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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが
182/197

第172羽

 混乱へさらなるトドメを刺すように、フォルスが俺を『兄上』と呼ぶ。


 兄? 兄だと?


 俺にはクレス以外の弟なんていないぞ。

 前世だって兄貴はいたが弟はいなかったはずだ。


 わけがわからない。

 理解が追いつかない。

 混乱が度を過ぎてパンクしそうだ。


 フォルスが何を考えているのかわからない。

 フォルスが何をしたいのかがわからない。

 フォルスが何をやっているのかわからない。

 フォルスが何を言っているのかわからない。


 頭が狂いそうだ。

 いや、狂っているのは俺じゃなくてフォルスの方なのかもしれない。


「フォルス……お前、気でも狂ったのか?」


「ひどいな兄上。僕は正気だよ。むしろ兄上の方こそどうかしてると思うけど。こんな世界、必死に守るほどの価値なんてないだろう」


 口調は変わらない。

 だけどちょっとした抑揚の違いや声色の違いで、こうも印象が変わるもんなんだな。

 まるでフォルスじゃない人間がしゃべっているようだ。


「世界の価値とか、ずいぶん上から目線で物を言うもんだな。神様にでもなる気か?」


「なるつもりはないな。その必要が無いから。シュレイダーたちは僕のことを使徒と呼んでいたけど、失礼な話だよね。使徒程度と一緒にするなんて」


 ダメだ。やっぱり話が通じない。

 言葉は通じているし、問いかけに対する答えも返ってはくるものの、話の中身だけがかみ合ってない。


「ああ、でも力は取り戻しておかなきゃね。今の僕だとアヤさんやそこの使徒にも勝てないし」


 フォルスは視線だけでアヤとクロ子を牽制すると、両手を体の前に伸ばして手のひらを上に向ける。


「おいで」


 その整った口が短く呼びかけると、フォルスの前にあった空間がねじれはじめる。


 異変に目を奪われたのも一瞬のこと。

 空間のねじれが元に戻っていく過程で、そこにいるはずのないものが現れた。


「え……?」


 まさかの姿に俺は絶句した。


 フォルスの両手に抱えられるような格好で出現したのは、丸々とした白い生き物。

 いつもはウチの庭でコロコロと転がっている、正体不明のニワトリもどき。


「ハリ、ハリ」


 特徴的な鳴き声から、それが普段チートイと呼んでいる方だとわかる。


「なんでここにチートイが?」


 ますますわけがわからねえ。

 この場面でチートイ?

 というかどっから飛んで来た?

 いや、あいつらが空を飛べるわけ無いし、そもそもここは地下深くのダンジョンだ。地道に飛んだり歩いてきたわけじゃないだろう。


 さっきこの目で見た通り、フォルスが何らかの方法で呼び出した――つまり召喚したと考えるのが自然だ。


 いやいやいや、その前になんでフォルスはそんなことができるんだ?

 チートか? チートだからできるのか?


 考えがまとまらないどころか、関係の無い方向へ思考が飛んでいきそうな俺をよそに、チートイが場違いな声で鳴く。


「ハリ! ハリー!」


「ああ、わかってるよ。急がないとね」


 そう答えると、フォルスはチートイの体を抱き寄せた。


 腕に抱かれたチートイの体がフォルスの胸に押しつけられ――っておい! チートイがフォルスの体に吸い込まれていくだと!?


