第168羽
「うへぇ。なんつーか、グロいっす」
「クロ子。お前その大槌なんとかしとけよ」
脳髄を叩きつぶしたクロ子の大槌には当然いろんな意味で触れたくない物体がこびりついているわけで……。
「アヤたん、洗浄お願い」
「仕方ないわねえ……」
さすがにそのまま同行するのは嫌だったのだろう、アヤが渋々「浄」と唱えて大槌をキレイにしてやっていた。
「さて、問題はこっから先の道なんだが」
「見たところ扉も通路も無さそう……でもないですね」
進む先を探していたラーラが、口にした言葉をすぐに自ら否定した。
周囲を見回していた俺たちの前に、どこから湧いてきたのか扉が姿を現したからだ。
それもひとつやふたつではなかった。
「これはまたずいぶんとたくさんの選択肢を差し出されたものね」
アヤが呆れ顔で言うのも当然だろう。
さっきまで何も無かった広間の中へ、円を描くように配置された扉はざっと数えても五十以上あった。
さて、問題はこの選択肢に対して俺たちが何を選ぶかだ。
ひとまず俺たちは脳髄の骸から離れた場所で協議を始める。
「まず考えられるのは、ひとつひとつの扉が別の場所につながっているという可能性ね」
「どれかひとつが正解で、残りが全部ハズレというのは良く聞く話です」
「全部壊すと正解の扉が出てくるのでは?」
アヤ、ラーラに続いてクロ子も意見を口にする。
というかクロ子、お前の案が毎度毎度脳筋っぽいのは気のせいかな?
「この情報をいったん地上に持ち帰るというのもひとつの選択だが……。問題はこの場所へもう一度やってくることができるかという点だよな」
この広間へ続く入口を引き当てたのはたまたまだ。
マッパーの俺ですら、さっきの入口が階段からどれくらいの距離に位置しているのかわからない。
もちろんマッピングはしているが、多分物理的な距離なんてあてにならないだろう。
もう一度さっきの入口を探し当てられるかと言われると、全く自信がない。
ここに俺たちがたどり着いたのは完全なる偶然の結果なのだから。
結局この広間へまたたどり着けるとは限らないというのが決め手となり、俺たちは先へ進むことに決めた。
「となれば、まずはどの扉を開くかということだけど」
アヤの言葉に全員が唸りだす。
扉の数を数えてみたところ、七十七枚もあった。
最悪の場合ここまであと七十六回もやってくる必要があるのだ。
「入口から一番遠いところが怪しいっす」
「扉ひとつひとつに番号がつけられているのは多分ヒントなんでしょうか? アヤさんはどう思います?」
「可能性はあると思うわ。もしかしたら単に同じ扉を何度も選択しないように、判別しやすくしてあるだけかもしれないけど」
「クロ子はどう思う?」
「このダンジョンにそんな親切心があるとは思えませんけど」
クロ子の言葉に全員が「あー」と同意した。
三十九階層の一方通行にしろ、四十階層の目くらましにしろ、フロアの一部にだけあるトラップというのならそれほど脅威では無い。
だがこのダンジョンの場合、それをフロア丸々で仕掛けてくるのだ。
正直、質が悪いと言うほかない。
まあどちらにしろ俺たちは七十七の扉からひとつを選ぶしか無いのだ。
運が悪ければここまでの行程をあと七十六回繰り返す必要があるし、運が良ければ四、五回くらいで正解を引き当てるかもしれない。
これといったヒントも無い以上、とりあえずは何度か試してそこから得られた結果をもとに考察するしか無いだろう。
「ってことで俺はこの四十九番の扉が良いと思うんだが」
そう言って俺はドアノッカーの下に『四十九』という数字のある扉の前に立つ。
「兄貴お得意の勘っすか?」
「いや、だってここって古代に栄えたアストリエ王国の王墓だろ? だったら当然重要な場所は天極星から夏至の朝日が昇る位置を結んだ直線上にあるはずじゃないか?」
何気なくといった感じで問いかけてきたエンジに、俺はすらすらとわけのわからない答えを返す。
「え、何それ? そんな話聞いたことないんだけど……」
「レビさんレビさん、何を言ってるんですか?」
