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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが
193/197

第183羽

 回避しようとしたフォルスもさすがにあのタイミングでは間に合わなかっただろう。

 倒すのは無理でも結構なダメージを――いや、おかしいな。


 ダミーのあった場所を中心にして爆発が広がっている。

 だが爆発の仕方が俺の想定していたものとちょっと違うぞ。


「乗っかったか!」


 どうやらフォルスは先ほど俺に向けて使った煙幕を、今度は爆発に乗じて自分の姿を隠すのに使ったようだ。

 爆発によって生じたものよりもはるかに濃い煙がフォルスのいた空間一帯を俺の視界から閉ざしている。


 当然煙幕が晴れた後にフォルスの姿はない。


「どこだ……?」


 周囲を見回し、神気を探る。


「はああ!」


 気合いの入ったアヤの声。

 フルパワー状態の神力を存分にふるい、その剣がヤギのような姿の神獣を斬り捨てる。


 その向こうではクロ子が光塵落槌フラヴェセント・フォールを繰り出してカマキリ型神獣の細い胴体を叩き折っていた。


 ラーラとエンジは大丈夫かと目を向ける。

 トラ型の神獣相手にエンジがスピードで翻弄し、その後ろからラーラが矢継ぎ早に魔法を放って確実にダメージを与えているようだった。

 即席の魔力装備があるおかげでなんとか神獣相手にも対処できているようでホッとする。

 その連携は普段いがみ合っているとは思えないほどピッタリだ。

 なんだかんだ言ってあいつら仲良いからな。


 その周囲を守るように陣取るのはローザをはじめとする月明かりの一族たちだ。

 焼き肉食べ放題のお店で山盛りになったカルビを焼きまくるかのように、周囲一帯にあふれている魔力を用いてド派手な魔法を乱発している。


「眷属のくせに、魔力の扱いばっかり上達しちまいやがって……」


 最後にティアへ目を向けた。

 この中では一番手強いドラゴンを相手にしているはずなんだが、どうも一方的に押してるっぽい気がするのは俺だけだろうか?


 ドラゴンのブレスがティアに向かって一直線に放たれる。

 全てを焼き尽くすレーザー光線のようなそのブレスを前にティアが片手を優雅に払うと、銀色に染まった半球状の障壁がドラゴン渾身の攻撃を受け止めた。


「マジか」


 反撃とばかりに、ティアは神力で作りだしたダガーを三本投擲する。

 それなりに、いや人間の価値観からすると鉄壁の防御力を誇るはずのドラゴンへ三本のダガーはイヤにあっさりと突き刺さった。

 それはもう、サクッとマンガ的効果音がしそうなくらい簡単に。


「もう神力使いこなしてんのかよ」


 チート娘は使徒になってもやっぱりチートなのか。

 生まれたての使徒とは思えないほど器用に神力を使いこなして戦っていた。


 もうこれ、勝負ついてるんじゃないのか?


 傷つけられたことに憤慨してドラゴンが咆哮する。

 そんな被害者の声などおかまいなしにティアが天に向かって右手を掲げると、はるか上空へ何やら巨大な物体がいくつも生み出された。


「あー、あれかあ」


 ティアが作りだしたのはフィールズ大会でも披露した氷のドラゴンゴーレムだ。

 それが全部で十二体。輪を描くように円形に並んでいた。


 まあ人間の時でも八体同時に動かしてたくらいだからな。

 使徒になった今、十二体くらいは……と思った俺の予想を覆し、さらにドラゴンゴーレムが生み出される。


 十二体の輪から一段上空へ八体の輪が、さらにその上へ五体の輪が、その上に三体、そして最後にひときわ大きなドラゴンゴーレムが円錐えんすいの頂点となる位置へ一体生み出される。

 合計二十九体。


「いやいや待て待て」


 一番上のやつ、もう神獣レベルじゃねえかよ。

 神獣並のゴーレム生み出すとか、お前本当に俺の使徒か?

