第186羽
どちらからともなく動きはじめる。
互いに距離を詰めながら神力を弾丸にして無数に撃ち合った。
それをかわし、かわしきれない弾は障壁を張って弾く。
「これでも食らえ!」
俺の繰り出した光の槍が弾丸にまぎれてフォルスを襲う。
しかし正面からの攻撃はかわすのも容易だ。
上下左右に体を動かして槍を回避するフォルスの軌跡を、神力が尾を曳くように追随する。
「遠いか!」
不意打ちならともかくこの距離では飛び道具も届くまでに時間がかかる。
それがほんの〇・一秒未満でも、俺たちにとっては軌道を読み取るのに十分な猶予といえた。
一直線に近付いていく俺たち。
あっという間にその相対距離が十メートルを切る。
俺の剣とフォルスの鉤爪がぶつかり合う。
同時に周囲が互いの創り出した神力の塊で一杯になり、至近距離から敵を貫こうと襲いかかった。
もはやノーガードの殴り合いみたいなものだ。
どっちが先に音を上げるか、どっちが先にミスをするか。紙一重の攻防を繰り広げる。
フォルスの鉤爪が俺の肩をえぐり、俺の剣がフォルスの太ももを斬る。
同時に神力の矢がフォルスの背中に突き刺さり、神力の爆発が俺の左腕を巻き込んだ。
「そっちがその気なら――」
俺は神器をもうひとつ召喚し、左右にそれぞれひと振りずつ、二刀流で手数を増やしてフォルスへ圧力をかける。
「とことん付き合ってやるよ!」
「ジャマジャマジャマァ!」
俺の声に応えるような雄叫びをあげ、フォルスは攻撃速度をさらに一段階引き上げてきた。
「速えな、くそっ!」
もともとフォルスは左右の鉤爪を攻撃に使っている。
合計十本の鉤爪が絶え間なく俺を斬り裂こうと、串刺しにしようと、えぐろうと狙い続けた。
こっちが少々手数を増やしても追っつかないのは承知の上だ。
でもよ、だったら――別の方法で届かせれば良いんだろ!
絶え間なく叩きつけられる剣と鉤爪の音が一瞬途絶える。
俺が鉤爪を剣で受けると同時に、神器の形を剣から鎖に変更したからだ。
「クソッ!」
それを鬱陶しそうに引きちぎろうとするフォルス。
だが鉤爪に絡まった鎖はそう簡単にほどけない。
それを確かめた俺が不意にお辞儀をするような格好で体を折り曲げる。
「ナニヲ?」
不自然な俺の動きに戸惑ったのも一瞬のこと。すぐにフォルスは俺の後方で待機していた神力の槍に気が付く。
「カクシッ――!」
フォルスに向けられて今か今かと出番を待っていた三本の槍は、俺の体が視界を遮る壁になり今この瞬間まで見えなかったはずだ。
その驚く表情に、わざわざ神力で気取られないように苦心した甲斐があったと俺はニヤリとする。
行け!
心の中で命じながら三本の槍を至近距離からフォルスへ突き刺す。
「ソンナノデェッ!」
フォルスが不自由な腕を無理やり動かして一本を叩き落とす。体をよじり二本目をかろうじてかわす。
だがそこまでだ。ようやく両腕を拘束していた俺の神器を振りほどいた時、三本目の槍がフォルスの肩に深々と突き刺さった。
「グァァァ!」
神力が充足していれば防げただろうが、俺との戦いで後先考えず使いすぎたな。
まあ、もっとも神力が少ないのは俺も一緒だが。
「これで終わりじゃねえぞ!」
矢継ぎ早に俺は攻撃を仕掛ける。
残り少ない神力を絞り出すようにして燃えさかる光の炎を生み出し、フォルスへ叩きつけていく。
フォルスはそれを回避しようとするが、動きの鈍った体では全てを避けきれない。
手傷が増え、じわりじわりとその体から輝きを失っていく。
攻撃と速度に極振りした結果、打たれ弱さという弱点を抱えているのだろう。
「マダダァ!」
もちろんまだ油断はできない。
なんせ相手はあのフォルスだ。
どこにそんな力が残っているのか、フォルスは神力で短槍の形を作り出して放ってきた。その数は十本以上。
「今さら!」
その程度の攻撃じゃあ、効きゃしねえよ。
同じ数の槍を生み出して迎撃しようとした俺は次の瞬間、目を見張る。
短槍が突然破裂して細かい弾丸に変わり、迎撃用の槍をすり抜けて広範囲に散らばった。
散弾!?
