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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが
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第175羽

「思い出したか?」


 どこからか俺の様子を見ているであろう彼が問いかけてきた。


「……思い出したよ。これがずいぶんな不測の事態だってことも理解できた」


「そいつは良かった。まあ、これで俺ができることはもう無いんでね。あとは悪いけど見ている事しかできない。高みの見物なんてイヤミ、もう言わねえだろ?」


「言わねえよ。あんたにそんな力が無いことくらい、俺が一番よくわかってる」


 のぞき見できるだけの力しか残さなかったのは俺だし、俺自身の力と記憶を封印したのも俺だ。

 自業自得と言われるのも当然だろう。


「……今まで悪かったな。悪態つきまくってて」


 これまでの自分をかえりみて、ちょっとだけ罪悪感を覚えた俺は謝罪の言葉を口にする。


「ははっ。そりゃまあしょうがないだろ。俺があんたの立場だったら同じように悪態つきまくってるだろうし。ただ俺があの時言ってたこと、今のあんたならわかってくれるだろ?」


「ああ、今ならよく分かる。自分が無力感にさいなまれながら四苦八苦してもがいてるのを、高みから見物されるなんて……反吐へどが出るほど腹が立つ。良い勉強になったよ」


「俺の記憶に影響されてずいぶん性格が変わっちゃってるだろうに、そこで最後にそういう言葉が出てくるあたり、あんたやっぱり人が良すぎるんじゃねえの? いや、人じゃないんだけど」


 記憶を取りもどしてみると、いろいろと腑に落ちる点も多い。

 力を外に移し、記憶を封印したといっても完全には無理だったということだ。


 ときおり知らないはずの情報が脳裏に浮かんだのも当然だ。

 俺は全知全能なんかじゃないけれど、これまでずっと世界を見守り続けていた。

『知っている』情報は人間の比じゃない。

 それが封印の隙間から漏れ出ていたんだろう。


 やたら勘が冴えるのも同じ理由だ。

 勘が冴えていたんじゃなくて、単に知っていた情報をもとに判断していただけ。

 本来のものとは比べものにならない、俺に残された絞りカスみたいな力が無意識下で情報を取ってきていたのかもしれないし、あるいは彼の目を通して得た情報を知らず知らず活用していたのかもしれない。


