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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第二章 思いもよらぬ幸運にはもれなく厄介事がついてくる

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第32羽

「やっと座れた……」


 店側のアナウンス通り、あれからきっちり三時間待たされた。

 行列時間をこれだけ正確に把握してるって事は、店にとってこれが日常茶飯事(さはんじ)ということなんだろうな。


 正直昨日までは三時間も行列に並ぶやつの気が知れなかった。

 だが三時間並んだ経験を得た今の俺は、今まで以上にその気が知れない。

 こんな苦労しなくても、そこそこ美味しくて待ち時間の無い店なんていくらでもあるだろうに。


「なんか、もう……、ひと仕事終えたみたいに疲れた」

「きっとそれだけの価値はありますよ。注文しますね?」


 元気だなあ、お前は。

 ルイなんてさっきまで俺の背中で寝てたんだぞ?

 今は俺のとなりで寝ぼけまなこをこすっているけど。


「んで? 限定メニューってのはどれなんだ?」


 メニュー表をのぞき込もうとするが、ティアがとっさに隠したためどんなメニューが書いてあるのかまったく見えない。


「あ、いえ……。実際に見てのお楽しみということで……」


 また目が泳いでるぞ、おい。

 俺の視線から逃げるように、ティアはウェイトレスを呼ぶと注文をし始めた。


「これと、これください。飲み物はこれと、これと、これ。あと、この限定メニューをひとつ……」


 注文を受け終えたウェイトレスが、最後に俺の方をチラリと見て微笑んでいたのが気になる。

 あの笑い方は擬音(ぎおん)にすると『ニヤリ』のやつだ。とはいえ、嫌らしい感じはしなかったが。


 限定メニューと言うからには準備に時間がかかるのだろうか?

 という俺の心配は杞憂となり、ウェイトレスが注文を受けてからさほど待たされることもなく飲み物とスイーツが運ばれてきた。


 限定メニューってのはどれだ? ん? これか?

 薄いピンク色の皿にパイケーキのような物がのっている。

 何かの花をかたどったデザインに見えるのだが……、限定メニューって言うわりには意外と地味だな。大きさもそれほどではない。

 小分け用の皿とナイフが用意されているのを見るに、切り分けて食べろということなのだろう。


「取り分けますね」


 ティアがパイケーキらしき物にナイフを入れる。

 八等分に切ると、二つの小皿へ四つずつ取り分けて皿の一つを俺の前に置いた。


「ンー!」


 俺の隣に座ったルイが両手でテーブルの縁をつかんで催促する。


「待て待て、俺のを一切れやるから」

「ま、待ってください、先生!」


 慌てたようにティアが割り込んできた。


「それは先生が……、全部食べてくださらないと……」

「は? 別にいいだろ? 一切れやるくらい。俺は別にかまわんし」

「いえ……、その…………。あ! そ、そうです! このスイーツにはモンスターが食べると有害な食材が使われてるんです! だからルイには食べさせられないんです!」


 人間は大丈夫でもモンスターが食べると有害って、そんな食材あったっけ?

 っていうかお前、今思いついたっぽい反応だったのは気のせいか?


「ほら、ルイ。これがあなたのよ」


 疑いのまなざしを送る俺から目をそらしながら、特別メニューと同時に運ばれてきたスイーツのひとつをルイへと差し出す。


 ルイに差し出されたスイーツは、縦に長細い容器へこれでもかと言わんばかりに盛りだくさんの甘味が満載されたパフェっぽい何かだった。

 器の中程まではチョコレートの黒でマーブル模様となったアイスが入っており、その上には色とりどりの球状ゼリーが宝石のように敷き詰められている。

 さらに球状ゼリーの上へ多種多様のフルーツと生クリームがのせられたその様は、着飾りすぎてろくに身動きがとれなくなった貴婦人を思わせた。

 いったい何種類の食材が使われているのか想像もつかない。


 器からこぼれ落ちんばかりのパフェもどきにルイの目は釘付けになる。

 そりゃそうだ。確かにインパクトは相当な物であろう。

 その豪華さの前では限定メニューがかすんでしまうのも仕方があるまい。

 ルイの目にはもはやパフェもどきしか見えていない様子だ。


 おい、ティア。

 なんでそこで拳を握りしめる? その勝ち誇ったような顔は一体何だ?