だがそんな小さな弾丸じゃあ、俺の守りは――。
それを油断というのだろうか。
散弾は俺が防ぐよりも早く自ら破裂して周囲に煙幕と化す。
一瞬遅れて俺の至近で強い爆発が起こった。
こっちが本命か!? だけどな――!
煙幕が晴れて視界が開けた時、今度はフォルスが驚く番だった。
「マエダトォ!?」
視界が邪魔されてもフォルスの居場所は神力でわかる。
ここが勝負所だとふんだ俺は危険を承知で飛び込んでいた。
さっきの爆発で少々ダメージは食らったが、今さらこのチャンスを無駄にするつもりはない。
目の前には一瞬の硬直を見せるフォルス。
俺は手に戻ってきた神器を剣に変えるとフォルスの右腕を斬り落とした。
「ウワァァァ!」
フォルスの叫びが遮る物のない天空に吸い込まれていく。
「チェックメイトだ!」
止めを刺そうとしたその時、フォルスが最後の足掻きを見せた。
俺の剣を残った左腕の鉤爪で受け止めると体をひねって足を突き出してくる。
今さら蹴りなんぞ――。
そんな俺の思考は次の瞬間、腹を真一文字に斬り裂かれる痛みで上塗りされた。
「ぐうっ……!」
足の……鉤爪だと!?
これまでずっと腕の鉤爪で攻撃してきていたフォルスが、この期に及んで足先に鉤爪を作ってくるとは思わなかった。
完全に想定外の攻撃に、俺の防御壁を貫通した鉤爪が横腹の肉を深くえぐっていった。
まずい、これはまずい!
慌てて俺は距離を取ると横腹に手をあてて神力でその傷を固める。
血は無理やり止めたが、これだけ深い傷を負っては動ける時間も残り少ないだろう。
だが傷が深いのはフォルスも同じだ。
このまま時間を稼げば俺よりも先にあいつの方がくたばるだろう。
……まあ、どうせそんなことはありえないだろうがな。
手負いの獣となったフォルスは自分の体などお構いなしに俺を倒そうと突っ込んでくるはずだ。
あいつはあいつで自分の思いに従って戦ってきたのだろう。
俺には決して認められないが、だからといってそれが間違っているなどと、他人が決めつけるものでもない。
少なくともフォルスにとって世界を作り直すのは最善の選択肢だったんだ。
おまけにそれは俺のためだと来た……。
認めない。
だが引き下がれないのは俺もフォルスも同じだ。
だったらせめて、最後までその足掻きを受け止めてやろう。
その上でたたき伏せる。
それが俺にできるせめてもの……馬鹿で優しい弟への詫びだ。
これが最後だ。
兄として、全力で叩きのめす!
「来いやオラァァァ!」
「アニウエェェェェ!」
互いの距離が一瞬で縮まった。
俺は剣にありったけの神力を込めて渾身のひと突きをフォルスへ繰り出す。
対するフォルスも左腕の鉤爪に残りの神力を集中させて俺の首を狙ってきた。
一瞬早くとどいたのは俺の剣。
その先端がフォルスの胸に突き刺さっていた。
引き換えに俺は鉤爪のひと振りを避け損なう。
左肩から胸にかけて一直線に斬り裂かれたが、さっき食らった脇腹の傷に比べればそれほど深くはない。
「俺の…………勝ちだ」
手応えを感じて勝利宣言をする俺の視界が上下逆さまになる。
続いて感じる落下の感覚。
ありったけの神力を注ぎ込んだからな。
もう浮かんでいるだけの力も残っちゃいない。
見ればフォルスの方も力を使い果たしたらしく、俺と同じように地上へ向かって落ちていた。
見る見るうちに地上が近付いてくる。
衝突するまで一分もかからないだろうな。
このまま地面に衝突したところで、なんだかんだ言っても神の体だし、多分死にはしないだろうけど……あ。
いやいやいやいや、まずい。
まずいって!
