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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第一章 異世界には夢もチートもなかった

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第19羽

「フォルス!」


 まずい、まずい、まずい、まずい!

 あんなのまともに受け止めて、無事でいられるわけがない。


 遠目に見ても負傷の度合いがひどい。

 盾は吹っ飛び、それを持っていた腕はあらぬ方向へ曲がってしまっている。

 力なく倒れたその体を中心として、赤い染みがじわりと周囲の床を浸食(しんしょく)していた。


 息は……、わからない。

 俺たちとは反対側の壁へ激突したフォルスの体は、ピクリとも動いていない……、ように見える。


「レビさん! 応急治療布(おうきゅうちりょうふ)を出してください! 早く!」


 そうか! 応急治療布があった!

 応急治療布の効力であれば、あの出血も止められるかもしれない。

 息が残ってさえいれば助けられる。


 今はフォルスのおかげで体勢を整えることが出来たエンジが、かろうじてゴーレムの攻撃を避け続けているような状態だ。

 だがそれもいつまで保つかわからない。

 一分一秒でも早くフォルスの手当をしなければならないのだが……。


「どうやって向こうまで……!」


 そう、フォルスは俺たちと反対側の壁際に倒れている。

 当然俺たちとフォルスとの間にはあのゴーレムがいるのだ。

 今のところ目前のエンジにだけ攻撃をくり出しているゴーレムだが、はたして易々(やすやす)と横をすり抜けさせてくれるだろうか。


「私が行きます! 早く応急治療布を! このままだとフォルさんが!」


 切羽(せっぱ)()まった表情でラーラが声を張り上げる。


「無茶だ! あれの横を抜けなきゃいけないんだぞ!」

「だからってフォルさんをこのまま捨て置くつもりですか!?」

「そんなこと言ってねえ! けど魔法特化のお前がゴーレムの攻撃を食らったら……!」


 ゴーレムの動きは決して素早いとは言えない。

 だがそれは前衛として最初から近接戦を前提にしている人間にとっては、というレベルの話だ。

 凶悪な攻撃力を振りまわすゴーレムの前に立つことが出来るのは、おそらく俺たち四人の中でもフォルスひとりだろう。

 回避に専念して横をすり抜けるだけならばエンジにも出来るかも知れない。


 しかしフォルスは倒れ、エンジは今まさにゴーレムの攻撃を一手に引き受けている最中だ。

 俺やラーラではゴーレムの腕がかすっただけでも致命傷になる。


「行きます! 行かないと! だって私のせいなんです! 私が不用意に転移の仕掛けを動かしたりしたから! 皆さんをこんなところへ!」


 切羽詰まった表情のラーラが、俺の袖を強く握りしめて感情的に叫ぶ。

 目には今にもあふれんばかりの涙をたたえていた。

 のほほんとしたいつもの様子と違う、見たことのない取り乱しようだった。


「ラーラ……」

「私がやらなきゃいけないんです! こんなことになったのも私が原因なんです! 私の軽率な行動が危険を……! もしこのままフォルさんが……!」


 そう言ってラーラは言葉を詰まらせる。

 どうやら転移の仕掛けを動作させてしまったことに、思ったよりも責任を感じていたらしい。


 まいったな。

 まさかラーラがそこまで自責の念にかられていたとは……。

 いつも通りの飄々(ひょうひょう)とした様子、そしてエンジとのやりとりを見て安心していた。

 もちろんラーラが無責任な人間ではないことを俺は知っているから『多少負い目を感じているかもしれない』くらいには思っていたが、正直なところここまで思い詰めているとは考えていなかった。


