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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが
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第177羽

「まるで選択肢があるみたいなことを言うんだね、兄上」


 俺たちのやり取りを大人しく見ていたフォルスだが、それはあくまでも表面上の話。

 周囲に展開済みの神力が、ただ突っ立っていただけではないことを否が応にも教えてくれる。


「使徒がふたり増えた程度でなんとかなると思ったのなら、それは考えが甘いよ」


 フォルスの周囲にまたも空間の歪みが生まれた。それもひとつやふたつじゃない。大小合わせれば四十はくだらないほどの数だ。

 その歪みから先ほどの三つ叉大蛇と同じように、様々な存在が姿を現す。


「俺の知らない間にずいぶんと手なずけたもんだな」


 ざっと見ただけでも火焔鳥フェニックス九尾ナインズ海王クラーケン純馬ピュアホース炎蟹フレイムナイト蓮華狼トリックシルヴァ……さすがに異界の神まではいないが、どれも一体で都市を灰燼かいじんに変えうる神獣ばかりだ。

 ちっ、上位古白竜ハイロードまでいやがる。


 上位古白竜ハイロードは俺が対処するしかないが、後は全部アヤやクロ子任せで問題ないだろう。


「こっちだって念入りに準備は進めてたからね。いくら兄上が力を封じていたといっても、そこまで甘く見てはいないよ」


「相変わらず生真面目なこって」


「それだけが取り柄だからね」


 俺の皮肉を軽く受け流し、フォルスが神獣たちに指示を出す。


「さあ、やっちゃって。全力でだよ」


 その瞬間、フォルスの周りに控えていた神獣たちが一斉に襲いかかってきた。


「露払いはお任せを!」


「ひっさびさの全力、行きますよー!」


 アヤとクロ子がそれにあわせて前へ出る。


 神獣の一体が繰り出す劣化分身体の群れをやすやすと蹴散らして、そのままふたりは神獣たちへと飛びかかった。

 アヤの剣が炎蟹フレイムナイトの腕を斬り落とし、クロ子の大槌が純馬ピュアホースの疑似翼をたたき折る。

 万全の状態を取り戻した俺の使徒が神獣なんぞに後れを取るわけもない。


「ああ、すばらしいですお父様! クレジットカードの限度額を気にせず買い物できるみたいなこの開放感!」


 ……うん。ちょっとあの子は世俗にまみれすぎてる気がするけど。

 もうちょい他の表現は出来ないもんかね。

 クロ子は明らかにクレジットカードを持たせちゃいけないタイプだな。


 ただ、いくらアヤとクロ子が相手の力を上回っているとはいえ、もともとの数が違う。

 ふたりだけで四十体もの神獣を抑えることは手数の面からいって難しいだろう。

 案の定、ふたりを無視してこちらへやってくる神獣が何体かいる。


「主様、集結完了しました!」


 良いタイミングでローザが声をかけてきた。


 振り向くとそこにいたのはローザをはじめとする月明かりの一族。

 世界中に散らばっていた一族が今この場所へ全員集まっている。

 その数はフォルスが呼び出した神獣よりも多い。


「何なりとご下命を。このローザに。主様をおそばでお守りし続けていた、他の一族とは一線を画す貢献をしてきたこのローザへ!」


 ローザが一族の先頭に立って食い気味に迫ってくる。

 顔も良いしスタイルも抜群なのに、どうしてこうも残念な性格になってしまったのだろう。

 後ろに立つ月明かりの一族たちが皆、お前に射殺さんばかりの視線を向けていることに気付いていないのか?


