁寧で、悪党特有の嫌らしさが感じられない。

 いや、もちろん他に悪党の知り合いがいるわけじゃないから、ホントのところはよくわからんけどさ。


 第一、家を買い取るのに相当額使ったから、今手元にあるのは多分二百万円くらいのもんだぞ。まあそれでも十分に大金だが。

 俺を脅迫するよりも、ティアをさらって身代金を要求した方がデカイ金になりそうなもんだがなあ。

 ま、それをヤツに教えてやるつもりはこれっぽっちもない。


「今レバルトさんの預金に入っている全額をお譲りいただくか、それともこの子を見捨てるか、選んでください。あ、動かないでくださいよ」


 ハーレイが要求を突きつける。

 最後のセリフはティアに向けたものだ。

 どうやらずいぶんティアを警戒しているらしい。身じろぎひとつ許さないつもりなのだろう。


 さてどうしたもんかね?


 マンガなんかだと隠された能力を発揮して犯人を華麗に鎮圧したり――そんなもんがあるなら俺の人生ここまで苦労してねえか。


 ラノベなんかだと圧倒的な戦闘力にものをいわせて力技で人質を助けたり――ティアならともかく俺にはそんな力はない。ハーレイがティアの強さを知ってなければ不意を突いて、という手も使えたかもしれないが……。


 アニメなんかだと突如現れた謎の人物が俺達の危機を救ってくれたり――あれ? なんかついこの間そんなことあったよなあ。このまま時間を稼いでればフォルスとかアヤあたりが颯爽(さっそう)と現れて――。


「さて、そろそろ結論を出していただけますか?」


 他人任せな考えに捕らわれた俺へ向けて、ハーレイがそっけなく告げた。


 おっと、時間制限アリだったんですか。そうですか。

 うーむ……、確かに二百万円を奪われるのは痛い。だって大金だもの。


 しかしこのままルイを見捨てるというのも我ながらひどい選択だよなあ。

 確かにルイは正体不明伝説の座敷童(ざしきわらし)もどきだ。

 俺にとってルイはどんな存在だと問われても、正直答えに(きゅう)するだろう。

 だが正体云々を別にしても、短い間とはいえ共に同じ家で暮らした仲間だし、当然愛着もある。


 それに考えてみれば例の本は今もそれなりに売れていて、近日中には重版が予定されているらしい。

 印税がこれからも入ってくることを考えれば、預金口座のお金に執着する必要もないだろう。


 うん、お金持ちって心に余裕があって良いね! って、そもそもお金持ってなきゃこうやって狙われることもなかったんだろうけどさ!


「わかった。全額くれてやる。だからルイには傷ひとつ付けるな」

「ありがとうございます。それではレバルトさんおひとりでこちらへ来てください。ゆっくりとですよ。ティアさん、あなたが動いたり口を開いたりすればその時点で……わかりますね?」

「……」


 ティアに牽制の言葉を投げながら、ハーレイが俺へ向けて指示を出す。

 唇を噛んで鋭い目でにらみつけているティアを横目に、俺はそろりそろりとハーレイ達へ近付いていった。

 俺の手が届くかどうかという距離まで近付くと、ハーレイは懐から個人端末を取り出した。


「これに直接通信で残高を全て送金してください」

「宛先の番号は?」

「正規品ではありませんので、そんなものはありませんよ。直接通信なら必要ないでしょう?」


 非合法端末というやつか。まあ当然だろうな。

 端末との通信記録から足がつくことくらい承知の上だろうから。


 俺はハーレイの持つ端末と自分の端末を接触させ、通信先を認識する必要のない直接通信で口座の残高を全て送金する。

 その間、ハーレイは俺とティアの双方へせわしなく視線を巡らせていた。


「送金し終わったぞ」

「確認しますので、向こうの壁まで下がってください。あ、ついでに開いたままのドアを閉じておいてくれますか?」


 そう言ってドアを視線で指し示す。


「ルイは解放してくれないのか?」

「この状態でこの子を解放したら、私を捕まえてくれって言っているようなものでしょう? どうやらティアさんは私よりもよほどお強いみたいですからね。ご心配なく、おふたりが余計な事をしなければ無傷で解放しますよ」


