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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第二章 思いもよらぬ幸運にはもれなく厄介事がついてくる

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第25羽

 翌日の午後、いつも俺がお世話になっている共悠(きょうゆう)出版の担当者がやってきた。


「やや、どーもどーも。いやー暑いねほんと最初は車で来ようと思ったんだけど会社出て駐車場に行く間にレバルト君のところには車止めるスペースないって事に気づいてでももう乗り合いバス用のチケット使い切っちゃっててあわてて経理の子にチケット出してよって言ったんだけど正規の手続きしないとダメとか言うんだよひどくない? だって正規の手続きって申請書類三日前までに出さないといけないんだよおまけに部長が出張中だったりするとそこで申請止まっちゃうから場合によっては一週間くらいかかっちゃうんだよねどっちみち今日中に承認おりるわけがないから手遅れなんだけど形だけでもそこを何とかしてあげようとかいう気遣いはないのかね最近の経理の子はって言うかだいたい経理の人間って何であんな杓子定規(しゃくしじょうぎ)なんだろうねこっちは毎日汗水流して町中かけずりまわってるってのに。しょうがないから今日はもう半分自棄(やけ)で走って来ちゃったんだけどやっぱり運動不足だね学生時代は結構運動得意だったんだけどちょっと走っただけですぐ息が上がっちゃうんだよな最近酒の量が増えたからなんだか僕のお腹も(たる)みたいになってきちゃっててこのままじゃまずいなとは思うんだけど仕事に追われてなかなかスポーツとかする余裕もないんだよねいや確かに言い訳がましいかも知れないけどホントに忙しいんだよああアシスタントさんありがとうちょうどのど渇いてたんだ冷たいお茶なんて気が利くなあ」


 やってくるなりマシンガンのようにしゃべり始めた灰色スーツ姿の男に、ティアが魔法で冷やしたお茶を差し出した。

 放っておいたらいつまでも話が終わりそうになかったので、正直助かった。

 よくやった、ティア。でもそのしたり顔は良家の子女としてどうかと思うぞ。


「それで、ヤムさん。何でまた今日はわざわざうちまで? 呼んでもらえばこちらから出向きましたよ?」


 透明なグラスから冷たいお茶を飲み干した彼が、再び怒濤(どとう)のしゃべくりを始めないうちに機先(きせん)を制する。

 のどを潤して一息ついた共悠出版の担当者――ヤムさん――は、ソファーへ腰掛けたまま上半身だけでリビングテーブル越しに身を乗り出す。

 笑みを浮かべながらの思いもよらぬ行動を見せられ、反対側のソファーに座っていた俺は思わずのけぞってしまった。


「レバルト君は学都って行ったことある?」

「学都……、ですか?」

「そう! 学都だよ学都。例え行ったことがなくても聞いたことくらいはあるだろう国中の学問という学問が集まる知識の都だよ魔術師科学者哲学者歴史学者に生物学者ありとあらゆる学問の探究者達が集う賢者の(いおり)にして未来を志す若き頭脳が日夜切磋琢磨(せっさたくま)する虎の穴もちろんそれには文学も含まれていて我が共悠出版をはじめとする出版関連企業が本社を構える文芸のメッカでもある学都だよ。僕も時々本社へ出張するから行くんだけどあそこはホントすごいんだ国内随一の書店にいくと棚とか五メートルくらいの高さがあるんだよ一番上の棚なんてどうやって手に取れって言うんだろうねすぐそばに脚立(きゃたつ)はおいてあるんだけどその脚立からして一メートルくらいの高さしかないんだから一番上の本を取ろうと思ったら身長三メートル以上必要じゃないかでもそれってほとんど巨人だよね。ちょっと表通りから外れると古本屋がたくさん並んでるところもあってね五軒くらいはしごすると絶版になって今では手に入らない希少本がたまに見つかったりするんだよそのときの嬉しさと言ったらもうね宝物探すトレジャーハンターってああいうのを味わいたくってやってるのかもしれないね最近僕も行ってないからもしかしたら珍しい本がまた入荷してるかも知れないと思うと今度の休みにでも自費で行こうかな。で、行ったことある?」


 毎度のことだがこの人の話は早口の上にまわりくどい。

 というか暑苦しい。

 会話の八割方は余分な情報だから、『結局最初と最後だけ聞いていれば良んじゃね?』ということに気がつくまで結構な時間がかかったものだ。今じゃ慣れたけどな。


「いえ、ないですね。いつか行ってみたいとは思――」

「よし行こうじゃあ行こう是非行こう。七日後には向こうに着いておく必要があるから移動の日数を考えると二日前には出発しておいた方が良いねいやせっかく学都に行くんだから観光もしたいだろうし列車が遅れた時の保険として余裕を持っておいた方がいいかだったら五日前に出発として明後日かな? レバルト君スーツとか持ってるかな髪型はまあそれでも問題ないけど出発前にはちゃんと床屋さんで整えてもらってねあと靴は大事だよ靴は結構気を遣わない人も多いんだけどまわりがまわりだからねいくら着飾っても靴がみすぼらしかったり古かったり汚れたりしてると足もと見られ――」