「さあさあ、主様!」


 銀色に輝く胸当て。羽飾りの付いた帽子のような青い頭防具。腰に剣を佩き、手には直槍を持った姿はジャパニーズファンタジーのヴァルキリーを思い起こさせる。

 いつの間にか戦闘装束に身を包んで迫り来るローザの顔を押し戻し、全員に向けて俺は告げる。


「非常事態だ。各自、使徒の援護とそこにいる人間ふたりの護衛に全力を尽くしてくれ」


「ははっ!」


 ローザ以外の全員が右拳を胸に当てて俺に頭を下げる。


 おいローザ。なんでお前が偉そうに得意顔になってんだ。

 別にこいつらもお前に頭下げてるわけじゃ無いと思うんだが。


 そんなローザをよそに、月明かりの一族たちは周囲に散っていく。

 アヤやクロ子の援護に入る者。単独で神獣と対峙する者。ラーラとエンジの守りにつく者とそれぞれだ。


「で、なんでお前はここにいる?」


「もちろん主様をお守りするのが私の役目だからです! これまでだってそうだったじゃないですか!」


「よし。その役目、今この場で解いてやろう。お前も吶喊とっかんしてこい」


「ええー! そんなのないですよ主様! 主様と私の仲じゃないですかあ!」


「知らねえよ。良いからとっとと行ってこい!」


「ふええ……」


 情けない声をもらしながらローザが敵中に向かっていった。


 あいつ、あそこまで残念なヤツだったか?


 …………。


 思い返してみると、確かに残念なところしかなかったな。

 時たま役立つことはあったけど、九割方残念だったわ。

 姿が見えて直接会話できるようになってから、いっそう残念さに磨きがかかった気がするけど。


 どのみち力と記憶を取り戻した俺に護衛なんぞ必要ない。

 それよりも問題はこの状況に巻き込まれた一般人、ラーラとエンジの方だろう。


「ラーラ、エンジ」


「ひゃ、ひゃい!」


「なんすか兄貴?」


 呼びかけられたふたりが対照的な返事をする。


「どうしたラーラ? なんか変だぞ?」


「え、あ、いや、だって……。えーと、レビさん……じゃなくてレビ様?」


「なんだその妙な呼び方」


「その……神様、なんですよね?」


 恐る恐るといった感じでラーラが訊ねてくる。


「まあ、一応な」


「えーと……正直まだ状況が飲み込めてないんですけど、神様に『さん』付けは失礼かと思って……」


「別に構わねえって。確かに俺はこの世界の神だけど、同時にお前の元クラスメイトでもあり、遊び仲間のレバルトでもあるんだ。変にかしこまらず今まで通りで良いぞ」


「そうっすよ。兄貴が神なのはいつものことっす。神だった兄貴が本当に神だったってだけっすよ。ね、兄貴!」


 うん、お前の方はお前の方で清々しいくらいにブレねえな。それで良いけど。


「はぁ、そういうことなら……今まで通りレビさんと呼ばせてもらいます」


「そうそう。今まで通り気楽にいこうぜ」


 それでもやや遠慮がちに申し出るラーラへ、あえて軽く答える。


「それはそうとな。今の状況、ちょっとふたりにはキツイと思うんだよ。あれ、全部神獣だし」


「神獣……!?」


 ラーラが絶句した。


 そりゃそうだろうな。

 神獣なんておとぎ話や昔話に出てくるような存在だ。


「さっきのまた大蛇おろちほどじゃないにしても、結構強いんだ。月明かりの一族にふたりの護衛も頼んだけど、それでもやっぱり完全に防げるかどうかは分からん。だからふたりにも装備を強化してもらおうかと思ってな」


