第40羽
明けて翌日。
ようやく授賞式の日がやってきた。
なんだか今日まで色々ありすぎて一杯一杯だが、もともとは授賞式出席のために学都までやってきたのである。
むしろ今日こそが本番と言えよう。
俺とティアは朝から大忙しだ。
とは言ってもトレスト翁の女中達が全てやってくれるので、俺は突っ立ってるだけだが。
俺の方は準備が既に終わっていて、今はティアの準備が終わるのを待っている状態である。
女性の方が準備に時間がかかるのはどこの世界でも同じらしい。
「お待たせいたしました。ティアルトリス様のご準備が整いましたのでお連れいたしました」
俺とトレスト翁、そしてルイが居る部屋へ、中年の女中がティアを連れてやってきた。
ちなみに教授は昨日の晩餐が終わった後、さっさと帰ってしまったので今は居ない。
ドアを開いた女中が一歩下がると、その後から勿忘草色のドレスに身を包んだティアが部屋へ入ってくる。
貸衣装店でレンタルしたワンピースタイプのドレスをまとい、首元には赤い宝石をあしらったネックレスが控えめに光り、むき出しになった肩を覆い隠すように紺色のショールを羽織っていた。
相変わらず綺麗に梳かれた白銀色の髪が腰に向かってまっすぐと伸び、濃いショールの色を縦に貫いている。
その華やかさに、むさ苦しかった室内の雰囲気が一気に明るくなったように感じた。
「ほう……。よく似合っておるな、ティアルトリス」
「ンー、ンンー!」
ダンディ様とルイがそれぞれに感想を口にする。
一方の俺はしばらく声を失い呆然としてしまう。
うーむ……、これは確かに素晴らしい。
だが考えてみると、俺はこの娘を連れて授賞式に出席するというのか?
良い意味でも悪い意味でも目立ちそうなんだが。
準備が整った俺達は、トレスト翁が手配してくれた馬車に乗って会場へと出発した。
俺達は車で構わないと言ったのだが、「せっかくの晴れ舞台なのだから馬車に乗って行くが良かろう、車では味も素っ気もないでな」と言い張るダンディ様の好意を無下にする事もできないだろう。
ちなみにルイは結局お留守番だ。
俺やティアがそばに居なくて不安がるかとも思ったのだが、なんと言うことはない。
お菓子片手に笑顔を浮かべる屋敷の主人にすっかり懐いている。
疑いようもなく、ダンディ様に餌付けされていた。
おい。正体不明の希少種モンスター改め、伝説の希少種モンスターよ。
本当にそれで良いのか?
「先生。道中も、会場に着いてからもご用心なさってくださいね。先日の件もあることですし」
夕暮れ時を会場へ向けて進む馬車の中。
揺られる俺の意識は授賞式に埋め尽くされていたのだが、ティアの方はというと例の暴漢どもに襲われた件が頭から離れないらしい。
確かに警邏隊からも、その後これといった情報はもたらされていないので、結局誰を狙ったのか、誰が黒幕なのかも分かっていないのだ。
「まさかとは思うが、ティア。お前、先日みたいに武器を隠し持ってるんじゃないだろうな?」
「さすがにそれはありませんよ。授賞式の会場へ武器を持ち込むわけにもいきませんし、それに会場には警備の方もいらっしゃるでしょうから」
そうだな。
加えて例え武器がなくても、この娘の戦闘能力がキチガイじみていることは昨日の訓練で確認済みだしな。
警戒を続けるティアの苦労も無駄に終わり、馬車は何事もなく会場となる屋敷へと到着した。
会場はこの町の領主が催事用にと公に貸し出している屋敷らしい。
無論、誰でも借りられるというわけではないらしいが、身元がしっかりした人物や団体ならわりと好条件で利用できるということもあって、今回のような式典もよく催されているとダンディ様が言っていた。
馬車を降りて会場へ入ると、まず真っ先に浴びたのが人々の視線である。
わかっているとは思うが、念のため言っておこう。
衆目を浴びているのは俺ではない。俺の腕を取っている銀髪少女だ。
ちなみに俺の胸には受賞者であることを示すプレートが付けられている。
本来なら受賞者である俺こそが主役のはずだが、こいつら――特に男ども――にとって大事なのは、受賞者よりもそのとなりで可憐に咲き誇るロベリアの花なんだろう。
俺の胸に付いたプレートなど目に入っていないに違いない。
あと、やっぱり俺の認識がおかしいのか?