 驚きで声も出ない俺の目に、消えゆくチートイの姿とそこから発する淡い光の粒がフォルスの体へと入っていくのが見えた。

 同時にこれまで遭遇したことの無い圧迫感が俺の体を襲った。その圧迫感の出所はフォルスだ。


「な、なんだこれ……」


 言葉にし難い存在感がフォルスからあふれ出し、それを真正面から浴びることになった俺はえも言われぬ不安感に襲われる。


 それを感じているのは俺だけじゃ無いらしい。

 横を見ればラーラもエンジも顔色が真っ青だ。

 アヤとクロ子はまだ多少ましだが、それでも冷や汗をかいているのが見て取れた。


 圧倒的な強者のオーラ。

 先ほどまでフォルスという人間だったものが、今やまったく別の存在に感じられる。

 不機嫌なティアの冷気が子供のいたずらに思えるほど、別次元の威圧感だった。


「フォルス君。あなたは一体……」


「その神気、使徒などと言うレベルではありませんね」


 圧迫感に喉元を絞められたような感覚で声を出せずにいる俺に代わり、アヤとクロ子がフォルスへ問いかける。


「君たちが知る必要のない事だ。どうせ今から消えて無くなるのだから」


 イケメン顔はそのままに冷たい口調でそう言い捨てると、フォルスが指をパチンと鳴らす。


 先ほどチートイが現れた時と同じように、空間が歪む。

 今度はフォルスの後ろだ。


 だが先ほどと違うのはその大きさだった。

 両手に乗る大きさの歪みから現れたのがチートイなら、床面から天井一杯にまで広がる歪みから現れるのはつまり――。


「な、なんだあれは……」


 悪い予想を裏切ることもなく、空間の歪みから現れたのは巨大な白ヘビ。

 鎌首をもたげたその体高が、二十メートルあろうかという天井にまで届きそうな大蛇だった。


 胴回りは人間を軽く飲み込めるであろう二メートルほどの幅があり、しかも胴体の途中から三つに分かれているせいで頭も三匹分ある。

 八岐大蛇やまたのおろちの半分以下だが、あの大きさの前にそんなものが一体何の慰めになるのか。


「キシャアアアァァァ!」


 三つの蛇頭が歯をむき出しにしてこちらを威嚇する。

 その声が共鳴して空気を震わせ、壁や天井からパラパラと構造材の欠片が落ちてきた。


「じゃあ始めようか。全てを終わらせるための――エンディングの幕開けだ」


 フォルスの言葉を合図にして、それまでピクリとも動かず控えていた彫刻天使たちが一斉に飛びかかってくる。

 当然そうなればこちらも応戦せざるを得ない。


「右は任せるわよ、クローディット!」


「了解アヤたん! お父様は月明かりに任せましたよ!」


 クロ子に答えたのか、俺の端末がピロリンと鳴る。


 向かってくる彫刻天使は約百体。

 そりゃまあそうだ。

 アヤたちも俺たちも相手が狂信者とはいえ殺すつもりなんて無かったからな。

 狂信者だった人間の数がそのまま向かってくる数だ。


 彫刻天使の群れにアヤとクロ子が突っ込んでいく。

 互いに勢いをつけてぶつかったところで、何人かの彫刻天使が砕け散った。


 ……あー、やっぱり薄々感じては居たけどもう人間じゃ無いんだな。


 そのせいか、彫刻天使になる前よりもはるかに手強くなっているようだ。

 チートという言葉がふさわしいアヤと正体不明の怪力娘クロ子でも、鎧袖一触がいしゅういっしょくというわけにはいかないらしい。

 アヤの魔法もクロ子の大槌もダメージが通らないというわけじゃないが、ずいぶん手こずっている。


「こっちも来たっすよ!」


「油断するな、さっきとは比べものにならないくらい手強そうだ!」


「先手を取ります。マジックアロー!」


 ラーラの魔法が発動し、魔力でできた複数の矢が彫刻天使に向けて放たれた。

 しかし潤沢な魔力で威力も強くなっているはずの魔力矢は、そのすべてが命中しながらも弾かれてしまう。


「ラーラ、もっと強烈なヤツを! 手数よりも威力優先だ!」


「は、はい!」


 とはいえラーラの持ち味は単発の威力では無く素早い魔法発動による手数にある。

 威力優先で戦うのは不慣れだろう。


「うへぇ、ヤバいっすよ兄貴! マジ硬いっす!」


 威力不足という意味ではエンジも同じだ。

 小ぶりの剣を両手に持った双剣スタイルが小技を使った速度勝負の戦い方である以上、守りの固い敵にはどうしても相性が悪い。


「無理はするなエンジ!」


 つってもこの数相手に無理するなってのが無茶な話だってのは自覚がある。


「ローザ! なんとかできるか?」


 このポンコツがどこまでの力を持っているのかは知らないが、ゴミ処理施設の地下で見せた魔法が使えるなら、少なくともラーラよりも強い打撃力を持っているはず。


 ピロリーンとご機嫌な着信音と共に、俺の頭上へ強烈な光源が現れる。


 あ、これゴミ処理施設の時も見たやつだ。


 思った通り、光源からいくつもの光線が床や壁に向かって伸び、それがサーチライトのように周囲一帯をなめ回す。


「うわっ、なんですかそれ!?」


 見慣れない攻撃魔法にギョッとするラーラ。


 もちろんそんなことはお構いなしに光線はあちらこちらへと走査するように動き回り、その途上にいた彫刻天使たちをなます切りにしていった。

 切ったというよりもレーザーで焼き切ったという方が表現として適切かもしれない。


 うわー。凶悪だな。

 あんなの食らったら、人間程度簡単にみじん切りになっちまうぞ。

 とりあえず、ちゃんと味方に当たらないよう制御はされているようで安心した。


「よっしゃ、良いぞローザ!」


 調子にのる俺を見てカチンときたのか、また大蛇おろちが口を開いてなんか巨大な火の玉を吐いてきた。

 あれ、もしかしてあいつ知能とかあんのか?


