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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第一章 異世界には夢もチートもなかった

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第23羽

「さあ。これで上層へのぼる階段も現れているはずよ」


 アヤによれば階段は実際にその存在が消えるというわけではなく、魔法による隠蔽(いんぺい)で別次元に一時退避させられているだけらしい。

 魔力を制御する設計図が消えたため、当然隠蔽されていた階段もその姿を現すはずだと断言した。


 確かにアヤの言う通り、降りてきた時に消えていた階段を俺達はすぐに見つけることが出来た。

 ときおり生き残りのモンスターを見かけることもあったが、先ほどまでとはうって変わって襲いかかってくるようなことはなかった。

 ゴーレムのような無生物型のモンスターは身動き一つする事無く、また生物型のモンスターは俺達を見ても無関心な様子で、あるものは通りすぎ、あるものはその場に横たわっている。


 アヤにしても、既に無害化したモンスターを切り捨てるつもりはないようで、俺達はモンスターを無視して悠然(ゆうぜん)とダンジョン入口を目指して歩く。


「そういや、なんでアヤはダンジョンの中核を壊しに来たんだ? こんなことしても何の得にもならないだろ?」


 特段興味があったわけではないが、帰りの道中で雑談混じりに聞いてみた。


「それは私も思います。確かにそのおかげで私たちは命拾いしたわけですが、アヤさん自身には何のメリットもないように思えるのですけど……」

「うーん。そうね。確かに私にとって益があるわけじゃないけど、放って置くわけにも行かない理由があるのよ」

「その理由ってのは?」

「集中しすぎた魔力の拡散よ」

「拡散、というのはどういうことですか?」


 突然フォルスが会話に割り込んできた。さっきまでひとりで何やら考え事をしていたっぽいのに……。


「さっき言ったわよね。ダンジョンは元々魔力が濃い場所へ中核を設置することで発生するって」


 アヤの説明に俺達はうなずく。ついでにルイもうなずく。話の内容わかってんのか、こいつ?


「本来なら濃い場所から薄い場所へと拡散するはずの魔力は、マーカーである中核に引き寄せられてさらに濃くなっていくの。自然界ではあり得ないほどによ」

「でも別に魔力が濃くなったからと言って、モンスターが自然発生するというわけでもないんだろ?」

「そうね。そういった心配はないわ。問題は人間への影響よ」

「オレたちっすか?」

「ええ。もちろん魔力が濃いからといっても、私たちのように健康な大人はたいして影響を受けないわ。でも抵抗力の弱い老人や幼児はどうかしら? そしてなにより私たちが最も懸念しているのは母胎(ぼたい)にいる胎児よ。自己を守る手段を持たない胎児はへその緒から母親の魔力を吸収する際、少なからず周囲の魔力をも一緒に取り込んでしまうわ。既に体が成長しきっている母親には無害でも、体や魔力が安定していない状態の胎児には大きな影響があるのではないか。そう考えている人たちも居るわ。私もそのひとり」


 思いもよらない話を聞き、俺達は沈黙する。


「これはあくまでも推測によるものだし、確たる証拠があるわけでもない。学者たちの間でもあまり主流とは言えない説なんだけど……」


 アヤはそう前置きする。


「ダンジョンが近くにある町では、その他の地域に比べて強い魔力をもった子供が生まれやすいみたいなの。多分この近くにある町もね。心当たりはない?」


 そう言われて思い返してみる。確かにそうかもしれない。

 もちろん個人差はあるので皆が皆というわけではないが、隣町からやってきた教師が言っていた気がする。


「この学校には将来有望な子が多いですね。もしかすると王宮勤めの魔法使いがこの中から何人か出るかも知れません。この調子でがんばって魔力を磨いていきましょう。あ、レバルト君は魔力以外のところでがんばりましょうね」


 ……最後のセリフ()らねえじゃん。くそ!


 まあとにかく教師の目から見てそれくらい有望な子供が何人も居たんだろう。

 何より俺のすぐとなりで神妙な顔をして話を聞いているイケメンなんて、まさに強い魔力をもった男の代表格だ。


 もしかして、俺もこの町で生まれていたら魔力が備わっていたんだろうか?

 俺の両親は元々田舎の村に住んでいたが、俺が赤ん坊の頃にこの町へやってきたらしい。

 妹と弟はこの町で生まれた。フォルス並みとはいかないが、俺と違ってかなり大きな魔力を持っている。

 この町で生まれたふたりは大きな魔力を持ち、同じ両親から生まれながらも俺の方は魔力をまったく持っていない。アヤの話を裏付けるかのような話だな。


「でも、魔力が強いのは良いことでは? 職業選択の幅も広がりますし、家族も喜ぶのではないですか?」


 ラーラの疑問ももっともだ。特に魔力が全くない俺から見れば、(うらや)ましい限りだしな。


「強い魔力が良い方向へ出ればそうね。でも必ずしもそう都合よくいかないの。強すぎる魔力は制御できるなら心強い味方になるわ。ただそれには学校で学ぶような知識や技術、そしてなにより経験がどうしても必要になるのよ。母親のお腹にいる胎児がそれを出来ると思う?」