となりに居る俺の存在を完全に無視したように、ティアへ声をかける若い男が多いこと多いこと。
以前も感じたことだが、男同伴でもナンパ対象とするのが学都のローカルルールなのだろうか?
最初は決して機嫌が悪いようには見えなかったティアも、時間が経つにつれて不機嫌になっていくのが分かる。
もともと相手の下心が透けて見える魔眼持ちである。
ナンパなどというものに最初から悪印象しか持っていないのだろうし、機嫌が悪くなるのも当然だ。
加えてこれだけの人間が集まっているのだ。
本来は受賞者を祝う場といっても、それを妬んだりする者が皆無であるわけがない。
あまりティアにとって居心地の良い場所ではないはずだ。
「こちらは受賞者のレバルト先生です」
「レバルト先生のお供をさせていただいております」
「私はただの同伴者ですので、お話しでしたら是非レバルト先生と」
といった感じで、やたらと俺を前面に押し出そうとするのも、人との接触を避けたいという気持ちの表れだろう。
しかし、だったらどうしてついてくるんだか……。
別に俺ひとりで出席したって構わないはずなのにな。
そんなに俺ってひとりにしておくと危なっかしいのかねえ?
特に知り合いが居るわけでもない俺達は、ドリンク片手でフラフラと会場をさまう。
そんなおり、俺の目にある物が映る。
それは壁に貼られた数枚の紙だ。見ると、式の詳細を記載した案内だった。
式次第や受賞者の名前などが掲示してあった。
受賞者の名前が並ぶ横には、その人物が受賞した賞の名称が記載されている。
一番上にあるのは『新人賞』だ。
受賞者の中でももっとも注目されている、今日の主役といえるだろう。
他には『審査員特別賞』『短編優秀賞』『勲龍賞』『領主特別賞』『モリグチマモル賞』などが列挙されている。
……最後のが日本人の名前っぽいのは、もういい加減スルーしても良いだろうか?
こんな時、自分の名前を探してしまうのは人の性というものだろう。
上から順に見ていけば、自然と受賞者である自分の名前をそこに見つけることができた。
俺の名前は受賞者一覧の一番下にある。
名前の左には当然ながら賞の名称が記載されているのだが、そこにはこう書いてあった。
『まるで見てきたで賞 レバルト様』
…………は?
まるで見てきたで賞?
………………え?
考えてもみて欲しい。
『審査員特別賞』とか『勲龍賞』とか、なんだか権威ありそうな賞の名前が並んでいるところに、ひらがな交じりのやけにポップでライトな名称である。
他の賞と上下に並んでいるのでその違和感はなおさらだ。
どう見ても場違い感が拭えそうにない。
嫌がらせか? おい。
こんなところまで招待しておいて、これは俺に対する嫌がらせか何かか?
列車の乗車券なんて金のかかるものまで用意しておいて、ずいぶん手の込んだいたずらだな!
「なん……、じゃこりゃあああああ!?」
「ちょっと、先生――」
「小学校の作文コンクールじゃあるまいし、『まるで見てきたで賞』は無えだろ、おい! 『よくがんばったで賞』と同レベルのネーミングじゃねえか! つーか、親父ギャグかよ! もうちょいまともなネーミングセンス持ったやつは審査委員に居なかったのかよ!? というかこの名前考えたやつもひどいけど、周りのやつは誰も突っ込まなかったのかよ!? どいつもこいつも頭ボケてたんじゃねえのか!? ふざけんな! 責任者どこのどいつだあああああ!?」
「呼んだかね?」
ぜえぜえと息を切らす俺の背後から、中年男性らしき声が聞こえてくる。
「え?」
興奮冷めやらぬまま振り向くと、そこにはダークスーツに身を包んだチョビひげのおっさんがいた。
身長は俺よりも頭ひとつ高く、肩幅も広い。
一見して太さが分かる二の腕が、スーツの袖を内側からはち切れんばかりに押し上げ、窮屈そうに自己主張をしている。
むしろ金属鎧でも着ていた方が似合いそうな人物だった。
「私が選考委員会の筆頭、シュレイダーだ。君の言う『責任者』という立場に最も近い人間だと思うが?」
腹立ち紛れに責任者を呼びつけたら、本当に責任者が出てきたでござる。どうしよう?