 挙動不審(きょどうふしん)なティアを(いぶか)しみつつも、俺は目の前の限定メニューに手をつけた。

 ルイはわき目もふらずにパフェもどきをかき込むのに夢中だし、ティアはときおりチラチラとこちらを見ながら特別メニューを食べている。


 まあせっかく三時間も並んでまでたどり着いた限定メニューだ。

 俺もおとなしく目の前の甘味に舌鼓を打つことにしよう。


 パイケーキらしき特別メニューは見た目通りの焼き菓子。

 サックリとしたミルフィーユ状の生地の中に甘く味付けした黄色い果実が包まれていた。

 断面から柑橘(かんきつ)系の香りが(ただよ)い、俺の食欲をそそる。


 ひとくちかじると口の中に爽やかな酸味と甘みが広がり、脳の中枢にあるんだかないんだか定かではない幸福中枢を刺激する。

 さすがに人気店だけあって味はなかなかのものだ。後味も悪くない。

 長い間待たされてお腹が減っていたのか、それとも特別メニューの味が思いのほか美味しかったからか、目の前にある皿はあっという間に空と化す。

 ティア達が食べ終わったら少しだけ飲み物でのどを(うるお)して、早々に店を出ることとしよう。


 本音を言えば、三時間も並びっぱなしだったのだからもっとゆっくりしたいところではある。

 だが店の外にはいまだに長蛇の列が続いているのだ。あまり長居するのも迷惑だろう。


 おまけに居心地もちょっと悪い。

 よく見てみれば周りは若い男女のペアばかりだ。

 くそっ! リア充どもめ!


 ん? そういえば今の俺も見ようによってはリア充に見えるのか……。

 なるほど、単に女連れだからといってすぐさまリア充認定するのは早計(そうけい)というものかもしれないな。

 うん。そう考えれば腹立ちも多少は収まるというものだ。


 しかし多少収まったところで、やはり不愉快なことには変わりない。

 おまけに気のせいかもしれないが、男の方がちょこちょことこちらをのぞき見してるような気配も感じる。街中で向けられた視線と同じだ。


 視線の先は……、やっぱりティアだろうな。

 あ、あそこの男。同席してる女に怒られてやんの。

 ざまあ! いい気味だ。


 そんな感じでまわりの様子を眺めながら一時のティータイムを楽しんだ……のも(つか)の間、俺達は空き皿を回収しに来たウェイトレスが発する無言のプレッシャーで押し出されるように店を後にした。