「そりゃ無理っすよ」

「そう、中には本能的に魔力制御を身につける子だっているかもしれない。でもそういう自己防衛本能が働かないとどうなると思う?」

「どう……なるんだ?」


 恐る恐る訊ねてみた。


「強すぎる魔力に体の方が振りまわされるのよ。人によって症状はバラバラだけど、体の一部だけに魔力が濃く反映されてアンバランスになったり、あるいは望みもしない魔法的特性を得てしまったりね」


 全員が神妙な様子で聞き入っている。


「私が直接知っているのは……、発声器官が魔力を帯びて言霊を得てしまった子と、片腕に魔力が集まりすぎて肥大化してしまった子のふたりよ」

「その子達は、どう……なったんですか?」


 ラーラが疑問を投げかける。


「言霊を得た子は五歳で自分の親を殺してしまったわ。誰もが覚えのあることでしょうけど、かんしゃくを起こして母親に『死ね』と言ってしまったの。突然こときれた母親を見たその子があわてて『戻ってきて』と言ったら、今度は遺体が死霊化してしまったそうよ。その後も周りの人間が何人も死んだり行方不明になったり……。私が会った時にはもう手遅れ。精神が焼き切れて廃人みたいになってたわ」

「…………」

「腕が肥大化してしまった子の方はまだましね。魔力で結晶化してしまった腕を切り落とすことで生きながらえたから。ただその後が大変。純度が高くて大きさも類を見ない魔力結晶を巡って醜い争いが起こったの。その子の両親や親族、商人、貴族。国を巻き込んでの争奪戦よ。同じような魔力結晶をもう一度作ろうと試みた馬鹿な人たちのせいで、その子もあちこちの組織から狙われたわ。ホント、馬鹿な人たちよね。腕を切り落としたその時点でもうただの子供になってしまったんだから、再び結晶化なんて起こるわけがないのに」

「なんつうか……。胸くそ悪い話っすね」

「ええ。他の人はどう思うかわからないけど、少なくとも私はそんな子供達をこれ以上見たくないわ」


 なるほど。それなりの目的があってやってるということか。


「だからこんな風に町の近くにあるダンジョンへ潜っては、中核部を壊して回っている、と?」


 俺の問いかけに首を縦に振る。


「でもでもアヤさん。それはあくまでも推測なんですよね?」

「そうよ。でも放棄されたダンジョンの中核部を壊したところで、困る人間がいるわけでもないでしょう? だったら駄目で元々、出来ることをやっておくに越したことはないわ」


 アヤはラーラの青い目を見ながらそう答えた。

 奇特(きとく)というかなんというか……、一銭の得にもならないだろうに。

 そういう生き方、すごいとは思うが俺には無理だな。

 しかし、生まれながらの魔法的特性ね……。


「参考までに聞くんだが」

「なにかしら?」

「その強い魔力で生まれながらの魔法的特性を得た場合、もちろんその特性が望まない類いの物だった場合だけどな、その特性を治療することって出来るのか?」

「ケースによるわね。基本的には魔力制御の技術を磨くことで特性も抑えることが出来るようになるはずよ。ただ、現実にはそれが出来る年齢まで無事に成長する事が出来れば、という前提だけど」

「そうか……」


 アヤは何かを言いたそうにしていたが、俺が視線を切ってしまったため、それ以上追求してくることはなかった。


 そうやって話をしながら、俺達は悠々とダンジョン内を歩いて行く。

 驚いたことに、俺達が最初に飛ばされたフロアはずいぶんと深い層だったらしい。

 結局二十を超える階段を上り、ようやく俺達は地上へとたどり着くことが出来た。


 ダンジョンから出た場所は町からすぐ近くの小山にある林の中だった。

 昼間は子供達の遊び場になるようなごくありふれた林だ。

 まさかこんなところに危険なダンジョンへの入口があったとは……。


 よくこれまで被害者が出なかったもんだ。

 と思ってたらアヤ曰く、ダンジョンの入口は認識阻害(そがい)と障壁の魔法がかかっているため、特定の手順と魔法を使わなければ見ることも触ることも出来ないとのことだった。

 ダンジョンの中核部を破壊した今は、認識阻害も障壁もなくなっている。

 ダンジョンへと続く下り階段は、俺達が出てきたそのままに残っていた。


「町の方へは明日報告するとして、それまでに人が中へ入らないよう門番を置いておくわ」


 アヤはそう言って何やら入口前へ魔法具を設置しはじめた。

 とにもかくにも! これでようやく帰ることができる!

