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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが
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第176羽

 友人の生死をどうでも良いことのように言ってのけたフォルスは、俺たちから少し距離を取ってゆっくりと高度を下げてくる。

 フォルスが降り立ったのはたまたま瓦礫が積み上がり、十メートルほど盛り上がっている場所だ。


「兄上が力を取り戻す前に決着をつけるつもりだったんだけど、遅かったね。困ったな、どうしようか」


「はんっ。思ってもいないことを口にするのはやめろ」


「あー、やっぱりわかっちゃう?」


 あざとくフォルスが笑顔のまま首を傾げる。

 世の女どもがみたら黄色い歓声を上げそうな仕種だ。


「でもさ。千年間ずっと力を使い続けて疲弊した兄上と、その間力を蓄え続けていた僕。力の差はとうに逆転してるんだよ? おまけに兄上は二十年以上のブランクもある」


 フォルスがパチンと指を鳴らす。


 周囲のあちこちで瓦礫がうごめいたかと思ったら、その下から彫刻天使が姿を現した。

 さすがに無傷というわけにはいかなかったらしい。

 翼を失った者もいれば、四肢のいずれかを欠損した者もいる。

 とはいえもはや彼らは人間にあらず、生き物ですらない。

 痛みにのたうち回ったり、失った四肢を嘆いたりすることもないだろう。


 爆風をまともに食らって完全に壊れてしまった個体も多かったらしく、その数はすでに二十体を下回っていた。

 傷だらけの体で迫り来る彫刻天使に、ラーラとエンジが身構える。


「下がってろ」


「え……、でも兄貴……」


 短く告げる俺にエンジが心配そうな表情を向けてくる。


 そりゃまあな。

 魔力ゼロの人間レバルトにとっては、あの手この手を駆使してようやく一体撃退できるかどうかという相手だ。

 二十体近い彫刻天使をひとりで迎え撃つなど本来なら無謀も良いところ。


 だが今の俺には神力がある。

 この世界の理へと干渉する、魔力とは比べものにならないほど強い力だ。


 ゆっくりと迫る彫刻天使へ向けて、右腕をひと振り。

 彫刻天使の体をつなぎ止め、マリオネットのように操っている神力を無効化する。

 支える力がなくなれば、あとはただの物体として崩れ去っていくだけ。


 俺の側まで迫っていた十体以上が瞬時に砂となって形を失う。

 その中にはかつてシュレイダーだったものもあった。


「レ、レビさん……何を?」


 原理のわからない事象にラーラが混乱している。


 その問いを放置して、俺はなおも迫ってくる彫刻天使をひと通り眺める。

 その中にバルテオットの姿を見つけた。


