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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第二章 思いもよらぬ幸運にはもれなく厄介事がついてくる

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第37羽

 ゴブリン。


 それはファンタジー世界の嫌われ者。

 そしてファンタジー世界のザコキャラナンバーワンである。


 多くの作品ではモンスターとして描かれ、しばしば主人公達が最初に倒す敵役として登場する。

 基本的に個体としてのゴブリンは弱く、戦いの経験が無い一般人でも武装していれば倒せる程度の強さであることが多い。

 知性は低く、犬や猿程度の知能しか持っていないが、まれに人語を解するものや魔法を使いこなすエリート種が存在する。


 特筆すべきはその繁殖能力である。

 またたく間に増殖しては人の生活圏を侵し、被害をもたらすが、そのたびに武器を持った人間の戦士達に駆逐されるのが物語で与えられるゴブリンの役どころだ。


 容姿は醜悪。

 身にまとうのも薄汚れた布であり、手に持つのはさび付いた武器である。




 俺が知っているゴブリンというのはそんなモンスターだ。

 間違っても目の前でアイスクリームを頬張っているような、見た目幼児のくりくり坊主ではない。

 まして初対面の人間相手にアイスで餌付けされるようなチョロい生き物ではない。


「ルイといったかね? ほら、プリンもあるぞ。これも食べなさい」

「ンー」


 トレストとかいうダンディオーラあふれる紳士の顔は、目下(もっか)のところ崩れっぱなしである。

 先ほど玄関で俺達を迎えてくれたワンピース姿の女性に命じて、アイスクリーム以下様々なスイーツをテーブルに並べると、次々とルイへ与えていた。

 まるで初孫を甘やかすおじいちゃんだ。


「すみません、先生……。おじ様は興味を()かれることがあると周りが見えなくなるというか……、悪い方ではないのですが……」


 ばつが悪そうにティアが言った。

 ああ、ようするに人の話を聞かないマイペースタイプか。


「しかし……、こいつがゴブリンねえ……?」

「ンー?」


 ぽつりとこぼした俺のつぶやきを、トレスト翁は聞き逃さない。


「ほほう、君はゴブリンを知っておるのかね? 若いのに、見かけによらずなかなか博識(はくしき)のようだな……。とても興味深い」


 トレスト翁の目がきゅぴーんと音を立てて光った――ような気がした。


「うーん、でも俺の知ってるゴブリンとは全然違いますからね。全くの別物かもしれません」

「おじ様。ゴブリンとは何者ですか?」

「ふむ、一般的には知られた存在ではないからな。むしろレバルト君が知っていたというのが驚きだ」


 そう前置きをすると、ティーカップを口に付けて間を取った後でトレスト翁が語り始めた。

 先ほどまでの好々爺(こうこうや)といった雰囲気はどこかへ消え去り、知識を追求する学者の目をした男がそこには居る。


「別名『大地の祝福』と呼ばれる。それがゴブリンという存在だ。詳しいことは分かっておらんが、過去に三度ほどその目撃情報が記録されている。いずれの記録でも共通しているのは、黒い瞳と薄茶色の髪を持ち幼子の容姿をしていること、そして額に小さな角があるということだ」


 そういや、ルイの額には小さなコブみたいなものがあったな。


「ゴブリンは豊かな土地に前触れもなく突然現れるという。もしかしたら何らかの前兆があるのかもしれんが、それは今のところわかっておらん。突如現れ、いつの間にかその土地に住み着き、ゴブリンが居着いている間は幸福を呼び込むという話だ」

「幸福?」


 俺とティアの声が重なる。


「うむ。不思議とゴブリンの住む土地には災害が起こらず、作物も豊作となり、戦にも巻き込まれることなく平和を謳歌(おうか)した――と文献には記されておる。だが、ひとたびゴブリンに(あだ)なす者が現れると、これまた忽然(こつぜん)と姿を消してしまうらしい」


