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にわにはにわにわとりが  作者: 高光晶
第十章 にわにはにわにわとりが
173/197

第163羽

 俺たちはさっそく準備に取りかかった。

 いくら急ぐとはいえ、ダンジョンへ挑もうというのだから準備は必要だ。

 第七エトーダンジョンの時みたいな失敗は絶対にしたくない。


 眠ったままのユキをアヤに預けると、俺は町へ戻る道中でエンジとラーラの家を訪ねてから帰宅した。

 少しでも戦力が欲しいということでふたりにも声をかけて欲しいとアヤに頼まれたのだ。

 俺自身はあまり気乗りしなかったのだが、ふたりとも事態の深刻さを重く見たのか同行を申し出てくれた。


 モンスターとの遭遇は減っているが、その分遭遇したときの危険性が高いことを伝えるとエンジは「人間万事塞翁が馬っすね!」と、微妙に使いどころのズレたことわざで応じ、ラーラに至っては「それなら魔力のないレビさんの方がよほど危険でしょうに」と可哀想な子を見る目で言ってくる始末だ。

 本当にこいつら連れて行って大丈夫なのだろうか?


 ともかく俺はいったん家に帰り、ダンジョンへ潜るときの装備品を揃えると災害時用の非常食を荷袋へ詰め込んで翌朝再びアヤのところへと赴く。


「レバルト君、ラーラさん、エンジ君は私と一緒に行動してもらうわ。クローディットもよ」


 アヤによってダンジョンへ潜る際のパーティが分けられる。

 当然というかなんというか、アヤの仲間に比べて俺たちの戦闘能力はかなり心許ない。

 パーティ間のバランスをとるために他のメンバーたちでみっつのパーティを作り、俺たちポンコツ三人組はアヤやクロ子と組むことになった。


 メンバーを並べると、アヤ、クロ子、ラーラ、エンジ、俺。

 さらに言うなら俺の端末に取り憑いているローザの合計六人だ。

 アヤとクロ子のチートふたりが俺たちの分まで戦力を補ってくれるだろう。

 正直俺は荷物持ちくらいの気持ちでついていくだけだ。


「フォルス君に連絡がつけば良かったんだけど……」


 アヤが残念そうにこぼす。


 確かにあのチート男がいれば心強い事は間違いないが、たとえいたとしても……フォルスは俺たちに協力しようとするだろうか?