少なくとも戦ったら絶対勝てそうにない。
街で絡まれたら一目散に逃げ出したくなる威圧感を感じるわ。
……いやいや、なんで戦うって前提になってんだ? おかしいぞ、俺。
「お騒がせいたしました。先生のこれは単なる発作のようなものですので、聞き捨てていただけますと幸いです」
唖然とする俺の横から援護射撃が放たれる。
「ははは。別に気にしてはおらんさ。面白そうだったから声をかけただけだ」
言葉通りなのだろう。軽く笑って手を振るおっさんは、面白そうに俺の顔を見た。
「君がレバルト君か。思ったよりも若かったのだな。文章からはもっと歳を重ねている印象を受けたのだが……。まあ、作風というやつかな?」
その訝しむような言葉に、胸の鼓動が一拍だけ強く打たれた。
確かに俺はまだ若い。でもそれは転生した後に重ねたこの世界での年齢だ。
前世での年齢も合わせると、結構なおっさんとも言える。
それを見透かされたような気がして内心あせる。
「実はね……」
ここだけの話だが、と前置きをしておっさんが言う。
「君の受賞は予定外だったんだよ。当初は選外だったんだが、臨場感あふれる描写と独特の感性に惹かれてね、他の委員が反対するのを押し切って私が強く推したんだ。最後の最後に無理やりねじ込んだといった方が正しいかも知れん。まあ、賞の名称については……、最後まで反対していた委員達からの抵抗、というかあてつけだな。あれで委員達の溜飲が多少なりとも下がったのだから、まあ堪えてくれるとありがたい」
受賞の連絡がずいぶん遅かったのはそういうわけか。
「ああ、いえ。そういう事情があるとは知らずに、失礼しました」
分かってくれると助かるよ、とおっさんが笑う。
「あの作品は、例の事件を元にしたドキュメントなんだろう?」
「ええ。一部誇張や脚色はありますが、おおむね事実通りです」
「最後に出てきた『謎の女剣士』、あれも実在の人物かね?」
「はい。本人と連絡が取れないので、実名を出す許可を取ることができなくて……。ああいう表現にしてあります」
それを聞いたおっさんが、ふと考え込むような仕種を見せる。
「そうか、その辺りの話をもう少し詳しく聞いてみたいものだな。君たちは明日以降も学都に滞在するのかね?」
「それが……、列車の乗車券を手配済みなもので、明日には帰ります」
「それは残念だ……。まあ、そのうち出版社経由で連絡させてもらうよ」
はて? わざわざ後日に話すような事でもないと思うが……。
「そろそろ我々の出番がやってくるだろう。私は審査委員として、君は受賞者としてだから立場は全然違うがね。同じ壇上に立つということに変わりはない」
会場の奥にある壇上では、司会役の男性がいつの間にかマイク式魔法具を使って話し始めていた。受賞者の出番はすぐにやってくるだろう。
「じゃあ、ティア。俺はちょっと行ってくるけど、ひとりで居る間、くれぐれも注意しろよ。できるだけ警備スタッフのそばへ居るようにな」
ひとりになったところを襲われてはたまらない。まあ、足手まといが居ない分、ティアひとりの方が楽に対処できるのかもしれないが。
「はい。先生もお気をつけて」
司会者が受賞者を呼ぶ声がする。
俺は警備スタッフが近くに居ることを確認した後、ひとりで壇上へと向かった。
壇上では俺を含めて十名ほどの受賞者、そして選考委員や来賓が立ち並ぶ。
新人賞を受賞した男を皮切りに、作品の紹介と記念品の授与が行われた。
俺の順番は最後だ。なんせ最後に無理やりねじ込まれたおまけの賞だからな。
会場を見渡すと、ほとんどの人は壇上へ注目しているのがわかる。
スポットライトがあてられているわけでもないのに、少々まぶしく感じてしまう。
見られている側の錯覚だとは分かっているんだけどな。
なかなかこんな機会はないので落ち着かない。
そういえばティアはどこに居るんだ?
