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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第二章 思いもよらぬ幸運にはもれなく厄介事がついてくる

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第36羽

 目覚まし時計のアラームにしては大きすぎる音が、部屋中に響きわたる。


「ん……、なんだ……?」


 ずいぶんやかましい夢だなあ。

 寝てる時くらい穏やかな時間を望んでも(ばち)はあたらんだろうに……。


『ご宿泊のお客様へお知らせいたします! 現在当館にて火災が発生いたしました! 直ちに避難してください! 火元は一階裏手の資材置き場と思われます! エレベーターは使わず、階段もしくは非常階段をお使いください! 避難の際は――』


 各部屋に備えつけられたスピーカーから、宿の従業員と思われる女性の声が流れる。

 ずいぶん慌てているようで、ところどころ声が裏返っていた。


 夢にしては、いやに頭に響く声だ。おまけになんだか変な匂いもする。


 ……。


 …………。


 ……………………は?


 今、なんて言った? 火災?


 のろのろとようやく動き始めた思考が疑問を浮かべた。

 まぶたを上げて部屋を見回す。

 窓の外はまだ薄暗い。夜が明ける少し前といったところか。

 相変わらずスピーカーからは女性従業員の声が聞こえている。声は火災の発生と避難を呼びかけ――。


「って! 火事ぃ!?」


 ベッドから飛び起きた俺は寝起きの頭をフル回転して状況を確認する。


 気のせいでも聞き間違いでもない。

 確かにスピーカーの声は避難するよう呼びかけていた。

 目に見えて煙が部屋に入ってきているわけではないが、言われてみれば少し煙たい気がする。

 ドアの外では他の宿泊客らしき複数の足音が駆け抜けていくのがわかった。


「ちょい! マジかよ!?」


 えーと、えと……、ええと……、こういう時ってどうするんだっけ?

 火元の確認? いや、それは地震の時だ。

 パソコンの電源を切る? いや、それは雷の時な。あと、そもそもパソコンとか無えから。


 とっさのことにうろたえ、脳内でセルフ突っ込みを繰り返している俺を、さらに新しい衝撃が襲う。

 本来なら発することがないであろう小気味よい音を立てて、部屋のドアがぶっ飛んだ。


 え? 今度は何!?


「先生、お迎えにあがりました」


 ちょうつがいが外れて部屋の中へ倒れ伏したドアの向こうに、ひとりの人物が立っていた。

 エプロンドレスに身を包み、ヤクザキックをかました状態で。


「ど、ドア……。ドアドアドアー!」

「ドアがどうかしましたか?」

「ドアぶっ飛んでじゃねえか! どうすんだよ、これ! 壊しちゃまずいだろ!?」

「緊急事態ですので」


 こんな状況でも平常運転の銀髪少女だった。


「すぐに避難しましょう。ルイは……?」


 と、ティアが視線をさまよわせる。

 俺もつられて探そうとしたのだが、思いのほかあっけなくそれは見つかった。

 ベッドの上、幼児サイズのルイがすぐ目に入る。


 おいおい。

 この状況でよく寝ていられるな!

 というか仮にもモンスターなら、野生の直感で身の危険を察知して本能で目を覚まさんかい!


 布団にくるまれてすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てているとか、モンスターとしてどうなのよ?

 その寝顔には野生の「や」の字も見当たらない。


「…………まあ、眠りは第二の母と言いますし」


 若干の沈黙を挟んで、ティアが弁護じみたセリフを口にした。


「ともかく、急いで避難しましょう」

「ルイも起こすか?」

「いえ、そのまま担いだ方が早そうです。申し訳ありませんが、お願いできますか?」


 自分が先導するつもりなのだろう。

 ルイを俺に任せてティアはドアがかつて存在した空間を通り、部屋の外へ出た。


 俺は取るものもとりあえず、ルイを背負って後を追いかける。

 見た目幼児の愛玩種モンスターはいまだ平和な顔で眠っていた。

 良くこの状況で眠れるもんだ。いい加減起きても良いと思うが……。


 しかし、俺もルイのことを言えないよな。

 自分でも直感はある方だと思ってたんだが、警報が流れるまでちっとも気がつかなかった。


 部屋を出たところでティアの姿を探す。って、探すほどでもなかったわ。

 ティアは部屋を出てすぐの廊下に、こちらへ背を向けて立っていた。


 ん? なんだ? 何かやってんのか?