「強化、っすか?」


 問いかけてくるエンジへ返事をする代わりに、俺はふたりのために新たな武器を生み出す。


 フォルスの存在を考えればここであまり神力を消費したくはない。

 だがこの場には普段ならあり得ないほど濃密な魔力が漂っているのだ。


 俺は周囲に充満する潤沢な魔力をかき集めて圧縮し、人間が手に取れるよう物質化していく。

 ラーラには魔法使いのスタンダードウェポンである杖を、エンジには使い慣れているだろう小剣を二本だ。


 すげえな。

 かき集めてもかき集めてもまだあふれてくる。

 魔力だけに限って言えば使い放題だ。


 ついでなので防具も作ることにした。

 ラーラ用の小ぶりなローブとエンジ用の軽装鎧だ。

 色はふたりの髪色に合わせて突き抜けるような秋空色と、曇りのない漆黒。

 いちいち着替える余裕もないので、勝手に空間座標を入れ替えてふたりが身につけている装備と交換する。


「えっ、なんですか!?」


「うわっ、ビックリしたっす!」


 突然自分の手に持った得物と身につけていた防具が別の物に替わったのだ。

 驚くのも当然だが、いちいちそれを説明している時間が惜しい。


「魔力を物質化して作った即席の装備だ。この戦いの間だけはそれを使え」


 ふたりを戦力として期待しているわけではないが、装備しているだけでもふたりの力を人外のレベルまで引き上げてくれるはずだ。

 神獣の一撃を食らっても即死しないだけの防御力もあるだろう。


「あれ? もらえるわけじゃないんすか?」


 どんなときでもブレない男が図々しい事を言い出す。

 そりゃ、今まで通りの接し方で構わないと言ったのは俺だけどさ。


「人の世界へ持ち込むには強力すぎるんだよ」


 適当に作ったとはいえ俺が手ずから生み出した武器と防具だ。

 神力がまったく込められていなくても神器と呼んでさしつかえないほどの力を持っている。


 だいいち魔力の塊だ。

 こんなもん人間界に流されたら、後々俺やアヤが苦労するだけだろう。


 一応釘を刺しておくか。


「力にのみ込まれるなよ。飲み込まれてしまったら――」


「どうなるんすか?」


 深刻そうな口調の俺に、エンジがゴクリとノドを鳴らして問いかけてくる。


「人間じゃ無くなるからな」


「ひっ! わ、わかったっす。気をつけるっす!」


 さすがのエンジも慌てる。


 口から出まかせじゃあない。

 なんせ物質化させたくらい濃厚な魔力の塊なんだ。

 そのヤバさはダンジョンの中核と似たようなもの。

 短い時間使うだけならともかく、何日も身近においておくのは自殺行為だろう。


 とにかくこれで最低限の安全は確保できた。

 月明かりの一族もついてくれているから、まずふたりの心配はいらない。


「問題はあれだな」


 俺は上位古白竜ハイロードに視線を向ける。


 少し赤みがかった白い肌に、見上げるほどの巨体。

 大きな顎は人間サイズなら丸呑みに出来るほどだ。

 最大の特徴は八枚の白翼。ドラゴンのくせにコウモリの翼じゃないのかよ、とつっこみたくなるが、あれは人間が勝手に想像した姿であって本来はこの形が正しい。


 当然強い。

 多分三百年くらい前に勇者阿部義則(あべよしのり)の倒した魔王がお子様に思えるくらいには強い。


 おかしいな。

 四万年前に生み出したときは体長三メートルほどの大人しい草食動物だったはずなんだが。

 生存競争と進化の果てに、こんな恐ろしい化け物に育っちゃったよ、この子。


「あれって強いんすか?」


「まあエンジなら秒で死ねるな。その装備があるから三秒くらいはもつかもしれん。アヤなら五分くらいの時間稼ぎは出来るだろうが」


「わー、ステキな強さっすねー」


「絶対あれには近付くなよ。良いか? フリじゃねえからな。絶対相手しようとか思うなよ」


 間違ってもエンジが手を出さないようきつく言い残し、俺は月明かりの一族たちに後を任せると上位古白竜ハイロードへ歩み寄る。


 当の上位古白竜ハイロードはこちらを値踏みするように見下ろしたまま悠然と待ち構えていた。

 仮にも四万年の時を生きてきた半神のような存在だ。

