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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが
190/197

第180羽

「こ、れは……?」


 目覚めたティアが状況を飲み込めず呆然としている。


 そりゃそうだ。

 ティアにしてみれば俺の家でぶっ倒れてから意識を取り戻してみれば、そこは瓦礫まみれの野外。

 しかもフォルスがルイに剣をぶっ刺しているなんて光景が目に飛び込んでいるんだからな。


 だがさすがにただならぬ空気は感じられるだろうし、何よりティア自身がフォルスの力で拘束されているのだ。

 異常事態であることはすぐにわかるだろう。


「フォルスさん! 何をなさっているのですか!」


 フォルスの凶行を止めようとティアが声を張り上げるが、それで大人しく言うことを聞くくらいなら俺たちだって苦労はしていない。


「大人しくしていてね、ティアさん。まあ、それから抜け出せるような力は人間にないだろうけど」


「何を……?」


 事情を知らないティアにはフォルスが何を言っているのかわからない。


「うん、理解する必要はないよ」


 きっぱりとティアの疑問を切り捨てたフォルスが、さらに剣をルイに突き立てる。


「ンンー!」


 ルイが叫び、世界が揺らぐ。

 ルイの体から血は流れない。世界の形代はどこまでいっても形代であり、生物ではないのだから。


「やめて! やめてください!」


 身をよじってティアが叫び、フォルスを止めようとする。

 同じように俺の後方からはクロ子につかまったラーラが叫んでいた。


「やめろフォルス!」


 ティアやラーラの制止には何の反応も見せなかったフォルスが、俺の声にだけは返事をする。


「うん? 何か言ったかい、兄上?」


 そう言いながら、ルイを刺していた剣の切っ先がティアの喉元へ差し向ける。

 剣先を突きつけられたティアが息を飲んだ。


「くっ……」


 結局俺は何もできなくなる。


 頭ではわかっているんだ。

 世界が崩壊すれば結局ティアを救うことはできないと。


 理性では納得しているんだ。

 ティアひとりと世界を同じ天秤に載せるべきではないと。


 それでも俺は動けない。

 神ではなく人間としての俺がティアを失いたくないと理性にあらがい続ける。


 俺が動かなければ使徒であるアヤやクロ子だって動けない。

 決断ができるのは――しなくちゃいけないのは俺なのに……。


「先生……、私が……私のせいですか?」


 それを見たティアが状況を察して表情へ陰を落とす。

 そうではないと否定したくても、実際問題ティアの存在が俺の行動にかせをはめているのは事実であった。


「わかってくれたかな、ティアさん。君に危害を加えたくないし、大人しくしていてくれると助かるんだけど」


 剣の先端がティアの喉へわずかに食い込む。

 皮膚を切るか切らないか本当にギリギリのところだ。


「ティアに……手を出すな」


 自分でも思った以上に低い声が出た。


「……兄上でもそんな顔をするんだね。初めて見たよ」


「そうさせてるのはお前だろうが」


「そんなにティアさんが大事なの? そりゃあ、人間にしては魔力が強いかもしれないけど、しょせんはただの人間じゃないか」


「うっせえ! お前の尺度で勝手に決めつけんな! お前にとってはただの人間でも、俺にとっては世界で一番大事な女なんだよ!」


 苛立ちが治まらない。

 分からず屋の弟を御しきれない自分がもどかしい。


「せ、先生……?」


 つい感情のままに怒鳴ってしまった俺を見て、ティアが動揺を見せていた。


「まあ、その分人質としての価値があるなら助かるけどね」


 フォルスはフォルスで興が冷めたような表情を見せながら、再び剣先をルイの体に向ける。


「ンー!」


 ルイが身をよじって逃れようとするものの、そんな力があるわけもない。


「やめてください!」


 そんなルイの姿を見ていられなかったのか、ティアが叫んだ。


「どうして……。フォルスさん、どうしてこんなことを? ルイがあなたに何かしましたか? その子を苦しめてどうしようというのです?」


「詳しく説明するつもりはないんだけど、兄上の――レビィのためなんだよ、これは」


「先生の? ……ルイを傷つける事がどうして先生のためになるんですか? それに兄上って……」


「説明するつもりはないと言ったよね。少なくとも大人しくしてくれるならティアさんにも兄上にも危害は加えない。僕はただ目的を果たせればそれで良いんだ」


「目的……?」


「世界の――作り直しさ!」


 フォルスの剣がまたもルイを傷つける。


「ルイ!」


 世界がうねり、ティアとラーラが叫ぶ。



 俺は自分自身に問いかけた。


 このままで良いのか?