 確かにラーラの言う通り、フォルスを早く治療しなくてはならない。

 今はエンジがゴーレムを引きつけているが、それも長くは保たないだろう。

 治療してフォルスが戦線に復帰できるかどうかはわからないが、だからといって今の状態は、いつ全滅してもおかしくないと言える。


 フォルスの元へ走り応急治療布を使うとして、それが出来るのは俺かラーラだ。

 ルイは……、よくわからん。こういった道具を使うだけの知能があるのかどうだか……。

 一応こちらの会話を理解してるっぽい反応は示すのだが、不安要素が多すぎる。


 応急治療布は俺の手元にひとつ、そしてフォルスがひとつ持っている。

 最悪でも誰かがフォルスの元へたどり着けば、フォルスが持っている応急治療布を使うこともできる。


「私の責任なんです! だから行くんです! 私が、行かなきゃ!」

「……」


 思わずため息がでた。

 だってしょうがないよな。理屈とかじゃないんだから。


 確かに魔力ゼロの俺よりもラーラの方が身軽で、しかも大差ないとはいえ、ほんのわずかではあるが打たれ強い。

 足の速さも魔力による補正があればラーラに軍配が上がるだろう。

 単純な能力で言うならラーラに任せた方が成功率は高いに違いない。


 でもなあ。

 そうは言っても、だ。


 俺より強いとはいえ女の子だ。

 危険な役目を女の子に押しつけるというのは……、正直男としてどうなのよ?


 いやいやまてまて、命がかかったこの状況で男も女もないだろう?

 合理的に考えれば俺よりラーラの方が適任じゃないか?


 まあ、確かにそうなんだが……。

 でもな。俺の中にあるちっぽけな、ノートに挟まった消しカス程度しかないわずかなプライドが訴えるんだよ。

 お前はそれでも男か、と。


 だからしょうがないだろう?

 理屈じゃないんだよ。

 だけどため息くらいは大目に見て欲しいな。

 なんせ自分の命をチップにするんだから。


「……俺が行く」

「レビさん……? いえ、私が行きます! 私のせいでなんですから! これは私の――」

「あー! うるせえ!」


 なおも自分が行くと言うラーラに向けて声を荒げる。


「誰かのせいとか責任とか、そんなのどうでもいいんだよ! そういうのはこっから出た後にゆっくりやればいいじゃねえか! 俺達はパーティだろうが! パーティってのは互いのミスをカバーし合うからパーティって言うんだろ! 違うか!?」

「……。でも、私の方が身軽で足が速いです。それを考えても私が行くべきです」


 多少なりとも冷静さを取りもどしたラーラが、それでも自分の主張を前面に押し出してくる。


「確かにそうだ。ラーラの方が足が速いし身軽だろう。でもな、ラーラ。お前が行って俺がここに残っても、俺にはお前を援護する術が何もない。でも逆に俺が行くことでここにお前が残るなら、お前から魔法による援護を受けることが出来るだろう。違うか?」