 俺の神気が感じ取れないとも思えない。

 ということは――。


「完全にフォルスの支配下に置かれている、ってことか」


 本人の意志とは関係なく俺と戦うよう思考までも操られているのだろう。

 ひどいことしやがる。


「恨みはないが、もうその状態だと解放してやるのも結構手間なんでな」


 俺はとっておきの神器を右手の中に召喚する。

 両刃剣の形をしたその神器は、俺自ら神力を注いで作りだした一世一代の傑作だ。

 かつて愛用していたその手触りが妙に懐かしく、それでいてしっくりくる。


 感覚を確かめるようにひと振り。

 刃からもれた神力が衝撃波となって上位古白竜ハイロードへと飛んでいくが、甲冑のような白い鱗で簡単に弾かれてしまう。


 まあそりゃそうだろう。

 並のモンスターならこれで跡形もなく消滅するだろうが、あのレベルの存在だと効果はほとんど無い。

 だがこちらからの攻撃意志だけはしっかりと届いたようだった。


「グゥォォォ!」


 怒りとも威嚇とも取れる声をあげて、上位古白竜ハイロードが神力混じりの魔法を放ってくる。

 ひとつひとつが人間サイズの鋭く尖った氷塊がざっと三十。

 上位古白竜ハイロードの周囲に生まれ出てすぐに俺へと飛んできた。

 あれひとつでちょっとした町が壊滅するほどの威力はあるんだろうが――。


「使う相手を間違えてるぞ」


 神力を骨組みにしてその周囲へ魔力で肉付けをした魔法。

 威力の程は凄まじいが、肝心の神力をほどいてしまえば勝手に崩壊してしまうほど不安定なものだ。

 仕組みを理解している相手には通用するはずもない。


「神力の扱いで俺に勝てるわけがないだろう」


 高速で飛んでくる氷塊の中から神力だけを抜き取ってやる。

 そうすれば後は支えを失った魔力だけだ。

 形を保つことも出来ず、俺へ届く前に霧散して消え果てた。


「ガアアァァァ!」


 上位古白竜ハイロードが八枚の翼を羽ばたかせて宙に浮く。

 そして今度は天から叩きつけるような角度で新たな魔法を練りはじめた。


 さっきの神力混じりではない、純然たる魔力だけの魔法だ。

 神力混じりであることが弱点だと一度だけの失敗で理解したのだろう。

 賢いな。伊達に長生きしちゃいない。


「さすがにこの角度はまずいか」


 上位古白竜ハイロードが生み出そうとしているのは直径十メートルほどに達する熱の塊。

 避けるのは簡単だが、ラーラやエンジに危険がおよぶかもしれない。


 迎え撃つように宙へ飛び出した俺に向け、上位古白竜ハイロードが白熱球を放つ。

 小型の太陽を思わせる強烈な高温を帯びながら、白熱球が俺に向かって飛んできた。


「創造主なめんな!」


 気合い一発、俺は手に持った剣で白熱を切る。


 もちろん並の剣なら一瞬で溶けてお陀仏だ。

 多分勇者が魔王討伐の時に使っていた聖剣――という名の魔剣――であっても無理だろう。


 だが俺の手にあるのはかつての自分が暇つぶしのため心血を注いで作り出した、正に神器である。

 魔力の塊くらい切れずして何が神器か。


 横一文字に一閃。

 それを多重時間展開して実質的な分身を作り出し、一瞬のうちに合計十五回の斬撃に変える。

 神器による十五斬撃だ。


 いくら桁外れの威力をもつ魔法の白熱球とて無事ではいられない。

 またたく間に細切れとなった白熱球が小さな火球となって周囲へ散らばっていった。

 あの程度ならラーラたちにも危険はおよばないだろう。


「じゃあ、今度はこっちから行くぞ!」


 言葉が理解できるのかはわからないが、そう宣言して俺は剣を握りしめる。


 そしていざ上位古白竜ハイロードとの距離を縮めようとしたその時、瞬時に近づいて来た神気に気付いてとっさに防御態勢を取った。

 十万年以上もの間、いつもそばに感じていた弟神の気配に全身が警告を発する。


「ちっ、フォルスか!」


2020/11/27 誤字修正 支持を出す → 指示を出す

※誤字報告ありがとうございます。

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