 真っ赤に燃えたぎる赤い塊が、射線上の彫刻天使を巻き込みながらこちらに向かって飛んでくる。


 味方なのに容赦ねえな。

 いや、味方と思ってないのか?


 コロナをまとう太陽のような火の玉は見るからに熱そうだ。

 まともに食らえば黒焦げになってしまいそうだった。


 数十体もの彫刻天使を飲み込んでもなお勢いを失わない火の玉は、そのまま俺たちへ届きそうになるが、それを阻むのは(たぶん)ローザが展開した防御魔法。

 飛んできた火の玉が不自然な挙動を見せ、俺たちを逸れて壁に着弾した。


 とてつもない高温なのだろう。

 火の玉はダンジョンの壁を溶かしながらそのまま奥へ消えていった後、遅れて轟音が響いた。


 床が大きく揺れて、ラーラがたたらを踏む。


「ローザの攻撃も凶悪だが、向こうは向こうで凶悪だな」


 当然ローザも黙ってはいない。反撃とばかりに今度は目の前へ黒い球体が現れる。


 あ、これも見たな確か。

 でもあの時は危なそうだったら疑似中核を使って無理やり消したんだが……。大丈夫かこれ?


 周囲の空気を歪ませながら黒い球体は大きさを増し、同時に外周部から中心に向けて収縮を開始する。


「おい、ローザ。大丈夫だよな。今回はちゃんと正気だろうな?」


《大丈夫です主様。ちょっと危険ですけど、これくらいの威力が無いとあの大蛇には対抗出来ません》


「危険なのかよ!」


 とはいえ確かにあの大蛇は生半可な攻撃で対処できないだろう。

 今回はローザもラリってないようだし、大丈夫……のような気が多分しないでもないはず。


 やがてエネルギーを溜め終わったのか、黒い球体はいよいよもって急速に収縮し、次の瞬間弾けるようにして前方へと放たれた。


 三つ叉大蛇も攻撃を避けようとするが、逃げ遅れた首のひとつに黒い球体がかすった。

 黒い球体はそのまま勢いを失わず、三つ叉大蛇の後ろに並んでいた疑似中核ぎじちゅうかくをいくつも巻き込んで壁へと激突する。

 爆発するように壁が弾け飛び、瓦礫が当たりに飛び散った。


「フシャアアアァァァ!」


 傷を負った三つ叉大蛇は三つの頭部全てで痛みを共有しているのか、傷を負っていない頭部も悲鳴をあげる。


 壁際に並べられた疑似中核は、ドタバタと体をよじる三つ叉大蛇の尻尾に巻き込まれて次々と割れていく。

 しかも割れた疑似中核が爆弾のように破裂して周囲へ衝撃波を拡散していた。

 その破壊力に耐えきれず、ダンジョンの壁が次々と砕け落ちていく。


 おいおい、大丈夫なのかあれ?

