第26羽
「なんか良い人いないかなあ?」
「唐突に何ですか? うちは結婚相談所じゃありませんよ。そういったご相談はよそでどうぞ」
目の前のクールビューティは素っ気なく言い捨てた。……って、またこのパターンかよ。
「そんなつれないこと言わないで、誰か紹介してよ」
「だからわけのわからないことを言わないでください。久しぶりにいらっしゃったかと思えば、……本当に相変わらずですね、レバルトさん」
セリフの途中に盛大なため息を挟んで、彼女が言う。
俺の目の前にいるのは『出会いの窓』の受付職員アルメさん。
白を基調としたブラウス風デザインの制服に、翡翠色のポニーテールが映える。
知性あふれんばかりの顔立ちは、スーツ姿で立っていればどこかの社長秘書と言われてもすんなり納得できるだろう。
この世界にはメガネがないが、あれば絶対に似合うと俺は確信している。
「今紹介できるような仕事はありませんよ。レバルトさん」
「あ、いやあ。今日は仕事を探しに来たんじゃないんだよ」
ピクリ、とアルメさんの眉が片方だけつり上がる。
「ということは、なんですか? 単に冷やかしに来ただけだと?」
「ち、違う違う! 護衛やってくれる人を探しに来たんだよ」
美人の怒った顔は怖い。俺はあわててここへ来た理由を口にする。
「護衛? レバルトさん、護衛を雇いたいと?」
「そうそう。ちょっと急なんだけど、学都へ行くことになってさ。その道中の護衛をしてくれる人を探したいんだよ」
「そういうことですか。それならそうと言ってくだされば良いものを。紛らわしい言い方をなさらないでください」
「ごめんよ。つい、ね」
俺は頭をかいて謝罪した。
「それで、どのような護衛をお探しですか?」
「さっきも言ったように、学都までの道中を護衛してくれる人をひとり。報酬は……、片道五万円くらいかなあ?」
「そうですね。学都まででしたら列車で二日くらいでしょうから、そんなものでしょう」
二日の道程で五万円ということは、一日あたり二万五千円ということだ。
命がけの仕事にしては安過ぎるように感じてしまうが、実際にはそこまでの危険に遭遇することはめったにない。
列車で移動するならなおさらだ。この程度の報酬が一般的な相場といえる。
「往復ではなくて、片道だけでよろしいのですか?」
「うーん。向こうで数日滞在する予定だからなあ。滞在中は護衛も必要ないし、かといって仕事もないのに数日待機してもらうわけにはいかないだろう?」
「そうですね……。あ、そういえば出発はいつなんですか?」
「出発? 明後日か明明後日を考えてるんだけど」
言った瞬間、アルメさんの眉が見るからにゆがむ。
「それはまた……、確かに急ですね」
「なんせさっき学都行きが決まったばかりだからな」
「しかし、そうすると困りましたね」
アルメさんは形の良いあごへ手をあて、少し考え込むような格好になる。
「なにが?」
「いえ、ちょっと今は二級戦闘資格保有者が出払ってまして……」
彼女はカウンターに設置された情報端末を操作しながら説明する。
「ああ、やっぱり。今週いっぱいは手の空いた方がいらっしゃいませんね」
「え? 誰も居ないの?」
「はい……。三級の方なら大勢いらっしゃるのですが……」
申し訳なさそうな声でアルメさんが言う。
「三級じゃなあ……」
三級戦闘資格はせいぜい素人に毛が生えた程度でしかない。
実戦経験のないペーパーファイターがほとんどだから、とても護衛として雇えるほどの信頼性はないだろう。
やはりスケジュールがタイトというのが問題だよなあ。
もう少し日程に余裕があれば良かったんだが。
「まいったな……」
カウンターを挟んで、腕組みをした俺と申し訳なさそうな顔をしたアルメさんが向き合う。
こうして唸っていても問題は解決しないのだが、とはいえ他にあてもない。
フォルスが町に居れば真っ先に頼むんだが、あいにく今あのチートメンは町を離れている。
最悪の場合エンジに頼むか?
