第41羽
授賞式が終わって一夜が明けた。
なんだかんだとトラブルに見舞われたが、今日の昼には帰途へつくこととなる。
例の暴漢騒ぎについても、結局のところ未解決のまま学都を去ることになりそうだ。
暴漢どもはやはりというか何というか、単にお金で雇われただけだったらしい。
警邏隊が捜査を続けているが、いまだに暴漢の黒幕は見つかっていない。
「もう二、三週間、居ればいいではないか」
未練たらしくトレスト翁がぼやく。
彼としてはまだまだルイを観察研究したくて仕方ないのだろう。
端から見てると、研究してるんだか溺愛してるんだか判断つかないがな。
「無理をおっしゃらないでください。おじ様」
「お心遣いありがとうございます。ですが列車の乗車券が取ってありますので……。それに護衛をしてくれる方の予定もありますし、滞在を延ばすわけにはいかないんです。申し訳ありません、トレスト様」
謝意を表しつつもその申し出を断る。
正直このまま学都にいてもトラブルが次々に襲いかかってくる気がしてならないからだ。
なおも食い下がろうとするトレスト翁を振り切り、俺達は護衛のハーレイさんと合流するべく、駅舎へと向かった。
幸い何のトラブルもなく到着した俺達を、赤毛のハーレイさんが迎えてくれる。
「おはようございます、レバルトさん。授賞式はどうでしたか?」
「おはよう、ハーレイさん。まあそれなりには楽しんだよ。料理の味はよく分からなかったけどな」
「荷物は私が見ておきますから、乗車手続きをしてきたらどうですか?」
「いえ、それにはおよびません。手続きは既に人をやってすませてありますので」
和やかに会話する俺とハーレイさん。
そしてそこに氷でキンキンに冷やした水をぶっかけるティア。
やってまいりましたよ、またもこのイヤーンな空気が。
帰路の列車は往路にもまして気まずい雰囲気が漂う。
来る時はまだ乗っていたのが一般車両ということもあり、俺達が座っているテーブルの他にも仕切りを挟んで他の乗客が居たのだ。
ところが今回、出版社が用意してくれていたチケットは、よりによって少人数グループ用の個室。
個室ですよ、奥さん! こ・し・つ!
何が悲しくて他者をシャットアウトしたあげくに息が詰まりそうな環境に身を置かなくてはならんのか!?
まあ、少人数用の個室とはいっても、もともと列車自体が贅沢な交通手段である。
やろうと思えば十二人くらいでくつろげそうな広さはあった。
……もちろん個室の広さなんぞ、何の気休めにもならんがな!
そんな中、苦行の二日間が始まった。
場の空気を和ませようと、俺が話題を提供する!
ハーレイさんがにこやかに会話へ参加する!
ティアが冷ややかにトゲを吐く!
オゥ、ノォー。
赤毛の護衛が気を利かせて話題を変える!
慌てて俺が会話へ乗っかる!
横から銀髪少女が護衛に向けて毒を吐く!
ガッデーム!
どうすりゃ良いんだよ! この不毛なループ!
おい! ルイ! 菓子ばっか食ってねえでお前も会話に参加しろよ!
なあ、あんたもなんか意見とかねえのか!?
え? あきらめて寝ろって?
それができりゃあ、苦労はしねえよ!
明日の朝まで、この苦難が続くのか……。
は? 何? 『俺達の旅はこれからだ!』……って?
いや、それはもっと希望に満ちた感じのフレーズだから!
というか、それって意訳すると『物語終了』って意味だからな! 勝手に終わらせんなよ!
はあ……。
こうして俺達は再び、重苦しい空気と共に列車の旅を開始した。
このまま何事もなく町まで到着してくれればそれで良い。
他には何も望まない。往路みたいに、まさか復路まで野宿のあげく襲われたりはしないだろう。……しないよな? ないよな!?