 ティアの魔眼が俺にだけ通用しなかったのも当然だ。

 いくら俺本来の力が封印されているとはいえ、たかが過剰魔力の副産物でしかない魔眼で創造主の心を読めるわけがないんだから。


 まあ、そんなことより今はこの状況を何とかする方が先だ。


「じゃあ、俺はもう口出ししないからな。記憶も戻ったんだし、後は自分でなんとかできるだろ?」


「そうだな。この先はゆっくりとコーラ片手にポテチでも食いながら高みの見物しててくれ」


「うぇっ? なんで俺がコーラとポテチを横に置いてるとか知ってんだよ」


「ハハハ。そりゃ、あんたの記憶を借り受けて二十年以上生きてきたんだ。あんたの考えることなんて自分の事のようにわかるさ」


「なんだろう、この複雑な気持ち……。まあいいや。じゃあ、頑張れよ」


「ああ、家族の不始末はちゃんと責任取らないといけないからな」


 俺の脳裏から彼の声が消え、同時に生まれてこの方ずっと内在していた何かがスッと抜けていくのを感じる。


 なるほど、これが普通の人間なんだな。

 自分の中に自分の思考しかないのが当たり前だと、ようやく実感できた。


 俺はゆっくりと目を開く。


 長く感じていたが、実際にはほんの数秒しか経っていないのだろう。

 周囲にバラバラと崩れ落ちてくる天井や壁だった欠片たち。

 妙に明るい光景が目に入り、まぶしくて思わず目を細める。


 さっきまで頼りない灯りで照らされていた地下深くのダンジョンなどどこへいったのか。

 俺の目が捉えているのはマーブル模様に彩られた不安定な大空だった。


「崩れたのか」


 もちろんいつの間にか別の場所へ転移させられたわけではない。

 俺がいるのは相変わらずダンジョンの深層、おそらくさっきアヤと三つ叉大蛇が激突したフロアだろう。

 面影はどこにもないが。


 目が慣れてきた俺は周囲をぐるりと見回す。

 四方は高さ百メートルもありそうな人工の壁に囲まれ、その内側は見渡す限り石と岩の残骸が広がっている。


「クレーターかよ……」


 推測するに、さっきの巨大な爆発が上層も巻き込んでダンジョン全体を崩壊させたのだろう。

 俺たちのいるのが何階層目になるのかはわからないが、小さな山ひとつ吹き飛ばすほどの爆発だったことは間違いない。


 しっかしよく無事だったな、俺。

 多分ローザが全力で防御してくれたからなんだろうけど。


 さて、フォルスの姿は見えないが、どうせあいつはピンピンしてるんだろう。

 グズグズしている暇はない。


「リンシャン、来い!」


 俺が自宅からお庭番の片割れを呼ぶと、目の前に丸々としたニワトリもどきが姿を現した。

 俺が自分の力を移しておくために作りだした、この世で一匹……一羽? しかいない不思議生物だ。


 そりゃゴブリンを知っているほどの知識人であるダンディ様――ティアの親戚であるトレスト翁――がその正体を見抜けないはずだよ。

 うちの庭以外、どこにも居ないんだから当然だ。


 というか、まさかフォルスが俺と同じ事をしていたとは思わなかった。

 リンシャンと同じ姿のチートイがいても、記憶を封印していた俺には違和感など全く無かったし、神力を感じ取ることもできないんだからそりゃ気付きようがない。


「ウェト、ウェート!」


 リンシャンが急かすように俺に体を押しつけてくる。


 わかってるって、そう慌てんな。


 俺はフォルスがチートイにしたのと同じように、リンシャンを両手で抱えて自分の中へと迎え入れた。

 リンシャンを構成していた神力が俺の体へと吸い込まれていく。

 それは俺にとって当たり前の存在だし、迎え入れるのに何ら不安も不都合もない。

 もともと別々になっていたのがおかしかったんだ。


 同時に俺の知覚が視界を越えて大きく広がっていく。

 世界全てが目の前にあるようなこの感覚を取りもどし、瞬時に事態の深刻さを理解した。


 ああ、まずいなこれ。

 このままだと本当に世界崩壊一直線だ。


 アヤが疑似中核ぎじちゅうかくと呼び、シュレイダーが聖球せいきゅうと呼んでいたあれは、表面的な影響こそダンジョン中核に似ている。

 だがあれは本来まったく異なる物だ。

 局所的な環境を外科手術的に無理やり改変することができるあれは、使い方を間違えるととんでもない劇薬に変わる。


 あれのおかげで魔力を内包した物体が、その内部から暴走してしまっていた。

 世界を構成する物質すべてがだ。

 個体差があるため今はまだ影響の少ない人間もそれなりにいるが、いずれは皆パルノのように存在の維持に支障をきたすだろう。


 幸い地上班やユキのいる別荘は無事のようだった。