「……何言ってんだろうな、俺」
自分でもどうしてそんなことを口走ったのかわからない。
なんか自然に言葉が出てきたんだよな。
断言できるほどの確信といっしょに。
「あー。……よくわからんが、この扉が正解のような気がするのは確かだぞ」
「うーん、まあレビさんがそう言うなら……」
「そうっすね。兄貴の勘なら間違いないっす」
「お父様がおっしゃるならきっとそうです」
根拠のない俺の選択に同意するアヤ以外の三人。
というかクロ子の信頼が重いというか、なんかこいつ俺の言うことなら全部肯定しそうで怖い。
「そうね……確かに何のヒントも無い状態ではどれを選んでも一緒かもしれないし。レバルト君の勘は良く当たるって聞いてるから、それに賭けてみるのもありかしら」
アヤとしても特に反対する理由が無かったらしく、消極的賛成多数により俺の選んだ四十九番扉を開くことになった。
「じゃあ開くぞ」
俺はドアノブに伸ばそうとした手を止めた。
「どうしましたか、お父様?」
「……いや、何でもない」
俺の横で首を傾げるクロ子に返事をすると、ドアノブに伸ばしていた手をドアノッカーへと向ける。
最初に三回、次にまた三回、最後に七回。
三三七拍子のようなリズムでノックをすると、周囲の『何やってんだこいつ』という視線を無視して再びドアノブに手を伸ばす。
「今度こそ開くぞ」
俺はドアノブを引いて扉を開いた。
瞬間、広間にあった他の扉が一瞬にして視界から消える。
どうやら複数の扉を同時に開くことは許してくれないらしい。
「くじ引きみたいっすね」
エンジのつぶやきを無視して除いた扉の向こうには、広間に比べるととても小さなスペースが見えた。
どういう仕組みなのかはわからないが空間が別の場所につながっているような印象を受ける。
具体的に言うとネコ型ロボットのどこにでも行けるドアを開いた時みたいな……。
特に危険も無さそうだったのでクロ子を先頭にして俺たちはドアを抜ける。
そこにあったのは床の中央に描かれた転移陣と思しき模様だった。
「これは……当たりなのかしら?」
「さあね。どのみち行くしかないだろう? 転移先へ飛んでみればわかるだろ。……マッパーとしてはまったくもって迷惑な話だが」
俺たちは転移先ですぐに戦闘に突入しても良いよう準備を調えると、全員で転移陣に乗る。
例によってめまいに見舞われながら転移した先は四十一階層と同じような通路だった。
だが四十一階層の通路と違うのはその幅と高さ、そして床や壁の装飾だ。
横幅は十メートルほど、正確な高さはわからないが灯りの届き方から考えて二十メートルはあるんじゃないだろうか。
ここが地下にあるダンジョンだとすれば無意味なほどの高さだ。
何より床や壁にほどこされた装飾がこれまでの階層とは一線を画す。
芸術的な紋様の刻まれた壁と一定間隔で立つらせん模様の柱という非実用的な光景は、無骨な雰囲気のあるダンジョンよりもむしろテーマパークとして整備された第七エトーダンジョンに近いかもしれない。
加えてこれまでの階層とは明らかに違う点――それは通路の彼方に見える光の存在だった。
このフロアが何階層目なのかはわからない。
だが四十一階層と同じように枝分かれも扉も無い一直線の通路がどこまでも続いている。
通常なら通路の先は闇に包まれているだろうが、このフロアに限ってはその先にかすかな光が見えていた。
「進みましょう」
当然俺たちは前に進むことを選ぶ。
光で遠くに注意を引きつけておいて足もとにトラップを、ということも考えられるため、これまで通り慎重に罠を警戒しながら進んでいく。
どれくらいの時間歩いただろうか。
どこまでも続く単調な道と鈍っていく時間感覚。
結局トラップらしいトラップは何ひとつなく、意外なほどすんなりと俺たちは通路を進んでいった。
ひとつ確実なのは歩いて行くに従って光が近付いて来ること。
いや、逆だ。光に俺たちが近付いていることだ。
「人影――かはわからないけど、何か動いてるな」
「モンスターでしょうか?」
「まあ十中八九そうだろうけど」