よく考えてみればこの体って神力で一から作り上げたものじゃなくて、あの少年からの借り物だったじゃねえか!
戦いの最中は神力で硬度と耐久性を上げてたから良かったけど、神力使い果たした今はもうそのバフも消えてんだぞ!
今となっては普通の人間と変わりねえだろうが!
地上に落ちたら跡形もなくミンチになっちまうよ!
放送規制でモザイクかかっちゃうよ!
体がなくなっても俺自身は死なないけど、レバルトとしての体はなくなっちまうし、だいいち元の持ち主になんて弁解するんだよ!
そんな風にひとり慌てながら空気を切り裂く音に包まれていると、どこからかともなく声が聞こえてきた。
「……い!」
気のせいか……?
こんな上空に人間がいるはずもないし。
「……ん……い!」
いや、気のせいとか言ったら怒られそうだな。
かなり聞き取りにくいが、その声自体には聞き覚えがあった。
聞き覚えどころかあまりにも耳に慣れ親しんでいる馴染みの声だ。
俺を慕ってくれる声。
同時に俺が最も頼りにし、心落ち着ける声。
いつまでも聞いていたいと思う、透き通る春風のようなあの声だ。
使徒になっても面倒見の良さは変わらずだな。
「先生!」
次の瞬間、俺の体が温かさに包まれる。
落下していく俺と相対速度を合わせて受け止めてくれたのだろう。
しっかりと両腕で俺を抱きしめるのは長い銀髪を風になびかせる少女。
「ティア……」
俺の口が勝手にその名を呼ぶ。
まったく。出来たアシスタントだよ、お前は。
でも今回ばかりはおかげで助かった。ホントマジで。
「こんな、ボロボロになるまで……」
よっぽどひどい状態なのか、俺の体を労るように優しく抱きしめながらティアが顔を歪ませる。
「でも……、勝ったぞ」
「はい、先生」
高速で自由落下しながら、俺たちはふたりひとつとなって互いの温もりを感じ合う。
とはいえいつまでも落ち続けるわけにはいかない。
それは当然ティアも承知のことで、次第に落下速度が緩やかになっていった。
地上まで百メートルほどの高度でほぼ落下速度がゼロになると、そこからは体の向きを起こしてゆっくりと降りていく。
なぜかティアが俺を抱きしめて離してくれないが、まあお姫様だっことかされるよりはましだと思って気にしないことにする。
近付いていった地上には先客がいた。
力尽き、落下速度を緩めることも出来ず地面へ激突してしまったフォルスだ。
ちょっとしたクレーターを生み出した弟は、その中心に半分埋まるような形で倒れている。
やっぱりあいつの体も特別製だったんだな。
一万メートル上空から自由落下してあの程度ですんでいるんだから大したもんだよ。
俺の方はティアがいなければ立ち上がれないどころか原形留めなくなるほどミンチになってたんだろうけど。
俺とティアはフォルスのそばに降り立つ。
フォルスはもはや息も絶え絶えといったところだが、どうやらまだ意識はあるようだ。
「ったく、手こずらせやがって」
俺はティアに支えられながらフォルスへ近付いて声をかける。
「兄、上……」
もう体を動かす力も残っていないらしく、俺の姿を見つけてブラウンの瞳だけが動く。
「なんだよ」
「僕は……自分が……間違って、いた、とは……思わない……。兄上は……この……不完全な、世界という……足枷から……自由になる……べきだ」
こんだけボロボロの状態になってもまだ言うのかよ。
頑固というか、一途というか……。
真面目なくせにはた迷惑な弟だな。
だけどなフォルス。
お前にはお前の望みがあるように、俺には俺の望みがある。
お前の気持ちは嬉しいさ、でもそれはどこまでいってもお前の一方的な願望だ。
「それはお前が決めることじゃない。この世界を足枷と感じるか、それとも大事な宝物と思うかは俺自身の問題だ」
「……ひとりで、全、部……背負わ……ないでよ。どう……して、兄上が……そこまで……苦しまなくちゃ……いけ、ないのさ……? 兄、上……だけが……辛い思いを……し続け……なきゃ、ならない、のさ……? やり直して……完璧な、世界、を……創った、方が……早い、じゃ、ないか……」