 一瞬立ち止まる俺の目前で、後ろ姿のティアが首をかしげる。

 まっすぐに床へ向かって降りていた長い銀髪が揺れる。


「どうした? ティア」


 俺の声に反応してティアがゆっくりと振り返った。


「それが……、ちょっとおかしいんです」

「おかしいって、何がだ?」

「安全な脱出経路を探すために、斥候(せっこう)をつくって飛ばしてみたのですが――」


 言いながらティアは手のひらに小鳥らしき造形の物体を生み出す。

 元は氷らしきその物体は、羽をはばたかせて手のひらから飛び立ち、ティアの頭上をくるくると旋回した。


「建物内のどこにも火の気配がしないんです」

「どこにもって……? 何体放ったんだ、これ?」


 そう言って飛んでいる小鳥を指さした俺へ、ティアはこともなげに答える。


「五百体ほどです」

「ごっ……!?」


 その数は俺の想像をはるかに超えていた。具体的には桁ふたつほど。

 中堅規模の宿とは言え、それだけの数を放ったのなら火元を探し当てることくらい造作もないだろう。


「で、でもこんだけ煙が来てるんだ。火のないところに煙は立たないだろ?」

「もしかしたら既に鎮火したのかもしれませんね。少なくとも慌てて避難する必要は無くなったようです。部屋から荷物を持っていきましょう」


 念のために、と言いながらティアは膨大な数の小鳥を生みだすと、四方へ解き放つ。


 小鳥の形で良かったよ。

 カマキリの形とかだったらトラウマになりそうな光景だ。


 前世で元サッカー部の脳筋兄貴がカマキリの卵を持って帰った時を思い出す。

 翌日部屋の中に、孵化した大量の子カマキリがわっさわさとひしめいていたのは、俺にとって忘れたい記憶のひとつである。


 相変わらず建物中には非常ベルが鳴り響いていたが、気がつけば宿のスタッフによるアナウンスは途絶えていた。

 ティアが言うのなら火は治まったんだろう。その点は疑っていない。

 でもな、ティア。火事で危険なのは火よりもむしろ煙の方なんだぞ? とくに階下で火事が起こった時なんかはなおさらだ。


「煙の方もほとんど治まってるみたいです」


 斥候を通して宿中を確認したティアが言うそうなら、俺としては反論の余地もない。

 確かに煙もいつのまにかほとんど感じられなくなっていた。

 ありゃ、ホントに鎮火したっぽいな。


 自分の部屋へと入っていくティアを見送ると、俺は自分の部屋へと戻った。

 とりあえずはいまだに俺の背中で熟睡している、脳天気なこのくりくり坊主をベッドに下ろそうか。



 宿の火事騒ぎは三十分ほどして落ち着いた。

 結論から言えば、どうやらいたずらだったらしい。


 日の出を待って火元と思われる宿の資材置き場を調査したところ、資材の奥から発煙筒らしきものが発見された。

 この煙が煙探知の魔法具に引っかかって、火事との誤認につながったとか。

 結局どこからも火は出ておらず、たちの悪いいたずらということで今は警邏隊(けいらたい)が捜査をしている。


 やれやれ、迷惑な話だ。……と気楽に構えるわけにはいかない。

 今回のいたずらが俺達に全く関係無い、と言い切れないのが辛いところだ。

 二度にわたって暴漢に襲われ、宿の中ではプリンスメロンに眠り薬を盛られ、そしてこのボヤ騒ぎ。


「何者かの思惑を感じるなあ」

「ええ、ハッキリと」


 ティアも俺と同じ考えらしい。

 食堂のテーブルで片肘をついてつぶやく俺の正面にはティア、そしてそのとなりには笑顔でフルーツ盛りへフォークを突き刺すルイ。


「ンー!」


 いやいや、眠りほうけてたお前は無理に同意しなくて良いから。大人しくフルーツ食ってろ。

 さて、警邏隊の連中には宿で大人しくしてろと言われているが、宿にこもっていても平穏無事というわけでは無いということが証明されたわけだ。


「外に出ても内にこもっても、向こうからトラブルが舞い込んでくるんじゃなあ……」


 おかしい。

 本当なら今頃楽しく学都観光真っ最中のはずだったのに。

 なんでこんなことになってるんだろう?