 なるほど、ああやって回転率を上げるわけか。嫌らしい接客マニュアルだ。


 まあ別に良いけどな。

 ルイはお腹がふくれてまたウトウトし始めてたし、ティアはといえば話しかけても上の空といった感じだった。

 ひとりでワタワタしたり赤くなったりするのは、普段とのギャップが際立って、見ている分には面白かったけど。




 豪勢なパフェもどきを完食して上機嫌のルイと、終始ニコニコ笑顔――むしろニヤニヤ顔――のティアと連れだって歩道を歩く。

 そろそろ昼ご飯の時間だが、甘い物を食べたばかりでお腹はそれほど空いていない。

 さてどうしようか、と相談していた俺達に突然後ろから声がかけられた。


「おう、そこの嬢ちゃん!」


 なんだろうね、この展開。嫌な予感しかしないんだが。

 むさ苦しいダミ声は、どうやらティアに向けられていたようだ。


「嬢ちゃん可愛いじゃねえか。どうだ? 時間があるなら俺達と昼飯でも一緒に食わねえか?」


 振り返ると、そこにふたりの男。

 ひとりはスキンヘッドで細身の長身。

 身につけているのはシンプルな作りのポロシャツにコットンパンツ。

 だが目を引くのはその腰に下げられた長剣だ。

 街中での帯剣は法律で認められているが、普通の人間ならこれ見よがしに人目のあるところで持ち歩いたりはしない。

 もちろん警邏隊(けいらたい)にもいい目をされないどころか、下手をすると呼び止められる。

 つまり用もないのに武器を持ち歩くというのは、それだけで周りの人間をして眉をひそめさせる行為なのだ。


 もうひとりは俺よりも少し背の低い小太りの男。

 これまた腰には短剣らしきものを下げている。

 膝上の短パンにTシャツと麻のベストという格好、坊ちゃん風の髪型、いずれもその顔立ちとちっともマッチしていない。


 一目見て『関わり合いになるべきではない』人種である。


「どうだ、言った通りの上玉だろ?」

「ああ、おめえの目は確かだよ」


 先ほどのダミ声はノッポの方だったらしい。小太りの方は少々(かん)高い声だった。


「行きましょう。先生」

「おいおい、つれねえな。そんなこと言うなよ」


 ティアは早々に無視を決め込んで立ち去ろうとするが、そうはさせじとダミ声が進行方向へ回り込む。


「そう構えんなよ。何も取って食おうってわけじゃねえんだ。俺は探索者やってるドニーってんだ。こっちのちっこいのは相棒のザック」


 なんだ、探索者だったのか。だったら普段から武器を持ち歩いてるのも当たり前だろうな。


「で? その探索者さんがどんなご用で?」


 ティアの目が冷たさを増したように感じる。ああ、まるで道端に落ちたボロ雑巾を見るような目だ。


「いやな、さっきすれ違った時、嬢ちゃんを見て俺の頭にこう、ビビッときたわけよ」

「お医者様へ行かれたらいかがですか?」

「こんなべっぴんさんと巡り会ったのも神様の(おぼ)()しだ。これは是非とも声をかけなきゃ、ってな」


 お前の信じる神様はずいぶん暇だな。

 とりあえず安心した。何のことはない。ただのナンパっぽい。


「まずはお互いのことをよく知るためにもランチを一緒に――」

「お断りします」


 ばっさりと、しかもかぶせ気味に一蹴する銀髪少女。


「いや、そんなこと言うなよ。ちょっと飯食うだけじゃねえか」


 だめだこいつ。ナンパするんならもうちょいアプローチの仕方考えろよ。

 第一声が『嬢ちゃん可愛いじゃねえか。どうだ? 時間があるなら俺達と昼飯でも一緒に食わねえか?』って……。

 ああ、まあ一応字面(じづら)的には女の子を褒めた後に相手の都合を聞いた上で誘っているのか。

 言葉遣いが粗野(そや)だから(から)んでいるようにしか聞こえないけど。


 相手がティアだからまだ良いが、普通の女の子だったら確実におびえるぞ?

 もう少し物腰や言葉遣いをやわらかにして、女の子の警戒心をほぐすようにしなきゃだめだろ。

 軽い一発芸で相手の笑いを誘うくらいがちょうど良いだろうに。

 いや、実際それで失敗しても責任は持たないけどな。


 第一、女の子ひとりに男ふたりで声をかける時点でおかしい。

 そんなのにホイホイついて行くのはよほど警戒心の薄い田舎娘だけだ。


 さらに言えば、ハッキリ断られてるのに食い下がるのも良くないだろう。

 印象を悪化させるだけでまったく利がないんだがな、そういうしつこいのは。


 そもそも大前提として男連れ(俺のことな)の女の子に声をかけるというのが意味不明だ。

 まさかこいつらには俺が見えてないのだろうか?