「それでお前は本望か?」


 俺はバルテオットが嫌いだ。

 バルテオットの方も俺が嫌いだったろう。憎んでいたかもしれない。


 だが意志も持たない、生物ですらない操り人形になってまで俺を害そうとする今の状況を果たしてこいつは望んでいたのだろうか。


 再び俺は腕を振るう。

 バルテオットだったものが自らを形作る力を失って崩れ落ち、そのまま極小の砂粒になって大地へ還っていった。


 あばよ、バルテオット。

 お前の事は大嫌いだったが、死んで欲しいと思うほど嫌いだったわけじゃない。

 次に生まれ変わった時はもっと違う出会い方ができれば良いな。


「うん、まあ人形じゃ戦いにもならないよね」


 笑みを崩さずフォルスがパンと拍を響かせると、その後ろで瓦礫が上空に吹き飛んだ。


「シャアアァァァ!」


 フォルスの背後に姿を表したのは、ついさっきアヤと互角に撃ち合った白いまた大蛇おろちだ。


 次の瞬間、巨大な体格からは想像もつかない跳躍力を見せ、三つ叉大蛇がフォルスの頭上を飛び越えた。

 着地点は俺たちのいる場所だ。

 その巨体で押しつぶす気なのかもしれない。


 防ぐのは簡単だ。

 だが俺が動くよりも早く左右から見慣れた姿が駆け寄ってくると、俺と三つ叉大蛇の間に割って入る。


「だあぁ!」


 大槌を持ったクロ子がアッパースイングで三つ叉大蛇を正面から殴り上げ、そこへアヤが一撃を叩きつける。


「撃」


 アヤ独特の魔法――実際は魔法じゃなくて神力を使った術により、三つ叉大蛇は飛びかかった勢いを完全に消されて地に落ちる。


 もちろんそれだけでダメージが与えられるほど三つ叉大蛇は簡単な相手じゃない。

 現にさっきはふたりがかりでようやく互角だったんだ。


「ふたりとも、ここは俺に任せろ」


 ひとまずここは俺が片付けた方が良いだろうと判断し、ふたりの前に出る。


「あらあらまあまあお父様! 完全復活ですね!」


「え……。あ、あなたは……!」


 ふたりとも俺の神気に気が付いたようだ。

 もっとも、喜び百パーセントのクロ子とは違いアヤの方は戸惑いというか驚愕の感情が強そうだが。


「シャアアア!」


「そう威嚇すんなよ。逃げずに相手してやるからさ」


 三つ叉大蛇が三つの首をもたげ、俺に狙いを定めていた。


 まともにやっても十分勝てる。

 だがフォルスの狙いは俺の消耗だろう。

 なら容易たやすくその思惑に乗ってやるのもしゃくだった。


 三つ叉大蛇。正確には名をラーシャグリエーダ。この世界と近い次元にある異世界で闘神としてまつられている存在だ。


 よくもまあフォルスもこんなのと盟約を結べたもんだな。

 しばらく目を離していた間にずいぶんとあれこれ手を回していたもんだ。


 …………まさか『あれ』の存在には気付いてないだろうな?