でもあいつを連れて行くと、護衛どころかむしろ自らトラブルを起こしそうだしなあ。
「あの……、ちょっといいでしょうか?」
眉間にシワをよせて唸っている俺の背後から、若い男が声をかけてきた。
振り返るとそこにいたのは剣士風の装いをした男だった。
特別ガタイが良いというわけでもないが、均整の取れた筋肉が素人ではないということを示していた。
一部分を金属板で補強した革鎧に身を包み、腰には標準的な長さの両刃剣らしきものを差している。
顔立ちは平凡だったが、鮮やかに映える赤い短髪が印象的だ。
「すみません。お話が耳に入ってしまったのですが」
青年は申し訳なさそうに話す。
「護衛をお捜しとか? ちょうど私も仕事を探していたところなんですが」
「あなたは?」
「ハーレイといいます。今朝方この町に着いたばかりなんですよ」
アルメさんの問いに、人好きのしそうな笑顔で青年が答えた。
ハーレイというのが彼の名前らしい。
「さきほど入ってきたところでお二人の会話が耳に入りまして。もし良かったら私を雇いませんか?」
「あんたをかい? ……そうだな。学都までの護衛なんだが、二級戦闘資格持ってるか?」
「はい、それは大丈夫です。実戦経験の方もあります。山賊や狼の群れを相手にしたこともありますよ」
「ほお、そりゃ心強い。片道五万円で食事はこちら持ちだ。出来れば明後日には出発したいんだが、スケジュールは大丈夫か?」
「ええ。今のところ何も予定はありませんから、いつでも大丈夫ですよ」
渡りに船というヤツかも知れない。見た感じ悪い人間じゃなさそうだしな。
「ちょっと、ちょっと待ってください!」
そこへアルメさんが口を挟む。
「ハーレイさん、でしたっけ? どこかの町にある出会いの窓で登録されたことはありますか?」
「いえ、ありませんけど」
「それは困ります。まずは就業者登録をしていただかないと、こちらで仕事の斡旋をする事はできません」
あー、確かにそうだった。
俺も最初に登録とかでいろいろ書類書いたり面接受けたりしたよ。
ただ、そうすると問題がひとつあるんだよな。
「でも、確か登録って結構時間かかるんじゃなかったか?」
「そうですね。今は時期が時期ですので登録希望者も少ないですし……、一週間くらいでしょうか」
「それじゃ間に合わないだろ」
「しかし依頼者と請負者、双方の利益と安全を守るためには必要なことなんです。無用なトラブルを防ぐためにも事前の就業者登録くらいはしていただかないと」
「だーかーら。出発まで時間がないんだよ。だったらあれか? 特例で明後日までに登録手続きやってくれるってのか?」
「それは無理です」
「だったら今回は目をつぶってくれよ。窓を通さずに直接依頼ってことにするからさ。えーと、ハーレイさんだっけ? あんたもそれで良いだろ?」
「はい。私は報酬さえきちんと支払っていただけるなら構いませんよ」
「……仕方ありませんね」
結局、何かトラブルが発生しても窓は一切関与しないということで話がついた。
問題があれば俺とハーレイさんの当事者同士だけで解決しろ、ってことだ。
え? なに?
大丈夫か、って? なんかフラグっぽい、って?
うーむ。そりゃ少々不安はあるが、背に腹は代えられない。
なんせ他に人が居ないのだ。
幸いこのハーレイさん、悪人には見えない。エンジを護衛にするよりはマシだろう?
その後、ハーレイさんと窓を出て、近所の喫茶店でお茶を飲みながら条件をすりあわせる。
ハーレイさんは西の方角にある町の出身らしい。
町の名前を聞いてもピンと来なかったので、あまり有名なところではないようだ。
学校を出てから一人で国中を旅しているらしく、現地で日雇いの仕事をしたり護衛を請け負ったり、時には危険性の高いモンスター退治の仕事を受けたりして路銀を稼ぎ、移動した先の町でまた同じように仕事をするという生活だとか。
そういえば前世で兄貴が似たような事をしたと言っていたなあ。
大学生の頃に長期休暇を使って自転車で日本縦断とかしたらしい。
テントと寝袋を積み、行く先々で野宿したり、現地で仲良くなったひとの家に泊めてもらったりしたそうだ。
ハーレイさんと同じように日雇いの仕事でお金を稼ぎながら、三ヶ月かけて北から南まで走破したと自慢げに話していた。
もっとも最初は夏休み中に戻ってくるつもりが、大幅に予定日数をオーバーしてしまったため、後期の単位を落としまくって危うく留年するところだったと笑っていた。
それでも得るものはとても大きかったと楽しそうに語る兄貴の顔を思い浮かべる。
まあそれは良いのだが、「お前も学生のうちに絶対経験しておけ!」と言って自分が使っていたテントや寝袋を押しつけてきたのには正直まいった。
体育会系の兄貴と違ってインドア派の俺にとってはいい迷惑でしかなかったからな。
前世の兄貴は思い立ったら即実行でまわりをグイグイ引っぱっていくタイプだったが、ハーレイさんも同じようなタイプなんだろうか?
