第185羽
神気がふくれあがっていく。
フォルスを囲む鳥かごがその神力に押されてきしみだした。
「なんて神気だよ」
「先生、これは……?」
「あの野郎、力尽くで囲みを吹き飛ばすつもりだ」
もうフォルスはなりふり構うつもりも無いらしい。
新しく創造する世界のことなんざ二の次で、この世界を壊すことに全神力を注ぐつもりなんだろう。
捨て身になった神?
なんだよそれ。ただの破壊神じゃねえか。
膨張する力がとうとう囲みを内側から崩壊させていく。
爆発にも似た勢いで内側からふくれあがると、弾け飛ぶように全周囲へ鳥かごが飛び散っていく。
俺へと向かってくるその一部を、ティアが横から撃ち落とした。
すでにガラクタとはいえ元は俺の神力で生み出した物だし、それをフォルスの神力で吹き飛ばしているんだから、普通の使徒には防げるようなもんじゃないはずなんだがな……。
まあいいや。
今はそんなことを気にしている場面じゃない。
圧倒的神気を撒き散らして宙に浮かぶあの弟をなんとかしないと、このままじゃどれだけの被害がでるかわからねえからな。
フォルスの全身からあふれ出る神力が物質化してキラキラと砂のように周囲を漂う。
「ア……、アアアァァァ!」
その表情はうつろで理性や知性といったものを一切感じさせない。
自らの意志による制御を切り捨てて、ただ神力の塊として力を行使するだけの獣と化した神がそこにいた。
赤みがかった茶色の髪がまたたく間に伸び、腕や足の太さが倍以上になっていく。
手足の指が伸びて鉤爪のように鋭く変化し、世の女性を虜にしていたブラウンの瞳が色を失った。
「アニウエェェ!」
変化がまだ収まらないうちにフォルスは雄叫びをあげて急接近してきた。
まるで空間を跳躍しているかのように一瞬で距離を詰めると、獣じみた動きで俺に向かってフォルスが鉤爪を振り下ろす。
速い。
後先考えずに何もかもを攻撃に極振りしてんだから当然か。
「先生!」
とっさにティアが反応した。
俺に向かって振り下ろされる鉤爪を防ごうと、神力を使って盾を生み出す。
しかしそれでは――。
「薄いぞ!」
慌てて俺が神力の防御壁を作り出すのと、ティアの盾が切り裂かれたのは同時だった。
ティアの盾を紙のように切り裂いた鉤爪が俺の防御壁にぶつかる。
衝突した箇所でバチンと大きな音が生まれ、雷のような光が一瞬弾け飛んだ。
濃密すぎる神力のぶつかり合いが互いに反発を起こしたのだ。
反撃の一手を叩き込もうとしたところで、フォルスは危険を察知したのか距離を取った。
「防ぐときは全力で、出し惜しみは絶対するな。俺でも一撃防ぐのが精一杯なんだ。できれば回避しろ」
フォルスから目を離さず、声だけでティアに忠告する。
渾身の神力を込めた甲斐もあって攻撃を防ぐことは出来たが、その防御壁ですら鉤爪にえぐられて半分ほど削られている。
生半可な防御では簡単に突破されてしまうだろう。
「……はい」
良い返事だ。
ティアのことだからもう油断することはないだろう。
今までのように生まれ持った魔力の強さだけで圧倒できた戦いとは違うんだと理解してくれれば、このチート娘のことだ、すぐに適応してくれるはず。
「オオオォォォ」
色のない瞳が俺たちに向けられる。
「今のあいつは手当たり次第に攻撃してくるだけだ。攻撃の速度と威力だけはとんでもないが、搦め手なんぞは使ってこないから上手くあしらえ」
「承知しました」
小気味よい返事を聞きながら俺はフォルスに牽制の矢を放つ。
俺以外に矛先を変えられたんじゃ困るからな。
当然弱い威力しかない矢など今のフォルスに通用するはずもない。
しかし俺へ注意を向けることには成功した。
「ジャマスルナァ!」
まるで俺以外の全てが眼中にないかのごとく、フォルスが物質化した神力を残像のように残しながら一直線に俺へ飛んでくる。
「ティアは牽制を!」
「はい!」
短く指示を出すと、俺とティアは左右に散開する。
当然フォルスのヘイトは俺にまっしぐらだ。
突進してくるフォルスと並ぶようにして神力の槍が三本出現する。
勢いそのままに飛んでくるそれを、俺も同じく神力を使った槍を生み出して迎え撃った。
槍同士が違いに激突し、衝撃波を放ちながら消滅するのと同時に俺とフォルスが刃を交える。
刃とはいってもフォルスの方は武器じゃない。
鉤爪となった指を並べて斬り裂こうと振り下ろしてきた。
こっちも剣身を変形させて対抗する。
神器を枝分かれした七支刀のような形状にすると、引っかけるような形で鉤爪を防いだ。
しかし少々強度不足だったらしく、フォルスの力に対抗しきれず枝刃の部分がポキリと折れてしまった。
「ちっ……!」
枝刃を折った勢いにのって鉤爪が俺の腕をえぐる。
神力で馬鹿みたいに耐久性上げててもこれかよ!