「あの……、先生」

「ん? なんだ?」


 話を切り出したティアは、珍しく言いよどんでいた。


「……実はこの町に父の古い知り合いがいらっしゃるんです。その……、ちょっと変わった方なんですが……、警備がしっかりしたお屋敷に住んでらっしゃるので、そこで学都滞在中お世話になるというのは……、どうでしょうか?」

「そんな知り合いが居たのか? そりゃあ、俺としては助かるけど、向こうに迷惑がかかるんじゃないか?」

「それは大丈夫だと思います。そんなことを気になさるような方ではないですし、下手な宿よりも防犯がしっかりしてますので……。ただ……」

「ただ?」

「先生の『魔力を持たない特異体質』のことは言わない方が良いかと」

「言うとどうなるんだ?」

「えーと……、多分ですが、授賞式が終わった後一週間くらい帰れなくなるかと……」

「どういうこっちゃ?」

「悪い人ではないんですが……、人の都合は全くお構いなしというか……、思いこんだら周りが見えなくなるというか……、とにかく魔力のことは黙っておいた方が良いと思います」

「ふーん……。まあ別に魔力が無いって言いふらしたいわけじゃないし、かまわんぞ。でも俺、魔法具もろくに使えないんだし、すぐにばれるんじゃないのか?」

「そこは私がフォローしますので大丈夫です……、多分……」


 なんとなく不安を感じさせるティアの反応は気になるが、このまま宿に留まるよりは良いかもしれない。

 他の宿泊客にまで迷惑がかかりそうだし、何より気が休まらないというのは正直きついからな。


 俺達は手早く荷物をまとめると、宿をチェックアウトする。

 ティアが蹴破ったドアについては非常時だったということもあり、おとがめ無しだった。

 本当の火事になるよりはよほどましだろうが、宿にとっては風評被害も含めて飛んだとばっちりだったに違いない。




 ティアの案内でやってきたのは学都中心部に近い住宅街だった。

 少しばかり小高い丘のようになったその場所には、十分な間隔をあけて何軒もの屋敷が建っている。

 一見して「お金持ちでござい」と言わんばかりのたたずまいに、俺の中にある小市民魂が現在進行形で怯みまくっていた。

 やっぱりティアの知り合いというだけあって、それなりに()()()()()人なんだろうな……。

 良いのかね? 俺みたいな庶民がおじゃましちゃっても。


 ティアの先導で俺達はそびえ立つ一軒の屋敷へと向かった。

 近くにまで寄って見ると、その広さと大きさに驚かされる。

 中庭だけでも俺の家が五、六軒は入りそうだ。


 事前に連絡はしておいたのだろう。ティアが門前の警備員に二言三言話すと、すんなりと敷地内へ通してもらえた。

 屋敷の玄関までたどり着いた俺達を待っていたのは、シックな印象のワンピースを着た妙齢の女性だった。


「お待ちしておりました。旦那様がお待ちですので、ご案内いたします。こちらへどうぞ」


 その女性は俺達を迎えるなり、無表情のまま歩き始める。

 てっきりこの女性が例の知り合いかと思っていたが、どうも違うようだ。

 旦那様と言っているくらいだから、下働きの女性なのかもしれない。


 女性に案内されること数分。

 屋敷の広さに辟易(へきえき)しながら足を進めていた俺は、気がつくと重厚な印象を与えるドアの前に居た。


「旦那様。お客様をお連れいたしました」


 軽くノックして、女性が部屋の中へ声をかける。


「入りなさい」


 ドアの向こうから渋みのある声が返ってくる。男の声だ。

 その声を受けて女性がドアを開き、身を避けて道をあける。

 ティアは女性に向けて小さく会釈すると、そのまま部屋へと入っていく。

 当然俺とルイもそれに続いた。


「ご無沙汰しております。おじ様」


 ティアが挨拶をする先に居たのは、小綺麗な身なりをした(おきな)だった。

