第173羽
痛ってえ……。
頭打ったか?
というか生きてんのか、俺?
こうやって意識があるって事はたぶん生きてんだろうけど……。
しっかし、なんだよあの三つ叉大蛇は。
転生チートのアヤと真っ向から撃ち合って互角に持っていくとか、とんだバケモンだな。
それをさらりと呼び出してくるフォルスも大概じゃねえか。
それにしても酷えことしやがって。
ローザが守ってくれてなきゃ、今頃ダンジョンの壁に叩きつけられるか、瓦礫につぶされてペチャンコだったぞ。
こりゃもう俺たちの手には負えないだろ。
たとえ俺のアシスタントを自称する銀髪チート娘がいたとしても、なんとかなるとは思えない。
え?
世界の危機を前に逃げだそうなんて主人公にあるまじき考え、だと?
誰が主人公だよ。
言っとくが、俺はただのモブキャラだぞ。
転生前の日本で暮らしていた記憶を持っているだけの、魔力も無い男だ。勝手にそんな重荷を背負わせんな。
そりゃ俺だってなんとかできる力があるなら、自分で何とかしたいさ。
でも無い物ねだりをしても仕方ないし、自分の力くらいわきまえてる。『俺は量産型じゃねえ!』なんていう少年特有の恥ずかしい慢心は、とっくに前世の中学校へ置き去りにしてきたね。
あん?
恥ずかしい?
もどかしい?
情けない?
勝手な事言ってくれるじゃねえかよ。
そりゃなんとかできるだけの力があるなら、こんなみっともない泣き言口にしねえさ。
俺だってなあ……、俺だって転生特典でチートでハーレムで俺ツエーしたかったんだよ!
あんたはいつも上からわかったような口ばっか利きやがって、俺の苦労なんて微塵もわかっちゃいねえだろうが!
訳知り顔で高みの見物ですか?
良いご身分ですねえ!
人の気も知らないで余計なお節介ばっかり言ってんじゃねえよ!
は? なんだよ!
言いたいことがあるならハッキリ言えよ!
「じゃあ言わせてもらうけどさ。俺の国には『自業自得』とか『身から出たサビ』っていう言葉があるんだけど、知ってる?」
知ってるに決まってるだろうが。
確かに国語は苦手教科だったけど……腐っても元日本人だぞ、俺は。
「あんたが元日本人のわけないだろ。単に日本人の記憶を持っているだけ、自分が元日本人だと思い込んでいるだけじゃないか」
……何を言ってんだ、あんた?
「そこまで自分で枷をはめなくても良いと思うんだけど……。ホント、あんた融通が利かないよね。まあだからこそ俺はここに居るし、あんたはそこに居るんだろうけど」
なあ、あんた。
俺はあんたとナゾナゾや禅問答をしたいわけじゃない。
関係ない話をするだけなら引っ込んどいていくれ。
「なんで関係ないって言いきれるのさ? 今までだってさんざん助言してきただろ?」
何が助言だよ。
野次馬根性丸出しでのぞき見てただけだろ。
どうせテレビドラマを楽しむみたいな感覚で楽しんでたんだろうが。
「あれえ? おかしいな。俺ってそんなに猜疑心強かったっけ? ……うーん、でもあんたの性格って俺の記憶がかなり影響してるはずだし、やっぱ俺のせいなのか?」
何で俺の性格とあんたの記憶が関係するんだよ。
俺は俺、あんたはあんただろ。
「関係するに決まってるじゃん。そもそもさあ。あんた、俺のことなんだと思ってんの?」
なんだと思ってるか、だって?
そりゃ決まってんだろ。
俺にいらんチャチャを入れてくる……、入れてくる…………。
……。
…………。
………………。
……あんた、誰だ?
「今さらそれ? っていうか、自己暗示の一種なのかな? そもそも脳内で自分に語りかけてくる存在を何の疑問もなく受け入れてたことに、疑念も不信も抱かなかった? 普通はあり得ないことなんだけどね。二重人格とかならあり得るかもしれないけど、そうじゃ無いことは俺が保証するよ。たぶん疑問を抱かないように自分で何らかの処置をしたんだろ」
あんたは自分が何者か知ってるのか?