 なんだか座敷童(ざしきわらし)みたいな話だな。


「大人しい性格とその愛らしい容姿、そしてなにより土地に幸福を招くことから、一部の研究者達はその正体が神の()使いなのではないかと言う者もおる」


 おいおい、神様のご登場かよ……。


 この世界では魔力という目に見えない力が受け入れられているせいか、神様の存在もわりと身近だ。

 神様と会ったという話は世界各地いたるところにあるし、存在自体を疑う人間はほとんど居ない。


 日本での価値観が抜け切らない俺には違和感があるんだが、前世での『地球は青い』っていうのと同じくらいには、神様の存在も一般的な常識らしい。


 え? なんでそこで『地球が青い』が出てくるのかって?

 だってそうだろ?

 地球が青いってのは常識だけど、それを自分の目で確かめた人間なんてせいぜい数百人か、多くても千人程度しかいないんだぞ?

 九十九パーセント以上の人間は、写真や映像で間接的に知っているだけで、その写真や映像が本物かどうかなんて確かめようがないんだから。


 この世界の神様もそんな感じらしい。

 その存在を証明する根拠は山のようにあるから、存在を疑う人間はほとんど居ない。

 だけど直接会ったことのある人間はほんの一握りってことだ。


「それどころか、ある研究者によればゴブリンは神の幼生(ようせい)、つまり生まれたての神子(みこ)ではないのかという説まである」

「はあ? こいつが神様!?」


 いくらなんでもそれはないわー。

 ゴブリンが神様とか……、俺のファンタジー観が吹っ飛ぶわー。


「いやいや、そういう説をとなえる者もいるということだ。それくらい分からないことが多いということだろう」


 トレスト翁が手を振りながら補足する。


「だが一笑(いっしょう)()すほど、突飛(とっぴ)な考えともわしは思えんのだがな」

「それはどういうことで?」

「うむ。旧創世記は知っておろう?」


 俺は黙ってうなずく。

 旧創世記というのはこの世界で古くから信じられている神話のひとつだ。

 最初に神と無があり、孤独を嘆いた神は大地を創り、人を創り、星々を創った――。

 という、まあどこかで聞いたようなありきたりの内容である。


「では、新創世記はどうかな?」

「確か……、世界は神様の手によらず誕生したという説ですね。『無による世界創世』でしたか?」


 俺の代わりにティアが答える。

 『無による世界創世』とかご大層な名前が付いているが、要するに前世で言うところの宇宙誕生をそのままこっちで広めただけの話だ。

 コータロー・ニシノという名の学者が百二十年ほど前に発表した説らしい。

 もはや皆まで言うまい。名前で分かるだろ?


 当初は「神に対する冒涜だ」とか「無から勝手に世界が生まれるわけがない」とか、さんざんな言われようだったようだが、近年では説を支持する者も少しずつ増えてきて、今では諸説のひとつ程度には認識されるようになっている。


