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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが
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第184羽

 数百本の物体がところどころ重なりつつ、さながら目の粗い鳥かごのようにフォルスを取り巻く。


 空間ごと捕らわれた状態のフォルスが俺に鋭い視線を向けてきた。

 何かを言いたげに口を震わせながらも言葉が出てこないフォルスへ、俺は少し話題を変えながら反論した。


「なあフォルス」


「……何?」


「知ってたか? 世の中には世界が神を産んだという説もあるらしいぞ」


 以前ダンディ様――ティアの縁戚であるトレスト翁――から聞かされた仮説。

 神が世界を創ったのではなく、世界が神を産んだという例のあれだ。


 きっと学会で発表されたところで相手にされないほど突拍子もない仮説だが、今の俺はあながち的外れな考えじゃないと思い始めている。


「そんなもの、浅はかな人間の妄想だ!」


「そうかな? お前は俺の後に生まれたから知らないだろうけど、俺が自我を持ったとき、すでに世界はそこへ存在していた。あながち間違いだと言い切る事はできないんだなこれが。神ですらわからない始原の謎、というわけだ」


 そう。

 俺がダンディ様の仮説を否定できないのはその事実があるからだ。


 この世界にいる生き物は確かに全て俺が生み出した。

 しかし世界そのものは俺が俺として自分を認識する前から存在していたのだ。

 混沌としたものではあったが、大地、海、空の混じり合った世界が、そしてその向こうにある宇宙が……。


 自我を持つ前の俺が無意識のうちに創り出した可能性もあるし、逆に俺自身が空や大地と同じように生み出された存在だったということもあり得る。

 もしかしたら俺たち神ですら知らないだけで、この世界を創り出した上位の存在がいるのかもしれない。


 だとしたら滑稽な話だな。

 世界という名の箱庭に、いつの間にか生まれていた兄弟神という二羽のニワトリ。

 自分が世界の主だと勘違いしたニワトリが、庭でギャアギャアといがみ合っているんだから……。


「案外、俺もお前も箱庭で放し飼いにされてるニワトリと大した変わりはないのかもな」


「馬鹿げてる!」


 卵が先かニワトリが先か、そんなことはこの際どうだって良かった。

 俺は少なくともこの世界を気に入ってるし、リセットしてまで新しい世界を作り直したいとは思わない。


 フォルスは違うのだろうか?

 あいつだってこの世界の神だ。この世界を慈しむ心が全く無いなどと思いたくはない。


 フォルスは言っていた。


『今なら邪魔が入らないと考えていろいろ手を尽くした。もちろんレビィを悲しませたくないから最初はこの世界を何とかする方向で考えたよ。けどダメだった。どれもこれも失敗続きでどうにもならない』


『今あるものに手を加えるなり改良するなりしてなんとかなるならそれでも良かったさ。でも結局そんな小細工でどうにかなる状況じゃなくなった』


 歪んだ世界を修正しようと苦心していた俺と同じように、最初はフォルスだってこの世界を何とかしようと考えていんじゃないだろうか。

 しかしフォルスは諦めた。

 この世界を続けていくことを。

 この世界を救うことを。


 諦めたこと自体に俺は文句をつけるつもりもない。


「確かに馬鹿げてるかもしれない。俺たちは自分が神だと思い込んでいるだけの道化なのかもしれない。それでも俺には責任がある。かつて愚かだった俺が犯したミスは自分で始末をつけなきゃならん」


 魔力によって少しずつ歪んでいく世界。

 本来あるべきではないものに支えられている世界。

 十万年先になるか、それとも百万年先になるのかはわからないが、いずれそれは必ず災いの種になるだろう。


 だから正す。

 だがそれを弟に押しつけるつもりなんてさらさらないし、助力が得られなくても構わない。


 でも俺の意志を無視して世界を壊すなんてことだけは認められない。


「お前に俺の尻拭いをさせるつもりはない。これは俺の仕事だ。お前が手を突っ込――」


「そうやって……」


 俺の言葉を遮ったフォルスが力なくつぶやく。


「そうやってあとどれだけ無駄なことを続けるのさ」


 その表情はどこか悲しげだった。


「あと千年? 一万年? それとも十万年続けるの? ずっと……ずっと延々と際限なく……。こぼれ落ちた水をとめどなく掬い上げ続けて、つぎはぎした端から破れていくのをまた塞いで、波でさらわれる砂浜に砂の城を作り続けるようなことを?」