「ちょ、ちょっと待ってください! 話が全然見えないんですが、何で俺が学都に行かなきゃならないんですか?」


 俺の言葉をさえぎってマシンガンをぶっぱなし始めたヤムさんの話へ、さらに無理やり割り込んでストップをかける。

 そうでもしないとこの人、言いたいことだけ言って帰るような気がするんだ。

 しかもこっちは何が何だか分からないままで。


「授賞式に出るんだよ」

「誰がですか?」

「レバルト君が」

「何の授賞式に?」

「共悠出版の新人賞授賞式に」

「どうしてですか?」

「……意外にレバルト君って察しが悪いねえ。君が受賞したからだよ」

「受賞……?」

「そう。受賞」

「…………」


 一瞬頭が真っ白になる。なんだか事態をうまく飲み込めない。

 数秒かけてヤムさんの言葉を反芻(はんすう)し、ようやくその意味を理解した俺は思わずすっとんきょうな声をあげる。


「えええええーーーー!?」

「え!?」


 同時に俺の横に座っているティアの口からも驚きの声が上がっていた。


「と言っても新人賞そのものではないんだけどね新人賞と合わせて十個くらいの賞があってレバルト君が受賞したのはそのうちの一つだよ新人賞っていうくせにいくつも賞があるからずいぶんややこしいんだけどね僕はこの新人賞っていう呼び方やめた方が良いと思うんだよもちろん一番の目玉は新人賞なんだけどそれ以外の賞がなんかおまけみたいに聞こえちゃうじゃない。それと急な話だなと思ったでしょ僕もそう思うよ本当なら受賞の連絡と招待状はもっと早くに届くんだよ実際他の受賞者にはもうとっくに届いてるしねレバルト君への連絡が遅れたのはどうやら他の賞が決定したあとに追加で受賞が決まったかららしいよこの前出したダンジョンからの生還を書いた物語がとても臨場(りんじょう)感があるとかで特別審査員の目に止まって急遽(きゅうきょ)受賞になったらしいね。今までレバルト君が書いてきた作品はどれもなんというかね魔法が存在せず電気の力だけが発展した世界だったかなあれはどうにもリアリティがないというか一般受けしないんだよねえマニア向けというかなんというかアクションがどうやっても地味で今ひとつという感じがするんだけど今回の作品はその辺りがとても良くなってたよ話題性があったのも良かったしねとにかくおめでとうレバルト君」

「お、俺が受賞……?」

「おめでとうございます。先生」


 普段、来客時はあまり口を開かないティアが、この時ばかりは嬉しそうに言った。


「マジかよ、驚きすぎて混乱してきた……。あ、ヤムさん。ちなみに受賞したのはなんていう名前の賞ですか?」


 彼は腕組みをして何も無い天井を見あげたかと思えば、やがて視線をさまよわせはじめる。


「えーと……、なんだったっけな…………、思い出せないや」


 おいこら。なんだそりゃ?


「まあでも受賞したのはホントだよこれ授賞式の招待状ね君と護衛ふたり分の往復旅費はこちら持ちだけどあっちでの宿泊費用は出ないから気をつけて受賞式は七日後だけどさっきも言ったように余裕を持って出発することをおすすめするよ早く着いたら着いたで観光してまわるといいだろうし是非とも国立学院の図書館は目にしておくべきだと思うよあれは壮観だし蔵書の数も圧倒的で廃刊になった雑誌や古本屋でもめったにお目にかかれないような書籍もほとんどおいてあるから本好きにはたまらない場所だね一日中でも過ごせるよでも近くにバスの停留所がないのが不便なんだけどねまあそれくらいは許容できる点かな」