 使徒の域超えちゃってるじゃねえか。


 そんな俺のツッコミが届くはずもなく、ドラゴンゴーレムたちが一斉に白い霧のブレスを敵のドラゴンに向けて放つ。

 対するドラゴンもブレスで応戦。

 互いのブレスがせめぎ合うが、すぐにティア側が優勢となっていく。

 さすがに二十九体分のブレスには勝てなかったのか、とうとう力尽きたドラゴンがゴーレムたちのブレスに飲み込まれていった。


 後に残ったのは全身を白く染め、氷結して動かなくなったドラゴンの姿だ。


「うーん……これはひどい」


「何かおっしゃいましたか、先生?」


 空中に浮いてその惨状への素直な感想を口にしていると、戦いを終えたティアが優雅に飛んで近づいて来た。


「いや、別に。やっぱりティアはどこまでいってもティアなんだなと」


「なんですか、それ?」


 なんだか戦いの最中とは思えないほどほのぼのとした空気が漂う。

 うん、使徒になってもティアはティアだ。ちょっとホッとした。


 だが次の瞬間、苦笑していたティアの表情が一変する。

 真剣な顔を見せるとティアがその手に神力を集め、弓を引くような動作をした。


「ティア?」


 どうした、と言いかけて背後の神気に気付いた俺はその理由を知る。


 ティアの妻手めてにあわせて神力で形作られた一本の矢が生まれ、矢にあわせて弓が生まれる。

 しかし弓が姿を現していたのはほんの一瞬だけ。すぐさま放たれた矢が俺の横を通りすぎて背後へと飛んでいく。


 俺が振り向くのと矢が弾かれるのはほぼ同時。

 矢を弾いたのは標的自身が張り巡らせた障壁であり、その標的とはほかならぬフォルス本人。

 姿を隠して機会を窺っていたフォルスが、ティアと接触して隙を作った俺の背後から忍び寄って来たのだろう。


「兄上よりそっちの方が気付くとはね!」


 もちろん威力よりも速攻を優先したティアの攻撃が神の一柱たるフォルスに通用するわけもない。

 ティアの矢を弾いたフォルスは即座に攻撃を仕掛けてくる。


 剣を持ったフォルスの姿がぶれた。

 その体がふたつ、みっつと増えていく。

 さっき俺も使った多重時間を利用した同時攻撃だ。


 さすがだなフォルス。

 優秀な弟がいて俺は嬉しいよ。


 ただ正直なところ、今の状況においてはやっかいな事この上ない。

 こちらも多重時間展開して迎え撃ちたいところだが、残念ながらとっさに展開できるほど簡単なものじゃないんだよな。


 フォルスの剣が左右から迫り、下方からも突きあげてくる。


「しゃらくせえ!」


 多重時間展開は連続して使えるものじゃない。

 というか、前後の時間をかき集めて同じ時間に同期させるわけだから、一連の攻撃を防ぎさえすればある意味優位性が逆転する。


 フォルスがどれだけの多重展開をしているのかはわからないが、おそらく十五体程度が限界のはず。


 右から迫るフォルスをこちらの剣で弾き飛ばし、左側から来る剣は身をよじってかわす。

 下方から突きあげてくるフォルスに対しては障壁を張って防ぎながら、さらに前方からやってくる三体のフォルスへは牽制のために神力の矢を散弾銃のようにばらまく。

 斬りかかって来たフォルスは結局全部で十八体。


「まったくお前は――」


 出来の良すぎる弟だよ。


 フォルスの展開した数は俺の予想を上回っているが、なんだかんだ言っても多重時間展開の元祖はこっちだからな。

 それをいなすための対策も当然ある。


 多重時間展開は自分の過去と未来を数秒間だけ切り取って同じ時間の上に展開する。

 その仕組み上、有効時間の短いことが弱点だ。

 牽制や防御で一時的に凌ぎさえすれば相手は時間切れで消えていく。


 全力攻撃を行う攻め手に対して、守り手に回った場合は時間切れを狙うのがもっとも有効な対抗手段だった。

 まともに相手をするのは避け、防御や牽制を遠近使い分けて時間稼ぎをする。

 俺に効果的な一撃を加えることができず、時間切れで次々とフォルスの姿が消えていった。


「先生、上です!」


 その時、油断していた俺にティアの警告が飛ぶ。

 とっさに上を向くと、そこに見えたのは三体のフォルス。


「そっちが本命か!」


 三体のフォルスはすでに攻撃態勢に入っていた。

 その手から生み出される神力の槍が今まさに放たれようとしている。


 慌てて俺が障壁を展開しようとするが、その前に割って入った銀髪少女が庇うように両腕を広げて立ち塞がった。


「させません!」


 気合いの入った声と同時に複雑な紋様が宙に浮かび上がる。