 ダンジョンを探索しているうちに俺たちはひとつ山を越えてきたらしい。

 別荘は山を越えた向こうにあるからこの爆発に巻き込まれずにすんだようだ。


「グズグズしている暇は無い、か」


 まずは味方の安否を確認する。

 アヤとクロ子はさすがにこの程度でどうにかなるほどやわな存在じゃない。

 今は瓦礫に埋もれているが、すぐに自力で出てくるだろう。


 問題はラーラとエンジだ。

 ローザがあいつらも守ってくれたんだろう。死んではいないようだ。


 他のパーティも危険を感じて緊急脱出用の魔法具で地上の拠点へ戻っていたらしい。

 アヤの別荘がこの爆発範囲に含まれていなかったのは本当に幸運だった。

 とにかく死人が出ていないのはなによりだ。


「よくやった、ローザ」


「うふふふ。主様から直々にお褒めの言葉。これはもう私、月明かりの一族でトップを取ったと言っても良いのではないでしょうか」


 俺の言葉に応えるのはいつの間にかとなりへ立っていた妙齢の美女。

 切れ長の目と透けるほどに白い肌が印象的な女だ。


 闇夜のように長い髪はつややかで、全身をペプロス――ギリシャ神話の女神が身につけているようなやつだ――に包まれている。

 神力を取り戻した俺の目に、ようやく見えるようになったローザの姿だ。


 エンジがこれまでさんざん言っていたように、鼻筋のキレイでおしとやかそうな顔はまさに『ザ・美女』といった感じだ。

 スタイルも良い。

 胸の部分にはペプロスを強引に押し上げる巨大な膨らみがふたつ確認できた。でけえ。


 何気にレバルトとして見るのは初めてだな。

 記憶が戻った今となっては大して感慨もないし、何より見た目に反して性格が残念すぎる。

 俺の周りはこんなのばっかりだ。


「ローザ、各地に居る月明かりの一族を集結させろ。任務は一時的に解除する」


「ほえ? 良いんですか?」


「かまわん。どのみちあいつを何とかしない限り、お前らの任務も意味がなくなる」


 月明かりの一族は俺の生み出したお手伝いさんのようなものだ。

 俺の目が届かない各地の環境維持と問題解決、そして監視の目を担っている。

 いくら俺が世界中を見渡せるとはいっても、隅々を細かいところまでは見てられないからな。


 言うなればローザたちの役割はこの世界の保守メンテナンス要員といったところだな。

 根本からぶっ壊れるかどうかというこの瀬戸際に、任務を優先する意味はまったくない。


「えー、せっかく主様専属の座を独り占めできると思ったのにー」


「つべこべ言わんと、さっさと集めろ」


「はーい」


 なんでコイツは創物主である俺に対して、ふてくされた態度を隠そうともしないんだろうか?

 もしかして俺って威厳とか足りてない?


 まあ今はそんな些細なことを気にしている場合じゃない。

 そろそろフォルスもちょっかいを出してくるだろう。


 仲間へと呼びかけはじめたローザを横に、俺はラーラとエンジが埋もれている場所へ歩いて行く。

 積み重なった瓦礫を分解して砂に変えると、溺れる前にふたりを引き上げた。


「怪我は……大した事ないな」


 いろいろ残念なローザだが、しっかりと守りの役目は果たしてくれていたようだ。


「すまんな。傷を癒やすのは不得意なんだ」


 神だって万能ではないんだ。

 万能ならこんな事態を招くわけがない。

 業腹ごうばらだがここは魔力の恩恵を活用させてもらおう。


 俺はポーチから傷薬を取り出すとふたりの傷へと注いでいく。

 幸い骨折のような重い怪我はなかったため、傷薬程度でも十分に効果を発揮した。


「う、うぅ……ん」


 先に目を覚ましたのはラーラだ。


 焦点の合わない目で俺を見つけると、不思議そうな表情を浮かべた。


「レビさん……? レビさん……です、よね?」


「俺以外の誰だってんだよ」


「いえ、なんか雰囲気が違うような気がしたので」


 意外に鋭いなラーラ。

 無意識に神気を感じ取ってるのか?


「ん……あれ?」


 続いてエンジも目を覚ます。


「えっと……オレ、吹き飛ばされて……。ええっ! な、なんすかこれ!」


 周囲を見てあまりの変わりように驚愕するエンジ。

 説明が必要だろうかと考えたその時、待ってもいない相手の声が聞こえてきた。


「あれ? 兄上が大丈夫なのは予想してたけど、ラーラもエンジも生きてたんだ。意外にしぶといね。もしかして月明かりの一族が頑張った?」


「フォルス……」


 振り向いた俺の目に、落ち着きのない空を背に宙へ浮くフォルスの姿が映った。


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