 いや、もしかしたらそこまで歳はいってないのかもしれない。

 背筋もピンと伸びているし、口調も若々しく感じる。


「おお! 久しいな、ティアルトリス。何年ぶりかな?」


 学者然とした風貌(ふうぼう)に似つかわしくない快活(かいかつ)とした口ぶりだった。


「連絡があった時には驚いたぞ? 学都に来ておったなら、もちっと早く顔を出せば良かろうに」

「申し訳ありません。今回は付き添いで来ただけでしたから……」


 ティアがチラリとこちらへ視線を向ける。


「なんと……! 恋人との旅行だったのか!? それじゃあ仕方なかろうな。こんな老いぼれに会う時間など惜しかろうて!」

「や……! ち、違います!」

「そうかそうか。あの引っ込み思案だったティアルトリスが、恋人連れでなあ……。子供子供と思っておったが、時の流れというのは速いものだな!」


 がっはっは、と笑い声を上げ、勝手に勘違いするダンディな爺さんがそこに居た。


「そうではなくて!」


 耳を真っ赤にして声を荒げるティアが、大げさに深呼吸をした後に俺を手のひらで指し示す。


「こちらは私が今お手伝いをさせていただいてるレバルト先生です。今回は学都で開かれる授賞式に先生が出席なさるため、その付き添いとして学都まで参りました。私用でおじ様をお伺いするわけにはいかなかったのです。お許しください」


 取り(つくろ)っているところ水を差して申し訳ないが、この爺さん、全く聞く耳持ってなさそうだぞ?

 さっきからニヤついた笑顔でティアの慌てふためく姿を眺めているんだが……。


「先生、こちらはオルフ・ウォレス・トレスト様です。我が家の親戚筋にあたりまして、私自身、子供のころからお世話になっている方です」

「まあ、親戚とはいっても既に八代も前の話ではあるがな! この子の祖父とわしが同級生ということもあって、家族ぐるみのつきあいが続いているというわけだ。改めて、オルフ・ウォレス・トレストだ。なんぞいろいろとトラブルがあったそうだな。まあ、ここでなら不届き者も手は出せんだろう。ゆっくりとくつろいでくれ」

「レバルトです。三日ほどご厄介になります。ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします」


 屋敷に転がり込んで厄介になる立場でもあるし、相手が年配ということもあるので、礼儀正しく挨拶をしておく。

 ここで相手の印象を悪くする必要は全く無いからな。


「ほう! なかなか礼儀正しい青年ではないか! ふたりの結婚式には是非わしも呼んでくれよ!」

「だから違いますって!」


 手玉に取られるティアというのも面白い。

 未熟な子供時代の自分を知っている相手にはかなわない、というのはこの世界でも同じである。

 歳に似合わず大人びたティアにしても、その法則からは逃れられないのだろう。


 耳を真っ赤にするティアと、それを見て愉快そうに声をあげて笑うトレスト翁、どう反応したら良いのか分からずとりあえず大人しくしている俺である。

 そして俺の後ろには小さな手でギュッとズボンをつかんで様子をうかがうルイがいた。


「ん?」


 その時、豪快に笑っていたトレスト翁が、人見知りする子供のように俺の影へ隠れていたルイを見つけて目をむく。


「もう子供が――」

「違います! 誰が誰の子供ですかあ!」

「――いや、しかし……、これは……」


 何やらブツブツと言いながらトレスト翁がルイを凝視(ぎょうし)していた。

 ルイは怯えて俺の後ろから離れようとしないが、右へ左へと回り込むトレスト翁から逃れようとして俺の足もとをグルグルと回っていた。


「ふむ……、ほう……、これは………………もしやゴブリンか!? なんと興味深い!」


 は……?


 ゴブリン? ルイが?

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