 一度歪み始めた世界はそう簡単に元へは戻らない。

 ましてや魔力ありきでなじんでしまった世界からその要素を取り除こうというのだ。

 安全性が確保できる範囲で考えられる限りの手は尽くしたし、その試みと同じ数だけ失敗してきた。


 五十年間注力し続けた試みが失敗したときはさすがの俺もへこんだな。

 無力感に打ちのめされる神とか、笑えそうで笑えない。


「いつもいつも兄上はそうだ。僕には『心配するな』『大丈夫だ』『なんとかする』って強がって、ひとりで全部抱えて。僕はそんなに頼りないかい? どうして僕を頼ってくれないのさ? どうして自分で全部背負い込んで、勝手に自分で追い込まれていくんだよ?」


 訴えかけるようにフォルスが問いかけてくる。


 さっきまでの噛みついてくるような勢いはどこにも感じられない。

 むしろ寂しさや悲しさを抱えているような表情だった。

 まるで正しいことをしているのに、それを大人に理解してもらえず泣き出す寸前の子供のようだ。


「フォルス……。お前……」


「兄上は十分やったよ! もう良いじゃないか、千年もの間ずっと苦悩し続けた兄上を責める権利なんて誰にもないはずだ! 神である兄上がこれだけ力を注いでもだめだったんだ。だったら一回リセットしてやり直すしかもうないだろう!?」


 ああ……、そうだったのかフォルス。


 お前は……。



 俺のためにこんな事をしでかしているのか。



 俺はここに至ってようやく理解した。

 全てを招いたのはまたも自分自身の愚かさだということを。


 この世界が魔力という異物に毒されたのはひとえに俺の配慮と注意力が足りなかったからだ。全ての責任は俺にある。


 だから俺はひとりで何とかしようとして来た。

 原因は俺、ならば尻拭いをするのも俺だけで十分だと思っていた。

 いや、それが当然だと考えていた。


 ……それが間違いだったのだろうか?


「これ以上、自分を追い詰め続ける兄上を見るのは辛いんだ!」


 なんでお前が辛そうな顔してんだよ、フォルス。


 迷惑かけまいと自分ひとりで問題を背負ったことが、フォルスを傷つけ苦しめていたとは考えもしなかった。


 はっ、何が神様だ。

 弟の苦しみにも想いにも気付かないなんて、とんだヘボ兄貴だな。



 ごめんな、フォルス。



 ……。


 …………。


 …………でも、だからといってお前のやっていることを許すわけにはいかない。


 いくら俺のためでも、この世界を諦めて無に帰そうだなんて……俺は認めねえ。


 確かにこれまで千年の間、俺が講じた手段はことごとく失敗している。世界から魔力を取り除く方法に目星は立っていない。

 強引に魔力を消し去る事は可能だが、その場合にどんな影響があるかわからない以上、軽々に実行することもできない。


 この先どれだけの時間を費やせば解決できるか、神たる俺ですらわからん。

 もしかしたらどれだけ労力をかけても解決しないのかもしれない。


 ならば全てを無に帰すというのも安定した世界を創り出すために有効な方法のひとつかもしれない。

 でもそれを実行するのは到底無理な話だ。



 俺はこの世界を好きになりすぎた。



 完璧な世界じゃない。不純物によって仮初めの安定を得ている不完全な世界だ。


「それでも……、俺はこの世界が良いんだ」


 長い沈黙の末に吐きだした俺の言葉を聞いて、フォルスが悔しそうに笑顔を浮かべる。


「わかってる。わかってたさ。兄上だったらそう言うと思ってた。だから僕はもう自分のやりたいようにやらせてもらう」


 瞬間、フォルスの気配が一変する。

 俺を想って心を痛めていた弟は、秩序の破壊者として冷たく言い放った。


「さすがにこの世界が滅んだ後なら、兄上だって僕の言葉に耳を傾けてくれるだろう?」


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