「……」

「だから俺が行く。ラーラはありったけの支援魔法を俺にかけてくれ。で、俺がゴーレムに捕捉されそうになったらヤツの動きを阻害する魔法を頼む」

「…………わかりました」


 渋々ながらうなずくと、ラーラは俺に支援魔法をかけ始めた。

 敏捷性、物理防御力、動体視力といった能力を向上させる魔法を次々に唱えていき、それらが効果を発揮するたびに俺の体が自分のものではないような感覚に(おちい)る。


「エンジ! もしゴーレムが俺の方へ向かってきたら、お前はフォルスのところへ行って あいつが持ってる応急治療布を使え!」


 ラーラの支援魔法が全てかかるまでの間を使って、エンジに最低限の指示を与える。

 エンジからの返事はない。返事をする余裕もないのだろう。

 もしかしたら俺の声も届いていないかもしれないな。


「レビさん! 支援魔法は全部かけ終わりました! 効果は三分も続きませんから気をつけて!」

「わかった。んじゃ、行ってくるとしますか。お前はここに居ろよ」

「ンー」


 応急治療布を手に持ち、ルイに声をかけてから足を踏み出す。


 怖いな。

 目の前で振るわれている巨大な腕を見て足がすくみそうになった。

 だが時間がない。ためらっている暇はないんだ。


 自分を奮い立たせるように強く息を吐くと、前屈(まえかが)みになって走りはじめる。

 エンジと対峙(たいじ)しているゴーレムの後ろをすり抜けるため、反対側の壁に沿って全力疾走だ。


 フォルスのところまで、目測であと二十五メートル。ゴーレムはまだこちらに気づいていない。


 あと二十メートル。もう少しで半分だ。


 あと十五メートル。部屋のちょうど中間地点。ゴーレムは……、ちっ、こっちに気づきやがったか。


 あと十二メートル。完全に気づかれた。エンジを無視してこっちを向いてる。


 あと十メートル。ゴーレムの右腕がうなりを上げて襲いかかってきた。


「ぬわっ!」


 俺の進路を予測して振り抜かれた岩の拳が、ダンジョンの壁面へ突き刺さる。

 あのまま走っていたら確実につぶされていただろう。

 支援魔法のおかげで強化されている体が、とっさに急ブレーキをかけたため助かった。

 だがそれと引き替えにして、俺の足は完全に止まってしまう。


 体勢の崩れた俺に向けて、ゴーレムの左腕が襲いかかる。

 うわ、威圧感ハンパねえ! ちびりそう!


「オブストラクション!」


 ゴーレムに向けてラーラの魔法が放たれた。

 ゴーレムの腕に白い網のようなものが絡みついてその動きを鈍らせる。


 時間にすればわずか一秒にも満たない違い。

 だが今まさに攻撃を受けそうになっていた俺にとっては、それだけでも十分な援護だ。

 紙一重でゴーレムの腕をすり抜けてかわす。

 標的を逃したゴーレムの腕はその先にあった壁面に叩きつけられる。

 至近から轟音(ごうおん)が生じ、足場がぐらりと揺れた。


「あっぶな……!」


 すぐさま体勢を整えてゴーレムに向き合う。

 ゴーレムは振り抜いた左腕の勢いそのままに体を軸として駒のように回転し、今度は右手を俺に向けて振り抜こうとする。

 息つく暇もねえな!

 ってか裏拳とか、岩くれのくせして妙に小器用じゃねえか!


「させませんよ! エアシールド!」


 ラーラが今度は防御魔法を唱える。

 しかも三枚重ねのシールドだ。


 勢い付いたゴーレムの裏拳が軽々とシールドを割っていく。

 ガラスが割れるような音を響かせながら、魔法の盾は一枚、二枚、三枚と立て続けに破られていった。

 しかしそのおかげでタイミングが遅れた攻撃を、俺はなんとかギリギリでかわす。


 勢いあまったゴーレムが体勢を崩して尻もちをついた。

 そうして出来た隙を無駄にするわけにいかない。

 すぐさま俺はゴーレムから距離をとると、目線だけで周囲の状況をうかがった。


 エンジは指示通りフォルスのところへと駆け寄っている。

 それでいい。俺がこのままゴーレムを引きつけていれば治療を受けたフォルスが戦線に復帰――、できるかどうかはわからないがそれに賭けるしかないのだから。


 俺はよろめいているゴーレムへ視線を戻す。

 片腕を壁に、もう一方を床について、岩の巨人が体を支えようとしていた。


 ようやく立ち上がりかけたゴーレムだったが……、妙だな。

 いい加減立ち上がっていてもおかしくないはずだが。

 もしかして見た目にはわからないダメージが蓄積されていたのだろうか。


 注意深くゴーレムの挙動をうかがう俺は、その動きに奇妙な違和(いわ)を感じた。

 ゴーレムは壁に片腕をついて起き上がろうとしている。

 だがどうもまごついているように見えるのだ。

 しきりと壁をつかみ直して――。


 いや、あれは起き上がろうとしているんじゃない!


 ゴーレムの腕が壁面を力任せにもぎ取る。

 その手には五十センチほどのガレキが握りしめられていた。


 しまった! あんにゃろう!

 投擲(とうてき)するためのガレキを()ぎ取ろうとしてやがったのか!


 俺はとっさに身構えて重心を落とす。

 ただでさえ当たれば痛撃をくらうであろう大きなガレキを、あの巨大な腕が放り投げるのだ。

 直撃すればただでは済まないだろう。


 立ち上がったゴーレムが振りかぶる。

 それを見た瞬間、嫌な汗が流れる。なぜならその腕の向いている先が、俺の居る方向ではなかったからだ。


「エンジ! 避けろ!」


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