 確かに目的を達した以上、身の安全さえ確保できればハーレイがルイを傷つける必要性はないだろう。

 だがこの状態からどうやって逃げるつもりなのか。


「確かに送金は確認しましたが……、本当にこれで全額ですか?」

「家を買うのにほとんど使っちまったんだよ」

「ああ、なるほど。うん、まあでもこれで十分です」


 意外なことにハーレイは金額に対してそれ以上言及しなかった。


「まさかとは思うが、町に到着した後も逃げ切るまでルイを人質にするつもりじゃないだろうな?」

「それこそまさかですよ。いくら人質がいると言っても、大勢の警邏隊(けいらたい)に囲まれるのはごめんです」


 なにやら算段してそうな感じだ。


「じゃあ、俺達はいつまでこうしてれば良いんだ?」

「そうですね、もうしばらくでしょう」


 何とも曖昧(あいまい)なハーレイの返事。


 それから数分間、これまでにも増して息苦しい時間が流れた。

 これに比べれば昨日までの重苦しい空気の方がいくぶんか快適だったろう。


 なんといっても俺のとなりで怒りのオーラ全開になっているエプロンドレスがとても怖い。

 その怒りを向けている先が俺でないことは何よりの救いだった。


 息詰まる状況に肉体よりも精神の方が疲労を感じ始めた時、天井付近に固定された車内スピーカーからアナウンスの声が流れた。


『大変ご迷惑をお掛けいたしました。進路上の安全が確認できましたので、これより運行を再開いたします――』


 アナウンスが繰り返される中、列車が次第に加速し始める。


 どういうことだ?

 逃げるなら列車が止まっている間の方が都合良いだろうに、ハーレイは結局動きを見せていない。


 安全が確認できたとはいえ念のためということだろう、列車は先ほどまでよりもゆっくりとしたスピードで線路上を走っていた。

 沈黙が支配する部屋の中を列車の走行音が浸食(しんしょく)する。


 その緊迫した状況に変化が現れたのは、列車が町からほど近くにある川の橋にさしかかってからのことだった。

 ハーレイが不意にルイへと何かを話しかける。

 声が小さすぎて俺の耳には何を言っているのか聞こえない。

 だがそれを聞いたルイがどんぐりのような黒い目を二度三度瞬きすると、不思議そうにハーレイの顔を向く。


 次の瞬間、ハーレイはルイの体を抱え上げると、俺達が身構えるよりも早く放り投げた。


「ンンーー!」


 座敷童が宙を舞う。

 悲鳴を上げ、じたばたと手足を振り回すルイの体が飛んでいく先は、ティアが立っている場所だ。


 ルイを放り投げると、ハーレイはすかざず開け放たれたままの窓へと駆け寄る。

 そのまま立ち止まることなく身を投げ出し、勢いそのままに外へと飛び出した。


「しまった!」


 慌てて俺も窓へ走り寄った。列車は今もなお橋の上を走り続けており、眼下には川面が広がっていた。

 ルイを受け止めたティアもすぐさま駆け寄ってきたが、時すでに遅し。

 ハーレイが飛び込んだと思われる波紋(はもん)の出所ははるか後方である。


「すみません、先生。対応出来ませんでした……」

「……仕方ないだろ、ルイを受け止めないわけにもいかなかったし」


 ハーレイが窓に駆け寄るまでの数秒間。

 おそらくティアにとってそれだけの時間があれば、ヤツの身柄を拘束することができるのだろう。

 だがそこは相手の方が一枚上手だったということだ。

 今から通報しても、警邏隊が駆けつけた時にはヤツの姿も消えているに違いない。まんまとしてやられた。


「とりあえず、ティア。乗務員を呼んで説明を……、いや、警邏隊に通報するのが先か」

「はい、すぐに」


 そう答えるなり、ティアは端末を取り出して操作し始める。

 そんな銀髪少女を眺めながら、俺はひとり肩を落とす。


 とにかく誰にも怪我がなくて何よりだった。

 何よりなんだが……。


 ああ、俺の……、俺の二百万円……。


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