「ティアルトリスの言う通りだ。新創世記は一定の評価をされるようになってはきているが、主流となりきれない理由がひとつある。それが神の誕生だ」


 まあ、そうだろうな。

 神様の存在が確認されていない世界で確立した理論を、神様が普通に居る世界に持ってきてもどこかに無理が生じる。

 ビッグバン理論では神様の誕生を説明することはできないだろう。


「そこでわしは考えたのだ。この世界は神を抜きにして誕生し、その後、世界から神が誕生したのではないかと。逆転の発想というやつだ」


 それはまた……、異論が噴出しそうな説だな。


「人間、獣、草木や大地。そういった世界を構成する者たちによる願望や思念の集積体が意思を持ち、神と呼ばれるようになったのではないか、とな」


 切りそろえられた口元のひげをさすりながら、トレスト翁が持論を述べる。


「魔力が人のイメージを具現化することは周知の通りだろう? ならば世界が望んだがゆえに神が具現化(ぐげんか)した……、とは考えられぬだろうか?」

「それはまた……、大胆な考えですね……」


 ティアは言葉を詰まらせていた。

 神が世界を創ったという旧創世記に対し、世界が神を産んだという言わば真っ向から対立する考え方だからな。


 元日本人の俺にとってはそれほど驚く内容ではない。

 自然崇拝の名残がある日本では、古い物や土地に神が宿るという考えが元々あるからな。

 もっとも、トレスト翁の説はちょっと突飛すぎる気もするがね。

 ゴブリンだけの話なら、妖怪とか精霊とかそんな感覚で受け入れられるんだけど。


「もちろんかなり異質な説だというのは自覚しておる。だが豊かな土地がゴブリンを生み、(ひるがえ)ってその土地へ幸福をもたらすという話が本当であれば、世界と神との関係も似たようなものであるという可能性は否定できまい」


 うーむ……、一理あるとは思うが……、ちょっと違うような気がするな。根拠無いけどさ。


「神が世界を創ったのか、世界が神を産んだのか。興味深い命題だとは思わんかね?」


 トレスト翁がそう疑問を投げかける。

 次いで考え込む俺とティアをよそに、なんだか勝手なことを言いはじめた。


「まあ、それはそれで良いとして。まさか生きている間に伝説のゴブリンを目にするとは思わなかったぞ。わしの研究のためにも、是非ルイとは仲良くしたいものだな」


 甘いお菓子を次々に与えてくれるトレスト翁に、ルイも上機嫌である。

 笑顔を向けて早々に(なつ)きつつあった。

 おい、野生のモンスターがそんな簡単に懐いていいのか?


「ティアルトリスとレバルト君は明後日の授賞式に出席するのだろう? ルイはどうするのかね?」

「一緒に連れて行くつもりです。ルイの礼服も作ってありますので」


 ティアの言う通りだ。

 どのみち宿にルイ一人を置いて行くわけにもいかないから、最初からルイを同行させるつもりだった。


「それはやめておいた方が良い。ゴブリンのように貴重な種がおると知れたら、どんな危険を招くか分からんぞ」

「ですが、おじ様。研究者であるおじ様のように博識な方ならいざ知らず、お話を伺った限りではゴブリンという種も一般的に広く知られたものではないのでしょう? 実際、向こうの町では誰ひとりゴブリンという種を知っている者は居ませんでしたし」


 だよな。アヤやフォルスですらルイの種族が何なのか分からなかった。

 過去三回しか目撃例がないから、研究者のような特殊な人間を除けば知っている人間もほとんど居ないのだろう。


「確かにゴブリンを知っている者は多くないだろうが……、ここは学都だぞ? わしのような研究者は他の町と比べものにならんくらいおるはずだ。ましてや文学の授賞式とはいえパーティの席ともなれば、そういった知識人が招かれていないとも限らん。わざわざ余計なトラブルの種を連れて行くこともなかろう」


 うーむ……。

 トレスト翁の言う通り、授賞式という慣れない場でルイに気を配っていられる自信があるかと言われれば……、無いな。うん、無い。


 となると俺達が受賞式に出ている間、この屋敷でルイの世話をしてもらっていた方が都合が良いのかもしれない。


「それにわしとしてもルイと共に過ごす時間が多くなるしな! これほど貴重な研究対象だ、三日と言わず一ヶ月くらい逗留(とうりゅう)してもらっても構わんぞ!」


 そう言って豪快に笑う。

 そっちが本音かよ!


「……そうですね。ではお言葉に甘えさせていただきます」


 ティアも苦笑いしながら答える。

 こうして俺達は授賞式までの間、トレスト翁の屋敷に留まることとなった。


 学都へ来てようやくくつろげる場を得た俺達は、久しぶりにゆっくりと身を落ち着けていた――のだが、それも晩餐(ばんさん)の時間までだった。

 食事の時間を前に、トレスト翁の口から来客の存在を告げられる。


「ティアルトリスに会わせたい者がおるのだ」


2019/10/15 重言修正 記録には記されておる → 文献には記されておる

2019/10/15 誤字修正 価値観が抜け切れない → 価値観が抜け切らない

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