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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第一章 異世界には夢もチートもなかった

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第18羽

 扉の先はひとつの面が三十メートルほどある正方形に近い部屋だった。

 正面奥には灰色をした両開きの扉があり、その手前には黒っぽい岩のかたまりが鎮座(ちんざ)している。


 もちろんこんなところにある岩がただの岩であるわけはない。

 岩の下部には足とおぼしきものが二本。当然左右には腕らしきものが二本くっついていた。

 だが頭部のようなものは見当たらず、目鼻といった顔っぽい箇所もなさそうだ。


 部屋に入った俺たちに反応して動き出すかと思ったが、今のところはその気配も感じられない。


「まるで扉の守護者のようです。ストーンゴーレムでしょうか?」

「近付くと動き出しそうっすね」

「だよなあ。それっぽいよなあ。近付くと動き出して、おまけに入ってきた扉が勝手に閉まって閉じこめられる、ってのがお決まりのパターンだろうな」


 あんたもそう思うかい? まあ、どう考えても定番の展開だもんなあ。


「ンー」

「ありそうだね……。レビィは扉が閉じないように、ここで待機しててくれないか? エンジと僕で接触してみる」

「わかった」


 見るからに強敵である。

 いざとなったらすぐに逃げ出せるよう、退路は確保しておかねば。

 ということで、俺は扉番だ。


 フォルスとエンジの二人がゆっくりとゴーレムへ近付いていく。

 ラーラは二人と俺との中間地点で待機する。

 近寄ったフォルスとゴーレムとの距離が十メートルほどにまで縮まったその時、やっぱりというか想定通りというか、(いびつ)な音を立てながらゴーレムが動き始めた。


「動いたっす!」


 それ一本で巨大な質量を持った四肢(しし)が、本体を支えて体勢を整えようとする。

 ゴーレムが身じろぎする度に、俺のところまでその振動が伝わってきた。


 やがて二本の足で立ち上がったゴーレムの大きさに俺たちは圧倒される。

 その全長は比較的長身なエンジのさらに二倍以上、腕の太さもまるで丸太だ。しかも材質は岩。

 あんなのに殴られたら原形を留めることなく爆散してしまいそうだな。


「ひと当てしてみよう! レビィ、退路の確保は頼むよ!」


 そう言うなり、フォルスがメイス片手に立ち向かう。

 剣から持ち替えておいて正解だったな。あんなの相手にしたら剣なんてすぐに折れちまう。

 むしろ切るよりもメイスで砕いていく方が有効だろう。

 魔力を帯びた剣とかなら話は別だろうが、残念なことに俺たちの装備は全てありふれた大量生産品だ。


 エンジの方は最初から牽制と援護に専念するようだ。まあ当然か。

 フォルスがメイスを振りかぶり、目にもとまらぬ速さで打ち下ろす。

 それがゴーレムにぶつかった瞬間、甲高い音が辺りに響いた。


「くっ! 硬い!」


 フォルスの一撃をものともせず、ゴーレムが反撃をくり出す。

 その質量自体が凶悪な威力をはらんで、ゴーレムの腕がフォルスへ襲いかかる。


 軽いステップで後ろに飛び、その攻撃を躱したフォルスは、自分の横を通りすぎたばかりのゴツイ腕に向けてもう一度メイスを振るう。

 ゴーレムの体から再び甲高い音が放たれる。

 そして直後に振るわれる脅威の反撃。

 空振りする攻撃で切り裂かれる空気の音が、俺のところにまで聞こえてくる気がした。


 そうやってフォルスが三度ほど攻撃を放った時、やっぱりというか何というか予測通りの事態になった。


「扉が閉まるぞ!」


 戦闘の最中にいるフォルスたちへ聞こえるように大声で叫ぶ。

 退路確保のために開きっぱなしにしていた銀色の扉が、どういう原理かわからないが自動で閉まりつつあった。


 俺は自分の体をつっかえ棒代わりにして体重をのせる。

 非力な俺では筋力に頼ることも出来ないためそれが精一杯だ。


 だが思ったよりも扉が閉まる力が強い。

 閉まる速度は遅くなっているものの、ずるずると体が押しのけられる。

 ルイが一緒になって支えようとしてくれている。

 だがモンスターとはいえそこは愛玩種。

 幼児っぽい見た目に則して俺以上に非力だった。ほとんど助けにならねえ。


「ンー……」

「ぐっ……。ラーラ……。岩……、頼む……」


 歯を食いしばった状態だから、どうしてもカタコトっぽいしゃべりになってしまう。

 だがラーラはそれだけで察してくれたらしく、素早く詠唱に入ると俺の足もとへ岩のかたまりを作り出した。


「ストーンウォール!」


 同じ魔法でも術者のイメージ次第でその形や大きさを変化させることは可能だ。

 通常ストーンウォールの魔法は味方の前面に横方向へ展開して、敵からの魔法や弓矢、そして銃撃を防ぐというのが一般的な使い方になる。


 だが今はそんな大きな壁はいらない。

 必要なのは閉まる扉を食い止めるためのストッパーだ。

 ラーラが魔法を唱えた瞬間、俺の足もとに岩で出来たつっかえ棒が出現する。


 そして次の瞬間、両扉からの圧力を浴びてあっという間に折れた。

 パキン。と小気味よい音を立てて。


 (もろ)っ! ストーンウォール脆っ!