 俺の知ってる疑似中核は物理的手段で割れると魔力消失を起こすはずなんだが……。


 そもそもあんな爆発してなかったし。

 以前見たのとは別物なのか、それとも研究で新しい疑似中核を生み出したのか……。


 というか三つ叉大蛇もローザも攻撃が厳し過ぎんだろ。

 あんなの食らったらアヤやクロ子はともかくとして、俺やエンジなんかひとたまりもないぞ。

 なんか大怪獣決戦の足もとで逃げ惑う一般市民になったような気分だ。


 三つ叉大蛇が負傷したタイミングをついてアヤとクロ子が飛びかかる。


 アヤは魔法で牽制を入れながら、懐に飛び込んで残った首のひとつに斬りつけた。

 しかし思ったよりも大蛇の首は皮が厚いのか、刃はほとんど通らない。

 それどころか中途半端に入り込んだ刃が引っかかってしまっているようだ。


 もちろんアヤも戦い慣れはしているだけに、すぐさま剣から手を放して距離を取ろうとするが、一瞬だけその判断が遅かった。

 いや、三つ叉大蛇の動きが予想以上に早かったというべきか。

 わずかに動きの止まっていたアヤに、もうひとつの頭部が口を開いて噛みつこうとしていた。


「阻!」


 とっさに防御魔法を唱えたアヤへ、後方から大蛇の尻尾が叩きつけられる。


「きゃあ!」


 予想外の連撃に不覚を取ったアヤが吹き飛ばされた。


「天誅ー!」


 入れ替わりにクロ子が大槌を振りかぶって突撃するが、どうやら三つ叉大蛇にはお見通しだったらしい。

 大槌のひと振りにタイミングを合わせた大蛇が牙を立てて大槌を噛み止めた。


「え、ちょ……!?」


 大槌をくわえた大蛇が首を大きく振る。


「ひょえぇぇぇ!」


 勢いをつけ、大槌から手を放さないクロ子をそのまま床へと叩きつけた。


 普通の人間ならそれだけで原形を留めなくなっていてもおかしくない一撃だが、やはりというかなんというか、クロ子は普通じゃ無い。

 頭から血を流しながらもまだ人間の形を留めていた。

 しかも大槌をまだ手放すつもりもなさそうだ。


 三つ叉大蛇も持ち主のしぶとさを感じ取ったのか、大槌をくわえたままさらに二度三度と壁にクロ子を叩きつける。

 その度にクロ子の体が壁を砕き、周囲に並べられていた疑似中核を巻き込んで爆発を起こす。


 というか、クロ子の丈夫さはちょっと異常だろ。

 怪我をしているとはいえ、どうしてあれで死なないんだ?


「クローディット!」


 天井付近からアヤの声がした。


「避けなさい!」


 言うやいなや、アヤが魔法を放つ。


「雷!」


 クロ子の動きは早かった。

 アヤの警告を受けるなり、すぐさま大槌への執着を捨てて手を放し、三つ叉大蛇から距離を取る。


 三つ叉大蛇の方も対応は早い。

 クロ子が手を放すのとほとんど変わらないタイミングで大槌を打ちやり、アヤに向けて火の玉を吐く。

 さっき俺の方に向けて撃ってきたやつだ。しかも今度は三つの口全てから。


 三つの火の玉はひとつに合流して巨大な炎球になると、アヤの放った雷の魔法と正面からぶつかり合った。


 どちらも俺が想像もできないような馬鹿げた威力なのだろう。

 そんな両者は拮抗し、互いに一歩も譲らないせめぎ合いを見せていた。

 その余波だけで壁や天井がガラガラと崩れていく。


 おいおい、大丈夫なのかこれ?

 なんか地震みたいに揺れてないか?

 生き埋めとかごめんだからな。


「おお、さすがアヤさん。やるね」


 状況に似つかわしくない軽やかな声がした。

 フォルスだ。


 だが当のアヤには返答する余裕もないらしい。

 一瞬チラリとフォルスを見ただけで、対峙している三つ叉大蛇に集中している。


「じゃあそこにこれを放り込んだらどうなるかな?」


 見た目だけなら非の打ち所がない笑みを浮かべながら、フォルスが手を動かす。

 その動きにあわせてまだ割れていなかった残りの疑似中核がふわりと浮いた。


 いやいやまてまて、ひとつ爆発するだけでもダンジョンの壁を砕くような代物だぞ。

 しかも三つ叉大蛇とアヤの双方が全力で攻撃し合い、力が拮抗しているようなところへそんなもん大量に放り込んだら……。


「待て、フォルス!」


「残念だね。待たないよ」


 俺の制止など当然聞く耳持たず、フォルスが数百にも及ぶ疑似中核を一気に投入した。


 その瞬間、連鎖的に爆発した疑似中核がまばゆい光を放ち、ほぼ同時にとんでもない勢いで俺たちは吹き飛ばされる。


 一体何がどうなったのか。


 いや、確認するまでもなく疑似中核の爆発と三つ叉大蛇やアヤの攻撃が相乗効果で莫大な破壊力を生み出し、俺たちがその余波を被ったことは想像に難くない。

 ローザが魔法で俺たちを守ってくれていたのだろうが、それ以上に爆発の威力が大きかったということなんだろう。


 真っ白に染まった視界が暗転し、意識を失っていく中で俺は自分を呼ぶいつもの声が届いたような気がした。


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