見た目は落ち着いた好青年といった感じなんだけど……。
だが俺のそんな疑問はハーレイさんと話をしているうちにすっかり消え去っていた。
彼は終始物腰が柔らかく丁寧で、俺の言葉に質問に対する答え方も落ち着いた印象だったため、俺は安心して契約条件の細部を詰めることができた。
目下の悩みは往路のみの契約にするか、往復の護衛を頼むかという点だった。
学都に着いてから帰路につくまでの数日間、護衛は必要ないのだが、かと言って何もメリットが無いハーレイさんを拘束し続けるわけにもいかない。
さすがにその待機期間まで護衛報酬を払うというのも無駄に思える。しかしこの問題は案外簡単に解決した。
「ちょうど学都見物もしてみたかったですし、往復の合計四日間だけ雇っていただければ構いませんよ」
にこやかにハーレイさんが言う。
こちらの都合で申し訳ないので、滞在中の宿代を半分出すと申し出ると、逆に礼を言われる始末だ。
往復の護衛で合計十万円。プラス宿代の半分と護衛中の食事はこちら持ち。出発は明後日のお昼ということで話がついた。
やれやれ。一時はどうなることかと思ったが、なんとか護衛を雇うことができたな。
話を聞けば、ハーレイさんの泊まっている宿が俺の家から近いということで、帰り道がてら家の前まで案内した。
最初は駅で待ち合わせしようと思ったんだが、せっかく近くに宿を取っているんだ。
当日の朝、ついでに家まで迎えに来てもらうということにしたわけだ。
「あれが俺ん家だ。なかなかのもんだろう?」
「あ、ええと……、そうですね。なかなか……味のあるお宅、……ですね」
気遣い特盛りという感じでハーレイさんが言葉を濁す。
「お帰りなさいませ、先生」
「ンー!」
家の正門へと近付くと、そこには竹ぼうき片手に掃き掃除をするティアが居た。
その側には道端に生えている草をしゃがんで眺めているルイも居る。
「そちらの方は?」
ティアの視線がハーレイさんに注がれた。
「ああ、今回学都までの護衛を引き受けてくれることになった、ハーレイさんだ」
「ハーレイです。よろしくお願いします」
頭を下げて、ハーレイさんが笑顔で挨拶をする。
「そうでしたか。私は先生のアシスタントでティアと申します。以後お見知りおきください」
たおやかに腰を折るティア。
だが彼女の表情はまるで能面で、その目はひどく冷たく見えた。
はて? 確かにティアは初対面の人間に壁を作る傾向があるが、それにしても今日の態度はいつも以上に冷たい感じがする。
ハーレイさんみたいなタイプ、嫌いなんだろうか?
「それでは、レバルトさん。明後日のお昼ごろ迎えに来ますね」
「よろしく頼むよ」
ティアの冷たい態度に気づいているのかはわからないが、ハーレイさんは簡単に挨拶だけして宿への道を歩いて行く。
その後ろ姿を見るティアの目は、まるで彼をにらみつけているかのようだった。
「どうした? ティア」
「……いえ。何でもありません」
明らかに不審なそぶりを見せていたんだが……。
まあつついたところでティアが素直に話すとも思えない。
「それよりも先生。護衛が見つかったと言うことは、出発の日時ももう決めたのですか?」
「ああ。明後日の昼ごろには出ようと思うんだが」
「わかりました。それではそのように準備します。荷造りは私にお任せください」
ティアはそう言うなり、そそくさと家へ入っていく。
その足取りはずいぶん余裕がなさそうに見えた。
「なんだあいつ? らしくないな」
「ンー?」
ポツリとこぼした俺の独り言に応えたのは、ルイの口から不思議そうにもれた声だけだった。
2018/01/08 設定修正 特徴的なやや赤みがかった長い金髪をうなじの部分で結っているの → 鮮やかに映える赤い短髪
2021/07/06 修正 明後日の朝九時ごろ → 明後日の昼ごろ
※ご指摘ありがとうございます。