なおも反対側の鉤爪を振るおうとするフォルスの顔を、ティアの放ったダガーが斜め上からかすめる。
怯んだフォルスの腹に、俺は至近距離から神力を球体状に固めてぶちこんだ。
さすがにこの距離では避けられないだろ。
「グアア!」
まともに食らったフォルスがたまらず後退した。
「先生!」
「問題ない、かすり傷だ!」
心配そうなティアへ言葉を返すと、俺は血の流れる腕を押さえて応急処置だけを行う。
神力を包帯のように巻いて出血を抑えるくらいしかできないが、やらないよりましだろう。
アヤのように治癒が使えれば良いんだけど、俺はどうもそういうのが苦手だった。
「やってくれるじゃねえか、フォルス。今度はこっちから……デカイのをお見舞いしてやるよ!」
今度は俺の方から先手を取る。
先ほど生み出した槍より何倍も大きな神力の塊を作る。
突き刺すのではなく押しつぶすかのような巨大さと重量感。
巨岩のような見た目に形成された塊がフォルスに向かって動き出す。
対するフォルスも真っ向から迎え撃つようだ。
俺と同じように巨大な神力の塊を円柱のような形で生成すると、俺の巨岩にぶつけてきた。
ふたつの巨大な物体が衝突し、その衝撃波が轟音と共に周囲へ広がっていく。
「押し切れねえか!」
こっちも結構な神力を消費した一発だったんだがな。
さすがに向こうも神の端くれ。きっちり対抗してきやがった。
「後ろががら空きですよ!」
巨大な力のせめぎ合いに注力しているフォルスの背後をティアが突く。
手の動きにあわせて出現した卍型の刃が回転しながらいくつもフォルスを襲う。手裏剣かよ。
「ウグッ!」
不意をつかれたフォルスの背に手裏剣がふたつ刺さった。
さすがにフォルスの体が硬すぎて深い傷を負わせるほどではないが、その注意は完全に俺から逸れていた。
ナイス援護だ!
「よそ見してて良いのか!?」
ここぞとばかりに俺は多重時間展開を開始してフォルスを囲む。
展開した俺たちが一斉にフォルスへ斬りかかる。
「ヨルナァァ!」
個別に対処するのが無理と判断したのか、フォルスは自分の体を中心にして全方位へ神気を衝撃波として放った。
「つっ!」
負傷を強いるほど強力な攻撃ではない。
だが衝撃波として放たれたそれは俺の動きを一瞬遅らせるのに十分だった。
「ケチり過ぎたか!」
多重展開は未来と過去の自分を引っぱってくるようなものだ。
その時間が長くなればなるほど前後で自分にツケが回ってしまう。
当然展開時間は短い方がツケも少ない。
今回は斬りかかる一瞬だけで十分とほんの二秒程度しか展開時間をとらなかった。
それが裏目に出た形になる。
衝撃波で俺の動きが押し止められた一秒にも満たないわずかな時間。
そのせいでフォルスへ剣が届かなくなってしまった。
反省するのは後だ。
フォルスはすでに次の攻撃態勢に移っている。
イケメン顔を台無しにしてしまった弟が、届くわけもない距離から鉤爪を振り下ろした。
その軌道が何も無い空間を白く染め、形を成して鎌のような形状で俺を襲う。
飛んでくる五つの鎌を俺は横にスライドして避けようとするが、どうやら律儀にホーミング機能が付いているらしい。
俺の体を追って鎌が曲線を描いて飛んでくる。
さらにフォルスがもう一方の腕を振り下ろすと、新たに五つの鎌が生まれて俺に向かって来た。
「ちっ! 一度避けても追いかけてきやがるのか!」
単に曲がるだけかと思ったら、避けた鎌がブーメランのように戻ってきた。
こりゃあ、命中するまで延々飛び続けるヤツだな。
「じゃあ、こうするまでだ!」
俺は先ほどフォルスがしたのと同じように、自分の体を中心にして魔力の衝撃波を全方向へ放つ。
光に群がる虫のごとく俺の周囲へつきまとっていた鎌が衝撃波に打たれて弾け飛んでいった。
フォルスの攻撃はとどまることがない。
「オトスオトスオトス!」
衝撃波をかき分けて距離を詰めてきたフォルスが大きな鉤爪を振り下ろす。
「今度は!」
さっきと同じミスはしない。
俺は神器の形を剣から盾に変え、むしろ鉤爪を押し返さんばかりに正面からぶつけようとして――。
「なっ!?」
俺の押し出した盾は何の抵抗も無く宙を踊る。
勢いあまって体勢を崩した俺の足もとに、フォルスの姿があった。
「光学フェイントだと!?」
獣のように理性の色を失ったフォルスがまさかフェイントを使ってくるとは!?
宙を飛ぶ俺の足もとへ潜り込んだフォルスの顔がニヤリと笑みを浮かべる。
「まず……っ!」
すぐさま俺はフォルスから距離を取るべく急上昇を開始した。
その俺を追い立てるように下から上へと無数の光弾が放たれる。
襲いかかってくる光弾を、上に逃れながら体を左右ランダムに動かして回避する俺を追ってフォルスも上昇してきた。
「しつこい!」
天地を逆転して雨あられのように昇り注ぐ無数の光弾を避けながら、さらに上昇していく。
好都合だ。
地上付近で俺たちが戦うよりも、何もない上空で戦う方が周囲への被害は少ないだろう。
俺はあえて反撃を控え、フォルスからの攻撃をかわしながら高度を稼ぐ。
「ここいらで良いか」
すでに雲を眼下に見下ろし、空気も地上と比べてはるかに薄い。
高度一万キロってところか?
人間ならとっくに酸欠で気を失ってる高さだな。
追いかけてきたフォルスへ反撃で光の矢を降らせて動きを止める。
「さあ、ここなら気兼ねなく戦える。だからフォルス――」
俺は手に持っていた神器を再び剣の形に変え、その切っ先を相手に向けた。
「そろそろケリをつけようか?」