 相変わらず早口でまくし立てながら、ヤムさんが俺に封筒を渡してくる。

 中を見ると招待状と学都までの旅客列車往復チケットが入っていた。


 その後も流れ落ちる滝のごとく膨大な言葉の数々――八割方不要な情報――を垂れ流したあとでヤムさんは帰って行った。

 ヤムさんが去ったあと、俺は受け取った招待状へ目を落とす。


「まさか俺が賞をもらうなんてなあ」

「本当に驚きました。夢でなければ良いのですけど」

「ははは。案外夢オチだったりしてな。心配ならほっぺたでもつねってみれば良いっへ、おひ! いひゃいいひゃい!」


 客が居る間は人畜無害を装っていたアシスタントも、人目がなくなった途端にこれだ。

 つねるなら自分の頬を使えよ。


 それはそうと、これが夢やドッキリじゃないとしたら準備を急ぐ必要がある。

 なぜなら授賞式はさきほど聞いた通り七日後、場所は学都だ。

 学都までは列車で二日かかるとして、ヤムさんの言う通り余裕を持って出発しようとすると準備にかけられる日数は少ない。


「ティア、悪いけど旅行用のカバン探しておいてくれるか? 俺は窓に行ってくるからさ」


 俺は少し赤くなっているであろう頬をさすりながら言った。


「カバンを探すのは良いのですが、どうして窓へ?」

「ヤムさんも言ってた通り、ほら、護衛分のチケットも用意してくれてるしさ」


 そう言って、封筒に入っていたふたり分の往復乗車チケットをひらひらと揺らす。


「窓で護衛してくれる人を探してこようかと思って」


 俺の答えを聞いたティアがとたんにむくれる。


「そんなもの雇わなくても、私が同行すればいい話じゃありませんか」

「え? いや……、でもなあ……」

「なんですか? 私には荷が重いとでも?」


 見るからに機嫌を悪くする銀髪少女。

 確かにティアは優秀なアシスタントだし、俺と比べれば人一倍の魔力量を持ったティアの方が強いのは間違い無いだろう。

 とはいえさすがに対盗賊や対野獣の戦闘能力を求めるのは無茶というものである。


 そもそも護衛というのは単に強ければ良いというものじゃあない。

 もちろん賊や暴漢に襲われた時はその強さが大事なのは間違いない。

 しかし実際には『襲われるのを未然に防ぐ』というのも護衛の大事な仕事だ。 


 見た目が弱そうな護衛だと無法者も嬉々(きき)として襲いかかってくるだろうが、筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)強面(こわもて)が護衛だったら相手も躊躇(ちゅうちょ)する可能性がある。

 えてしてチンピラの(たぐ)いというのは『弱そうなヤツにからみ、自分より強そうなヤツには近寄らない』のが世の常である。野生の獣と同じだ。

 強そうな見た目というのはそれだけで無用のトラブルを回避することが出来るのだ。

 逆を言えばいくら中身が強くても、それに反して見た目が弱そうだと不要なトラブルを呼び寄せてしまうことにもなる。


 自転車の鍵と同じような事だと思ってくれていい。

 ひとつよりふたつ、簡易な鍵よりも太いチェーン式のように見た目からして丈夫な鍵の方が盗難に遭いにくいだろう?

 自転車泥棒にしたって楽して盗める自転車を選ぶに決まってる。

 商業地にあるお店が夜間も店内照明をつけているのだって、空き巣などの防犯に有効だからだろうしな。

 被害にあった時の対応も大事だが、被害にあわないように予防線を張るのはもっと大事と言うことだ。


「……わかりました」


 時間をかけてそう説明し、加えて留守番と同時にルイの世話をする必要性を付け加えると、ようやくティアは不承不承(ふしょうぶしょう)ながらも聞き入れてくれた。

 もっとも、この世界では魔力量の多さで戦闘能力も大きく左右されるから、前世のように見た目が弱そうでも決して油断は出来ない。

 だがそれは相手が判断することであって、やはり強く見える護衛を雇うに越したことはないだろう。


 第一だ。よそ様の娘を仕事とは言え、泊まりがけの旅へ気軽に連れ出すわけにもいかんだろ?

 ティアの場合、家が家だしな。

 護衛するよりもむしろ本来は護衛される側の立場だろうに。


 ほらそこ。考え方がおっさんくさいとか言うなよ。

 しょうがないだろうが。なんだかんだ言って前世と合わせりゃ結構な年食ってんだからさあ。

 「女の子とふたり旅だ、ひゃっほうー!」とか単純に浮かれるわけにもいかんのさ。

 実際問題、ティアの親父さんに(にら)まれるのは嫌だからな。

 敵に回すと下手なヤクザよりも怖いんだぞ、ああいう家は。


「出発はいつにするんですか?」

「ああ、うーん……。ヤムさんも言ってたように少し余裕を持って出た方がいいだろう。護衛が見つかればの話だが、明後日か明明後日に出発といったところかな?」

「わかりました。では準備を急ぎますね」

「悪いな。頼むよ。俺は今から窓に行ってくるわ」


 俺はそう言って家を後にすると、窓に向かって昼下がりの街を歩いて行った。


2020/02/19 誤字修正 五件 → 五軒

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