ラーラへ向けた俺の答えは見事に外れてしまう。
「人間……だよなあ、あれ。どう見ても」
距離が縮まるにつれてハッキリとしてくる影の主。
それは巨大なカブトムシでも脳髄でもなく、明らかに人間としか思えない集団だった。
しかも数が多い。ざっと見た感じ五十人以上いる。
その集団がいる場所はここまで進んできた通路よりもさらに幅の広くなった行き止まりで、ちょっとした体育館ほどの広さがあった。
「なんでこんなところに人間がいるんすかね?」
「それを言ったら俺たちだって同じだろ」
「でも私たちと違ってダンジョンへ潜りに来たようには見えないです」
ラーラの言う通り、連中の装いはどう見ても俺たちのようにダンジョン探索をしているとは思えない。
誰も彼もが真っ白な長衣で全身を包み、一方で武器らしきものはひとつも持っていなかった。
モンスターに出くわしたらあっという間にあの世へ一直線だろう。
「あんな軽装でモンスターのいるダンジョンを突破してきたとは思えないから、多分他の出入口から来たんでしょうね。このフロアへ直通の転移陣でもあるのかもしれないわ」
十分あり得そうな考えをアヤが口にする。
確かに俺たちが以前第七エトーダンジョンから飛ばされた未発見ダンジョンのように、必ずしも入口はひとつとも限らない。
あの時だってアヤは別の入口からダンジョンに入ってきたのだ。
同じようにこのダンジョンにも別の出入口があっても不思議じゃないだろう。
「それが本当なら今までの苦労は一体……」
だってそうだろ?
モンスターとの遭遇を回避してこのフロアまで下りてくる道があるのなら、わざわざ命の危険まで冒してルートを調べていたのは完全に無駄足じゃないか。
「そういうこともあるわ」
アヤが苦笑する。
俺以上に愚痴りたいのはアヤの方だろう。
なんせアヤたちは半年以上もこのダンジョンの攻略にかかりっきりだったのだ。
犠牲者は出ていないらしいが、それでも費やした労力を思えばため息をついても仕方ないはずだ。
本来なら苦笑ですませられる話じゃない。
「ダンジョンというのはもともと理不尽なものよ。それよりも彼らの目的が気になるわね」
自分に言い聞かせるようにアヤは話題を変える。
「話のわかる相手だと良いが……」
ダンジョンの深部に入り込んだ、それも統一された服装の集団――。
うん。口にするだけでも怪しさ満点だ。
普通に考えてもまともじゃ無さそうだな。
なんだかゴミ処理施設の地下に潜んでいた魔力至上主義者たちを思い出す。
だいたい人目につかない地下でたむろする集団なんて、ろくなもんじゃないだろう。
「ま、そうよね」
どうやら俺以外のメンバーもみんなそう考えたらしく、相手に気付かれないようこっそり近付いて様子を窺うことになった。
幸いなことにこちらの灯りを消しても、向かう先が煌々と照らされているため視界は確保できる。
加えて明るいところからは暗いこちら側が見えにくいだろう。密かに近付いていくにはおあつらえ向きだ。
ある程度まで近付き相手の様子が詳細に見えてくると、その判断が正解だったと俺たちは互いに頷きあった。
「こんなところに潜んでいたとはな」
「なんだかいろいろとつながったわ」
「足もとのカーペットをはがしたらゴキブリがいたような気分です」
アヤが納得顔で続き、クロ子は妙に的確な表現を口にしながら表情を歪める。
「どっかで見たことがあるんすけど……」
「鳥の巣頭は頭の中身も鳥並ですね。あの人たちが胸に下げているペンダントに見覚えはないのですか?」
「ペンダント?」
ラーラの毒舌よりも疑問の方が優先したのか、エンジは言われるがままに目をこらしてすぐに声をもらす。
「あっ……」
白衣を着る集団は全員が胸元に同じデザインのペンダントをぶら下げていた。
平行四辺形を組み合わせた幾何学的な模様のペンダント。そう、それはつまり――。
「『偽りの世界』」
何人かの声が重なった。
ダンジョンの深部にたどり着いた俺たちを待っていたのは、なんやかんやと因縁のあるカルト集団『偽りの世界』の信者たちだったのだ。