 いや、俺は何を考えているんだ。

 フォルスの性格ならこの事態を良しとするわけがない。

 むしろ率先して状況を打破するべく動き出すだろう。……そのはずだ。たぶん。


 自分で自分の考えに自信が持てなくなる。

 ゴミ処理施設の地下でフォルスに会う前の俺なら何の疑いもなくフォルスを信じられた。

 だが今のあいつが一体何を考えているのか俺にはわからなくなっている。


 直接本人と話がしたい。

 俺の考えがただの突拍子もない妄想だと自分で笑い飛ばせるように。






 全部で四パーティとなった俺たちは事前のミーティングを終えてようやくダンジョンへと足を踏み入れた。


 別荘の裏庭から掘られた斜め下向きの穴をしばらく歩いて行くと、次第に周りがゴツゴツとした大きな岩で囲まれるようになる。

 正面に見えてきたのは明らかに人工物と思しき平らな壁。

 その一部に向かってアヤが進み出ると、コンコンと壁の一部を叩きはじめた。


 何をしているのかと見ていたら、突然アヤのすぐそばにある壁が消えてぽっかりと空洞が現れる。


「おわっ」


 思わず声がこぼれる。


「ダンジョンのギミックですか?」


「いいえ。これは私たちが設置したものよ。中に転移陣を敷いてあるわ」


 ラーラの問いにアヤが答える。


「ここはまだダンジョンではないの。ダンジョン内へ転移するための条件に合う座標がここだったから、わざわざ穴を掘って石室を作ったのよ。列車の駅みたいなものね」


 アヤの説明を聞きながら俺は石室へ足を踏み入れる。

 石室の中は一辺が二十メートルほどの広さだった。

 床の中央になんか魔法陣みたいなものが描かれている以外は部屋の隅にいくつかの木箱が置いてあるだけだ。


「安全のため外から入るときは今みたいな手順を踏む必要があるけど、中から外に出るときは特に手順も何もないわ、ほら」


 促されて今通ってきたばかりの入口へ目を向けると、そこに見えるのは何の変哲もない木製の扉がひとつ。

 なるほど、内側からは普通にドアノブを使って扉を開けば外に出られると。


「あの木箱には緊急時のため治療に必要なものや水、食料も多少置いてあるわ。通信端末も入れてあるけれど、多分今の状況だと使えないでしょうね」


 ひと通りの説明を受けると、いよいよダンジョンへと移動することになる。

 一度に転移できる人数が限られているらしく、パーティ毎に別れて転移陣の中央へと立った。


「じゃあ、私たちも行くわよ」


 他の三パーティが転移したのを見送ったあと、最後に俺たちも転移陣へと立つ。

 その瞬間、頭の中が霧に包まれたような感覚に気持ち悪くなる。視界が歪んで平衡感覚が狂う。


 あ、これあの時と同じだ。第七エトーダンジョンで転移させられた時と。

 ただあの時よりはまだマシなのかもしれない。


 今回は意識を失うこともなく、やがて平衡感覚が元に戻ってきた。

 しばらくめまいを感じていたが、それが収まるとようやく周囲を見回す余裕が出てくる。


「転移、したのか」


「ええそうよ。ここはもう地下深くにあるダンジョンの一角。ここからはモンスターに遭遇する危険があるから気をつけて」


 そう言いながらアヤは俺たち全員に何やら八面体ダイスのようなものを手渡してきた。


「これが転移陣の起動キーになるわ。何か問題が発生してひとりでここまでたどり着いた時はこれを使ってあの石室まで戻って。魔力を流して床にたたきつければここの転移陣が起動するから」


「俺、魔力ないって知ってんだろ」


「月明かりの一族がいるでしょ。彼女に魔力を流させればいいわ」


 ああ、それもそうか。魔力を流すだけならそれくらいはできるな。


「じゃあ、まずは三十八階層まで降りましょう。そこから手分けして探索ね」


 アヤの話によるとこのダンジョンもすでに三十八階層までは攻略とマッピングが完了しているらしい。


 もちろん攻略したとはいえモンスターは相変わらず出てくるし、トラップも一部を除いて復活する。

 まともに歩いたのでは最短距離を進んでも何日もかかるだろう。

 だがダンジョンにはよくあることだが道中ところどころに転移陣が用意されているらしく、それらをフル活用すれば半日くらいで三十八階層まで到達できるのだという。


 うん、そのルートを開拓するまで多分相当苦労したんだろうなあ。


 最短ルートを進んでいる間、俺は特にやることもない。

 なんせ三十八階層へ到達するまでは四パーティ二十五人が一団となって進んでいるのだ。

 モンスターが現れたとしても戦うのはアヤやクロ子といったチートに加え、戦力ダウンしているとはいえアヤの仲間たち二十人。

 ラーラやエンジの出番もないほどあっさりとモンスターを撃退して前に進んでいく。


 トラップにしてもすでにその場所や仕組みは調査済みで、対策も確立しているため特に問題はない。

 ただまあ、以前アヤが言っていたようにその悪辣あくらつさはちょっとひいてしまうほどだ。


 吊り天井とかってあるだろ?

 部屋に入ったら出入口が閉ざされて天井が落ちてくるトラップ。

 同じようにこのダンジョンにも吊り天井のトラップがあるんだけどさ。

 このダンジョンの場合、落ちてくるのが部屋の天井じゃなくて『階層全体の天井』なんだと。


 いや、マジで馬鹿じゃねーの!


 フロア全体吊り天井とかたちが悪いにも程があんだろ。

 上の階層から階段降りたばかりだったら逃げられるだろうけど、当然トラップが発動するのは階段から遠く離れた場所にたどり着いたタイミングだ。

 天井が落ちてくる数十秒の間に登り階段までの数キロメートルを走り抜けるとか、それこそマッハのスピードじゃなきゃ間に合わねえよ。


 まあそのトラップを力技で粉砕したというアヤのチートっぷりは輪をかけてひどいと思うが……。


 ときおり休憩を挟みながら、俺たちは攻略が完了した三十八階層までたどり着いた。

 ここに到着するまで約八時間。

 最短ルートを歩き、トラップを全て回避し、モンスターをアヤたちが蹴散らし、七階層くらいショートカット可能なものを含め、転移陣をフル活用してそれである。


 ちなみに以前俺たちが第七エトーダンジョンからの転移で飛ばされたダンジョンは、アヤが初見で踏破するまで二時間くらいかかったらしい。

 マップなし、トラップの情報なし、転移陣なしで二時間なので、アヤ曰く「マップやトラップの情報が事前にわかっていればあれなら三十分くらいで最下層まで行ける」そうだ。


 ちなみに俺やラーラたちは特にやることもないので、戦闘とトラップの解除をアヤたちに任せたまま延々歩き続けているだけだ。

 ほとんど添乗員に引率される観光客状態である。


 聞けばこのダンジョン、ワンフロアが他のダンジョンとは比較にならないほど広いらしく、ひとつの階層を攻略するのに常時三パーティを投入しても四日から六日ほどかかったらしい。