 良いわけがない。それはわかっている。



 だが俺が動けばティアの身が……。

 馬鹿を言うな。ティアと世界を天秤に掛けるつもりか?


 そうじゃない。どっちがじゃないんだ。

 世界は救わねばならない。それは俺の義務であり存在意義だ。


 でもティアを救いたい。それは俺の本心であり心からの願いだ。

 確かに俺は全知全能の存在じゃない。




 だけど――。




 救うべきものを救えず、救いたいものも救えないで何が神だ!




 グズグズと迷うのはもうやめだ。

 どうせ考えても結論なんぞ出ない。


 だったらもう当たって砕けちまえ。

 フォルスを巻き込んで次元を六つ七つ越えてしまえば少なくともティアとルイの安全は確保できる。

 数万年戻ってこられなくなるだろうが、世界が壊れるより……ティアを失うよりはましだ。


 俺は腹をくくってタイミングを見計らう。

 狙うのはルイが傷ついて世界が揺らぐ瞬間だ。

 さすがのフォルスもその余波にあおられて隙ができるはず。

 ルイには悪いがもう一撃だけ食らってもらおう。


 ありったけの神力を使って、瞬時に距離を詰め、ルイを解放し、最後にフォルスを拘束しつつ次元を飛ぶ。

 出し惜しみさえしなければ、今の俺でもそれくらいのことはできる。


 後始末をアヤやクロ子たちに押しつけるみたいで申し訳ないが、そこは勘弁してもらおう。

 フォルスの動きを見逃さないよう、すぐに動けるよう全身へ神力を行き渡らせて神経を集中させた。


 ラーラの叫びが響く中、泣き叫ぶルイへと容赦なくフォルスの剣が振り下ろされる。

 その瞬間、俺は信じられない光景を目にした。


「させません!」


 拘束されていたティアが声をあげたかと思うと、唐突にフォルスの生み出した蔦が光に焼かれてぶつ切りになっていく。

 光の発生源は――ティアだった。


「なっ!?」


 驚きの声は一体誰のものだったのだろう。

 その場にいた全員が、俺やフォルスも含めて表情を驚愕に染められる。


 ボロボロに崩れた蔦の燃えかすがティアの体から離れていく。

 もはやティアの自由を奪う物は何ひとつとして存在しない。


「人の身でなぜそれが――!?」


 フォルスの驚きも疑問も当然のものだ。

 神力を用いて作られた蔦は決して人間の力でどうこうできるものではない。

 どうしてティアがあの束縛から逃れたのか、俺でさえ理由がわからなかった。


「アヤ!」


「はい!」


 理由はわからないがこれはチャンスだ。

 俺はアヤの名だけを読んで視線を交わす。


 俺がすぐさま飛び出すと、察しの良いアヤがそれに続く。


「ルイを、返してもらいます!」


 一瞬立ち尽くしていたフォルスの隙をついてティアがルイの小さな体を奪い取る。

 馬鹿、何やってんだよ! まずは身の安全を確保するために離れるのが先だろうが!


「ふざけるな!」


 我に返ったフォルスの剣先がルイを追いかけるように突き出された。

 ティアは華奢な体全体でルイを抱きしめると、バックステップでフォルスから距離を取ろうとする。

 同時にフォルスへ向けて持ち前の莫大な魔力を使い、牽制の魔法を放つ。

 絶界の永久氷壁を使ったアイスウォールだ。


「どけ!」


 だがいくら人外じみた魔力を持っていたとしても相手が悪すぎた。

 神力の前では大量の魔力を使った氷壁も粘土細工のようなものだ。


 フォルスが剣を薙げば、ティアのアイスウォールだってひとたまりもない。

 アイスウォールが崩壊する隙に距離を取ろうと下がっていたティアへフォルスが迫った。


 大した距離が開いているわけでもないのに、ティアたちの立っている場所が遠い。

 やけに時間が長く感じられた。


 神力を練って刃を作りだし、間を置かずにフォルスへ放つ。

 足止めでも良い、牽制にさえなれば良い。


 間に合え!


「邪魔だ、人間!」


 ルイを両腕で抱き込み、必死に守ろうとしたティアの体へフォルスの持つ剣先が吸い込まれる。


「ティア!」


 鋭いその切っ先がその胸へと突き刺さり、勢いのまま深く埋まっていく。

 反対側から生えるように出現した剣は見る見るうちにその長さを増し、冷たい輝きをところどころ覗かせながらも全体を真っ赤な色に染めていた。


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