って、こういうこと言うのは完全にフラグなんだよなあ……。
なあ、あんたも大体予想ついてるんだろ?
そりゃ俺だって色々考えてはいたさ。
だっておかしいじゃねえか。
授賞式のために学都行きの列車へ乗った途端、初日からトラブルだらけだぞ?
自分でトラブル作って回るエンジや、知らず知らずトラブルに巻き込まれるラーラならともかく、あんな短期間でどんだけ巻き込まれてるんだよ、って話だ。
偶然がもたらした結果じゃあない。
それくらいは俺にも分かる。
じゃあ、偶然ではない要因はなんだ?
普段の俺達と何が違う?
普段と違う学都という場所。
それは確かにそうだが、学都は犯罪都市というわけじゃない。
学都に行ったからって誰もがトラブルの求愛を受けるわけじゃない。
ではタイミング?
それこそ単に『間が悪い』という話になるが……、それも違うだろう。
暴漢どもは明らかに俺達を狙ってきた。
たまたま目についた観光客をターゲットにしたわけじゃない。
俺達をターゲットにしていたのだ。たまたまですむ話ではない。
いつもと違うこと。
それは授賞式のために遠く学都まで旅をしていることと、もうひとつ。
そう、ハーレイさんだ。
これまで俺たちの周囲にいなかった人物。
この学都行で同行している異分子。
俺には何も言ってこないティアだけれど、彼女が魔眼を通して見た上で警戒しているのが他ならぬ赤毛の護衛さんである。
さすがに俺でもそれくらいは察することができるさ。
ただなあ……。
俺も自分の勘にはそれなりの自信があるんだが……、何というかハーレイさんからはそういった危険な感じはしない。
ティアが身構えているのを承知の上で、なお彼を疑いきれないのはそれが理由だ。
もちろんこのまま何事もなく到着し、杞憂だったと笑い飛ばせるのが一番だけどな。
そんな俺のもやもやを乗せたまま、列車は順調に線路の上を駆け抜けていく。
相変わらず居心地の悪い客室での時間はいかんともしがたいが、ダイヤの遅れも発生せず、乗車初日は無事に過ぎていった。
おかげで往路に堪能できなかった列車内の車中泊も体験することができて、俺もルイもご機嫌である。
トレスト翁のはからいで、本来は二人一部屋だったところを一人一部屋にしてもらえたのも快適な夜を過ごせた理由だ。ナイス! ダンディ様!
そんなこんなで、列車の旅も復路二日目。
お昼には列車内で食べる最後の食事をすませ、後は夕方に町へ到着するのを待つばかり。
行き詰まる雰囲気は相変わらずだが、どうやら無事に着きそうだ。
でもな。
そんな風に胸をなで下ろしたとたん、フラグが立つのもラノベなんかじゃよくあることだ。
あんたもよく知ってるだろ?
もちろん誰が悪いって、うかつにもウトウトしてしまった俺が悪い。
たまたまティアが席を外していたのもタイミングが悪かった。
だからそれは起こるべくして起こったのか、それともいくつもの条件がたまたま重なって起こったのか、あるいは何者かの意図によって起こるように仕向けられたのか。それはわからない。
まどろみに沈んでいた俺の意識を呼び起こしたのは、大きな音を立てて壁にぶつかるドアの音。
そして続いて放たれた鋭く冷たい声だ。
「ようやく尻尾を出しましたか」
はっとして目を見開く俺の網膜に映ったのは、至近距離にあるハーレイさんの顔だった。
目と目があっていたら、一部の女子が狂喜しそうなシチュエーションになるところだが、幸いなことにハーレイさんの視線は俺ではなくドアの方へ向いている。
しかし見過ごせないのは、その手に握られた小さなナイフである。
もう一方の手は俺が首から下げている個人端末をつかんでいた。
うん、つまりあれだな。
寝込みを襲っているのは間違い無いが、『襲う』の意味が一部女子の喜びそうなやつではなく、異なる意味の『襲う』というわけだ。
どうやらティアが席を外し、俺が居眠りを始めた隙にハーレイさんが俺の個人端末を手に取ろうとしていたらしい。
まさか「ちょっと見せてもらってました」などという呆れた言い訳をするわけでもないだろう。
俺が個人端末を首から下げるのに使っているストラップをナイフで切って端末を奪い取ろうとした、ってところだろうな。
「ずいぶんと焦りが見えていましたよ。あえて隙をつくってみれば……、案の定というわけですね」
そう言って銀髪少女が冷ややかな笑みを浮かべる。
やっぱりわざと誘いをかけてたのか!? この娘はー!