わかってる。
理屈じゃお前の方が正しいさ。
いや、正しさなんて人それぞれだな。
フォルスはフォルスなりの正しさを信じ、俺には俺の正しさがある。
強いて言うならフォルスの考えは論理的? いや、効率的か。
でもそれだけで割り切れるんなら、世界の管理なんてコンピューターみたいな感情を持たない存在へ任せれば良いんだ。
俺がこの世界の創造主となったのは偶然なのか、それとも誰かの意志によるものなのかはわからない。
でもどちらにせよ俺は生まれた時からこの世界を管理する役目を背負っていた。
失敗もするし、後悔もする。
ただちょっと力が強くて器用なだけの存在だ。
そんな俺の存在意義を、神という座へ据えられた理由を無理やりこじつけるなら、きっとそれは機械的に世界を管理するなという誰かのメッセージなのだろう。
だから俺は俺の心に従う。
「俺は別に完璧な世界を創りたいわけじゃない。不完全な世界で不完全な生き物たちが精一杯生きるのを見守って、ちょっとだけ手伝って、そうやって昨日より少しだけ世界が良くなっていく。それが嬉しいし楽しいんだよ。まあ、確かに余計な面倒を抱え込んでる自覚はあるけど」
俺はな、フォルス。
好きでやってんだよ。
もちろん責任も感じてるし、過去のミスを挽回するためっていうのも間違いじゃない。
でもそれ以上にこの世界が好きだからなんだ。
好きな世界のためなら少々の苦労なんて大した事ないんだよ。
俺の答えを聞いたフォルスが呆れたように苦笑する。
「兄上……、知って、る……? そういうの……、人間、の……言葉で……苦労性……って言うん、だよ……」
うっせえな。そんなのとっくに自覚あるっての。
「はいはい。小言ならまた今度ゆっくり聞くさ。だからもう、大人しく寝とけ」
「うん……。さすがに……疲れたよ……。後は、……もう兄上の、好き……に、すれば……良いさ……」
素直にフォルスは目を閉じて眠りにつこうとする。
「ごめんね……、兄上……」
最後にひと言、小さくつぶやいて動かなくなった。
その体が風にさらわれる砂のように崩れ落ちていく。
神力の粒に分解されたフォルスの姿が薄れていき、やがて欠片も残らず消え去った。
「息を……引き取ったのですか?」
それまで俺たちの会話に口を差し挟まなかったティアがようやく口を開く。
「神は死んだりしねえよ。神力を失って眠りについただけだ」
「いつかは目覚めると?」
神に死というものがあるかなんて、正直俺にもわからない。
だがもともと俺たちの肉体は自分で創り出した仮初めのものだ。
力さえ残っていれば新しい体を作り出すことは可能だし、その力は時間をかけさえすればいずれ取り戻せる。
フォルスもきっと時間はかかるものの復活することだろう。
ただ、人間の感覚からすれば遙か未来の話になるが。
「そうだな……たぶん千年もすれば、な」
「千年……。そうですか……」
千年という時間に何を思ったのか、ティアの表情からは読み取れない。
まあ、知る必要も無いだろう。
「そろそろ戻るか。ラーラたちも心配してるだろうし」
フォルスが眠りについた以上、あいつの生み出した神獣も消滅するか、あるいはその制御を離れてどこかへ飛び去っていっただろう。
ラーラたちも今頃は俺やティアを探し回っているかもしれない。
「そうですね。帰りましょう、先生」
俺はフォルスという弟を失った。
いずれ復活することは間違いないが、少なくとも千年は兄弟神ではなく孤独な神として過ごすことになる。
だがそれでも守りきったものは多い。
傷だらけだがこの世界はまだ存在し続けている。
世界が在るということはルイも在り続けるということだ。
ラーラ、エンジ、パルノ、ユキ、アヤ、クロ子……。
レバルトという男にとって大事な人たちも守れたことだろう。
なにより一番守りたかった存在が今、俺のとなりに立って微笑みかけてくれるのだ。
ふととなりに目を向けると水色の瞳と視線が合う。
俺に向かって真っ直ぐ向けられる笑顔が、陽光を浴びたロベリアのごとく可憐に咲き誇った。