 薄い板状の紋様が回転しながらその大きさを増す。

 その直径を十メートルほどに拡大させた紋様がフォルスの手から放たれた槍を受け止めた。


 さすがに多重展開した神の一撃を防ぐのは厳しいだろうという俺の考えは、使徒になっても相変わらずチートなアシスタント娘によって覆される。


「ちっ、邪魔だな」


 悔しそうなフォルスの顔。

 それはつまり、俺を出し抜きかけたフォルスの攻撃がティアによって察知され、おまけに防がれてしまったという結果を明確に示していた。

 忌々(いまいま)しそうな表情でティアを睨みながらフォルスが俺たちと同じ高さまで降りてくる。

 すでに多重展開していたほかのフォルスは時間切れで消えていた。


「どこまでも邪魔立てしてくれる。ついさっきまでただの人間だった女が、神同士の戦いに横やりを入れるな!」


 あ、フォルスのヤツ頭に血が上ってるんじゃねえか?

 フォルスの矛先がティアに向いた。


 一直線にティアへ向けて近付いてくると、その神器で斬りかかってくる。

 さすがのティアも神器をまともに食らえばただではすまないだろう。

 本人もそれをわかっているらしく大げさなほど距離を取って回避する。


ルイ(世界)に愛され、兄上()に愛され、自分が特別な存在だとでも思い上がったか!?」


 言いがかりにしか思えないフォルスの言葉にティアは毅然と反論する。


「そのようなこと、考えたこともありません。フォルスさんには私がそんな愚か者に見えているのでしょうか? 自分が特別だと思うような愚か者に」


「だから兄上のそばから離れようとしなかったんだろう!」


 そんなフォルスの言い様にティアは大きくため息を吐く。


「どうしてそんな結論になるのですか。私が先生のそばにいるのは私が特別だからじゃありません。逆ですよ。私にとって先生が特別な人だからです」


「兄上を人間なんかと一緒にするな! 兄上は神だ! 生きとし生けるものの創造主だ!」


「先生は人間ですよ。神様かもしれませんが人間です。迷い、苦悩し、失敗して、馬鹿なことをやって、反省して、また同じ過ちを繰り返すどうしようもない人ですけど」


 オイ待て。

 何で俺は自分の使徒にどうしようもない人認定されてるんだ? へこむぞ。


「それでも自分の無力感に飲み込まれず、魔力が無いことを言い訳にせず、諦めることを否定する強い人です。小生意気な娘がひとり暗いところで自分の力に怯えて泣いていたら、手を差し伸べずにはいられない優しさを持った人です。それが先生という人間です! あなたに……、先生の友人でありながら一線を引いて本心を見せようとしなかったフォルスさんに何がわかるというのですか!」


 神力のダガーと槍を互いに応酬しながら放たれるティアの糾弾にフォルスが言い返す。


「神に向かってとことん不遜な人間……いや、使徒だな! 思えばいつもいつもお前は僕の思考を覗き見ようとしていた。神の思考を人間ごときが見通せるわけもないが、それを試みただけでも本来許されざる罪だ。兄上が悲しむから新しい世界でもコピーを作ってやろうと思っていたが、やめだ。お前だけはこの世界と一緒に消えろ! この世界もお前も、新しい世界には不要だ!」


「この世界が不完全だから消し去る? いったいどちらが不遜なのですか。私もほかの人間も、この世界に生きる多くの命も、あなたの玩具でもなければ所有物でもありません。たとえあなたが神だとしても、勝手に世界を終わらせて良い理由にはなりません!」


「終わらせるわけじゃない。やり直すだけだ!」


「そんな権利があなたにあるとでも!?」


「あるさ! 神だからな! 神が自分たちの世界をどう扱おうと、人間ごときが口を出すことではない! お前だって自分の作った庭の出来不出来を他人にとやかく言われたくあるまい!」


 そんなフォルスの言葉を耳にして俺は少しだけ悲しい気持ちに包まれた。


「それは傲慢というものです!」


「神に傲慢など存在しない!」


 言葉を叩きつけながらも両者の間を神力の塊が武器の形となって飛び交っている。


 もちろん俺も呆けて見ているわけじゃない。

 ティアがフォルスの注意を引いていてくれたおかげで準備が整った。

 フォルスがこちらへ気が付く前に俺は仕掛けを解き放つ。


「なっ、これは!?」


 驚いたフォルスがようやく俺の企みに気付くが、もう遅い。

 空中のフォルスを包むようにして三百六十度を乱雑に組み上げた木材のような物体が囲んでいた。


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