 まあ、気付いていたとしても今はラーラの家で大人しくしているはずだ。

 いくらフォルスでもあれは召喚できないからな。


 それよりは目の前にいる三つ叉大蛇か。


 もちろん界を渡って実体化している以上、本来の力を発揮できるほどの神力はないだろう。

 だがそれでも大部分の存在にとって圧倒的強者であることは変わりない。

 むしろ互角に戦えたアヤとクロ子が異常なんだ。


「さて、どうしてくれようか。ラーシャグリエーダ」


 三つ叉大蛇がピクリと反応した。


 まずは軽いジャブ。

 名をもって呪とする。

 これで相手は正体不明の強者ではなく、同格以下の一個体になった。


 高位の存在になればなるほど名の持つ力は無視できないものになる。

 名を告げることによって、お前の事はよく知っているぞ、知った上で俺の方が強いんだぞ、とマウンティングを取るのである。


 次に手をつけるのは三つ叉大蛇のホームグラウンドへの牽制。


 三つ叉大蛇の世界には百以上の神が存在している。

 絶対的な存在などおらず、三つ叉大蛇自身数多くいる神の一柱でしかない。

 もちろんその中でも強大な力を持つ有力神だが、同程度の力を持った敵対する神もいる。


 こちらの世界へ干渉している以上、本体の方は力も集中力も普段より数段階落ちているはずだ。

 それを敵対する神にチャンスだと教えてやるだけで良い。

 あとは勝手に向こうで争いが生じるだろう。


 三つ叉大蛇だって自分のホームグラウンドが大事だ。

 そうなればこちらへ集中することもできなくなる。三十六計の『刀を借りて人を殺す』ってやつだな。


 さらにこちらと向こうの世界をつなぐしずくの道へ忌み土を置く。

 それもつながりを断つほど大量の忌み土を一度にではなく、砂時計のようにじわりじわりと少しずつだ。


 忌み土が増えれば増えるほど三つ叉大蛇の命綱であるつながりは細くなり、いずれ断ち切られる。

 それはつまり退路を失うということであり、本体にとっては自分の力を一部とはいえ永遠に失う恐怖につながるだろう。


 対応しようにもすでに本体は敵対する神からの攻撃にさらされている。

 悠長に忌み土を浄化する余裕はない。


 最後に俺は、かつて作りだした神器コレクションの中から青銅製の鎌を手元へ呼び寄せる。


 三つ叉大蛇が目に見えて狼狽した。


 ヤツの世界では青銅も鎌も蛇にとって相容れない物として考えられている。

 世界の認識は信仰となり、それは神のありようにも影響を及ぼす。

 三つ叉大蛇にとってそれは紛れもない現実となるのだ。


 鎌を片手に柄の先をガツンと地面に打ちつけた。


「さあ。ホームグラウンドで全力の主神とよそから出張でばってきた力不足の分身体。戦わないと力の差が分からないってんなら、道が消えるまでたっぷり付きやってやるぞ」


 これが決定打となる。


 三つ叉大蛇は俺と敵対することを避け、その姿を薄れさせていった。

 帰り道がまだあるうちに逃げ出すことにしたのだろう。


 賢明な判断をしてくれてありがたいよ。

 戦っても勝てるだろうが、フォルスの思惑通り消耗するのはまずいからな。


 もちろんフォルスも俺が勝つのは想定の内だろう。

 だが、こんなので俺が馬鹿正直に神力を消費するとでも本当に思ったんだろうか?

 というか、三十万年分の経験と知識を舐めんじゃねーよ。


 完全に三つ叉大蛇が姿を消した。


 フォルスは少しつまらなさそうな顔をしているが、ラーラとエンジは何が起こったのか理解不能といった表情を見せている。

 そりゃまあ、表面的には相手の名前を呼んで、青銅製の鎌を手に啖呵を切っただけだもんな。

 どうして三つ叉大蛇が消えたのか、わかっているのはフォルスくらいのもんだろう。


 もう用済みとばかりに鎌を元の場所へ召還した俺の前に、アヤがやって来てひざまずいた。


「これまで数々の失礼な態度、申し訳ありませんでした」


 開口一番謝罪の言葉が飛び出てくる。

 さすがに俺の神気と神力がわかるなら、正体もすぐに気が付いただろう。


「幾度もお目にかかり、あまつさえクローディットから指摘を受けていたにもかかわらず、御身の姿を見誤っていたのはひとえに私の不見識でした。使徒としてお恥ずかしい限りです」


「だから言ったじゃないですか。アヤたんはもっと先入観を捨ててありのままを自分で判断するべきです。ね、お父様」


「まあ、そう言ってやるなよ。クロ子と違ってアヤはもともと人間だし、そもそも別世界から来てるんだから。ゼロから全部俺が生み出したクロ子ほど鋭くないのは仕方ないだろ」