「くっ!」
ハーレイさんがすぐさま気を取り直して、俺の身を確保しようと躍りかかる。
「させません!」
瞬間移動でもしたのかと思うほど、一瞬にしてティアが間合いを詰めた。
いつの間に取り出していたのかわからないが、なにやら見覚えのある短刀をハーレイさんの腕へ向け振り下ろす。
身を引いてティアの一撃を難なくかわす赤毛の剣士。
さすがだ、二級戦闘資格保有者というのは伊達じゃない。
だがティアの目的はあくまでも俺からハーレイさんを引きはがすことであろう。
そう考えればティアは目的を達成し、ハーレイさんはその目的をくじかれたことになる。
離れた位置で体勢を立て直したハーレイさんが腰の両刃剣を抜く。
見ての通り武器を持った戦闘技術者と対峙しているのだから、まだ危機が去ったわけではない。
だが一方でこちらには反則的な魔力をもったアシスタントがいるのだ。
残りのひとり――もちろん俺のこと――とゴブリンは役に立たないとしても、人質にさえ取られていなければ問題にならないだろう。
「ルイ、こっち来とけ」
「ンー」
夢の国へと旅立っていたルイも、さすがに目を覚ましていた。
どうして宿でボヤ騒ぎがあった時もこうしてすぐに目覚めてくれなかったんだろうな?
そりゃ、この状況でのんきに熟睡されるよりはよほどましなんだが。
「大人しくしていただきましょうか。――それとも、大人しくさせられる方がご希望ですか?」
身を寄せ合う俺とルイをかばうように身を差し込み、さらりとティアが恐ろしげな事を言う。
この旅でティアの恐ろしさを身にしみて実感させられた俺には、決して笑い流すことができない物騒な気配をはらんだセリフである。
「最初から……、気付いていたのですか?」
どこまでも物言いは丁寧なまま、ハーレイさんがティアへ訊ねる。
「そうですね……。ハッキリとしたことまでは分かりませんでしたが、よからぬ気配は最初から感じていましたよ」
「まいりましたね。これでも猫かぶりには自信があったんですけれど」
「三流の演技も、三流の観客には通用するでしょうが……」
自分にはお見通しだと言わんばかりに冷笑する銀髪少女。
悔しそうに顔をゆがめる赤髪の青年。
おーい、青年。
言っておくがこいつのはただの魔眼だからな。
まあ種明かしして慰めてやる義理もないから黙っておくけど。
「レバルトさんも……ですか?」
「そうでなければ良いな、とは思っていた」
俺も最初から気付いていたかって?
気付いてるわけないじゃん。
ティアが居なかったら完全に騙されてますって。
はい、三流の観客はどこに居ますかー? ここに居ますよー、っと。
「最初から掌の上だったということですか……」
つぶやいた後、視線を足もとに向けて唇を噛む。
「観念してください」
「いいえ、残念ですが!」
ティアの降伏勧告を拒絶したハーレイさんは、ちらりと視線を窓の外に向けた後、懐から何かを取り出す。
ボタンがひとつだけついたリモコンスイッチのような物体だ。
取り出すと同時にためらいもなく赤毛の青年がそのボタンを押すと、数瞬の間を置いて、身構える俺達の体が強い力で引っぱられた。