 細い! 小さい! (もろ)い! って……、ちっとも役に立ってねえ!


「小さくするのは大きくするよりも力加減が難しいんです!」


 無言で向けた俺のツッコミ視線を受けて、求めてもいないのに弁解するラーラ。

 ヤバイ、そろそろヤバイ。本当にヤバイ。

 文字通り体を張って食い止めているが、これ以上は抑えきれない。


「フォルス……! そろそろ……! やばい……!」


 俺の声が伝わったのか、フォルスは一歩退いてゴーレムから距離をとると全員に向けて言った。


「一旦退いて体勢を立て直そう!」


 フォルスとエンジは牽制(けんせい)を入れた後、こちらに向かって走ろうとする。

 だがそこでゴーレムの動きが一変した。

 距離を置いたフォルスとエンジが俺たちと一直線上に並んだその時、それまでの腕を振りまわす攻撃から一転し、猛然と突っ込んできたのだ。


「ぬわっ!」

 エンジがとっさにゴーレムの進路から飛びすさる。

 それにフォルスも続く。

 いくらなんでもあのでかい図体が突撃してきたら逃げるわな、そりゃ。

 十トントラックが突っ込んで来るようなもんだし。


 続いてややオタオタとしながらもラーラが逃げる。

 ゴーレムの進路上に残ったのは俺とルイだけ……、あ、ルイのやついつの間にか逃げてやがる。

 俺の目にはラーラの後ろに隠れてゴーレムにおびえるルイの姿が映った。


 あんにゃろー。


「レビィ、逃げて!」

「兄貴、危ないっす!」

「レビさん!」

「ンー! ンー!」


 っと、それどころじゃない。俺も避けなきゃ。

 このままじゃノシイカになっちまう。

 俺は迫り来るゴーレムを目の前にして、生存本能にしたがい身をひるがえした。


 俺というつっかえ棒を失った扉がゆっくりと閉まり始める――のだが、閉まりきる直前にゴーレムの巨体が扉へ突っ込んだ。

 扉とゴーレムの体が激突し、耳をつんざく大音響を奏でる。


 これでゴーレムが自壊してくれたんなら結果オーケーなんだが……。やっぱそんな虫のいい話ないよな。

 やがてゴーレムは何事もなかったように立ち上がると、後ろを向いて次のターゲットを探し始めた。


 その後方に残されたのは、激甚(げきじん)な衝撃によって見るも無惨(むざん)に潰れ、ひん曲がった銀色の扉。

 もはや見るからに扉としての役目は果たせそうにない。

 当然扉まわりの壁面もゴーレムとの衝突で無残に砕け散り、ちょっとした瓦礫(がれき)の山が出来ている。


 かくしてゴーレムの向こう見ずなタックルにより、俺たちの退路は完全に断たれてしまった。


「レビィ! ラーラ! 下がって!」


 フォルスが盾を構えてゴーレムの前に出る。

 俺とラーラはまだ潰れていない方――奥側――の扉前へと身を移した。ちょうどさっきまでと前後が入れ替わった形だ。


 だが変わったのは位置だけではない。戦い方もだ。

 先ほどまでの様子をうかがう戦いとは違い、今度は全力をもって敵を打ち倒すための戦いとなった。


「エア・ハンマー!」


 ラーラの攻撃魔法が放たれる。

 今にもエンジに襲いかかろうとしていたゴーレムの右腕が圧縮された空気の(つち)ではじかれる。

 だがダメージを与えられているようには見えなかった。


 一応念のため背後にある灰色の扉を押してみる。

 ……ビクともしない。引いても……、ダメだな。

 やはりあのゴーレムを倒すまでは逃してくれないようだ。まあ、予想していたことだけどさ。


 フォルスは様子見を主目的としていた先ほどまでと違い、エンジの牽制をうまく利用して積極的に打撃を加えている。

 多少なりともダメージが通っているとは思いたいが、やはり相手のサイズと硬さの前に決定的な一撃とはならないようだ。


 ラーラもいろいろと手を変えて攻撃しているが、なにぶん相手は岩のかたまり。

 生物と違って燃えるわけでもなく、毒が効くわけでもない。

 有効な手立てとしては爆発系、あるいは切断系の攻撃だろう。


 もちろんそれはラーラもわかっている。

 前衛二人が攻撃をする合間をぬって魔法をぶつけているのだが、とても効果が出ているようには見えない。相手が硬すぎるのだ。


 通常の岩であれば木っ端みじんになるような爆発、コンクリートの壁を真っ二つに切断できる威力を持った風や水の切断魔法。それが通用しない。

 ゴーレムの体は俺たちが想像する以上に頑丈(がんじょう)だった。