「当然だろ」
俺とあんたの関係も?
「もちろん。あんたは自分でその記憶にフタをしたんだろうけど」
……。
なあ、もう一度訊くけど。あんた、一体誰なんだ?
どうして俺には、いや俺にだけあんたの声が聞こえる?
「それ、俺の口から言えるわけないだろ」
なんだよそれ。思わせぶりな事ばっかり言いやがって。
結局何ひとつこっちの疑問にゃ答えねえってか?
「しょうがないじゃん。……そうだなあ、ヒントくらいならあげても良いけど」
ヒント?
どんなヒントだよ。
「なあ、あんた。あんたは神様の存在って信じる?」
はっ!
いきなり何を言い出すかと思えば神様を信じるかだと?
お前はクロ子か!
こちとら正真正銘純度百パーセントの日本人だ。
超常の存在を信じないわけじゃないが、全知全能の神様なんてのは信じちゃいないね。
「そりゃまあ……、日本人なら大抵はそうだろうな」
子供の頃からチートレスなハズレ転生の人生と、魔力ゼロの人間に突きつけられる世界の理不尽さに何度『責任者出てこい!』と叫んだことか。
神様ってのはつまり世界の統括者、責任者だろ?
だったら一度くらい俺の呼び出しに返事してくれたって良いじゃねえか。
それが全くないって時点で、全知全能の神なんていねえんだよ。
持ってる力に限界のある神様だったら、正直用事は無い。
こっちはこっちで勝手にやるから、邪魔だけはすんなって言いたいね!
「おう、なるほど。らしいと言えばらしいし、痛々しいと言えば痛々しいね。こういうのも黒歴史になるのかな?」
なんだよその哀れみの声色は?
「ということは神様に祈ったことも無いんだろうな」
当たり前だろ。
祈ってなんとかなるならこんなに苦労してねえよ。
「でも『困ったときの神頼み』って言うじゃんか。ホントにどうしようもなく追い込まれたら、普段信じてもいない神様に祈るのが人間ってもんじゃねえ? 今の状況って、結構厳しいだろ? ある意味世界の危機だと言えるし、神頼みしても許される場面じゃない?」
俺に神頼みしろってか?
祈るどころか、会えるんだったら罵声浴びせたいくらいの俺に?
気が進まないな。
ここまで自分の力だけでやって来たのに今さら神頼みとか、なんか負けた気がする。
「そこはあれだよ。神様をなんか高貴な存在とか、超常の存在とか、遙か高みの存在だと思うから抵抗があるんじゃないか? 隣の家にいるちょっと気さくなおっちゃんに、困ったから助けてくれって言いに行くくらいの気持ちで良いと思うぞ」
なんだよそのお手軽感丸出しな神様は?
……まあそんなので良いなら一辺くらい頼んでみるのも良いかもな。
どっちにしてもあの三つ叉大蛇とフォルスが相手じゃあ、勝ち筋なんてちっとも見えないし。
「そうそう。試したところで何かが減るわけじゃないし」
ちっ、他人事だと思って気楽に言ってくれる。
「他人事じゃないさ。これでも結構心配してんだぞ」
はいはい、そうですか。
「うわあ、反応がおざなり」
うるせえ。
「ほらほら、お祈りお祈り」
はぁ……。
仕方ねえ。
ダメでもともとだ。
確かにアヤレベルのチートでも対処できないこの状況。
何とかしてくれるんなら神様だろうが悪魔だろうがいくらでも祈ってやるよ。
えーと……、なんて祈れば良いんだ?
めんどくせえ。もう適当で良いや。
全知全能じゃなくても良いから、この状況を何とかしてくれそうな神様!
何だったら助けてくれても良いんだぜ、お願いしますよこんちくしょー!
「なんでもっと素直に祈れないのかね? あんたのひねくれ具合を端から見てると、俺の胸が痛んでしょうがねえ……」