 辺りは既に真っ暗だったが、それでもダンジョンに閉じこめられた状態よりははるかにましだ。

 意味がよく分からない喜びの雄叫びをあげていたエンジの頭をはたき、ホッとして気が抜けたついでに腰まで抜けたラーラに肩を貸し、ダンジョン最下層に行ってから妙に無口なフォルスと共に、アヤの先導で俺達は町まで歩いて帰っていった。


 俺達が町へ到着した時、既に時計の針は午前二時を回っていた。

 俺達は各々アヤへ感謝を述べると、連絡先を交換して再会を約束する。

 フォルスだけは何やら真剣な顔でアヤと話し込んでいたが、疲れ切っていた俺とラーラ、そしてエンジの三人はそのまま家路につこうとして……、そこではたと気がつく。


「あ……」


 三人の声が重なった。


「こいつ……、どうするよ?」


 そう言って向けた視線の先には、眠そうにまぶたをこする愛玩種(あいがんしゅ)モンスターがいた。

 正体不明、出所不明のルイをどうするのか?

 今の今まで誰も考えていなかったのだ。


 アヤは言った。「ダンジョンに入った後、どこからともなくついてきた」と。

 だからもともとアヤの連れというわけではない。じゃあ、ここに置き去りにするか?

 それはあまりにも無責任だろう。

 だったら最初からダンジョンへ置き去りにすれば良いのだ。

 絶対ラーラが許さなかっただろうが。


「オレんちは親父が大のモンスター嫌いっすから、連れて帰ったら多分オレもろとも叩き出されると思うっす。妹は喜ぶと思うんすけど……」


 苦々しくエンジが言う。


「私の家は賃貸マンションなので……、ペットは飼えないんです。ああ、こんなにも……、こんなにも可愛いのに!」


 ルイに抱きついて頬ずりしながらラーラがあえいでいる。

 フォルスとアヤの方は……、ずいぶん真剣に話し込んでいるな。

 横から話しかけられる雰囲気じゃない。

 視線を戻せば、エンジとラーラが俺の顔をじっと見つめていた。


「な、なんだよ……、おい」

「そういえば、兄貴はひとり暮らしっす」

「そういえば、レビさんの家は一軒家です」


 ちょ、俺んちで飼えってか?

 そんな事したら俺がティアに何て言われるか……。


「……」

「……」

「……」

「あーもう! わかったよ! とりあえず俺んちに置いておくよ! んで、フォルスの家に引き取ってもらうか、里親探すかすれば良いんだろ!」

「さすが兄貴! 神っすね!」

「レビさんの家なら、うちから歩いて行ける距離ですね……。ふふふ」


 疲れ果てて一刻も早くベッドに潜り込みたい俺は、とりあえず問題を先送りにした。

 どっちにしてもルイのやつが、船をこぎながらも俺から離れようとしないのだ。

 服の(すそ)を小さな手でしっかりとつかんで離さないのだからしょうがない。


 俺はエンジとラーラに別れの挨拶をし、――アヤとフォルスはいつまでたっても話が終わらないようなので放っておいた――ほとんど眠りに落ちたも同然のルイを背負って家へと足を向ける。

 一日中動き回って俺の足はもうへとへとだ。ほとんどすり足に近い形で道を歩き、自宅へたどり着いた俺は倒れこむようにして家の中へと入った。


 そのまま廊下の灯りもつけずに寝室へ入り、ルイをベッドに寝かせる。

 次いで俺も眠ろうとしたが、小さいながらも眠ったルイを背負って歩いたため(のど)がカラカラになっていることに気づく。


 俺は喉の渇きを癒すためダイニングへと向かった。

 確か冷蔵庫の中には冷やしておいた麦茶があるはずだ。

 ダイニングへ入ると、食事用のテーブルに何かが乗っている。

 暗さに目が慣れてくると、それがいくつかの食器だと気がついた。

 食器にはそれぞれ料理らしき物が盛られている。

 おそらくティアが夕食として作っておいてくれたのだろう。


 しまった。


 そういえば出かける時、ティアへ夕方までには帰ると言ったんだった。

 あちゃー、待ちぼうけ食らわせちまったか?

 明日謝んなきゃな。


「ん?」


 よく見れば食器のそばに何やら置いてある。

 折りたたんだ……紙?


 紙を手にとって目をこらしてみるが、さすがに灯りをつけないと何が書いてあるのかわからない。

 仕方なく魔力を使わない灯りを点し、改めてその紙に目をやる。


 灯りで照らされた紙には、デフォルメされた可愛い少女がぷんすかと怒っている顔――おそらくティアの自画像――が描かれ、その横には怒りをにじませたように乱暴な筆跡でこう書いてあった。



『もう待てません! 実家に帰らせていただきます!』



 なんだろうね、これ。


 あれっぽいよね。


 夫婦喧嘩のあげく、嫁さんが家を出てく時に残す伝言みたいな……。




 ……。


 …………。


 ………………。


 でもよ、ティア。


 実家に帰らせてもらいますも何も……。


「そもそもお前、毎日『実家から通って』来てるじゃねーか……」


 どっと一日の疲れが押し寄せてくる。

 それまで気力で何とか体を支えていた俺は、あまりの脱力感にその場で崩れ落ち、そのまま意識を失った。






◇◇◇(終)第一章 異世界には夢もチートもなかった ―――― 第二章へ続く

2014/10/19 誤字修正 再開→再会

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