 ラーラの頭上から細く鋭い水流がゴーレムの巨体目がけて放出される。


「ジェットウォーター! ……っく! これもダメですか……」


 だが貫通力に特化したその魔法をもってしても、ゴーレムの体表にわずかなくぼみを残すことしかできない。

 俺も隙を見て手持ちの火炎球や氷結球を投げつける。

 しかし火炎球で生じる炎は岩を溶かすほどの高温にはならないし、氷結球で凍るのはゴーレムの表面だけ。

 結局わずかな間その動きを阻害(そがい)するので精一杯だった。


 攻撃力に劣るエンジの剣撃では当然のことながらゴーレムに傷ひとつ付けることができない。

 唯一戦力となりそうなのはフォルスだけだ。

 岩の両腕からくり出される凶暴な一撃をひらりとかわし、カウンターでメイスを打ちつける。

 そのたびに岩とは思えないような甲高い音を響かせて、わずかにゴーレムの体が削られていく。


 だがその攻撃もどれくらい効果があることか。

 今のところはゴーレムの攻撃をフォルスも余裕を持って回避できている。

 しかしおそらく疲れ知らずであろうゴーレムと違い、こちらは生身の人間だ。疲労と共に動きも悪くなる。

 このまま戦い続けていれば、いずれあの巨大な碗に捕まってしまうのも時間の問題だろう。


 逃げ道がないのがやはり厳しい。

 何か役に立ちそうな物はないかと、俺は自分のポーチに手を突っ込む。


 まきびし……、ダメだ。岩の巨人がまきびし程度でひるむとは思えない。それどころかフォルスとエンジの邪魔になるだけだろう。


 閃光球……、無生物のゴーレムが光でひるむとは思えない。それどころかフォルスとエンジに以下同文。


 煙幕球……、無生物のゴーレムが煙で視界を奪われるとは思えない。それどころか以下同文。


 くそっ! 役に立たねえな、俺の愛すべき小道具どもは!


 エンジの言う通り、完全に逃走目的のラインナップだからなあ。


 そんな感じで手を打ちあぐねていると、とうとうゴーレムの腕がフォルスを捕らえ始めた。

 とっさに盾を使って力を受け流し、何とか攻撃をしのいでいるが、明らかに戦闘開始直後より動きが悪くなっている。


「エンジ! 出過ぎだ!」


 それまで少し距離をとって牽制に(てっ)していたエンジだが、フォルスの援護をするため知らず知らずのうちに前へ突出していたようだ。

 俺が警告を発した時には既にゴーレムが標的を変更して、エンジへその両碗を向け始めていた。


「うわっと! と、っとと! うひゃ!」


 妙な声をあげつつ、エンジが必死に攻撃をかわす。

 表情はおどけているが、内心冷や汗ものだろう。

 エンジの装備と体格では、一撃かするだけでも致命傷になりかねない。


 ゴーレムが左右に振りまわしていた両腕を突如頭上に振り上げ、不格好な指が生えているその手を組む。

 次の瞬間、ハンマーを打ち下ろすような動きで腕を振り抜いた。


「あぶっ!」


 かろうじてエンジは身をかわすことに成功する。

 渾身の攻撃も空振りに終わったゴーレムの両腕は、その行く手を阻まれることもなく床に激突した。

 平らな床はそのすさまじい衝撃で破壊され、破片が周囲に飛び散る。


「エンジ!」


 俺とフォルスの声が重なる。

 攻撃をかわすことには成功したものの、ゴーレムの腕によって破壊され、ゆがんだ床面は既に平らではない。

 その凹凸によって足を取られたのか、それとも飛んできた破片をくらったのかはわからないが、エンジがゴーレムの目の前で倒れ込んでいた。


 ゴーレムが崩れた体勢を立て直しつつある。

 エンジはまだゴーレムの攻撃が届く場所から動けないでいた。


「逃げろ! エンジ!」


 俺の声に反応したエンジがゴーレムの方を見る。

 だがゴーレムの腕は既に振り回すための予備動作に入っていた。


 まずい。やられる。

 立ち上がろうとするエンジ目がけて、巨木と言っても良い太さの腕が横から振り抜かれる。

 その凶器がエンジに届こうという時、横からその間に割り込む影があった。フォルスだ。


「フォルさん!」


 ラーラが悲鳴をあげる。

 とっさに盾を構えてゴーレムの攻撃を受け止めたフォルスが、冗談かと言うような軌道(きどう)で真横に吹っ飛ばされる。

 やがて勢いそのままに壁に激突して床に落ちた。


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