 普通のダンジョンだとひとつのパーティで二、三日かければ一階層を攻略できるそうだから、単純に考えれば六倍の時間がかかっていることになる。ハンパねえなこのダンジョン。


「ここからは手分けして調査にかかりましょう」


 ということでやって来た三十八階層。

 マップにしろトラップの情報にしろわかっているのはここまでだ。こっから先はどんなモンスターが出てくるのかわからないし四パーティで別行動だ。危険度は跳ね上がる。


「この状況を変えるためには無理をしてでも原因を突き止めなきゃいけない。でもだからといって命を無駄にするのはダメよ。みんなわかってると思うけど」


「あたりまえだろ。誰に言ってんだよ」


「アヤさんこそ無理しないでね」


「まあ死なない程度には頑張ります」


 アヤの言葉に思い思いの反応を返し、俺たち以外の三パーティがそれぞれ別の方向へと散っていく。

 それを見送ったあと、俺たちも別方向へと進みはじめる。


「レバルト君、マッパーは任せるわね」


「おう、マッピングならどんとこい」


 俺にできるのは荷物持ちとマッピングくらいのものだからな。


 先頭を歩くのはアヤ、その後ろにエンジが続き、ラーラと俺、最後尾にクロ子という隊列で進んでいく。

 ダンジョンの中は暗く、ラーラが浮かべた魔法の光とクロ子の持つ携帯魔光照(まこうしょう)の光だけが周囲を照らしている。


 運良く俺たちはモンスターに遭遇することもなく、一時間ほど歩いただけで下りの階段を見つけることができた。


「幸先がいいわね」


「まだこのフロア全体を把握していないが、降りるのか?」


「普段であればいったん地上に戻って情報共有をするのだけれど、今はそんな悠長にしていられないもの」


「まあ、確かに戻るので九時間、ここまでまた降りてくるのに九時間。十八時間もロスするんじゃあ効率が悪すぎるしな」


「お父様。降りてくるのはともかく、戻るだけならそんなに時間はかかりませんよ」


 思わずため息がでたところにクロ子が横から話しかけてくる。


「そうなのか?」


 問いかけた俺に答えを返したのはアヤの方だった。


「一応この状況でも緊急脱出用の魔法具はきちんと動いたわ。戻るだけならすぐよ」


 そりゃ何よりだ。

 帰路を歩かなくてすむだけでも相当時間が節約できる。

 それ以上にいざというときの脱出ができるなら生存確率だってグッと上がるだろう。


「とはいえここへ降りてくる時間だけを考えてもロスが大きいのは確かだけどね」


「ですが他のパーティにも下り階段の情報を早く伝えた方が、結果的に攻略の時間を減らせるのではありませんか?」


「もちろん本来はそうすべきよ。通信が届くのならすぐに伝えられるんだけど、今はそれができないから……」


 他のパーティにこの情報を伝えるためにはまず俺たち自身が地上に戻らなければならない。

 その上で地上に待機しているサポートメンバーへ情報を伝え、他のパーティが戻ってきたときに言伝を頼む必要がある。


 結局俺たちは相談した結果、このまま調査を続けることにした。

 まだダンジョンに入って九時間しか経過していないことから、今情報を地上に持って帰っても他のパーティに伝わるのは当分後になるであろうこと。また、その間に他のパーティの調査が行き詰まると決まったわけではないことがその理由だ。


 なんせこれだけ広いダンジョンだと、下り階段もひとつとは限らない。

 というかアヤの話では上り階段と下り階段がそれぞれひとつずつというフロアの方が珍しかったらしい。

 この下り階段以外の場所からも下のフロアへ降りることができる可能性が高いため、情報の緊急性はそれほどないという判断だ。


「十分ほど休憩してから下に降りましょう。各自装備品と所持品のチェックは念入りにね」


 アヤの言葉に従って短い休憩を取り、俺たちは警戒しながら下のフロアへと降りていった。


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