さっきの場所から動いてないのかな?
俺はさきほど居た場所に視線を向けて、次の瞬間げんなりとした。
もしここがマンガやアニメの世界なら、間違い無く俺の顔には簾のように何本もの黒い縦線が描かれていたことだろう。
『ずもーん』とかの効果音付きで。
勿忘草色のグラデーションが鮮やかに映えるドレスの横には、警備担当のスタッフが立っている。
俺がそうするようにティアへ指示したのは、ひとりきりになったティアが不届きな男どもに言い寄られて迷惑被るのを防ぐ意味もあった。
結果としてその用心は功を奏し、これ幸いにティアへと言い寄ろうとする男は居ないようだ。
が、しかし、されど、ところがどっこい。
伏兵は思わぬところに居た。
ティアのとなりには、興味なさそうな銀髪少女へ熱心に話しかけている警備スタッフの若い男がふたり……。
お前ら仕事しろやあああああーー!
警備スタッフが仕事中に客をナンパするとか、どうなってんだこの町は!?
やっぱり町ぐるみでなんかおかしいんじゃねえのか!?
そんな俺の心中をそっちのけにして、授賞式は滞りなく進んで行く。
結局、俺とティアの警戒心は豪快に空回りし、式の間には何のトラブルも起こらなかった。
歓談の時間には立食式で立派な料理が提供されていたようだが、気が張りつめていた俺達はそれを楽しむ余裕もあるわけがない。
何を食べたのかよくわからないまま、終始気が休まらないまま家路につくはめとなった。
おかしいなー。
普通ライトノベルとかだと式の最中に事件が起こって、怒濤の急展開とかになるんじゃねえの?
拍子抜けだよ、まったく。
「何も起こらなくて良かったですけど……、疲れましたね?」
帰りの馬車に揺られながら、ティアが心中を吐露する。
「だなあ」
まったくだ。
トラブルが起こるのを望んでいるわけじゃないが、モヤモヤしたままというのも気持ちが悪いし、何より疲れる。
不毛な疲労に包まれて、俺達は同じ心情を共有していた。
まあ、悪いことばかりでもないか。
もともと自分の書いた作品が受賞した式典に出席したわけだから、それ自体は喜ばしいことだ。
それにこの銀髪少女が着飾った姿など、そうそう見られるものじゃない。
眼福という意味でも決して悪いことではあるまい。
改めてティアに目をやる。
「そういえば、ティアのドレス姿って初めて見たな」
「そうでしたか? ……確かに先生と会う時は基本的にアレでしたね」
アレというのは、いつもティアが着ているエプロンドレスだ。
一応ドレスとは名付けられていても、ようはメイド服みたいなものである。
少なくともエプロンドレスを身につけて『着飾る』とは誰も言うまい。
知り合ってからもう三年になるが、ドレス姿のティアを見たのは今回が初めてだ。
最初に出会った頃と比べれば、面立ちも体つきもずいぶん女らしくなっている。
今は銀髪少女であるが、『少』の字が取れる日も、そう遠い未来ではない。
数年経てばその輝きはまばゆいばかりになるだろう。
もちろん今でも十分に器量よしと言って良いはずだ。
自然と口をついて言葉が出た。
「綺麗だな。うん、似合ってるぞ」
それを聞いてティアが目を丸くする。
驚きの表情がゆっくりと呆れの表情へと移り変わり、困り顔へと変わった後に彼女が口を開いた。
「普通そういうことは最初に言うものですよ」
まあ、確かにそうだな。
ダンディ様やルイのように初見で褒めとかないと、後から言うのは『とってつけた』ように感じられるかもしれない。
「今さらか?」
「はい、今さらですね」
クスクスと声をもらしながら、俺のとなりで銀髪少女が咲き誇った。
2020/02/28 誤字修正 機能の晩餐 → 昨日の晩餐
※誤字報告ありがとうございます。