「さきほど軽食をいただいたばかりでお腹は減ってませんから。加えて私にはあなた方とご一緒する理由がこれっぽっちもありません」


 もはやティアの顔には無表情を通り越して敵意すら浮かびつつある。

 怖いな。視線を向けられているのが俺だったら、即座に両手両足へ全軍撤退を許可してしまいそうだ。


「ざけんなよ! 俺に恥かかせる気か! 良いから来いってんだよ!」


 逆ギレとか、最悪だ。


 激高したノッポ男がティアの腕をつかもうと手を伸ばす。

 普通の女の子だったら強く腕をつかまれて悲鳴をあげる場面なんだろう。

 だが残念ながらティアは普通の女の子ではない。


 往路で見たグラスウルフとの戦闘はちと想定外だったが、もともとそれなりの防護術は身につけているのである。

 魔力に至ってはフォルス並のふざけた量を持っているから、全力を出したティアは結構あなどれない。


 つかみかかる腕をひらりとかわすと、逆にその手首をつかみ取り、体を沈み込ませて反対側へと身をおどらせる。

 腕はつかんだままなので、相手のノッポは関節部にあらぬ方向へと力を加えられて身動きが取れなくなった。


「痛てててて!  放せ! 痛えって!」


 なかなか華麗な暴漢鎮圧(ぼうかんちんあつ)術だった。相手がティアの事を『たかが小娘』と(あなど)っていたのもあるだろう。

 ティアが拘束していた腕を解放すると、憎々しげな顔でにらみ返してくる。

 だが一応、衆人環視(しゅうじんかんし)のもとで剣を抜かないだけの自制心はあるらしい。

 チンピラにありがちな捨てゼリフを吐いて、ふたり並んで立ち去っていった。


「なんですか、あのゴロツキ達は? 人がせっかく良い気分で余韻(よいん)に浸っていたというのに……」


 ぷんすかと頬をふくらませてぼやくティアをなだめつつ、学都の街並みを見て歩く俺達に次から次へと試練はふりかかる。

 その後、結局宿へ戻るまでの間に街中で八回声をかけられた。その全てがティア目当てのナンパだ。


 どうなってんだ、この町は?

 国内一の文化都市じゃなくて、繁華街のナンパスポットとかそれに(るい)する何かなのか?

 おまけに声をかけてくる男連中は、そろいもそろって俺という同行者がいることに気がつかない様子だ。


 もしかして俺のことを小間使いの従者だとでも思っているのだろうか?

 それとも俺みたいなのは眼中にないって事か?

 あるいは男連れでもナンパ対象になるのがこの町のローカルルールなのか?


 さすがに全てが全て、最初のノッポ男みたいに実力行使にうったえるやつばかりではなかった。

 オモロイ系の男もいたし、キザったらしい物言いの男――本人は紳士的と言い張った――もいたが、いずれにせよ迷惑なことに変わりはない。


 うんざりしたティアが「男よけです! 男よけ! 仕方なくです!」と言い張りながら俺と腕を組んで歩くのだが、それでもなお声をかけてくるナンパ男達には開いた口が塞がらなかった。

 耳まで赤くして俺の腕にしがみついてくるティアはたいそう可愛かったので、まあ『良いもの見られた』ということで良しとしよう。悪い気はしないし。


 もっとも、それを見たルイがティアの真似をして反対側の腕にしがみつくものだから、地味に不自由だったのも確かである。

 その後は結局、大通りの屋台でいくつかのつまみ食いをしただけで宿に戻ることになった。

 

 朝から人気のカフェで三時間並び、野郎どもの突き刺す視線を浴びながら街歩きをしただけだったな。

 わざわざ学都まで来ておいて何やってんだか。

 まあ、ティアもルイも楽しそうだったから良いとするかね。


2021/03/26 誤字修正 眠気まなこ → 寝ぼけまなこ

※誤字報告ありがとうございます。

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