 アヤは異世界で若くして植物状態になった少女を俺が呼び寄せて、その後使徒にした元人間だ。

 植物状態になる前から辛い思いをたくさんしてきたらしく、健康な体で生きられるようになったことに恩を感じ、使徒として長年俺の手伝いを続けてくれている。

 他にもアヤのように元の世界に戻りたくなくて、こちらの世界で生きていくことを選んだ人間は何人かいた。


 一方のクロ子は何も無いところから俺が新たに産みだした純度百パーセントの使徒だ。

 だから俺のことを父親と呼ぶのも決して間違いというわけではない。

 正直レバルトとして言わせてもらえば迷惑な話だが。


「え、っと。どういうことです? なんでアヤさんがレビさんに跪いてるんですか?」


 俺の前でうやうやしく跪くアヤという光景にラーラが困惑していた。


「あー、簡単に説明するとですね。お父様がこの世界の神様で、私とアヤたんはその使徒なんです」


「は……? …………神様?」


 何を説明されたのか、言葉自体はわかっても内容が理解できないといった顔をラーラは見せた。

 どうやら混乱に拍車がかかっているようだ。


「そうです。神様です。ゴッドですよ」


「え、冗談とかじゃなくて……ですか?」


「こんな時に冗談なんて言うわけ無いじゃないですか」


 クロ子のまったく説得力のない返答へ、先に反応したのはエンジの方だった。


「やっべえ、マジ神っすか!? さすが兄貴、神っすね!」


 いつもの安っぽい称賛がますますわけのわからないことになっている。

 こっちはラーラと違ってクロ子の言葉をすんなりと受け入れていた。

 お前はもうちょい疑うって事を憶えろ。


 っと、今は突っ込んでる場合じゃない。

 そろそろフォルスも動きはじめてる。

 周囲の空間に歪みが発生しはじめた。


「話は後でゆっくりしてやる。とりあえずはアヤとクロ子の封印を解くぞ」


 当然このままフォルスが引き下がるわけもない。

 さっきの三つ叉大蛇クラスをまた繰り出してくる可能性もあるから、アヤとクロ子の戦力強化はしておいた方が良いだろう。


 ふたりの体をがんじがらめにしているいくつもの封印を俺はひとつずつ解いていく。

 驚異的な威力を持つ技の解放、鋼よりも強靱な肉体、最低限に抑えられていた神力の上限解除、人間レベルにクロックダウンしていた思考速度の復元――。


 以前シュレイダーの屋敷でクロ子の必殺技――光塵落槌フラヴェセント・フォール――を無意識のうちに解除したのもこれの一端だ。

 そりゃクロ子が俺の正体に感付くわけだよ。


 アヤとクロ子の体が神気で覆われ、その手に持つ得物の表面に唐草模様のような形状の光が走る。

 何の足枷も無くなったふたりはこの世界において最強レベルの存在だ。

 もちろん俺やフォルスには及ばないものの、外世界から来たあの三つ叉大蛇くらいなら勝てるだけのポテンシャルがある。


「これならば……」


 アヤが高揚感に顔を紅潮させてつぶやく。

 後はこれまで補充のままならなかった神力を俺が分け与えてやるだけだろう。

 そんな俺の思考を読み取ったかのようにクロ子が駆け寄って来た。


「あとはあれですね、お父様。お菓子なんぞをいただければ神力補充ばっちりで私もお父様と同じく完全復活です!」


「クロ子……。お前、その口から食べ物を介さないと神力補充できない仕様はなんとかならんのか?」


「そんな事したらお父様にあーんしてもらえないじゃないですか」


 呆れ顔の俺にクロ子が懐から取りだしたイチゴ飴を手渡してくる。

 ため息をつきそうになりながら、俺は受け取ったイチゴ飴に神力を込めまくる。


「ほらほらお父様、あーん」


「しまらねえなあ」


 ひな鳥のように大きく開くクロ子の口へ俺は神力満タンのイチゴ飴を放り込んでやった。


「んー、お父様の味はやっぱり格別ですね!」


 味じゃなくて神力だろうが。

 あとその言い方だとまるで俺が食われてるみたいじゃないか、と思わず突っ込みそうになるのを抑える。


 今度は跪いたままのアヤに右手の甲を差し出す。

 アヤはそれを恭しく手に取ると、そっと口づけをした。

 俺の手を通してアヤの口へと神力が流れ込む。

 この二十年ほど減り続ける一方だった神力を得て、アヤの体が輝きはじめた。


「万全です。これで私も少しはお役に立てるでしょう」


 体からにじみ出る神力が蒸気のように揺らいで立ち上り、アヤの頭上でぼんやりとした輪を形作る。

 人間たちが天使の輪と呼ぶそれだった。


 コンディションオールグリーンの使徒ふたり。

 それに集結中の月明かりの一族。

 神力を分け与えた結果、俺の力は多少落ちたが総合的な戦力は向上したはずだ。


「さて、と。それでも続きを望むか、フォルス?」


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